いつか、きっとどこかで 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
二日目。今日から本格的に補佐として仕事をすることになるわけなんだけど、どうやら座学では昨日と同じように立ち回ればいいとの事。それはそれで大変なんだけどどうしたらいいんだろうか……未だにあがり症は治ってないからすぐに緊張すると思うよ。おかげで朝からこっちは山田先生のフォローに入ったりする羽目になったけどね。本当大変だったよ……山田先生って授業結構脱線しやすいんだね。生徒と仲がいいのはいいんだけど、あまり脱線するのはよくないんじゃないかと思うよ。なお、千冬姉さんの場合はそんな余裕ひとつもないから淡々と授業が進む。うーん、なんというか両極端。
そんな事を考えながら三時限目の授業の準備をしていた。
〔この時間は千冬さんが教壇に立つんですね〕
(うん、確か各種武装の基本特性についての授業。基本動作は山田先生だけど、戦闘に関しては千冬姉さんって割当になってるみたい)
そう、この時間は千冬姉さんの授業なのである。昨日の一件があってかみんな一字一句たりとも聞き逃さないといった雰囲気でノートを取ろうとしている他、山田先生もまたメモを取ろうと準備している。それほどまでに重要な授業なんだと思うよ。
「では、これよりISの各種武装の基本特性について貴様らには学んでもらう」
授業が始まった。一気に雰囲気が硬くなり、真面目さをこれでもかと押し出したような空気になる。
「——だが、その前にクラス代表を決めねばならん。要するにクラス委員のようなものだ。クラスの取りまとめ役の他、クラス代表は今月末に行われるクラス対抗戦に出場することになる。なお、一度決定すれば一年間原則変更は認めない。自薦でも他薦でも構わん。誰かいないか?」
……え、それ今このタイミングで決めるんですか?
きっと私と同じ事を思った人はいるはずだ。そう思うくらいなんの前触れもなく言い出したから思わず困惑してしまった。それにしてもクラス代表かぁ……こんなこと言うのはアレだけど、私はやりたくないかなぁ。目立つのは嫌だし、教員補佐の役目があるし。
「なお、紅城は昨日も言った通り教員補佐だ。そのためクラス代表には選出できない事を頭に入れておけ」
そんな私の考えを読み取ったのか、千冬姉さんは先にそう言ってくれた。それを聞いて安心する私。となると、あとはもうどうなるかなんとなく予想できたよ。
「はーい! 織斑君を推薦します!」
「私も! 織斑君に!」
「せっかくの男子だもんね!」
「これほどの逸材はいないって!」
そう、このクラスで一番目立つ人といえば彼しかいない。故に彼を推薦する人は多いんだけど……多分単に面白そうだからって理由で決めているような気もするなぁ。それでいいのかなと思ってしまう。
「お、俺ぇ!?」
当の織斑君は自分が推薦されていることにようやく気づいたようで、素っ頓狂な声を上げていた。まぁ、いつのまにか自分が推薦されていたらそうなっちゃうよね。
「騒ぐな馬鹿者。なるほど、織斑が推薦されたか」
「いやちょっと待って!? 俺はそんなものやらな——」
「騒ぐなと言っている。それに、特例を除き推薦された者の辞退は認めん。どうであれ貴様を推した者の意思を踏みにじる気か?」
「そ、そんなつもりは……」
「ならば受け入れろ。さて、他にはいないのか? いなければ代表は織斑で決定——」
「——納得がいきませんわ!!」
もう少しで織斑君で代表が決まりそうだという時に声を荒げる人がいた。この声も聞き覚えがある……でも、その態度は私が知っている人のものとは全然違う。
「クラス代表とは即ちクラスの顔。そのような大事な役職に、ただ物珍しいからという理由だけで極東の猿を選ぶだなんて正気ですの!? クラス代表にはこの私、イギリス代表候補生セシリア・オルコットが最も相応しいですわ!!」
セシリア・オルコット。向こうの世界では私の友人で、どこか母さんみたいな雰囲気を持って接してくれてた。そんな優しさと優雅さを兼ね備えた彼女と同じ人間なのかと疑ってしまうほど、彼女は声を荒げてヒステリックになっている。ここに来て、改めてこの世界での女尊男卑というものがどういうものなのか直に触れることになってしまった。
「ただでさえこの空間に男がいるという時点で苦痛ですのに、あろうことかクラス代表に選出とは……この私に一年間恥をかかせる気ですか!? 私は極東の地に来てまでサーカスを見るつもりはありませんの!!」
女尊男卑。ISの適性を持っているのは女性しかいないという事から、女性の地位が急激に向上。その結果、女性が何をするにも優位な社会になり、それに反するように多くの男性の地位が下がったことによる社会影響の一つ。男尊女卑の反対と言えばわかりやすいかもしれないけど、それ以上に差別的な風潮だとも言われてるよ。ちなみに私はこの風潮は嫌いかな……私はその枠組みに当てはまらずにずっといじめられてきたし、風潮がより広まってからさらにいじめられたしね……理由なんて簡単だよ。私のIS適性が極端に低かったから……ただそれだけ。
〔ですが、一夏は極端な適性の持ち主です。現に榛名との適性は数値化不可能な値にあります〕
榛名、蒼龍のコアとの適性があったのだって偶然の産物だよ。でも、そのおかげで今の自分があるのは間違いない事実だ。けど、誰かを極端に差別している社会は生きにくいものだと思うよ。
しかし、私のそんな思いは届かないのか、それともこの世界のセシリアはかなり自国至上主義にも似た考えの持ち主なのか、口撃はますます増していくばかりだ。中身が違うとはいえ、見た目が同じ人からそんな言葉が出てくるのは見ていて気持ちの良いものではなかった。私の知っているセシリアは調子に乗るし時々失敗もするけど、常に余裕を持って優雅に振る舞っていたじゃない。少なくともそんな風潮に流されるような人ではなかったはずだよ。
「大体、こんな文化的にも後進的な国で暮らすこと自体、私にとっては苦痛で——」
「——そっちだって同じ島国だろ。前衛的な料理で何年覇者だよ」
このままセシリアの口撃が続くとばかり思っていたけど、まさかの織斑君が言い返していた。でも、その発言の内容的には……最悪国際問題にでもつながりかねないものではあるけど。いや、セシリアの発言の時点でだいぶというより完全にやばい。前に悠助が言ってたことなんだけど『代表候補生って、候補であっても国の顔だからな。発言一つで戦争につながることにもなるぜ』って。
「あ、あなたねぇ! 今私の祖国を侮辱しましたわね!?」
「先に日本をバカにしてきたのはそっちだろ!! 自分が言うのは良くて相手が言うのはダメって道理はないだろ!!」
「なんですってぇ!!」
口論に発展している二人。どうにかして止めないといけないのはわかっているけど、頼みの千冬姉さんは眉間を押さえて静かに怒りを露わにしているし、山田先生に至ってはどうしたらいいのかオロオロしている。千冬姉さん……やっぱり日本をあんな風に言われたのは頭にきてるんだね。……はぁ、貧乏くじ引かされている感じがしてやまないけど、やるしかないんだよね。
「はぁ……二人ともそこまでにして」
「な、なんですの横から!」
「お互い熱くなってるのはわかるけど、自分達がどんな言葉を口にしていたのか、ちゃんと振り返ってみて。下手したら国際問題にでもなりそうな発言してるから」
「でも……! 紅城さんだって日本出身だろ!? あんなに言われて悔しくないのかよ!?」
「それはそうだけどさ……単純な口喧嘩では済まない事になってるって自覚して」
二人とも全然納得してない雰囲気だけど、無理にでも納得してもらうしかないと思う。それに、そろそろ千冬姉さんも少しは怒りも引いたと思うし、助けてもらおう。
「それで、織斑先生。これどうしましょうか……二人とも納得はしてないようですが」
「……来週、二人には模擬戦を行ってもらうとしよう。その勝敗で代表を決める。文句は言わせんぞ」
「ああ、それでいいぜ」
ひとまずは二人での模擬戦という形に落ち着いてくれたようだ。安心というわけではないけど、これ以上は問題が起きないといいなぁ。
「ええ、私も問題ありません。ですが、模擬戦をするならば是非そこの方ともお手合わせしたいものですわね」
……あの、なんでセシリアは私に指差してるわけ? 全くもってわからないんだけど……
「教員補佐を任されるような人物がどれ程の実力を持っているのか、少々疑問に思いまして」
「……別にそこは気にしなくていいんじゃないかな。それに、私はクラス代表をするわけじゃないし」
「あら、逃げるんですの? 教員補佐を任されたような人が臆病風に吹かれたのか、それとも」
「——負けて自らの無能さを晒したくないから?」
無能……? 私、が……無能……? 違う……私は……私は……
〔だ、ダメです一夏! そのような言葉、気にしなくていいんですよ!!〕
違う……私は……無能なんかじゃ、ない……悠助が認めてくれた……私だってちゃんとできるって事……私が無能じゃないって事……。一瞬フラッシュバックを引き起こしそうになったけど、榛名の一声でなんとか最悪の事態にならなくてよかった。
「……わかったよ。——織斑先生」
「ああ、お前とオルコットの模擬戦も許可しよう」
「……ありがとうございます」
流石に私も言われっぱなしは嫌だからね……やるときはやるんだから。少しずつ前の自分とは変わってきてるなって自覚するよ。昔の私だったら言われてそのまま、何もせずに泣いているだけだったと思う。でも、今の私にはちょっとだけ、ほんの少しだけだけど自信と勇気がある。それで私は十分だ。
「——さて、クラス代表に関しては来週まで持ち越しとする。なお、貴様ら全員に改めて言うが、ISを扱う者としての責任はなにもISに限ったことではない。日々の発言の一つ一つにも重みがある。その点に関しては一人前にならずとも自覚しろ」
そう言って千冬姉さんは場を締める。今の千冬姉さんの言葉を理解してくれる人ってどれくらいいるのかわからないけど、少しでも意識が変わってくれたらいいなっては思うかな?
「では授業に戻るぞ」
その後は少しだけピリピリした空気の中、授業が進んでいったのだった。
◇
「全く! なんでこうも私のクラスには問題児しか来ないんだ!」
「あはは……」
昼休み。一度職員室に向かった私は見事千冬姉さんに捕まり、現在学園の屋上にいる。まぁ、千冬姉さんのストレスすごい溜まってそうだからね……昨日今日と一組ではトラブルが頻発している。主に織斑君絡みの案件がほとんどだけどね。だからなのかわからないけど、千冬姉さんからの愚痴がすごい。そんな愚痴を聞きながら私はお昼ご飯用に用意してきたお弁当を食べていた。
「大体だ! あのイギリスの代表候補生も随分な物言いをしてくれる! 自分の立場というものを理解しているのか、あいつは?」
私はそれについてはどうこう言えませんよ……そんな事を思いながら鶏肉と大根の煮物を口にする。うん、昨日榛名が作ってくれた晩ご飯の残りだけど、一晩経ってるから味が染みて美味しい。榛名もかなり料理上手だから、榛名の作るご飯はちょっと楽しみだったりする。
「それにだ、あの馬鹿は一体どれだけ私を困らせれば済むんだ……場合によっては国際問題だぞ」
やれやれといった感じに言う千冬姉さんだけど、織斑君の事になると少しだけピリピリした感じが抜けている。やっぱり、本当の家族ってだけあって気にかけているんだろうね……そう考えると彼がやはり羨ましく思えてきてしまう。
「……少しはお前も何か言ってくれ。これでは私だけが愚痴を吐いているようにしかならんのだが」
「……最初から私は愚痴を聞くためだけに呼ばれたものかと思ってましたよ」
「……いや、間違いはないが……お前くらいにしかこのような姿は見せられん。私にも体面というものがあってな……」
「……本当大変ですね」
千冬姉さん、思った以上に疲れてそう……こんな姿を見るのは初めてだ。というか、もしかするとこういうストレスから逃げるためにあんなにお酒を飲んでいたのかもしれない。そうだったとしたらかなり心配になるなぁ……何かしてあげられたらいいんだけどね。
「……上層部は大半の面倒事を私に任せればなんとかなるとでも思っているらしい。私はただの人間だぞ。限界というものがある」
多分、あなたが普通の人間だったら私達は一体どうなってしまうんでしょうか……純粋にそう思った。
「それはともかく、昼食助かった。食堂に行くと大人しく食事もできんからな」
千冬姉さんの有名度合いを考えたらそうだよね。ここぞとばかりに千冬姉さんのファンの人とか見てそうだし、落ち着くということはまずないんじゃないかなと思う。そういう事を考えてたわけじゃないけど、千冬姉さんには私と同じ中身のお弁当を渡してる。前に千冬姉さんが私の料理を口にしてからたまにお弁当を作ってって頼まれてたからね。昨日は流石に無理だったけど、今朝はかなり早く起きたからその時に作っておいたよ。今回も千冬姉さんには好評みたいだ。
「まぁ、寮長室に居候させて貰ってる身ですから……」
「そこまで深く考えなくても良いのだがな……だが、おかげで私はこうしてゆっくりと食事ができる。その居候に助けられたものだ」
そんな事を言いながら箸を進める千冬姉さん。なんというか、そういう風に言ってもらえるって事が嬉しい。前だったら絶対に言われないもんね……代わりに罵倒とかされそうだし、私の方からも何もしたくないよ。
「ふう、ご馳走様だ」
「空いた弁当箱、帰ったら洗うので預かりますね」
「うむ、助かる」
そう言って私は千冬姉さんの弁当箱を預かった。こういうのは忘れないようにちゃんと預かっておかないとどうなるかわからないからね……過去の千冬姉さんの部屋みたいに何日も放置されたらたまったものじゃない。絶対に洗いたくないよ、そういうのは……。
「しかし、あれだな。お前もまさか面倒事に巻き込まれるとはな」
「……完全に予想外でしたけどね」
そう、まさかのセシリアからの模擬戦の申し込み……最初はなんとかして断ろうと思ったんだけどね。あそこまで言われちゃったら、もうなんかやらなきゃいけない気がしてやまなかった。昔の私なら言われっぱなしで終わってたと思うけど、今じゃ少しは反抗する気持ちが出てきている。これも一つの変化なのかな?
「まぁ、お前なら代表候補生など簡単に相手できるだろう。訓練機とはいえ、あの真耶を相手に近接格闘戦で勝利したのだからな」
「あれは本当偶然ですよ。それに、今じゃ機体も変わりましたから」
「そういや別の機体に改装しているんだったな。慣らしとかはしてみたのか?」
「もう少しで最終調整が済むそうなので、それからって感じです」
「なるほどな。了解した、慣らしが必要ならいつでも私に言ってくれ。アリーナの予約くらい手配してやる」
「そういうのは織斑君に言ってあげたらいいんじゃないですか?」
「あいつを甘やかすわけにはいかん。どうせすぐに調子に乗ってまた何かやらかしかねんしな。それに、訓練機の貸与はこの二週間予約が詰まっていて厳しいという実情もある」
「それなら……まぁ、仕方ないですよね」
「ただ、あいつには専用機を用意すると委員会から話が来ている。あとはそれ次第というところだ」
千冬姉さんはそう言うと持ってきていた缶の緑茶を一気に飲み干す。
「さて、昼休みはもうそろそろ終わりだ。紅城、午後の授業には遅れるなよ?」
「分かってますって」
屋上を後にしていく千冬姉さん。この広い場所に私一人だけが残った。見上げるとどこまでも広がる、透き通るような蒼い空。そして白い雲。頬を撫でる優しげな春の風が心地いい。それはまるで——
(蒼龍に初めて乗った時と似てる……)
あの時の感覚は忘れていない。その色合いに反してとても暖かい……あの感覚。私が変わるきっかけとなった、蒼龍を初めて起動した時のこと。急にそんな事を考えていた。なんでだろうね……でも、この空を飛ぶことが出来る仲間がいるって嬉しいことだと思うよ。少なくとも一人ぼっちよりはね……だから、力を貸してね、榛名。
〔もとより一夏の為にとあの日より誓ってますから……榛名にお任せください!〕
これほど頼りになる仲間もそうそういないよ。そんな事を思いながら私もまた屋上を後にしていったのだった。
◇
昨日クラスで一悶着あった翌日の朝。今日も天気は晴れ。それも雲一つない快晴だ。
「——そうだ、織斑。貴様には日本政府より専用機が用意されることになった」
……しかしこの一組においては、外の天気のように爽やかというものは全くないようだ。このクラスはなにかと波乱が起きないと仕方ないらしい。というか、千冬姉さんが今度は爆弾持ってきてないですか?
「せ、専用機!?」
「一年のこの時期に!?」
「いいなぁ……」
織斑君に専用機が用意されるとのことで、クラスが少しざわついている。驚く人もいれば、羨ましがる人もいる。
「専用機……?」
「……織斑、教科書のそのページを読め」
「は、はい! えっと『専用機とは国家代表及び国家代表候補生の他、これに準ずる者に対し国家ないし企業より貸与される。その多くは各種データ採取用の試作機であるか操縦者自身に合わせた改修を施した機体である』——」
「そこまででいい。つまり、貴様にはデータ採取を目的として専用機が用意されるわけだ」
暗にモルモットと言われている織斑君。しかし、専用機っていうのは大体何かしらの試作機である事が多いのは確かだからね。蒼龍だって実は試作機だったらしいし……そう考えたらなんであんなに近接戦に偏った装備をしているのか納得するけどね。
「貴様は偶然にも専用機を得る事ができたが、開発者である篠ノ之束の意図によりISの根幹たるコアの絶対数が467個となっている以上、貴様の代わりに専用機を得られなかった者がいる可能性も無いわけではない。酷な話ではあるが、貴様には相応の結果を出してもらう事になる。その事を覚悟しておけ」
そう言う千冬姉さんは織斑君だけではなく、クラスの全員に向かって話しているような感じだった。確かにね……この世界には擬似コアというものが無いし、コアの数が制限されてるからそういう風に他の人の割りを食ってしまう人もいるわけだよね。私の場合、蒼龍を託されたのは蒼龍のコアである榛名が選んでくれたから、ちょっと他の人とは一緒にするの難しいね。あまりにも特殊な事例だと思うよ。
「は、はい……」
「わかったのならよろしい。この件に関しては後ほど詳しく説明する」
急な話ではあったけど、織斑君はなんとか理解できたみたい。これで織斑君の専用機に関する話は終わったから、ホームルームも終わるのかなぁと思ってたわけだけど……
「あのー、織斑先生。篠ノ之さんって、篠ノ之束博士と何か関係あるんでしょうか?」
クラスの一人がそんな質問を千冬姉さんに投げかけた。思わず私は箒の方を見たわけだけど、何やら呆れているのか面倒くさがっているのか、ため息をついているようだった。千冬姉さんもまた同様にため息をついている。
「……そうだ、篠ノ之は篠ノ之束の妹だ」
千冬姉さんがやや躊躇いがちにそう言った瞬間、教室には再びざわめきが起きる。それもさっきよりも大きい。有名人がいる事に色めき立つようなそんな感じだ。
「すごい! 同じクラスに有名人の家族が二人もいるなんて!」
「篠ノ之博士ってどんな感じの人なの?」
「そうなると、篠ノ之さんもISの操縦上手いのかな?」
「ねえねえ、今度ISについて教えてよ〜」
きっとクラスの人は本当に興味本位で質問しているんだと思う。でも……私にはそんな風には受け止められない。きっとみんなが見えているのは『篠ノ之箒』ではなく『篠ノ之束の妹』という存在……個人を個人として見てくれない状況の辛さは私にもわかるよ……私がそうだったから。『織斑千冬の妹』として見られ、勝手に期待して勝手に失望して……私という存在を、個人としての私を認識してくれる人は多くなかった。勝手かもしれないけど、今の箒は昔の私と重なって見えてしまう……そう思えるくらいには心が彼女の存在を許していた。
「……すまない。私から教えられる事はないんだ……私はあの人じゃない……あの人じゃないんだ……」
ため息をつきながら答える箒。そんな彼女の反応にクラスは少し戸惑いを見せる。盛り上がっていたところに水を掛けられてしまったような雰囲気だからね……戸惑うみんなを余所に箒は窓の外に顔を向けていた。表情は読み取れないけど……でも、これは辛いものだと思うから……勝手だけどなんとかしてあげたいと思ってしまう。……お人好しだね、私も。
「……ホームルームは終わりだ。授業を始める。山田先生」
「は、はい! では、教科書の——」
それから授業が始まったけど、どこかぎこちない雰囲気が教室には漂っていた。
◇
その日の昼休み。今日はちょっとお弁当作ることができなかったから、食堂の方に来ている。千冬姉さんはお弁当無くてちょっとへこんでたけど、仕方ないと割り切ってくれていた。
そういうわけで、さっきから一人できつねうどんを啜っているわけだけど、食堂の料理も本当に美味しい。本当よくこれだけの人数分を味も落とさずに用意できると思うよ。厨房の奥ではすごい大変な作業になっているんだろうなぁって思うけどね。
(量も私には丁度いいんだけど……悠助だったらきっと足りないっていうんだろうなぁ……)
そんな事を思いながら乗ってるお揚げをかじる。うん、甘辛く煮付けられてるけど、そこまで濃い感じではないね。添えられている蒲鉾も彩りを付け加えてくれる。本当に美味しい一品だ。
「お、紅城さんだ。ここ座ってもいいか?」
声をかけてきたのは織斑君だった。後ろには箒の姿もある。丁度私が座っている席はテーブル席だから、二人分くらい全然座れるね。
「うん、いいよ。二人ともどうぞ」
「サンキュー!」
「うむ……かたじけない」
二人はそう言うと席に座り食事を始めた。……なんだろう、私不思議と挟まれている感じがしてやまないんだけど、気のせいかな?
「そういえば、紅城と話すのは初日以来だな」
「確かにあの扉穴だらけ事件以来だね」
「……思い出させないでくれ。千冬さんの一撃を受けた後の記憶が曖昧だ……」
「……うっすらと三途の川見えたもんな……」
どうやら初日のあの時相当二人は千冬姉さんに絞られていたみたいだ。……まぁ、それだけの事をしたって認識してくれるといいんだけどね。
「それはともかく、紅城さんは何か特訓とかしてるのか?」
「特訓?」
「来週、セシリアとの模擬戦だろ? 俺は今、箒から特訓つけてもらう事になったんだけどさ。紅城さんはどうしてるのかなってな」
「まさか何もしないというわけではなかろう」
確かに、来週にはセシリアとの模擬戦を控えている。織斑君は箒に特訓をしてもらってるって言うけど、具体的には何をやっているんだろうか……。
「流石に何もしないわけにはいかないけどね。でも、教員補佐の役目もあるから、動きを確認したりするくらいかな」
ちなみに蒼龍の最後の調整が終わったらしいから、後は実際に動かして確認するだけだって榛名が言ってた。ここで出来るかわからないけど、ターゲットドローンを相手に練習はしたいとは思ってる。後で千冬姉さんにアリーナの使えるところがないか聞いておこう。
「しかし、紅城は訓練機を使うのだろう? それで専用機相手に勝てるとは思えないが……」
……そういえば専用機の件でセシリアが織斑君に絡んでたらしい。で、なんでかは知らないけど私は訓練機を使って模擬戦に参加するって話になってたとの事。ちなみに教えてくれたのはのほほんさん。いや、どうしてそんな話になったのか、私にはわからないんだけど……。
〔全くです。それに、訓練機では一夏の実力は半分も出せません〕
榛名……。
〔そもそも、一夏は榛名以外との適性劣悪なんですから起動すらできませんよ〕
……今夜のカレー、榛名のだけ激辛仕様にしておこうかな。
〔ひ、酷いです! というか、事実だから仕方ないじゃないですか!〕
事実だけど、言う必要はないでしょ……確かに私の適性の低さはどうしようもないけど。それに……訓練機で参加すると思われても仕方ないよ。私が蒼龍を、専用機を持ってるって事を知ってるのは千冬姉さんと山田先生くらいだから。専用機なんてそんなに多く存在してないわけだから、そう思われるのが当たり前だよ。
「……まぁ、やるだけやるしかないって感じだね。訓練機だってやりようはあるよ」
実際、訓練機だったけど山田先生強かったしね。
「……もしかして、紅城さんってめちゃくちゃ強いんじゃないか?」
「私はそんな事ないよ……でも、すごく強い人は知ってるかな」
織斑君からの質問にそう返す私。そう、私自身は強くない……それは榛名が、蒼龍が力を貸してくれたから。私より強い人なんていっぱいいるよ。でも、私の中で一番強い人は……
「やはり千冬さんの事か?」
「ううん、私が知ってるのは違う人」
「千冬姉より強い人って……一体どんな人なんだ?」
「そうだね……荒っぽくて、暴力的で、強引で、口調も粗暴で物騒な感じだけど……本当はとても優しい人、だよ」
わからないけど、千冬姉さんと一対一で戦ったらもしかすると勝つかもしれないね、悠助なら……あの強さはもう別格としか言いようがない。私なんて相手にならないんじゃないかなってくらいだよ。
「……強いってより、怖い人?」
「……まるでマフィアのボスみたいな人を知ってるんだな」
……箒、その人実は傭兵なんです。と、言ってもきっと信じてもらえないだろう。すでに千冬姉さんが世界最強と言われてる状況で、千冬姉さんより強い人がいるなんて言った時点で眉唾物の話と思われても仕方ないし、私がそんな物騒な人と知り合いだなんてもっと信じてもらえないと思う。……よくよく考えてみたら、私の周りって結構物騒なところにいた人多い気がする。
「ま、まぁ、その話は置いておくとしようよ。それで、改めて言うけど私は強くなんてないから。だから、やれる事を全力でやるしかないんだよ」
「なんかはぐらかされた気がするけど……やっぱり俺もそうした方がいいのかなぁ」
「やれない事を嘆くよりやれる事をとことんやった方がいいだろう。だからこそ今日も特訓をするから道場に来るんだぞ」
「いや、俺はISの特訓を——」
「いいな、わかったか?」
「あっはい」
……なんというか、二人の間での織斑君の立ち位置がどんな所なのか改めてわかった気がする。織斑君、強く生きてください。あと箒も少しは優しくしてあげた方がいいんじゃないかなと私は思うよ。
そんな話をしているといつのまにか昼休みはあと少しとなっていた。私は授業に遅れるわけにはいかないからね。早いところ教室に行って準備しておくとしよう。
「私は先に行ってるから。二人も遅れないようにね」
「わかってるって」
「無論だ」
そんな事言って……初日に授業に遅れたのはどこの誰でしたっけ? また遅れて千冬姉さんにしばかれない事を祈るよ。
あ、そうだ。箒には少し話しといた方がいいかもね。
「あ、それと篠ノ之さん」
「なんだ?」
「いや……余計なお世話かもしれないんだけどさ。篠ノ之さんは、篠ノ之さんだから……ちゃんとあなた自身を見ている人もいるから。言いたかったのはそれだけ。それじゃ」
私はそう言ってその場を後にした。これで少しは良くなるといいんだけどね……そううまくはいかないとは思うけど、何もしないよりはマシだと思いたい。
〔人の事を心配するのもいいですが、来週には模擬戦があるんですよ? そっちにも備えておいてください〕
(わかってるって。こっちに来てから二回目の模擬戦だけど、やるからには全力で頑張ろうね。頼りにしてるよ、榛名)
〔はい! 一夏のため、私も全力で参ります!〕
来週の模擬戦、絶対に勝とうね。そう心に誓いながら私は午後の授業に臨んだのだった。
感想及び誤字報告お待ちしております。
次回も生暖かい目でよろしくお願いします。