いつか、きっとどこかで   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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本作品は「守りたい、ただそれだけ」第45話を起点として始まります。

よろしくお願いします。


第1話「こんな世界なんて……大っ嫌いだ——ッ!!」

「悠助っ!」

 

私——一夏——は大切な人の存在を確認すると思わず声を上げて彼を呼んだ。彼もそれに応えるかのようにすぐさま私の元に向かってくる。

 

「一夏っ! 怪我とかしてねえか?」

「私は大丈夫。だけど……」

 

私はそう言い淀んでしまった。今私の両腕の中には中破している紅い蒼龍を纏った一秋お兄ちゃんの姿がある。バイタル自体は安定しているようだけど、一刻も早い治療が必要なことに間違いはない。

 

「ちょ、ゆーくん速いって——って、かずくん!? なんでこんなところに!?」

 

そんな時、悠助から少し遅れて束さんが到着した。どうやら一秋お兄ちゃんとは知り合いだったらしい。しかし、束さんでも一秋お兄ちゃんがISを使えていることなどは知らなかったようで、どうしてここにいるのかわからないみたいだ。

 

「た、束さん? 一秋お兄ちゃんを知っているんですか?」

「うん。まぁ、昔周りから異端の目で見られていた私をフツーの目で見てくれてたし……何より初恋の人だから」

 

驚愕しかしなかった。いやいや待って待って、私そんな事今まで聞いた事ないんだけど……悠助もなんだか驚いているみたいだし。って、今はそれどころじゃない!

 

「とにかく、かずくんは私が一度天海龍に連れて行くから。じゃ、また!」

 

そう言って束さんは私の腕から一秋お兄ちゃんを抱きかかえると、学園島から出港したあの戦艦(天海龍)がいるであろう方角へと飛んでいった。そんな状況のトランスフォームについていけなかった私達二人はその場に残された。波の音以外何も聞こえない。いつもなら賑やかに鳴いている海鳥の声がするはずなんだけど、この有り様じゃきっと別なところに飛んでいってしまったのだろう。

けど、それ以上に私は一秋お兄ちゃんの事が心配だった。10年ぶりに会えたというのに、あんなに大怪我を負ってしまって……一瞬、もう会えなくなるんじゃないかと不安になってしまった。

 

「一秋お兄ちゃん大丈夫かな……」

「あいつなら大丈夫だろ。束さんが付いてんだし、なんとかなるさ」

「……そうだね」

 

そう悠助に声をかけられた。束さんという、すごい人がついてたらきっと大丈夫だよね、絶対治してくれるよね……そう思ったら少し不安が落ち着いた。

 

「さて、と。俺たちも帰るか」

 

悠助はそう言ってここから飛び去ろうとする。いつまでもこんなところにいるわけにはいかないというのは私にもわかってはいる。それに……こういうところから悠助が私を離そうとしている事も。

 

「うん……でも、その前に聞いてほしい事があるの」

 

けど、でも周りには私達を除いて誰もいない。だからこそ……悠助には今の私の心の内を明かしておきたい、伝えておきたい。

 

「今此処でか?」

「うん…………あまり人には聞かれたく無いからね」

「わかった。で、話って?」

 

悠助は私の話を聞いてくれるようだ。お互いにフルフェイスバイザーを解除してるから、彼も本気で真剣に聞いてくれようとしている。私は意を決して口を開いた。

 

「その、ね…………悠助、春十達を倒したんでしょ? きっとそれって私がしなきゃいけない事だったのかもしれないんだ」

 

私の口から出てきた言葉に悠助は驚きを隠せないでいた。並大抵の事は平然とした顔で聞く彼でも、私のこの言葉には平静でいられなかったようだ。でも、これは私の本心……本当だったら私がやることになっていたかもしれない事だからね……。復讐したい、そう考えた事もある。だけど——

 

「でも、私には…………いくら憎いからっていって殺す事なんてできないよ…………ううん、私自身殺す事が…………人を傷つける事に抵抗持っていたの」

 

それ以上に、私は誰であったとしても傷つけることなんてできないよ……傷つく痛みを知ってしまった以上は到底無理だ。例えそれが模擬戦だったとしても、そこに人がいたらもしかするともう剣は振るえないかもしれない。悠助はそれを優しいからと言ってくれるかもしれないけど、違う。私はただ臆病なだけなんだよ……。

 

「それに、私はみんなと一緒に楽しく笑って生きていたらいいかなって思っていたから……だったら誰かを傷つけて上に立つよりは、自分が傷ついてでもみんなといた方がいいかなって」

 

だから、誰かを傷つけていく生き方はできなかったんだと思う。それよりも、こんな私のところに来てくれる人がいたから、その人たちといる方が気が楽で、楽しくて、温かい気持ちになれたから。決して私はただ優しいわけじゃないんだよ……弱いから、心が弱かったから……こうする事しか出来なかったんだよ。

 

「それと……ほら、臨海学校の時、悠助墜とされたでしょ?」

「ああ、そんな事もあったな」

「その時なんだけどね……ほら、人って大切な人をとか物を傷つけられたら、怒っちゃうでしょ?」

「まぁ、俺ならそうなるな。度合いによってだが、お前を傷つけられたら、傷つけた相手を殺しにかかるだろうよ」

「そうだよね……でも、あの時、私にはどうしてなのかわからないんだけど……怒りとか憎しみが出てこなかったんだよ……」

「怒りや憎しみが出てこなかった……だと?」

「うん……私が怒ると何をするか自分でもわからないから……だから、そうなるのを自分で抑えていたのかもしれない……それに、あの時は悠助を喪うのが怖かったから……」

 

怒りで自分を突き動かしてしまったら、それこそ私が誰かを傷つけることになる。そんな事をしたくない、やりたくない……そう思ってたら無意識のうちに怒りや憎しみが出てこなくなっちゃったんだ。代わりにできたのは、誰かを失う事への過度の恐怖心。笑っちゃうよね……こんな風になったってなんの意味もないのに、こんな事をしてもただの偽善でしかないのに……もう泣く事と怯えるだけしか残ってない。言葉が詰まるたびに、涙が頬を伝う。

 

「ごめんね……こんな暗い話を聞かせちゃって……あ、あれ……? なんでだろ……涙が出てきちゃった……」

 

思わず笑ってしまった。から元気、というわけではないけど、でもこんな私を悠助はどう思うんだろう……きっと軽蔑するよね……そう思った以上、涙は止まるところを知らない。

けど、間をおかずにそれには終止符が打たれた。胸部の装甲を解除した悠助に私は抱きしめられていた。

 

「ゆう、すけ…………?」

「お前は…………お前はどうしてそんなに自分を傷つけられんだ…………どうしてなんだ!? お前が優しいって事は知ってる! そして他人を傷つける事が人一倍できないって事も…………だけどな、だから自分が傷つくってどういう事なんだよ! 自分が傷つけば誰も傷つく事はない…………お前はそう言ったよな? アホか! お前が傷つくから傷つく人だって沢山いるんだよ! 俺なんかそうだからな! お前が傷つけられた時、俺は怒ると同時に相手を叩き潰す、そして憎んで相手を赦す事はない…………それはな、自分の手の中にあるものを守る為の自己防衛本能なんだぞ…………お前は、自分の身が大切じゃねえのか!? そんなお前を見ているこっちが辛いんだ…………だから頼む、自分が傷つくしかないとか言わないでくれ…………」

 

違う、違う……私は、そんな悠助が思ってるような人間じゃないよ……これはただの自己満足のようなものだったんだから……。けど悠助の言葉はそんな私の考えを片っ端から破壊していく。そして、大事な事に気付かされてしまった。私が傷つく事で傷つく人がいる……そんな事今まで考えた事なかったなぁ。長い間傷つけられてばかりだったから……でも、悠助がそう言ってくれて私は嬉しかった。こんな私でも大切だと思ってくれてるんだから。

 

「それにな、全てを一人で抱え込もうとするんじゃねえよ……そんなんじゃ、いつかお前の心は押しつぶされて壊れちまうぞ。辛いんなら辛いって言えよ……バカ野郎が」

「ゆう、すけ……? もしかして、泣いてるの……?」

 

悠助の顔を横目で見ると彼の左目からは涙が溢れていた。初めて見たかも……悠助が泣いているところなんて。

 

「はぁ…………? 俺は泣いてなんか——」

 

彼自身、自分が涙を流している事を信じられずにいた。悠助が自分の過去について話してくれた事は決して多いとは言えないけど、私と同じかそれ以上に辛い思いをしてきた事は確かだ。気がついたら私は彼の目元を指で拭っていた。

 

「悠助だって辛い思いしてきたんでしょ…………? しかも、ずっと…………一人で抱えてきたんでしょ? それじゃ、私の事も言えないよ…………」

「そ、そいつはそうだがな…………」

「ここは相子にしよ? だって私達、似た者同士だからね」

「…………はぁ、お前がそう言うんなら仕方ねえか」

 

そう言って彼はやれやれといった感じで声を出す。似た者同士、か……本当にそうなのかはわからない。でも、それでも私達はお互いを受け入れて、こうして生きている。こんな情けない私でも大切に想ってくれている人がいる。私が大切だと想う人がいる。それを教えてくれたのは悠助だった。不器用だけど、でも優しくしてくれて……私を心から笑って過ごせる世界へと連れ出してくれた。そんな彼が私のことをより一層抱きしめてくれている。きっと、こんなにも幸せな事はないはずだよ。私はそんな彼に応えるかのように抱き返した。

 

「今度こそ、ずっと一緒にいよ?」

「当たり前だろ、これからもずっと一緒さ」

 

私と悠助はお互いに笑いながら涙を流していた。悲しい事もあった、辛い事もあった。でも、今流している涙はきっと嬉しいから流しているんだ。ずっと大切な人と一緒にいられる……それがどれほど儚くて、どれだけ幸せな事なのか。私が欲しかったのはこういう事だったのかもしれない。私にとって世界は私を傷つけるもの、家族も私の味方ではない。それが当たり前だと思って生きてきた。でも、あの時悠助に会ったから全てが変わったんだ。私を傷つけない人、私を傷つけさせようとしない人、そして私を守ってくれた人……惹かれるのに時間はそう長くは要らなかった。悠助と過ごしている間、まるで本当の家族だったように感じたし、ずっと一緒にいたいと思えるようになった。私と彼には同じように孤独が心のどこかを占めているから……そんな彼を私は支えたい。こんな私ができることなんて限られているけど、悠助にも幸せになってほしい。けど、それは私の我儘だって事はわかっているよ。でも、そう願わずにはいられない。私にできるのはこれくらいだから……。

 

「だから、俺はお前を守るさ。国だろうが何だろうが関係ない。俺はお前個人を守りたいんだ」

「なら私は悠助の帰ってくる場所を守るよ。帰ってくる場所が無かったら悠助、悲しいでしょ?」

「ははっ、そうに違いねえ。お前のいない場所なんて、俺の帰る場所じゃねえからな」

「私も、悠助のいない所なんて想像できないからね」

 

お互いの目を見つめあってそう言った。私の目に映る赤金色に近い彼の双眸。そこには絶対に曲げる事はない意志の力強さがはっきりと見えるようだった。……昔とは全く変わってないや。でも、初めて会った時に少しだけ見えた憎しみはもう見えない。悠助は自分の迷いを断ち切ったんだと思いたい。そう考えたら何だか嬉しくなって笑みが溢れてしまった。

 

「そうだな。とりあえず、今は此処が俺の帰る場所って事か」

「そうだよ。だから——」

 

私は悠助の頬にに唇をつける。ほんの軽い挨拶のようなそれではあるが、まだ少し臆病な私にできるのはこれが精一杯。

 

「おかえり、悠助」

「——ああ、ただいま、一夏」

 

今度は私が唇を奪われる事になってしまった。本当は私からいってみたかったけど、今はこれで十分。それに、あまりここに長居するのもよくないだろうからね。

一度私を解放した悠助は、私に向かって手を差し出す。

 

「さぁ、帰ろう。俺たちの日常——俺たちの家へ」

「うんっ!」

 

差し出された手を私はしっかりと握り返す。もう二度と手放したくなんてない。今度こそ、ずっと側にいてほしい。

悠助がブースターを点火すると同時に、私もウィングブースターを点火する。速度は同じだ。前なら悠助に抱き抱えられていたかもしれない。でも、今は彼の隣に並び立っている。もう私だって守られてばかりじゃいられないからね。二人の間に今は言葉なんていらない。お互いがちゃんといられる、そんな世界なんだから。

 

 

 

 

 

 

——そうなると信じていた。

 

 

 

 

 

 

「っ!? 高熱原体反応!?」

 

再び鳴り響く警報音。この音が示すのは、私がロックオンをされたという事。悠助も悠助で反応し、自然と私は警報が示す方へ体を向けた。視界の先にあったのは何やら異形の姿をした複数の物体。それも高速でこちらに向かってくる。

 

「な、何あれ!?」

「ちっ! 連中の特攻兵器……まだ残ってやがったか、あの機械人形!! さっさと撃破しねえとこっちがやられる! 一夏!」

 

その言葉に反応した私はブレードライフルを展開し、銃口をそれらに向けていた。機械人形って悠助が言っていたからきっと無人機だ。私は迷いなくトリガーを引いた。しかし、お世辞にも私の射撃の腕はいいとは言えない。一発、二発……放たれるビームは当たる気配を見せない。何より、蒼龍にはもうエネルギーがほとんど残ってなかった。あと何発撃てるのか……焦りがただでさえ悪い腕を余計に悪化させていく。

 

「こっちは弾切れガス欠寸前だっつーの! アポ無しの客人は帰ってくれ!」

 

悠助はそう言うと、両手にナイフを取り出し、向かってくる敵に目掛けて投げた。銃弾とかとは違って真っ直ぐ飛ぶなんて事はまずないはずなのに、投げられたナイフは綺麗に敵へと吸い込まれた。そして起こる爆発。本当に悠助ってすごい……傭兵だという事は知ってはいるけど、こんなにすごい技術を持っているというのを改めて知らされる。

でも、このままじゃ確実にやられるのは明らかだった。まだ敵は何体も残っている。ブレードライフルの射撃に加え、アームカノンでの射撃も行う。威力こそ弱いが、数を撃てば流石の私でも当てられるはずだ。多分偶然の一発なんだろうけど、また一体爆発した。

 

「あ、こっちも一体倒したよ!」

「よし! だが、もうこっちは撃つのも投げるのも厳しいぞ!」

「それじゃどうするの!? このままじゃ私たち……」

「どうせ奴らは特攻兵器、追尾なんてしてこねえはずだ。使えるもん全部囮にして離脱するしかねえ!」

 

悠助はそう言うが、かなり危険な賭けでもあった。私たちに残っている手札はそんなに多くはない。なんとか凌ぎつつ離脱を試みるけど、それも少し厳しそうだ。でも、こんなところで私は終わりたくなんてなかった。やっと未来を掴めたんだ。諦めたくなんてない。

 

「悠助! 危ない!」

「うおっ! オラァァァァァァッ!!」

 

悠助の後ろから突っ込んできた敵は、彼によって蹴り飛ばされる。吹き飛んだ相手を私は撃った。爆散し、その爆風に数機が巻き込まれる。一瞬、悠助がやられるかもしれないと思ってしまった。いつもならともかく、この状況じゃ思いたくなくても思ってしまう。そして、最悪の事態とは時として最悪のタイミングで起こるものだ。

 

「しまった……残りエネルギーが……!」

 

蒼龍に残されていたエネルギーがとうとう攻撃不可のラインに達してしまった。非常にまずい事態になってしまった。

 

「遅かれ早かれなるとは思ってたが、いざなるとマジでやべえなこの状況!!」

「しかも、さっきより動きが速くなってきてる気がするよ……!」

 

敵の速度が上がっている。なんとか避けてはいるものの、これじゃ離脱しようにもできないよ……!

 

「仕方ねえ……一気にブーストして離脱するほかねえか。一夏、しっかりついてこいよ!」

 

もうそれしか手段は残ってない。幸いにもブースターはまだ全力で飛ばすことができる。その分だけのエネルギーは残っていた。私は一刻もここから離れたい想いで彼に返答する。

 

「うん! わかっ——」

 

だが、そこから先の言葉を言う事は私にはできなかった。私の目の前には4本の腕をX字型に広げて迫ってきている敵の姿。あんなに速く動いていたのに、不思議とスローモーションに見える。早く逃げなきゃ……そう思って体を動かそうとするも、鉛のように重く、こっちもスローモーションで動いているかのような感じだった。

直後、その感覚はかき消され、代わりに激しい衝撃が全身を襲った。息を無理やり吐き出される形になり、呼吸ができなかった。何より動きたくても、敵の腕が私をがっちりと拘束してしまっている。ものすごい速さでこの場から離されようとしていた。

 

「この野郎! 一夏を離しやが——」

 

悠助の声もどこか遠い。そして何より、たくさんの敵に迫られ、爆炎に包まれる彼の機体の姿が目に入ってしまった。うそ、だよね……? そんな事ないよね……? 目の前の光景が信じられなかった。必死に手を伸ばすけど、私の手ではもう届きそうにない。……なんで……なんでこんな事になるの!? どうして!? これからはずっと一緒にいられると思ったのに……楽しい事や嬉しい事もたくさん一緒にできると思ったのに……なんで奪われなきゃいけないの!? 悠助が……私にとってかけがえのない大切な人がいない、大切な人が奪われるこんな世界なんて

 

「こんな世界なんて……大っ嫌いだ——ッ!!」

 

その瞬間、私の視界は真っ白になった。音も聞こえない、痛みも熱さも感じない。あぁ……これが死ぬって事なのかな……薄れていく意識の中、そんなことを考えていた。もう何も考えない、何も考えたくない……このまま悠助と同じところへ行けるのならもうどうなってもいいや……そうすればきっと、どうなっても

 

(いつか……きっとどこかで、また会えるよね……? そうだよね、悠助——)

 

 

 

 

 

——そこから先の記憶はない。

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