いつか、きっとどこかで   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第10話「一夏って本当にいい人ですよね」

「少しいいだろうか?」

 

私と織斑君が会話しているところに突然横から声をかけられる。この声……聞き覚えがあるどころの話ではない。同時に一瞬身体が硬直するような感覚があった。

 

「箒、だよな……?」

 

織斑君が口にした名前を耳にした瞬間、声を放った人物が誰なのかを確信した。

篠ノ之箒。

春十と一緒に道場や学校で私をいじめてきた張本人。その姿も何もかもが私のいた世界の箒と全く同じ……そう認識した瞬間、あの頃の思い出したくない思い出が蘇ってきそうになってくる。も、もしやこの世界の私は……織斑君は箒と何か関係があったの……そう考えるとより一層不安が押し寄せてくる。お、お願い……今は……今だけはその記憶は起きてこないで……!!

 

「申し訳ないが、少々こいつを借りて行ってもいいだろうか?」

 

だが、私にかけられた声は許可を取るような声。その声が聞こえた途端、さっきまでの嫌な感じはすっと引いていくようだった。

 

「あ、う、うん……別にいいけど」

「すまない。感謝する」

 

……なんというか私の知っている箒とは全然違う……なんなんだろうこの違和感。いつもだったら何かとつけて罵倒とかされていたから、今回もされるんじゃないのかなと思ったけど……全然そんな事はなかった。あまりの事に彼女の顔を見てしまう。全く同じ顔なのに中身が違うなんて……千冬姉さんと同じパターンだ。

 

「……なんだ、人の顔をじろじろと見て」

 

……いや、やっぱり目つきは怖いかな。

 

「おいおい、紅城さんを睨むなよ箒」

「別に睨んでなどいないのだが……まあいい、行くぞ一夏」

「あ、ちょ——」

 

箒に連れられて教室を出て行く織斑君。二人が話している感じ、特に悪い関係では無さそう。でも大丈夫なのかな……休み時間、あと少しで終わるんだけど。

 

〔……どうやらこの世界では一夏にかつて酷い事をした人達は軒並みいないか普通の性格になっているかのようですね〕

(そうみたいだね……私としては嬉しいからいいんだけど、なんというか違和感しかないかな……本当に人が違うからそうなんだけど、見た目が同じなのにまるっきり別人みたいになっちゃってるから)

〔一夏もこちらの世界であれば苦労する事はなかったのではないかと思ってしまいます〕

 

榛名の言う通り、もし私が初めからこの世界にいたとしたら、きっと誰にもいじめられずにごく普通の平和な日常を送ることができたのかもしれない。けど——

 

(——でも、仮にもしそうだったとしたら私は悠助に会う事はできなかったし、今こうして榛名とお喋りする事もできなかったわけだよ? 確かに向こうの世界では辛い事や嫌な事が多かったけど、その代わりに大切なものを貰えたから……悠助や榛名との繋がりがそうだよ)

 

——今こうして当たり前のように話している親友(榛名)や、今は離れ離れだけど私のことを大切に想ってくれる家族(悠助)と出会うことがなかったかもしれない。私にとってかけがえのない大切なものだから……悠助や榛名がいない世界なんて考えたくもないよ。……悠助、会いたいな。

 

〔……一夏って本当にいい人ですよね〕

(……どうしたの急に)

〔いえ、なんと言いますか……人を大切に想えるのは素晴らしい事だなぁと思ったまでです〕

(だって当たり前のことでしょ? 私の場合、身勝手な理由でそう思ってるだけかもしれないけどね)

〔それでもです。他人の事を大切に想える人に悪い人はいませんし、理由が身勝手であろうとも悪い事はしないと信じていますから。素直にそう思える一夏はやはりいい人ですよ〕

 

……榛名、不意に人を褒めてくるのやめない? 結構ドキッとしたんだけど……いや、そう思ってくれる事は嬉しいよ? 嬉しいんだけどさ、こっちが身構えている時にしてくれないと……褒められ慣れしてないから照れちゃうよ……。

 

〔いつも榛名を褒めてくる事へのお返しです。恥ずかしがってる一夏も可愛いですよ〕

 

なんだろう、無邪気に笑ってそう言ってる榛名の姿が容易に想像できたんだけど。余計な事を言ったわけでもないからどうこうする事もできないし、今度何かお手伝いとかしてくれたらうーんと褒めてあげよう。うん、そうしよう。

 

〔お、お手柔らかにお願いします……〕

(それは榛名次第)

 

別に怒ってるわけじゃないからそんなにびびらなくてもいいのに。そんな事をしているうちに休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴る。なお隣の席に目を向ければいまだに空席。……完全にやらかしちゃってるね、これ。しかも、次の授業の担当って山田先生なんだけど、監督官として千冬姉さんが付くんだよね。なんで知ってるのかって? 教員補佐になったら時間割とは違う、授業のタイムスケジュールや授業プランのデータをもらったからね。これで誰がどこの担当なのかは簡単にわかるよ。補佐としての役割はちゃんとこなさなきゃね。

 

「よし、二時限目の授業を始める。今回は山田先生が担当だ」

「よろしくお願いしますね〜」

「だが、その前に——紅城、織斑はどこに行った?」

 

千冬姉さんと山田先生が教室に入ってきたのはいいが、やはり男子がいないというのはすぐにバレるもののようだ。早く戻ってこないと怒られても知らないよ、というか怒られる事はもう確定したか。

 

「え、えっとですね——」

「「すいません! 遅くなりまし——」」

「初日から遅れるな、馬鹿者どもが」

「「——いだぁぁぁぁぁっ!?」」

 

織斑君と箒は完全に遅れ、あえなく千冬姉さんによって罰が与えられたのだった。確かに授業に遅れるのはやっちゃいけない事だからね。それに一応千冬姉さんも手加減して出席簿で叩いているそうだし。ひとまずそんな光景を見てもフラッシュバックとかしない事に安心を覚える私だった。

 

 

二時限目の授業はさっきの授業でもやったISに関する基礎知識についての後半部分だ。基礎知識とはいってもその量はかなり膨大なものだし、中には規則として厳守しなきゃいけないものだってある。なお、この時間の担当である山田先生は千冬姉さんが授業を監督しているためかとても張り切っている。あと、この時間の資料はさっきの時間で使ってた資料の残り半分を使うから特に準備する必要はなかったよ。

 

(それにしても、この辺は本当向こうと同じなんだね)

 

授業の内容を聞きながら私はそう思った。コアの絶対数とかそういったところは違うけど、基本的な機能だったり、アラスカ条約に関する内容だったり、あと誕生の歴史についてだったり、向こうの世界で一度勉強した事と同じだったよ。でも、私がそれを理解できているかどうかはまた別の話。自分なりにちゃんと理解できるようにノートにまとめておかないとね。……こういうところはアナログなんだよね、IS学園。いや、電子辞書やら計算機とか小型のコンピーターを内蔵した電子机を使ってはいるけど、実際のところ教科書とノートを主に用いているわけだし。まぁ、手で書いた方が私は覚えやすくていいけどね。

 

「……ぉぉぉぉぉ……」

 

……なんだろう、隣の席からすごく不安な声が聞こえてくるんだけど。ちらっと隣の席に目を向けると

 

「……ぅぉぉぉぉぉ……」

 

教科書を開いたまま固まってる織斑君の姿が。いや待って、この授業は前に配られた資料もそうだけど大体参考書に書いてある内容しか取り扱ってないはずなんだけど……資料も補足という形でしか使わないから、基本は参考書の方になるかな。でも、確か参考書って入学希望者には必ず配られるはずだし、あんなに大きく『必読』って書いてあるから、そんなに混乱する事ないと思うんだけど……まさか読んでないって事はないよね?

 

「——皆さん、ここまででわからない事はありますか?」

 

山田先生からそう聞かれるが、誰も手をあげない事を見るにきっとわからない事はないのだろう。ちゃんと予習しておけばわからない事はない、基本的な内容だからね。……隣からは目線逸らしておこうかな。ちょっと嫌な予感する。

 

「織斑君は何かわからない事はありますか? もしあったら遠慮なく聞いてください。私は先生ですから!」

 

流石に山田先生もさっきから固まっている織斑君には気がついていたのかフォローに回ろうとしていた。山田先生、今日めちゃめちゃ張り切ってますね。普段を知らない人が見たらとても頼れる先生ですよ。というより、頑張ってる姿を大人(千冬姉さん)に見せたがる子供……って言ったら怒られそうだからやめとこう。一方の織斑君、山田先生と教科書を交互に見ては汗をかいている。……すごく嫌な予感がしてやまないんだけど。

 

「……先生!」

「はい、織斑君」

「ほとんど全部わかりません!!」

 

その瞬間、教室は驚くべき静けさに包まれた。聞こえてくるのは電子機器の冷却音くらい。

 

「え、えっと、全部……ですか?」

 

さっきまでの張り切りっぷりは一体どこへ行ったのやら、山田先生の顔は困ってるような引きつっているような、とにかく想定外の答えをもらったような顔をしていた。まぁでも仕方ないんじゃないかな。千冬姉さんが言ってたけど、織斑君がISを動かしてしまったのってほんの一ヶ月前くらいらしいし。大体IS学園を受験する人ってそれこそ中学に入るときにはもう勉強始めているとかそういうレベルだからね。参考書もその頃から読んでいる人だっているし、今の授業内容も参考書の振り返りみたいなものなんだけど……やっぱり一ヶ月であれを把握するのは相当難しいと思うよ。それも今までISに関わったことがないんじゃ余計に。それなら仕方ないんじゃないかなと私は思った。

 

「……あ、あの紅城さん」

「え、あ、山田先生、どうかしました……?」

「わ、私の授業の説明、大丈夫でしたよね!? ち、ちゃんと、大事なところ押さえて話してましたよね!?」

 

しかしながら山田先生、なにを思ったのか偶然目線があった私に助けを求めてきた。って、ちょ、ちょっと! なんで私にそこを聞いてくるんですか!? 隣にもっと頼りになる担任がいますよね!? 目線があったからって私に振らないでくださいよ! あと、そのおかげで私も注目されちゃって緊張しちゃうんですけど!? ……あ、待って待って、山田先生涙目にならないで。教師としての威厳とかそういうの全部消えちゃうから。

 

〔早速補佐としての仕事みたいですね〕

(こんなことで役割くるなんて思ってなかったよ……)

 

でも千冬姉さんが介入してこないから、この場をなんとかするのは私の役目みたい。午前中は補佐としての仕事無いって言ってたじゃないですか。そう思って千冬姉さんを見たけど眉間の辺りを押さえてて、完全に想定外といった雰囲気……私がした方がいいみたいですね。とりあえず席を立ち、クラスの皆に向き直った。

 

「えっと、山田先生の説明でわからなかったところある人っている?」

 

私の質問には誰も手をあげない。よし、大丈夫だ。

 

「山田先生、みんなちゃんとわかっているみたいですよ。大丈夫ですって」

「紅城さぁん……」

 

あのー、山田先生? あなたは先生なんですから、もう少し堂々としてもらっていいですか? そうしてもらわないとちょっと困るんですが……。

 

「——時に織斑、貴様参考書は読んできたのか?」

 

状況を理解したのか千冬姉さんは織斑君にそう問いかける。いや、流石に参考書は読んでるでしょ。だって、あんなにでかでかと『必読』と書かれている上に、あんなに存在感を放ってるんだから。千冬姉さんはきっと読んだ上で理解できなかったという風に捉えているんだろうと思う。私もそう思うよ。それで、なんで織斑君は顔青ざめているんだろうか?

 

「さ、参考書、ですか……?」

「ああ、そうだ。必読と書いてあっただろう?」

「ひ、必読!? ……あー、でも確かにそんなこと書いてあったような」

「織斑、さては貴様……」

「ち、違うんです! これには深い理由が!」

「ほう。ならどんな理由か言ってみろ」

「えー……マスコミ疲れで気分転換に掃除している時に多分捨て——」

 

……。

…………。

………………海鳥の鳴き声がよく聞こえるなぁ。今飛んでったのカモメかな。

 

〔現実逃避しないでください。あと、今のはウミネコです〕

 

……いやいや、今完全に参考書捨てたって言ってたよね!? え、なんなの、この世界の私ってもしかして……結構やらかしてたりするの!? なんだろう……いろんな意味で違ってるせいで泣きたくなってきたよ。これは流石に現実逃避してもいいよね? というか、私って今までこんな失敗したことなんてないよね? そうだよね?

 

〔確かに一夏は参考書を捨てるような真似はしてないですね。あったとしても致命的な事はないはずです。始業式の日に限って内履き忘れたくらいですか?〕

(それはそれで恥ずかしいけどね!)

 

私だって忘れ物するけど、ここまでの事はないよ! もし今一人でいたとしたらきっと私は頭を抱え込んでいた事だろう。同時に自分も今度から忘れ物は絶対しないように気をつけようと心に誓った。

 

「——織斑、マスコミに追われ参っていたのは致し方ない事だろう。だが、参考書を誤って捨てたとしても、何故早くそれに気がつかなかった。そもそも何故それが参考書だと気がつかなかった。……まぁいい。過ぎた事を責めても仕方あるまい。参考書は後ほど再発行してやる。その後は一週間で覚えろ、いいな?」

「……は、はい」

 

……しかし、なんというかあの量を一週間で覚えるというのはなかなかに酷な事だと思うよ。改めて事情を考えると少しだけ可哀想に思えてくる。

 

「さては貴様、今自分が望んでこの場にいるわけではないと考えたな? 確かに理不尽な目に遭ったことは間違いない。だが、貴様以外にも望まずにこの場にいる者が存在している。ましてや社会に出れば望まずとも場に属さねばならん。人間とはそういうものだ。もしそれが嫌だというのなら、まずは人間である事をやめるんだな」

 

どうやら、織斑君が何かを不服に感じたのを悟ったのか千冬姉さんはそう言った。確かにね……私なんて本来ここにいるはずのない存在だし、この世界に来る事を最初から望んでいた訳じゃない。でも、それでも悠助にまた会うためにはこの世界でも頑張らなきゃいけないんだ……いつか、きっとどこかで会えるその日のために。それに、千冬姉さんだって厳しい事を言ってるとは思うけど、いつまでもどうにもならない事で立ち止まるなって、そう言ってるような気もするしね。

 

「……わかったよ、千冬姉。やるさ、やってみせるさ」

「うむ、その意気だ。しかしだ」

 

今日何度目かわからない脳天への一撃が彼に炸裂したのだった。

 

「ここでは織斑先生だ」

 

千冬姉さん、気にする問題ってそこなんでしょうか? 口には出さないけどそう思わずにはいられなかった。

 

「織斑君、もしわからない事があれば放課後でも大丈夫ですので、いつでも質問しにしてくださいね」

「は、はい。その時はよろしくお願いします……」

 

山田先生も無事に復帰したようだしこれで何よりって感じかな。

 

「さて、色々トラブルがあったようだが、この際だ、改めて言っておこう。現在配備されているISはその多くが既存の兵器を凌駕する性能を有した超兵器とも呼べる存在だ。その力を持つという事は、同時に大いなる責任が常に付き纏う。その責任を果せるべく、貴様らが一人前になるよう指導しているわけだ。それを心にしておけ」

「「「はい!!」」」

 

千冬姉さんによってトラブルが幕引きされ、授業は再開された。なお、この後は山田先生が暴走したりしたけど、それ以外は特に問題がなく授業が進んでいったのだった。

 

 

「うちの愚弟が申し訳ない……」

 

二時限目の終了後、千冬姉さんに呼び出された私と山田先生は千冬姉さんからの謝罪を受けていた。

 

「い、いえ、先輩が謝る必要はないですよ。それに、弟さんも悪気があってやったわけじゃないようですし……」

「それでも、だ。私とした事が……もう少ししっかりとした説明をあいつにしておくべきだった」

 

どうやら先ほどの一件を重く受け止めてしまっているようだ。でも、あれは完全に仕方のない事なんじゃないかなと私は思うんだけどね……いや、参考書を捨ててしまったのはどうかと思うけどさ。

 

「でも、織斑君自身今までISになんて関わってこなかったんじゃ仕方ないと思いますよ。私だってあの参考書、なにも知らなかったら電話帳かと勘違いしますもん」

「電話帳って……紅城さん、確かにあれはそのくらいぶ厚いですが……」

「……電話帳でも捨てる事はまずないと思うが」

 

電話帳だから捨てていいってわけでもないですけどね。千冬姉さんはまたため息をついていた。

 

「……すまないが山田先生、あいつの補習を任せてもいいだろうか? 本来ならば私がやるべきなんだろうが……担任という立場上、そう易々と動けなくてな」

「大丈夫ですよ。本人のやる気もないというわけではなさそうでしたし……それに織斑君と約束してしまいましたからね」

 

とはいえ、そこは教師としての役割を果たそうとしているためなのか、あれ程の事態になったにもかかわらず、山田先生は織斑君の補習を引き受けていた。こうしてみると本当理想の先生って感じするよね、山田先生。

 

「紅城ももしあいつが困っているようだったら手助けしてやってくれ。可能な範囲で構わん」

「わかりました。丁度隣の席ですから、任せてください」

 

同じ一夏だしね。できる事は限られてくるけど、それでもできる限りのことはしてみようと思う。けど、千冬姉さんがそこまで織斑君の事を気にかけているって事は……やっぱり心配なんだろうなぁ。絶対口にはしないと思うけど、態度からわかっちゃうよ。……やっぱり織斑君がどうしても羨ましく思えてしまう。千冬姉さんが本当に私の千冬姉さんだったらいいなぁって思っちゃうくらいには。

 

「あいたっ」

「……紅城、今余計な事考えていただろう?」

 

そんな事を考えていたら私の頭に落とされる軽い手刀。……このくらいじゃ怖くなくなった自分がいる事に驚きだよ。しかも全然痛くないし。もっと織斑君を叩いていた時みたいにすごい勢いで叩かれるかと思ったけど。

 

「べ、別にそんな事ないですよ? ただ、織斑先生って織斑君の事が心配なのかなって——」

「——それ以上はやめろ。いくらお前であっても次は痛いのを喰らわせるぞ」

 

それは是非ご勘弁を願いたいですね……痛いのだけは嫌だし。

 

「全く……私は教師だぞ。身内贔屓をするわけにはいかんからな」

 

千冬姉さんはどこかやれやれといった感じでそう言った。確かにね、先生って誰か一人を特別扱いしてはいけないって話は聞いたことあるからね。それに、丁度それをやっていた人を私は知ってるし、その結果を知ってるからね……だからこそ、余計に千冬姉さんの言う事は間違ってないんじゃないかなって思うよ。

 

「……せ、先輩が弟さんの事で手を上げないなんて……珍しい事もある——」

「——ほう、山田先生。どうやら少々話をする必要があるみたいだな?」

 

……あの山田先生、なんで千冬姉さんにヘッドロックされているんですか。しかもさっき私言われてましたよね? 次は痛いのがくるって。なんというか、余計な事を口にするのはあんまりよくないんだなぁって思ったよ。だから榛名も気をつけてね。

 

〔なんでそこで榛名の名前が出てくるんですか!?〕

 

 

「はぁ……疲れたぁ……」

 

初日を乗り切って寮長室へと戻った私は思わずベッドに飛び込んでいた。午前中の一幕もそうだったけど、午後は午後で普通に補佐としての仕事があったし。授業中何度か千冬姉さんや山田先生の代わりに解説を頼まれる事もあったり、指名される事が多かったよ。あと単純に教材を運ぶお手伝いだったりとかそういう感じ。

 

「お疲れ様です、一夏」

 

視界の隅っこで突然現れる光。あ、榛名が具現化したんだ。

 

「ありがと、榛名……で、その格好はどうしたの?」

 

ただし、具現化したときのその格好にはいささかツッコミを入れたくなるような気分だ。だって、どこから手に入れてきたのかわからないけど、メイド服姿でいるんだもん。一体なにをどう考えたらその格好になったのか……時々榛名の考えがわからなくなる時があるよ。

 

「今日の一夏は一日大変そうでしたので、お世話をするならこの格好の方がいいかと思いまして」

「その気持ちは嬉しいんだけど、流石にいつもの格好でいいと思うよ?」

 

いや、改造巫女服もそれはそれでメイド服と並んでコスプレしてる感じが全面に出てるんだけどね。本当、このコア人格は一体なにを考えているのか……こればかりは本当私にもわからない。

 

「いいえ! 今日の榛名は一夏の専属メイドになります! 榛名にお世話されるのも任務の一つです!」

 

ええ……とは思ってしまうが、当の本人はやる気に満ち満ちている。このまま無碍にするわけにもいかないよね……絶対泣く、この子絶対に泣くよ。それに、これも私を想っての事だろうから、素直に受け取ってもいいのかもしれないね。

 

「わかったよ……それじゃ、お茶淹れてもらってもいいかな?」

「はい! 榛名にお任せください!」

 

上機嫌でキッチンに向かう榛名。なんか鼻歌まで歌い始めてる。よっぽど私の事をお世話したかったみたいだね……それはそれでどうなのって話だけどさ。榛名、こっちの世界に来てからずっと私に関わる事ならなんでもやろうとしてきたし……まるで何かを考えないようにしているようにも見えてくる。もしそうだったら心配だなぁ……。そんな風に考えていた時だった。何やら廊下が少し騒がしい。何があったんだろうか。本当なら千冬姉さんが寮長をしているから、千冬姉さんに報告しなきゃいけないんだろうけど、まだ会議で遅くなるって言ってたし……とりあえず私が行くしかないんだろうか。

 

「何やら廊下が賑やかになってきましたね」

「そうだね。ちょっと様子を見てくるよ」

「わかりました。では、ついでに夕飯の支度もしておきますね」

 

私のコア人格が私にとても奉仕してくる件について。

それは一旦置いておくとして、騒ぎの方に向かうとしよう。ドアを開けて出ると廊下の奥の方に人だかりが見える。一体何があったんだろうか……もし何かトラブルが起きていたら対処できる自信がない。火事とかそういう感じのものじゃなきゃいいんだけど……。

 

「あ、いっちーだ〜」

 

そんな時不意に声をかけられる。この独特の呼び方をする人なんて知ってる限りじゃ一人しかいない。

 

「のほほんさん……?」

 

布仏本音、通称のほほんさん。午前中のうちに私のところに来て、このあだ名をつけてくれたわけだ。なんというか、この世界でものほほんさんはのほほんさんなんだなぁと変に納得してしまったよ。あと、何やら着ぐるみみたいなものを着てるわけだけど、もしかしてそれってパジャマですか?

 

「教室ぶりだね〜」

「そうだね。そういえばこの騒ぎって何が起きてるか知ってる?」

「さあ〜? あ、でも、この先っておりむーの部屋があったはずだよ〜」

 

……なんだろう、物凄く嫌な予感してきた。

 

「そ、そうなんだ。それじゃ、私ちょっと様子見てくるから」

「いってらっしゃいなのだ〜」

 

のほほんさんに見送られながら群衆の中へと向かう私。なおすでに気が重い。一体何が起きているんだろうか……あんまり面倒な事じゃなきゃいいんだけど。

群衆をかき分けてその中心へ向かうと、そこにいたのは

 

「紅城さん……?」

「……騒ぎの中心になるのは得意みたいだね」

 

何やら穴だらけになった扉にもたれかかっている織斑君の姿が。って、なんで扉が穴だらけになっているわけ!? おかしいでしょ色々と!? 織斑君、誰かから命でも狙われたの!?

と、とりあえず、この場の騒ぎを鎮めるためにはどうしたらいいのか……人が集まっちゃってるからまずそこをなんとかしておかないと……仕方ない。あまりこういうのは得意じゃないんだけどなぁ……ポケットから携帯を取り出して電話をかけるフリをした。

 

「——あ、もしもし。織斑先生ですか? ちょっと今トラブルが起きまして……はい、寮までお願いします」

 

こうなったら千冬姉さんの名前を使うしかない。するとどうだろうか、何か巻き込まれるのはやはりご勘弁願いたいのか、群衆にいた人達はそそくさと自分の部屋へと戻っていった。なお、目の前には余計に青ざめている織斑君。

 

「……今の電話はしたフリだから。織斑先生は来ないよ」

「ほ、本当か? ……絶対千冬姉が来たら俺殺される、間違いなく殺される……」

 

……本当に何をしたの? とりあえず色々事情を聞かないといけないね。千冬姉さんに後で報告するためにも。

 

「とりあえず、何があったか聞かせてもらってもいい? 明らかにこれおかしいから」

「お、おう、わかった。——ほ、箒さん、中に入れてもらってもよろしいでしょうか?」

 

そう彼が言うと穴だらけになった扉が開く。中から出てきたのは剣道着姿となった箒……って、まさかの同室!? とりあえず箒に会ってからは特に震えたりしてないから大丈夫、なはず……だと信じたい。

 

「……入れ」

「あのー、私も入れてもらっていいかな……?」

「……構わない」

 

とりあえず部屋に入る許可はもらったけど、なんなんだろうこの雰囲気。一体本当に何をしたんだろうか……何があったとしても、扉の破損は千冬姉さんに報告しなきゃならないんだけどさ。中に入った私は二人が座ったのを確認してから話をするべく声をかけた。

 

「——それで、一体どうしたら扉にあんなに穴が開くわけ……?」

「え、えっと、それは……」

 

質問したのはいいけど、当の二人はあまり話したくはない様子だ。……そもそも私だって話を聞くの得意じゃないからどうしたらいいのかわからないんだけどさ。

 

「……話したくないなら話したくないで別にいいよ。でも、この事は織斑先生に話しておくから」

「ま、待ってくれ!」

「なんでそこで千冬姉の名前が出てくるんだ!?」

「あれ、知らないの? ここの寮長だけど織斑先生だよ?」

 

その事を聞いた二人は何というか、お通夜みたいな雰囲気だったよ。自分たちが千冬姉さんにこれからどんな罰を受けるのかと考えたのかもしれない。でもこればっかりは私にもどうにもできないよ。

 

「……終わったな、俺たち」

「……ああ、きっと三途の川を見ることになるな」

 

いや、この世の終わりみたいな顔をしないで。

 

「……理由次第では私も手助けするから。とりあえず何があったのか教えてくれる?」

 

私がそう言うと今度はちゃんと話をしてくれた。……よっぽど千冬姉さんが怖いんだね。

ちなみに理由を聞いたら頭を抱えたくなったよ……織斑君がドアをノックして部屋に入ったら、タイミングが良かったのか悪かったのかシャワールームから箒が出てきて、恥ずかしくなったついでに近くにあった木刀を手にしてやってしまったとのこと。……いや普通に危なくない? 多分見てしまった織斑君も悪いけど、箒のそれって普通に大怪我してもおかしくないんだけど。

 

「えっと……まず、織斑君についてなんだけど、ちゃんとノックして入ったまではいいんだけど、シャワールームを使っているかどうかは換気扇が回ってるかで確認できたし、それなら時間をずらしてもう一度来るって手もあったよね? あと、女の子の湯上り姿を見たのは確かに悪いね」

「うぐっ……返す言葉もございません」

「そ、そうだろう!? お前もそう思うだろう!?」

「でも、篠ノ之さんもいけないと思うよ。確かに相手が変質者だったらそうなるかもしれないけど、いたのが織斑君だってわかったんでしょ?」

「そ、それは……」

「恥ずかしくなる気持ちはわかるよ。でもね、例えそうであっても木刀を使うのはダメだよ。たまたま良かったけど、もし当たりどころが悪かったら、きっと織斑君は無事では済まなかったよ」

「……」

 

実際、向こうの世界じゃ私も何度も竹刀や木刀で叩かれたからね……運が良かったのか骨折まではいかなかったけどあちこちに打撲の跡が残ったからね……束さんのおかげで無くなったけど。でも、それくらい危険な事をこの世界の箒はしてしまっていた。せっかく私のいた世界とは違うんだから、そんな事はして欲しくないと思ってる。

 

「……一夏」

「……なんだよ」

「その……すまなかった」

「……俺も気をつけるところいっぱいあったみたいだから、こっちこそすまん」

 

どうやら、二人の間で問題は解決したみたいだ。一方の私は慣れない事をしたからなんだか疲れたよ……部屋に戻ったら榛名の頬っぺたで遊ぼ。触ってると気持ちいいし。

そんな事を考えていたら箒が私の方に向き直って立っていた。

 

「それと、色々迷惑をかけてしまったようだな。申し訳ない」

「別にいいって。一応クラスメイトだし、少しは手助けするよ」

「そうか……心の広い奴なんだな、お前」

 

そう言うと箒は徐に右手を差し出してくる。

 

「そういえば名乗っていなかったな。私は篠ノ之箒だ、よろしく頼む」

「……私は紅城一夏。こっちこそよろしくね」

 

私は少しだけ警戒しながらだけどその右手を握り返した。伝わってくるのは加減された力で握られる感触と温かさ。向こうの世界では絶対にあり得なかった光景が今目の前で起きていることに驚きを隠せない。やっぱり、中身が違うって意識をしたら大丈夫なのかな……?

 

「それじゃ、私は部屋に戻るから。二人とも、これ以上問題は起こさないでよ?」

「わ、わかってるから!」

「人を問題児のように言わないでくれ……」

 

とにかく、問題は一応解決したようでよかった。さて、私もそろそろ部屋に戻ろう。榛名がきっと準備して待っているだろうし。廊下に出て寮長室へ向かおうとしたけど、ある事を思い出して足が止まった。あ、そういえば言い忘れてたっけ。

 

「あ、この扉の事は織斑先生に報告しておくからねー」

「ちょ、待ってくれ紅城!?」

「さらっと死刑宣告!?」

 

いや、報告する事は報告するよ? 初日からだけど千冬姉さん、心労大変そうだね……榛名に後で千冬姉さんの分もなにか作ってもらおうかな。ちょっとドタバタしていたけど、こうして忙しい一日は過ぎていったのだった。

 

なお、数十分後に何処かの部屋に特大の雷が落ちたみたいだけど私は知らない。知らないったら知らないんだ、うん。





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次回も生暖かい目でよろしくお願いします。
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