いつか、きっとどこかで 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「それでは、本日の授業はここまでだ。各自、復習は怠らないようにしておけ」
午前中は衝撃的な事があったけど、それ以降は無事に進み、今日の授業はこれにて終了。私も今日のところは明日の授業の準備とかする必要はないみたいだし、寮に戻ってご飯の準備をしようかな。今日は私の番だし。
〔榛名としては、その意見について賛成です。ただ、一夏にはゆっくりと休んでいただきたいというのが本音ではあります……何せ、あまり慣れていない教員の補佐という仕事をこなしているのですから、きっと疲れが溜まっているでしょうから……〕
そう何やら深刻そうに心配してくれる榛名。でも、そこまで深刻に考えるほどでは無いよ? 確かに言われた時はちょっと大変かもとは思ってはいたけど、実際はそんなに大変な仕事は渡される事はないし、疲れているとは思った事はないんだけどね。
〔それでもですよ。疲れというものは知らず知らずのうちに溜まっているものです〕
(そういうものなのかな?)
〔そういうものです〕
声だけだけど、ものすごく心配そうにしてる榛名の顔が容易に思い浮かんだよ。
(心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だからね?)
〔一夏の大丈夫は本当に大丈夫なのか、時々不安になってしまうんですよね……〕
(ええ……)
ただ、それは同じように大丈夫が口癖になっている榛名にも言えることだと思うんだよね。榛名も榛名で無理をしがちなことがあるし、そういう事ではある意味お互い様なんじゃないかなぁと思うよ。
とはいえ、このままだと榛名の心配が加速していきそうだし、何か話題を切り替えられたらいいんだけど、そう簡単に話題なんて出せないし……
「あのー、紅城さん。今ちょっといいかな?」
そう思っていた矢先、不意に声をかけられた。
「えっと、相川さん、だよね? どうかしたの?」
声をかけてきたのは相川清香さん、向こうの世界でも私に普通に接してくれた人だ。そして、私が初めて拳銃を手にした時、テロリストに捕まっていた人……あの後、突然悠助が来たから事なきを得たけど、そうじゃなかったら撃たれていたのは私だし、相川さんも無事では済まなかった筈……あの後避難はできたみたいだけど、無事に逃げる事ができたのだろうか……今となっては知る事はできないけど、それが気がかりだ。
「紅城さん、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ。それより、私に用があるみたいだけど」
「そうそう! 今日、寮の食堂で織斑君のクラス代表就任と紅城さんの教員補佐就任の祝賀パーティーをやろうとしてて、紅城さんに是非参加して欲しいなーって」
「私も? けど……私の教員補佐って最初から決まってた事だし……」
「いやいや、セシリアとの模擬戦であんなレベルの高い試合を見せられちゃったら、誰だって紅城さんの事を尊敬するし、そんな紅城さんが一組にきてくれた事をお祝いしたくもなるって」
「そ、そうなんだ……ありがとう」
そういうものなのかなぁ……私もなんとも言えない。でも、成り行きで決まった教員補佐の役割だけど、お祝いしてくれるってのはなんだか嬉しい。ちょっと戸惑ったけど、不思議と頬が緩む気がした。
「……こ、これが噂に聞く紅城さんの微笑み……破壊力がすごい……」
「相川さん……? どうかしたの……?」
「い、いや、なんでもないよ! それじゃ、七時くらいから始めるつもりだから、それまでに来てね!」
そう言って足早に去っていく相川さん。ちょっと顔を赤くしてたみたいだけど、何かあったのかな? でも、風邪とかひいてるわけじゃなさそうだし……どうしたんだろ?
〔……本当なんと言ったら良いのかか……相変わらず微笑むだけで誰彼構わず心を揺さぶっていますね……〕
(……榛名、私の事を一体なんだと思ってるの……?)
〔天然無自覚人誑し〕
(本当に私の事を一体なんだと思ってるの!?)
人誑しって何!? 私そんな事した覚え全くないんだけど!?
〔最早これに関してはいつもの事なので、何も言うことはありませんね。全く……一夏も悠助さんも、どうしてそう微笑むと破壊力がいきなり上がるんですか?〕
(そ、そんなこと、私に言われたって……)
〔……一夏の場合、何をしても破壊力高いですね……〕
いや、ちょっと待って。急に呆れたような、諦めたような感じの声で話さないでよ……榛名の言ってる事が訳わかんなくなってきたよ……。
◇
「それじゃ、織斑君のクラス代表就任と紅城さんの教員補佐就任を祝って、乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
相川さんの音頭で始まった織斑君と私の祝賀パーティー。あらかじめパーティーをやる事を聞かされていた私はともかく、隣に座っている主役の織斑君は何やら困惑している模様。多分、サプライズとかで何も聞かされずに連れてこられたんだろうなぁって思うよ。
「なんでこんな状況に……」
「まぁまぁ、皆織斑君のことをお祝いしたいみたいだから」
「本当にそうか……?」
怪訝そうな表情の織斑君。まぁ、お祝いしてあげたいという気持ちは多分間違いなくあるとは思うけど、それと同じくらいこの機に乗じてはしゃぎたいという気持ちもあると思うよ。あと、クラスの全員はもちろん参加してるけど、それ以外にも他のクラスの子達も参加してるよね? なんか、妙に人数が多い気がするし。
「それはそうと、改めてクラス代表就任おめでとう、織斑君」
「なんか成り行きで決まった気もしなくないけど……ありがとうな、紅城さん。それと、教員補佐就任おめでとう」
「うん、ありがとう」
それはさておき、お祝いはちゃんとしてあげないとね。一旦私と織斑君で慎ましくだけど乾杯した。私自身、お祝いしてもらえる事は嬉しいけど、あんまり賑やかなのは得意じゃないからね……織斑君もなんかお疲れ気味だし、これくらいがちょうどいいよ。
「それにしても紅城さんってすげえよな。今日の実習もそうだけど、この間の模擬戦だってセシリアに勝っちまったし。人並みの感想しかでないけどさ、強いんだなって思ったよ」
「そんな事はないって。私より強い人なんていっぱいいるし、私なんてまだまだ」
「そうやって謙遜するところとか、強いって証じゃないか。ほらよく言うだろ? 能ある鷹は爪を隠すって」
「それを言ったら織斑君だって、初めての機体であそこまで粘ったんだからすごいと思うよ」
多分、初めて蒼龍に乗った時の私じゃ絶対に勝てそうにないしね。
「そ、そうか。なんかそう言われると恥ずかしいな……」
後ろ頭を掻きながら恥ずかしそうにしてる織斑君。まぁ、私もあんな風に言われたら恥ずかしくなるけどね……ほら、あんまりそういうのに慣れてないし。
「……全く、そこの主役二人。折角のパーティーなんだからこじんまりとしているな」
「そうですわよ。主役がいなければ盛り上がるものも盛り上がりませんわ」
そんな私達のところにやってきたのは箒とセシリアの二人。確かに主役が一番おとなしくしているという不思議な状況だからね。
「いや、別に俺がいなくても盛り上がってるじゃん……」
「そういうわけにもいかないだろ。ほら行くぞ、一夏」
「全くですわ。特にこの私に勝った紅城さんには皆さん注目してますのよ」
「う〜ん、あんまり目立つのは得意じゃないんだけどなぁ……」
そのまま二人に連れられて会場の中心へと向かう羽目になった私達。もちろん、そんな事をすれば否が応でも目立つ。
「——おっ、噂の新入生達はそこにいたのか!」
……こんな風にね。私達のもとに駆け寄ってきたのは眼鏡をかけた生徒。でも、リボンの色が黄色だから、多分二年生。
「という事で、早速噂の新入生に新聞部が突撃取材をしにきました!」
これ名刺ね、と渡された名刺を見ると「新聞部部長 黛薫子」と。向こうの世界では直接関わった事はなかったけど、楯無さん経由で知ってる。もちろん、向こうでも新聞部だった気がする。一方の私達は突然の事に思わずフリーズしちゃったよ。
「では、まずは今や時の人の織斑君から! クラス代表になった抱負とか一言コメント頂戴!」
こちらの困惑した状況をものともせずインタビューをしてくる黛先輩。きっと新聞記者の人ってこんな感じなんだろうなあって、なんだか変な納得をしている自分がいる。
「え、えーっと、とりあえず頑張ります?」
「うーん、なんかこうインパクトが足りないなぁ。『俺に触れるとヤケドするぜ?』とか」
「……自分、不器用なので」
「うわ、前時代的! ……まぁいいや、適当に捏造しておくから」
前言撤回。やっぱこの人新聞記者とかじゃない。とてつもなく悪い人だよ……。そういえば悠助もあんまり新聞記者とかマスコミ関係の人に対していい感情を見せてなかった気がする。今ならその気持ちが分かりそうだよ。
「それじゃ、次はセシリアちゃんかな? ズバリ、クラス代表の座をなぜ織斑君に譲った理由とは?」
「え、ええ。何故私が一夏さんにクラス代表の座を譲ったかと言いますと——」
「——あ、長くなりそうだからこっちで適当に書いておくね。さしずめ、『織斑君に惚れたから』とか」
「な、ななな何を適当な事を言ってますの!?」
セシリア、その反応は図星って言ってるようなものだよ……とはいえ、この捏造記事製造先輩に捕まると大変な事になりそうだ。騒ぎの中心が織斑君とセシリアに向いてるうちに逃げ出そう、そうしよう。
〔そう言って逃げ出せた試しがないのが一夏じゃないですか……〕
(ちょ、ちょっと榛名! 余計な事言わないで!)
なんでこういうタイミングでツッコミを入れてくるかな榛名! 確かに逃げ出せた試しなんてないけどさ!
「——おおっと、そう簡単に新聞部は逃がさないよ〜! 大剣使いのブルードラゴンさん?」
……あえなく捕まりました。って、というか最後のって何?
「大剣使いのブルードラゴン? もしかして紅城さんの事ですか?」
「そうそう! 機体にあるブレードアンテナと特徴的なカスタムウイング、そしてあの荒々しくも洗練された大剣の扱い。そこから命名した通り名が、大剣使いのブルードラゴン!」
ちなみに命名したのは私ね、という黛先輩。それにしても人に対してドラゴンと呼ぶのはどうかと思うけど……私はなんだか少しだけ嬉しかった。私の中でドラゴンと言ったらそれはもう悠助の事を指すものだったから……まるで悠助の隣に並んでも恥ずかしくないくらいになれたと思えたから……だから、少し嬉しかったんだ。
「いや、その通り名はいかがなものなんですか……紅城も困りますよ。なぁ、紅城?」
「ううん……そんな事ないよ、篠ノ之さん。ちょっとだけ嬉しい、かな?」
「そ、そうなのか……人の感性とはよくわからないものだ……」
「でしょ!? 中々にいいセンスしてるでしょ!?」
そう食い気味にくる黛先輩。
「というわけで、今一番ミステリアスな存在の君には是非取材させて欲しいわけなんだよ!」
「い、いやでも……」
「まあまあ、そう遠慮せずにさ! あの専用機の事とか、教員補佐になった理由とか!」
ぐいぐいと詰め寄ってくる先輩に対して私はなす術がない。それに、ドラグキュアノスの事は何があっても話せない。あれは私に託された機体を覆う外套だけど、それ以上に信頼しているパートナーが私のために調整してくれた機体だから尚更だ。
「——黛、そこまでにしておけ。報道の自由は認めているが、生徒のプライバシーにも関わる事柄への干渉は認めていないはずだ」
そんな時、会場に凛とした声が響いた。その声の主に目を向けると
「お、織斑先生? こ、これはですね……」
「言い訳は聞かん。記事の内容は我々教職員で検閲させてもらう。わかったな?」
「は、はい! で、では、失礼します!」
まさかの千冬姉さんだったよ。流石の千冬姉さんには何も言えないのか、黛先輩は大急ぎで会場から走り去っていった。あの状況から解放された私は少しだけホッと胸を撫で下ろした。
「全く、懲りない奴だ。ああ、お前たちも騒ぐのは一向に構わんが時間は守れよ。遅刻の言い訳は聞かんからな」
「「「は、はい!」」」
千冬姉さんの一声に会場にいる全員が綺麗に返事をする。この一体感はどこから生まれてくるのだろうか、解放されて安堵している私にはそんな事を考えるくらいの余裕があった。
「それと織斑、お前は後で寮長室に来い。少し話がある」
「は、はぁ……」
「返事は『はい』だろうが、馬鹿者」
流石の千冬姉さんもこの様な場では出席簿で頭を叩く様な事はしないようだ。でも、なんで織斑君を寮長室に呼び出したんだろう……というか、私ってその場合どうしたらいいんだろう?
そんな事を思いながら賑やかなパーティーのひと時は過ぎていくのだった。
◇
時刻は夜の九時。パーティーがお開きになった後、私と織斑君は寮長室——というか、今の私の自室にいた。もちろん千冬姉さんも一緒にいる。私はもうなんという事はないんだけど、一方の織斑君はとはいえば
「……あ、あれ? 俺またなんかやらかしてたっけ……? やっべぇ、全然心当たりがないんだけど……」
ここに呼び出される事が完全に怒られる時しかなかったみたいなのか、何やら少々不安になっている模様。まぁ、気持ちはわかるよ。あの場で突然あんな風に呼ばれたら、不安になるのは私もそうだし。ましてや、以前にも既にお説教を貰っている織斑君からすれば、それはもう逃げることのできないものみたいな感じだと思うからね……私も逃げ出したくなるよ。
〔仮に一夏が逃げ出した場合、その十秒後くらいには何かに躓いて転んでいる様子が容易に目に浮かびますね〕
(……否定できそうにないのがなんか悔しい)
私だってそれは無いって信じたいよ? でも、今までの事を考えると……あんまり否定できない。別に運動音痴ってわけじゃないとは思いたいんだけどね……。
それはそうと、さっきから私以上に不安になっている人に落ち着いてもらわなきゃ……まるで私が何かしてしまったかのように感じちゃうからね。
「あのー、織斑君?」
「は、はい!? な、なんでございましょうか!?」
急に声をかけられた事にびっくりしたのか、変な声を上げて返事する織斑君。なんだろう……性別が違うとはいえ、この世界の私という存在だからだろうか、不思議と親近感が湧くんだよね。そう思うとなんだか少しおかしくて笑ってしまいそうになった。
「……な、なんだよ、笑わないでくれって……」
「ごめんごめん。それよりも、お茶とかいる? と言っても、おもてなしできるものはお茶くらいしかないんだけど」
「ま、まぁ、貰えるなら……でも、いいのか? ここって、千冬姉の部屋だろ? そんな勝手に使って……」
「織斑先生の部屋だけど、私も一緒にいるからね。私の部屋でもある事だしその辺は大丈夫だよ」
そう言うと織斑君は一瞬驚いたような表情をしたけど、その後すぐに何かを納得したような表情をした。……まぁ、なんとなくだけど察したよ。
「そっか! だから千冬姉の部屋なのに全然散らかってな——」
「——誰がゴミ屋敷製造機だ、織斑」
頭をがっちりとホールドされて絞られている織斑君とそこから関節技でもかけそうな千冬姉さんの姿を見なかった事にしてお湯を沸かす事にした。というかいつの間に部屋に入ってきてたんですが、千冬姉さん……全く気配が気づかなかったんですが。
「遅くなってすまない。何分、明日に来る転校生についての通達が先程来たものでな」
「それは仕方ありませんよ。……ところで、そろそろ離してあげてもいいんじゃないですか?」
「いや、こいつはどうやら目上の人を敬う事ができてないようだからな。これはその躾だ」
「そ、そうですか」
「ま、待って紅城さん!? 言いくるめられちゃダメ——ィギャァァァッ!?」
あー、お湯なかなか沸かないなー。
〔現実逃避しないでくださいよ、一夏……〕
(……これを現実逃避せずに直視できる方がどうかしてると思うけどね)
急に静かになったから振り返ってみると、頭から煙を出して沈黙してる織斑君と、やれやれといった表情を浮かべている千冬姉さんの姿が目に入ってくる。思わず心の中で合掌してしまった。
〔最近の一夏は大分悠助さんのようになってきましたね。心の中で合掌なんて、そんな事は以前の一夏ではあり得ませんでしたから〕
(そ、そうかなぁ?)
〔ええ。……でも、少しは心の持ちように余裕ができてきたみたいで安心しました〕
言われてみれば、初めてこっちに来た時よりは気持ちの持ち方に少しだけ余裕ができたように感じる。あんまり悲観的に考えることも少なくなったし……そうなったのはきっと悠助のバスターソードが見つかったからなのかな。武器とはいえ、彼が使っていたものである事に変わりはないし、ほんの少しでも繋がりが残っている事が嬉しかったから……うん、だからちょっとだけ勇気をもらえたんだよ。それが心の余裕につながっているのかもね。
「——それはそうと、一夏」
そんな時、不意に名前を呼ばれて思わず身体が強張ってしまう。今、名前を呼んだのは千冬姉さん……どうして急に名前で呼んだのかと思ったけど、よくよく考えてみたらこの場で私の事を名前で呼ぶことなんて無いよ……。
「な、なんだよ、千冬姉」
「成り行きとはいえ、クラス代表就任おめでとう。教師という立場上、あまり個人に肩入れはできんが、こういう場では家族の事を祝ってやるのも悪くはないだろう」
「お、おう。ありがとう、千冬姉。——よっし! それじゃ、千冬姉の名に恥じないように頑張らないとな!」
「既に模擬戦で負けている奴がよく言う」
「うぐっ……痛いところつかないでくれよ、千冬姉」
そう、千冬姉さんの本当の家族であるこの世界での私、織斑君の事だから……。口ではなんだかんだ言ってるけど、やっぱり千冬姉さんと織斑君は家族である事は間違いないし、気を許せる仲なんだなぁって思う。私自身、名前で呼んでくれる人はそんなにいるわけじゃなかったし、私の千冬姉さんから名前を呼んでもらえる事なんて一度もなかった。だからこそ、私と親しくしてくれて名前を呼んでくれた人の事は忘れる事ができない。向こうの世界の鈴やセシリア、シャルロットにラウラに簪……みんなどうしてるかな。無事だといいなぁ……。でも、やっぱり一番に名前を呼んで欲しいのは……悠助。
そう思った時、ちょうどお湯が沸いたのか蒸気で視界が曇る。
(お茶、ちょっとしょっぱくなってないといいなぁ……あ、この間焼いたクッキーが残ってたはずだからそれ出してあげようかな)
急須から人数分のお茶を全部注ぎ終わってからも、なかなか雫が落ちる音は止んでくれなかったよ……。
◇◇◇
「——はーい、お茶とお菓子を用意しましたよ」
俺と千冬姉が色々話し込んでいると、紅城さんが用意してくれてたのかお茶と一緒にお菓子まで持ってきてくれた。すげえ、こんなに綺麗に焼かれてるクッキー初めて見た……市販品って感じではなさそうだし、間違いなく千冬姉が作ったってわけじゃない。千冬姉が作るとできるのは暗黒物質か生かのどっちかだもんなぁ。
「——おい、今失礼な事を考えたな?」
口に出してないのに、なんで我が姉は俺の思考が読めるんですかねぇ……。とにかく、そうなるとこれを作ったのは
「それにしても、これは実に美味い。菓子職人でも目指せるんじゃないか?」
「いえいえ、そんな大袈裟な……」
紅城さんって事になるよなぁ。千冬姉もそうだけど、この人も大概なんでもこなしちゃうからすげえんだよなぁ。勉強もそうだし、なんなら実習での時なんて本当にすごかった。一瞬で大剣を展開したり、自然に飛行していたり……世の中には非凡な天才がいるって言うけど、こういう人のことを指すんだなって思った。
そんな事を考えながら自然と伸びてた手は紅城さんお手製のクッキーを摘んでいた。あ、これ本当に美味いな! 本当、紅城さんなんでも出来過ぎだろって……。
「どう? お口に合ったかな?」
「いやもう美味くてしょうがないよ。すげえな、紅城さん」
「ありがとう。気に入ってもらえてよかったよ。ほら、午前の実習の後、後片付け手伝えなかったから、そのお詫びと労いって感じで。よかったら全部食べていいから」
……この人の優しさが染みてくるんだが。再開した幼馴染と最近知り合った英国のクラスメイトの言い合いに巻き込まれ、千冬姉にはしばかれ、周りからは好奇の目を向けられ……正直、ストレスはかなり溜まる。でも、この人は……紅城さんは自然に接してくれる。それが今の俺にとってどれだけありがたい事か……今のところ、山田先生と並んで数少ない癒しです。
「おい、こいつに全部やるのは勿体ないだろ」
「いいじゃないですか。それに、織斑先生はこの間も食べたでしょう? 少し我慢してください」
「だがな……まぁいい。今日のところはこいつに譲ろう。しかし、明日のメニューは私の要望に応えてもらうからな」
「お酒はダメですからね」
訂正。千冬姉に勝てそうな数少ない人間です。いや、なんで千冬姉の事を納得させられるんですか? そもそもなんで千冬姉は納得してるんですか? 目の前の光景が俺の常識をぶち壊していってくれるものだから、俺もどう反応したらいいかわからなくなっている。てか待って、
「ち、千冬姉。明日のメニューって一体……」
「ああ。紅城が自炊する時に私の分も頼んでいてな」
え、この人料理も得意なの? 菓子作りがうますぎる時点で薄々感じていたけど、やっぱ完璧超人すぎない? それでいて嫌味とか一切感じないって……もしかすると千冬姉と同じ類の人間なんじゃないだろうか。いや、千冬姉は家事全般できないからそれ以上なのかもしれない。けど、それよりも、千冬姉がその事を話していた時の表情。あの何かを楽しみにしている時の表情……俺が料理を作った時に見せてくれた表情……滅多に見せる事ない表情を見せる相手が他にできた事に安心すると同時に、俺がいるこの場で俺に向いてない事に軽く胸がざわついてしまった。
「そういうわけだから期待するぞ、紅城」
「わかりましたよ。でも、織斑先生も我儘って言うんですね」
「私だって人間だ。言う時もあるさ」
ただ、千冬姉と楽しそうに話をしている紅城さんの姿は俺の脳裏にしっかりと焼き付けられてしまって忘れられそうにない。
——あの微笑みをもっと見ていたい、こっちにも向けて欲しいと思ってしまった俺は、今日墜落した時に頭をどこか強く打ってしまったのだろうか。そう思った瞬間、鼓動が少しだけ強くなったような気がした。
感想及び誤字報告お待ちしております。