いつか、きっとどこかで 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
織斑君とセシリアの試合が終わった後、私は織斑君が戻ったであろうピットに向かった。と言ってもすぐ側の整備用ハンガーのあるところにいたからピットに行くまではそう時間は掛からないはず。あと、榛名は移動する前にコアの方に戻って行ったよ。……いつもの戻り方だから心臓に悪かったけどね。おまけに制服姿だから余計になんか不安になった。
(榛名、あの戻り方、やっぱりどうにかならない? 見てるこっちは不安になって仕方ないんだけど……)
〔こればかりは仕様ですからなんもと出来ませんよ……それにこれ以上適した戻り方もありませんので……〕
いや、見てるこっちの心情としては、普通の戻り方を模索してほしいと思うんだけどなぁ……でも、これが一番適してるって言われてしまったら納得する他ない。
〔それとも一夏は目の前でパッと消える方が気楽ですか?〕
(さらっととんでもなく恐ろしい事言うね!? それはもっと不安になるからやめてよ!!)
目の前で突然消えるなんて心臓に悪いったらありゃしないよ……たとえできたとしてもそれだけは絶対にしないでほしい。主に私の精神衛生上的によろしくないと思うから……多分、そんな事になったら泣く自信がある。こんな自信なんてなくていいんだけどさ……。
〔ほら、一夏だったらそうなるってわかってましたから、こっちの方法でしか戻らないんですよ〕
(なんか言いくるめられた気がするんだけど……)
〔気のせいですよ、気のせい。それよりも、そろそろピットの方に着きますよ〕
榛名の言う通り、目の前にはピットに通じる扉がある。電子ロック式の扉を開けると、ちょっとした階段があり、そこを上るとピットの通信室へと通じている。反対側にも同じような階段があり、そこから反対側のピットへ向かう事ができるとのこと。通信室には誰もいないし、きっと反対側のピットにみんな行ったんだと思う。
こうして反対側のピットに着いたわけなんだけど……なんだろう、不思議な光景が目に入ってきた。あの白式を纏ったまま正座させられている織斑君と、なにやらくどくどと説教をしている箒、少し呆れたような目でそれを見ている千冬姉さん、そして参考書並みに分厚いISの使用規則が書かれている本を携えてオロオロしている山田先生という混沌とした光景だ。
「……これどういう状況?」
思わず口からそんな言葉が出てくるくらいには状況がカオスなんだと思う。
「ああ、紅城か。なに、この大口を大衆の前で叩いてマヌケな負け方をした大馬鹿者を少し再教育していたところだ」
そんな私の心情を読み取ってか、千冬姉さんがことの顛末を教えてくれた。織斑君はこれでもかというくらい小さくなっているように見える。
「……なるほど」
「そうしたら今度は篠ノ之からの説教が始まったようでな。本来なら止めるべきなのだが、今回ばかりはあいつの身のためにも説教された方がいいだろう」
それはそうかもしれないけど……まぁ、いっか。これなら私の言いたい事も言ってくれているだろうし、私の出る幕は無いかも。でも、一応確認はしておいた方がいいかもね。
「ところで織斑先生」
「どうした?」
「いえ、その……織斑君に雪片の危険性について話をしたんですか?」
「バリア無効化攻撃についての話か。確かに話はしたが、どこまで理解できているものなのか……あいつ次第と言ったところか」
千冬姉さんはそう話すが、当の織斑君自身は理解しているんだろうか。雪片のバリア無効化攻撃は時として絶対防御すら貫通してしまう危険なものだって……またあの時、悠助が春十に雪片を刺された時のような悲劇が起きるんじゃ無いかって考えると、それだけで十分怖い。そして、きっと織斑君は春十とは違う人だから、きっとそんなことになったら心に傷を負ってしまうかもしれない。そう考えると、今のうちにしっかりと危険性を知ってもらわないといけないと思ってしまう。
「改めて私の方からも言っておくとしよう。だが、お前が危険だというのなら、最悪雪片の使用を全面的に禁止することもやむを得ないな」
「……実際に見てしまった事ありますからね……」
私にとってあの光景はもう二度と見たくないもの。私からもそう願う他ない。そう思ったら思わずそんな言葉が口からこぼれ出ていた。
「何か言ったか?」
「い、いえ。なんでもないです……では、私はこれで失礼しますね」
「ああ。今日のところはゆっくり休んでくれ。……あと、夕食は魚料理を頼めるか?」
「……今日の当番は榛名なので、一応言っておきます。それと、お酒は無しですからね」
「……やはりダメなのか」
このところ千冬姉さんは食堂ではなく寮長室で夜ご飯を食べることが多くなった。落ち着いて食事できるところ、ないもんね……食堂に行こうものなら千冬姉さんのファンに見られて落ち着かないらしいし。
それと、今週から炊事は当番制でやる事にしたよ。本当は私だけでやってもいいんだけど、榛名がやるって言って譲らないし、千冬姉さんも少しは手伝いたいと言ってきたからね。榛名はともかく、千冬姉さんに頼むと大変な事になるから、未だに料理は完全に任せることはできないけどね。でも、私にもそんな頃があったなぁと思いながら、苦手を克服しようとしてる千冬姉さんの姿を見てると、やっぱり別人なんだと実感する。あと、こうして千冬姉さんが料理の希望を出してくる時があるけど、昼休みには献立の予定立てちゃってるから、あんまり希望通らないんだよね。それとお酒も控えてもらってるよ。健康が第一だからね。
「……週末まで我慢してくださいよ。——では、お疲れ様でした、織斑先生」
「ああ、ご苦労だった」
私は千冬姉さんにそう挨拶し、何やら説明を受けてゲンナリしている織斑君とあたふたしながら説明してる山田先生と頭を抱えている箒の姿をあえて見なかったふりをして、ピットを後にしたのだった。
◇
寮への帰り道、ふと織斑君の試合の様子を思い返していた。試合には負けてしまったけど、初めて乗る機体であそこまでやったんだからすごいと思うよ。私が初めて蒼龍に乗った時なんてここまで乗ることなんてできなかったからね……機体の性能に助けられたって感じ。
〔それでも数を重ねる事に腕を上げていったのですから、やはり一夏は努力型の天才ですよ〕
(そう言ってくれるのは嬉しいよ、榛名。でも、私は天才じゃないし、あんまり天才って言葉も好きじゃないかな……)
〔そ、それは大変失礼しました……ご容赦ください〕
(別に怒ってるわけじゃないから謝らなくていいよ。私も言ったことなかったと思うし)
天才、かぁ……榛名からかけられたその単語を反芻する。天才と言われるとすぐに思い浮かぶのが束さんか春十。束さんは確かに天才だってのはわかるし、私にとって大切な人であるから、あの無邪気そうな笑みが脳裏に浮かぶのはわかる。でも、春十は……天才と周りに言われてはいたけど、私に対して嫌がらせとかしてきたし、そうなる原因でもあるから、良い印象なんてない。むしろ、春十のせいで天才という言葉を言われるのが嫌いになったと言ってもいい。けど、それをいちいち気にしてしまう自分にも嫌気が差してくるよ。
〔……そういうところですよ、一夏。気になるなら気になるって言ってください。その方がお互いスッキリしますから〕
(……そうだね。今度から気をつけるよ)
この際思考を読まれたことについて言うのはやめておこう。そういうものだと私は割り切った。
(それはそうと、一つ気になる事があるんだけどいい?)
〔どうかしましたか?〕
(さっきの事なんだけどさ、私だけ織斑君とセシリアの声が聞こえたって言ったよね。本当にあのモニターから音声って出てなかったのかなって)
そう、さっきの事だ。突然、まるで頭の中に直接聞こえてくるような形で聞こえてきた二人の会話。でも、榛名が言うにはあの時モニターからは何も音は出ていなかったと言う。そもそもで、あのモニターにはスピーカーとかなかったらしい。……まぁ、確かにあの時まで声が聞こえてきたなんて事はなかったけど。
〔ですから、あのモニターには音声出力用のデバイスが無かったんですよ。声なんて聞こえるわけがありません。一応、あの場における音声データの記録がありますが確認しますか?〕
(……そこまで言うんだったら本当に聞こえなかったんだね)
榛名がここまで言うとなると本当のようだ。でも、そうなるとなんで私にだけ聞こえてきたのかが気になってしまう……どうしてなんだろうか。それに、このところ蒼龍に乗って戦っている時に起きる事なんだけど、突然自分への攻撃がどこにくるのかが予測できたり、その攻撃がくるのが最初から分かっていたかのように避ける事ができるようになっていた。まるで相手の思考を読んでいるみたいに……無意識のうちにそれが起きているんだよ。私にはそれがなんなのかわからない……わからないんだよ。
〔度々一夏の思考を読む形になって申し訳ありませんが、榛名もその事象については把握できてません……〕
(榛名もわからないの……?)
〔……お恥ずかしながら。何分、RATナンバーはいわばオーパーツにも等しい存在。部品を修復したり生産する事は榛名達でも可能ですが、重力子エンジンから発生する粒子……インサニティ粒子については未知の部分がまだ多く、『ビーム兵器に利用可能』『高濃度圧縮が可能』等の兵器利用としての点しかわかっていません……〕
榛名の声はどこか申し訳なさそうだった。確かに蒼龍をはじめとしたRATナンバーの機体はみんな他の機体よりも高い性能だったし、それ以上にビーム兵器なんていう強力な武器を使えてたからね……そういえば蒼龍にはエネルギー残量と粒子の残量が表示されてたっけ。いつもただの粒子としてしか認識してなかったけど……そういうものだったんだね。
(インサニティ粒子……)
〔榛名も特に気にはしていませんでしたし、機体には必要不可欠な物であるのでこういう言い方はしたくありませんが……何が起きるかわからない、まさしく
私は、ようやく自分が乗っている機体がどういうものなのか知ることになった。最初はただ悠助から託された機体だっていう事……蒼龍の事はそうとしか考えてなかった。でも、今この粒子の事を聞いた途端、情けないけど少しだけ不安に思ってしまう自分がいた。何が起きるかわからないって言われたら誰しも不安になってしまうと思う。けど、それは悠助が託してくれた事への裏切りになるんじゃないかって思ってしまう……そんな自分が嫌だった。
〔……ですが、もう少しだけインサニティ粒子についてわかっている事があります〕
(……どんな事?)
〔いかなる条件下でも毒性を持たない……粒子自体は人体へ悪影響を及ぼさない。榛名と一夏が出会ってから今までの間で分かった事です〕
尤も今一夏の身に起きている事がインサニティ粒子と関係のある事なのかはわかりませんが、と榛名はそう言った。そういえばそうだ……別に健康自体は悪くなんてなってないし、体調を崩すこともなかった。もしそのインサニティ粒子が身体に悪いものだったら、今頃私はダメになっていたと思う。……そうだよね。悠助がそんな命を危険に晒すようなものを渡したりするわけなんてないもんね。そう思ったらさっきの自分を殴りたくなってしまった。
〔別に一夏がそのような疑念を抱くのも仕方ありません……誰しもよくわからないものには不安になるものですから〕
そう榛名から私が心の中で思った事と同じような言葉が返された。でも、そこにあるのは漠然とした不安ではなく、明確な安堵の感情……言葉は似通ってても、込められた意味は全然違うもの。
〔ですから、本当に一夏は気にしなくていいんですよ〕
だから、そう声をかけてくれる彼女の優しさが心に染みてくる。本当、私にはもったいないくらいだよ。人間よりも人間らしいと思えるくらいだ。
(……そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとう、榛名)
〔いえ、そんな……榛名は当然のことをしたまでです〕
そういう控えめなところを含めて私の大事なパートナーだよ。
〔それにしても、何故一夏だけがそのような影響を受けているのでしょうか? 他にも、攻撃が見えるとか、相手の思考が聞こえてくるとか行ってましたよね?〕
(うん。そうだね、必ずというわけじゃないんだけど、ここぞっていう時に限って見えたり聞こえてきたりするかな)
〔生存本能からくる予測……では説明がつきませんね。仮にインサニティ粒子の影響だとしても、それで一夏にのみ発現した理由にはなりませんから〕
(どうして? その粒子の影響であることは間違いないんでしょ?)
〔可能性としては高いのですが……高濃度のインサニティ粒子に曝露されるのが原因だとしたら、もう一人同じ影響がなければ確定はできません〕
同じ影響を受けたもう一人……もしかしてそれって——
(——悠助のこと……?)
〔悠助さんは一夏よりも前からRATナンバーの機体である黒龍を使用しています。その度に高濃度粒子に曝されることもあったはず……なのに悠助さんには良くも悪くも影響が何一つ見られていません〕
悠助の場合、確かに戦う時は強かったけど、勘というか感じ方が鋭いからだし、傭兵だし戦場で慣れているからというのも大きいかもしれない。けど、それでも私と似たような条件でそういったものがないとするなら……私がこうなってしまったのは一体何が原因なんだろうか。
〔
(ええ……)
分からないことが多すぎるものをこんなにも簡単に使っていたなんて……まさか光っている理由すらわからないのは驚きだったよ。
〔一度改めて調べてみますが、果たして解明はできるのか……〕
(ま、まぁ、まだそんなに深刻に考えなくてもいいんじゃないかな? 私には悪影響が無いってことはわかったわけだし、それで十分だって)
実際、害は無いって言われて安心したからね。それが一番だよ。
〔お心遣い、ありがとうございます……!〕
(もう、大袈裟なんだから……)
もし具現化していたらきっと頭を深々と下げているんだろうなぁって容易に想像がつく。相変わらず几帳面というか真面目なコア人格だよ。それと、私には榛名にはもう一つ聞いておきたいことがあった。
(それはそうとして——黒龍の反応は見つかった……?)
〔……申し訳ありません。このところレーダーや固有信号、秘匿回線等を使用可能な範囲で用いて捜索したのですが……〕
(……まだ、なんだね……?)
〔……申し訳ありません……〕
未だに黒龍——悠助の反応は見つかっていない。それが現時点での結論。そう簡単には見つからないと思っていたけど……それでも、見つかっていないという事実は私にとって辛いものがある。
(榛名が謝ることじゃないよ……だから、これからもお願い、ね?)
〔……はい! 榛名、全力を尽くします!!〕
でも、私は諦めたくない。諦めてしまったらきっと、会えるものも会えなくなってしまうと思うから……だから私は諦めない、そう心に決めたんだ。これだけは誰にも譲れないよ。榛名も諦めていないんだから……私が諦めちゃったら意味ないからね。
(ありがとう、榛名)
だからこそ、感謝の気持ちは忘れない、忘れたくない。それが今の私にできる大事なことだから。
◇
(それはそうと、榛名)
〔なんでしょうか?〕
(今日の夜ご飯の献立って何かなーって)
〔今夜は白身魚のホイル焼きを作ろうと思っているのですが、いかがでしょうか?〕
千冬姉さん、今日の夜ご飯の希望は通りそうですよ。