いつか、きっとどこかで 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「ふぅ……」
紅城との訓練を終えた私——箒——はアリーナのロッカールームで一息ついていた。乱れることを知らない剣筋、不規則に振るわれる重量級の大剣と軽量のレーザーブレイド。そのどちらか片方だけでもいなす事は、今の私には到底叶わない事だ。何度撃墜判定を貰ったことか……だが、悔しさはあっても不思議と満ち満ちた気分だった。
(どれくらい久しぶりだったのだろうな……あんなに剣を交えるのが楽しいと思えたのは)
一夏との剣道での鍛錬も充実感は確かにあった。長年想い続けてきた相手がまさか剣から手を離し、ずっとバイトに明け暮れていたと聞いた時は、一瞬私との繋がりが消えてしまったのかと錯覚してしまいそうになったがな……。
(いや……今までの剣は恥ずべきもの、か)
一夏が覚えていた、私の剣道の全国大会優勝の記事。一夏には悪いが……今の私にはもう恥ずべき過去でしか無い。姉さんのお陰で転校に次ぐ転校……自由を奪われ、監視と不干渉を続けられ、ストレスが溜まっていた。自分本位で好き勝手に生きている姉さんと、全てを管理されて生きている私……その差が不満や苛立ちを加速させていた事は間違う事の
ない事実。いつ堰を切って溢れ出すかわからない黒い感情。
(荒んだ心に剣は禁物……そう言われてきたのにな)
あの大会の日、私の心は抑えていたものを全て吐き出そうとした。型も何もない、感情に肉体の全てを任せて振るった、力だけしかない一振り。今となって思うに、自分の周りにあるものを破壊したくて仕方なかったのかもしれない。ただ、それが、振るわれる先が人間である事を忘れてしまっていた事を除けば……。
(今になって自分の情けなさを知るとは……愚か者だな、私は)
相手に怪我を負わせても、何も咎められることはなかった。それも全て、私が『篠ノ之束の妹』であるという理由……姉の不興を買いたくなかったからなのか……それはわからない。だが、淡々と事が進むにつれ、より一層自分を腫れ物扱いされた気がした。その事実にすら苛立ちを持っていた……全ては自分の過ちが発端だというのにな……。学園に来るまでの私は、ひどく暴力的で……惨めな存在だっただろう。
一刻も早く振り払いたい過去。いくら忘れようとしても、ふとした瞬間にあの日の光景を思い出してしまう。……夢に見てしまうことも少なからずあったほどだからな。きっとそれが私に対する罰なのだろう……。
(だが、この学園に来た事で一夏に会えた)
本当であればもっと喜ぶべきなのだろうが、姉さんが作ったISのせいで離れ離れになった幼馴染と、その姉さんの作ったISのお陰で再会できた……その事実が素直に喜べない理由だ。尤も、彼奴がISを動かすなどという事を予想もできなかったがな。
(そして、アイツか……)
一夏と同じ名を持つ彼奴の存在、紅城一夏。初見ではあまり印象に残らない、普通の人という認識でしかなかった……初日に起こしてしまった寮の一件で私を叱ってきた時までは。
(ただ叱るだけではなく諭してくるとは、な……)
そんな存在は父や母、そして千冬さん以来だった。その時は本当に同じ歳なのかと思うくらい、彼女が大人びて見えた。
『篠ノ之さんは、篠ノ之さんだから……ちゃんとあなた自身を見ている人もいるから』
(それ以上に、私個人として見てくるとは……)
そう言われたのは初めてだったのではないだろうか。直前に『篠ノ之束の妹』として持て囃されていたからか、より一層心に染みた。教員補佐という役職を有しているからなのかもしれんが、それでも……それでも私にとってはその一言が嬉しくて、気を許してもいいと思ったんだ。
(……ああ、だから気になったのか……)
そして、模擬戦で見せたあの二刀流。篠ノ之流の型の混じったその剣に私は魅せられてしまった。慎重さと大胆さ、豪快かつ繊細な剣捌き……それを二振の大剣で行うのだ。普段の彼女からは到底想像もつかない。それ以上に単なる暴力ではなく、人を惹きつける何かを私は感じた。
(こんな気持ちになったのはいつ振りだったんだろうな……)
誰かと切磋琢磨し、好敵手としていつか越してみたい……素直にそう思えたのは幼かった頃以来なのではないだろうか。久方に高鳴る気持ちに思わず顔が綻びそうになる。
(不思議な奴だ、紅城は。こうも人の心を動かしてくれる)
これも、『一夏』という共通の名を持つ存在だからだろうか。まぁ、なぜかは知らないが時折私に対して少々怯えに近いものを見せてくる時があったが……それだけが不満だ。
「まぁ、それはいい。今後も紅城との鍛錬を研鑽していかなければ。そうしなければ彼奴の側に立つなど——」
そこまで口にして言葉が止まった。待て……私は今なんと言った? 『一夏の側に立つ』ために『紅城と鍛錬を積む』と言ったか……? 違う……私は、私の弱さと向き合って、紅城の剣に魅せられて……それで、共に研鑽したくて……
——本当にそれだけが理由か?
「——ッ!!」
誰かに声をかけられた気がして周りを見渡すも、私以外誰もいない。ただ、開けっ放しのロッカーの奥にある小さな鏡には、苦い表情を浮かべた私の姿が映る。だが、私にはそんなつもりなんて一つもない。ただ、一夏と紅城が私よりも一緒にいる事が多い事や彼奴の口からよく紅城の事が出てくる事は気になってはいたが……それだけのはず、だ……。
(しかし……まるでこれでは私が一夏と紅城を遠ざけようとしているようではないか……)
紅城と話す一夏は確かに私と話をしている時と比べて自然体でいるような気がする。それを見て多少なりと不満に思う気持ちもある。だが、紅城は私に一夏との接し方を変えるきっかけを作ってくれた、いわば恩人だ。そのような相手に、まるで嫉妬のような感情を抱くなど……
「……最低、だな」
◇◇◇
「——では、今日はこの辺にしておきましょう」
「お、おう……機動だけでこうも力が入らなくなるとは……」
「本格的に触れ始めて一ヶ月も経っていない人は大抵そうなりますわ。い、一夏さんさえよろしければ、お運びいたしますが……」
「……それは男として情けないから勘弁してくれ」
セシリアとの特訓を終えた俺——一夏——は、息も絶え絶えといった状態になっていた。いや、最初はよかったんだよ。授業でやったような飛行訓練だったから……その後はクロスなんたらターンとかなんちゃらマニューバやらというよくわからない機動をやる様に言われて……それでそこから模擬戦形式での訓練で……気がついたら腰を下ろして休んでいた。絶対初心者にやらせる内容じゃないだろ……。
「では、私は先に戻らせていただきますわね。明日も今日と同じ内容で訓練しますので、頑張ってくださいな」
そう言って先にアリーナを出て行くセシリア。……やっぱ代表候補生ってすげえ。あれだけ動いてもまだ余裕があるんだから。そう考えると、俺と模擬戦した後に箒とも模擬戦をしていた紅城さんとかもうそれ以上じゃん……すごすぎんだろ。
(でも、まさかあんなに強かったなんてなぁ……)
紅城さんの強さは前に模擬戦でセシリアに勝ったって事から知ってはいた。知ってはいたんだけど……まさかあそこまで手も足も出ないとは思いもしなかった。大剣とレーザーブレイドの二刀流なんてどうやって捌けばいいんだよ……というか、二刀流って本来日本刀とかでやるものじゃないのか? 大剣で二刀流する人なんて初めて見たぞ……。間違いなく、紅城さんは千冬姉とは別ベクトルの超人だ。
(さて……俺も早いところ部屋に戻るとするかぁ)
今日は俺が先にシャワー使う日だし、何より更衣室が使える時間がそろそろ終わりかかっている。疲れた体を引っ張りながら、俺はアリーナから更衣室を目指したのだった。
……。
……………。
……………………………。
「お疲れ、一夏。はい、これ。タオルとスポーツドリンク」
更衣室に戻った俺を待っていたのは、今日再会を果たしたセカンド幼馴染こと、鈴だった。って
「おいおい……ここは男子の貸切ってなってたはずだろ?」
「貸切なら一夏がいるのは当たり前でしょ?」
「答えになってないような気がするんだが……?」
何当然のことを聞いているんだ?という態度の鈴を見て、昔から変わってないと思った。良くも悪くも、自分の正しいと思った事には突撃して行くのは鈴の性なのだ。俺も前はやれ買い物だの、やれゲーセンだの、色々連れ回されたっけなぁ。あの時は弾も数馬も一緒だったっけ。
「もう、細かいことは気にしない! 老けるわよ?」
「そう簡単に老けたりはしねえよ」
「そうかしら? それより、これ。スポドリは常温にしてあるわ」
「おっ、サンキューな」
鈴からタオルとスポーツドリンクのボトルを受け取り、中身を口にした。スポドリは常温くらいが一番吸収率が良いらしいからな。いい感じのぬるさが疲れた肉体に染み渡る。
「ふぅ……生き返るぜ」
「アンタ、いつも放課後訓練してるんだっけ?」
「まぁな。紆余曲折あってクラス代表になっちまったし、みんなからも期待されてるみたいだしな。ちゃんと頑張らねえと」
成り行きで決まっちまったみたいなもんなんだけどな、クラス代表。最初はやる気全然無かった……というか、自信なかったしなぁ。だって俺、ISに触れてようやく一月経つか経たないかのど素人だぞ? そんなやつがクラスの代表とか普通に考えて務まるわけないって。まぁ、結果としてなっちまったからには、それなりに努力してちょっとでもいい結果を出せるように頑張らないとな。
「じゃあさ、あたしが教えてあげよっか? 代表候補生だし、専用機持ちだし」
「いや……というか、お前二組のクラス代表なんだろ? 敵に手の内明かしてもいいかよ?」
「アンタにバレたところで私が勝つのは間違いないしね」
それに、と言って鈴は言葉を続ける。
「あの三人よりもあたしの方が強いから、いい訓練になると思うわよ?」
鈴の言葉に俺はものすごく引っかかった。きっと、鈴も代表候補生で専用機持ちって話だから、きっと強いって事は間違いないと思う。クラス代表になったっていう事実がそれを後押ししてくる。でも、俺の中で一番強いと思うのは——
「紅城さん程じゃないと思うぞ」
——紅城さんだ。千冬姉も確かに強いけど、あれは経験とか年数が違うわけだし……なんというか、同世代で誰が強いかって言われたら、紅城さんって答える。あの人は普段大人しくて真面目で、誰にでも優しい、とんでもない人格者だ。時々寂しそうな顔をしている時もあるけど、ふと見せる笑顔がとても綺麗な、そんな人。でも、ISを纏ったらもう別人。大剣の二刀流は当たり前にしてくるし、とにかく動きが早いし、なんなら曲芸のようなことすらしているとんでもない人だ。多分、俺たちの中じゃあの人が飛び抜けて強いと思う。
「……ふーん、あんな気弱そうな子がねぇ」
いや、千冬姉が今のところ唯一叩いてない人だぞ、紅城さんって。それに、時々千冬姉に物申す事すらできる豪胆さを持ってるやべえ人だぞ。全然気弱なんて事はない。というか、千冬姉と談笑混じりに会話できる紅城さんって何者だよマジで。
「ああ、紅城さんマジで強いぞ。俺なんて一撃も入れられなかったし、セシリアもほとんど当てられなかったって言ってたしな」
「へぇ、あの子意外とやるじゃない」
「それに教えるのも上手いからなぁ。だから、俺も頑張ってさ、あの人のところに追いついてみてえよ」
何度か紅城さんに授業とかの内容を教えてもらったことあるんだけどさ、あの人教えるのも上手いんだよ。俺でもわかるように教えてくれるから、おかげで授業に追いつけているんだ。しかも、それに今日の訓練の後もそうだったけどさ、上手くできたら褒めてくれるんだよ。なんというか、千冬姉にはあまり褒めてもらった事とか優しくしてもらった事なんてなかったから、余計に沁みたっていうかさ……嬉しかったんだよな。もし、紅城さんが千冬姉と共に俺の姉だったらな……なんて思ってしまうくらいには。
「ふーん、そうなんだ」
そんな話を鈴はどこか興味なさげな態度で聞いていた。いつも思う事なんだが、なんで俺の周りにいる女子って他人の話になったりすると急に興味を無くしたり、そっけない態度になったりするんだ? 俺にはどうしてもその理由がわからない。
「ま、それはいいや。——それよりもさ、一夏……あの時の約束、覚えてる?」
さっきまでの自信満々な態度とは反対に急に大人しくなった鈴。あの時の約束……と言ったら、鈴が中国に引っ越すってなった時にしたアレしか覚えてないんだけど……アレで合ってるんだよな?
「確か……鈴の料理の腕が上達したら——」
「そう! それそれ!」
「——酢豚を奢ってくれる、ってやつだろ?」
約一年前の約束だったが、意外としっかり覚えてるもんだよなぁ。俺の記憶力に感心していたそんな時——不意に襲ってきた衝撃。一拍を置いてやってくる左頬の痛み。
「——最低ッ!! 女の子との約束を覚えてないなんて……!!」
鈴の怒号によって呆けていた俺は現実に引き戻される。俺は頬を叩かれたという事実を認識せざるを得なかったが……待て、なんで俺は叩かれたんだ……? 約束だってちゃんと覚えてたじゃないか……!!
「なんでだよ! ちゃんと約束だって覚えてたじゃないか!?」
「全然約束の意味が違うのよ!、このバカ! 朴念仁! 唐変木!」
「意味ってなんだよ、意味って!? メシを食わせてくれるって約束じゃないのか!?」
「違うわよ! なんでそんな事もわからないのよ! あんたなんか……あんたなんか、犬に噛まれて死ねッ!!」
吐き捨てるようにそう言うと、鈴は更衣室から出て行った。なんでだよ……全然意味わかんねえよ……ちゃんと約束覚えてたじゃねえか。訳わかんねえよ……。
「……なんなんだよ、一体……」
理不尽な苛立ちをぶつけられた俺はしばらくその場から動けなかった。
◇◇◇
「お疲れのところ、お呼び出しをして申し訳ありません」
「それはいいんだけどね……なんで呼び出されたのかな?」
一夏さんへの指導を終えた私——セシリア——は紅城さんを食堂へとお呼び出ししていた。この時間は訓練を終えた人達が休憩をとる為に立ち寄ることも多く、私達もその一組である。とはいえ、どちらも疲労困憊というわけではなく、非常にリラックスした雰囲気……いえ、紅城さんは少し硬そうですわね。
「それは……先日の非礼を改めて謝罪させて頂きたくて……本当に申し訳ありませんでした」
私は紅城さんの質問にそう応えた。去る一週間前、私は彼女を含めてクラスの皆様に暴言とも侮蔑とも取れる発言をしてしまいました。それから行われた模擬戦では、彼女に一撃を与える事すら出来ず……あの時の私は大層滑稽な姿を大衆の前で晒していたことでしょう。しかし、そんな私に健闘を讃える言葉を掛けてくださったのも紅城さんでした。そのような方を侮辱するような発言をした自分が情けなくて……もし、あの時に戻れるなら自分の頬を引っ叩きたいですわ……。そして、今日に至るまでその事を謝罪する事が出来ず……故に今回声をかけさせていただいたわけです。
「うーん……まぁ、確かに結構な物言いをされたとは思うけど……気にしてはいない、って言うと嘘になるけど……でも今のセシリアを見てると反省してるようだし、許すよ」
「そんなにあっさりと許していいんですの……!? だって、私はあなたの事を——」
『無能』と罵った。その言葉が出てくる前に、私の口は紅城さんの手によって塞がれてしまう。
「過ぎた事だから、今更掘り返さなくてもいいの。……それに、昔はよく言われてたし」
最後に何やら紅城さんは小さく呟かれたようですが……残念ながら私の耳に届く事はありませんでした。
「それでも、あの時の私はあなたに対して最低な振る舞いをした事に違いはありません……如何なる処罰も受ける覚悟はできております。どうか、私を罰してください……」
同時にこれが私にとって逃げの一手である事も間違いありません……そして、自己満足以外のなんでもありません。罰せられる事が許されたという事になるなど到底あり得ることではありませんが……今の私にはそれしか考えられませんでした。
「いや、本当にもう気にしてないんだけど……そこまで言うなら、デザート一つ奢って貰おうかな? それでこの話は終わり」
「……ほ、本当にそれだけでいいんですの……?」
「それで充分だよ。それに、クラスメイトとギスギスした関係にはなりたくないからね」
……きっとこの方のような人を聖人君子と呼ぶのでしょうね……そう思えるほど、寛容な心の持ち主だと思いますわ。
「……本当に優しい人なのですね、あなたは」
「あはは……たまにお人好しっても言われるけど」
その評価は全然間違ってないと思うのは私だけでしょうか?
「それより、折角だからお茶にしない? セシリアとこうして話すは多分初めてだろうし、ちょっとくらいはいいよね?」
「その案には賛成ですわ。では、お詫びのケーキも選んでいただきたいので、一緒に参りましょう」
どうせだから高いの選んじゃおうかな、などと言っている紅城さんは初めて見る姿でしたが……どこかそれが自然というか、本来の姿のようにも思えました。同年代とは思えないほど達観しているかと思いきや、これまた同年代とは思えない子供らしさの二面を備えた、とても不思議で魅力的な人。それに……今となっては彼女の側にいると不思議と心が落ち着きますの。
両親を鉄道事故で亡くしてからというもの、資産に目をつけた者たちから家を守り続けてきました。代表候補生になったのも、権力という力のもとでオルコット家を守るためでした。知らず知らずのうちに肩肘を張って、周りからつけ込まれないように気を張り詰めて……周囲の全てを敵と見做していました。その結果が今の状況……ですが、それでしか守る事が出来ないと思っていたのもまた事実。それでも……今一度私は、私自身を見つめ直す必要があるのかもしれません。それに……そうでなければ、一夏さんに顔向けできませんわ。私の殿方に対する見方を変えてくれた、真っ直ぐで意志の強い瞳の彼に……。
「……セシリア、どうしたの? 急にぼーっとして」
「な、なんでもありませんわ!」
「顔真っ赤になってるけど?」
「だ、大丈夫ですわ!」
急に覗き込んできた紅城さんの声に意識が現実へと引き戻されましたが……ですが、どうしてでしょうか。一瞬だけ、紅城さんの姿に一夏さんの姿が重なって見えたのは……。名前の同じお二人ではありますが……今の私にはその理由にたどり着く事は不可能でした。
◇◇◇
セシリアからの謝罪を受け、そのままちょっとしたお茶会を楽しんだ私は一度部屋に戻る事にした。まぁ、今日の晩ご飯の当番は榛名だけど、私も準備の手伝いとかしなきゃいけないわけだし。それに、模擬戦形式の訓練を立て続けにする羽目になったからね……アリーナの更衣室で汗は流したけど、流石にもう一回シャワー浴びたい。
〔それにしても、この世界の人は良い意味で人間味が強くていいですね〕
(そう、なのかな? でも、まさか箒があんな事を言ってくるとは思わなかったよ)
織斑君に模擬戦を頼まれる事は予想していた。でも、まさか箒までもが模擬戦を挑んでくるとは思わなかったよ……しかもかなり真面目だし。というか、この世界の箒って私の知ってる箒と本当に同一の存在なのか疑ってしまうくらい別人なんだけど。礼儀作法はしっかりしてるし、授業も一応ちゃんと聞いてるし、質問したらちゃんと真面目に答えてくれるし……いや、これ模範生なんじゃないかなって思えるくらいしっかりしてるよ。しかも、最近はすぐに手を出したりしないよう心掛けてるって言うし……本当に箒なのか疑いたくなる。私の知ってる箒って、気に入らない事があればすぐに木刀とかで叩いてきたし、春十と組んでは私を執拗に責めてきたし……この世界の箒と真反対だよ。
〔それには榛名も驚きです。てっきり織斑君と一緒にいようと訓練に乱入でもしてくるかと思っていたのですが……〕
(そうだよね。私の知ってる箒ならそれくらい普通にやりそうだけど……この世界の箒は違ったね)
〔織斑君のためになるように現状で採れる方法と、自己の鍛錬を行うために採れる方法の両方をクリアする方法を考えていたようにも思えます〕
ここまで変わりすぎると箒のガワを被った別の存在と思った方がまだ納得できるレベルだよ。
〔でも、榛名は今の彼女にとても好感をもてます。尤も、その素直さを彼にも向けてあげるべきでしょうけどね〕
(そうなんだろうけど、なかなか難しいのかもね)
榛名の言う通り、箒は織斑君に対して好意を抱いている事は間違いない事実。誰がどう見てもわかるくらいには織斑君の事が好きなんだろうけど、まだ素直になりきれてないところがあるみたいなんだよね。そこは当人達が解決する事だし、私にできる事なんてほとんどないだろうから、巻き込まれないように眺めていよう。あと、セシリアも絶対織斑君に惚れてる。なんでそんな風になってしまったのか、きっかけがなんなのかはわからないけど。
(——それで、いつもの報告なんだけど)
〔本日も発見には至らず、ですね……識別信号をキャッチできずにいます〕
(やっぱり……)
〔不甲斐ない榛名で申し訳ありません……〕
(そんな事ないよ! 榛名が悪いわけじゃないんだから……)
早くも一ヶ月。悠助と離れ離れになってからそれだけの時間が過ぎていた。そして、未だに行方の手掛かりも見つけられていない……わかっている、わかっているよ。わかっているつもりなんだけど……その結論だけは出したくない。
〔その……一夏。あ、あまり口にしたくはないのですが……もう、悠助さんとは——〕
(——榛名、そこから先は言わないで。私だって怒るよ)
榛名も薄々気がついていると思う。もう、悠助とは会えないかもしれないっていう事に。私だって時々そんな考えが過ってしまう。普段はなんとか平静を保っていられるけど……ふとした瞬間に淋しさが込み上げてくる。抑えきれない感情を無理に抑えようとして、徒らに辛さだけが溜まっていく。そして、悠助の事を信じきれない自分にも苛立ちを覚えてしまいそうになる……そんな情けない自分が嫌だった。
〔……出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません。一夏のお気持ちを考えない発言、深く反省しています……先に部屋に行っていますので、落ち着くまでゆっくりしてきてください〕
そして、今榛名に当たりそうになってしまった自分が本当に嫌いになりそうだった。きっと榛名はただ可能性を言いたかっただけなのかもしれない。今私に寄り添ってくれている、かけがえのない存在だからこそ、伝えなきゃいけないと思ったのかも……なにより、何も力になれない私の代わりに悠助と武蔵と黒龍を探してくれているっていうのに……私と同じくらい辛い想いをしているはずなのに、私を励まそうとしてくれている……それを恩を仇で返すような事をしてしまって……最低だね、私。
(こんな時、悠助がいてくれたら……)
ふと思い返すと本当の家族だったような、そんな幸せだったひと時がとても愛おしい。何気ない日常……今となっては手の届かない、貴重な時間。その時間の中心にいたのは悠助。……無理だよ。もう会えないなんて思いたくないよ……! やだ……そんな事嫌だよ……!!
(会いたいよ……どこに行ったの……帰ってきてよ……悠助……)
募らせた想いだけが、空しさを伴って心を満たしていく。気がつくといつのまにか寮のラウンジの方は来てしまっていたみたいだ。寮長室は既に過ぎており、また廊下を戻らなきゃいけない。考えてばっかりじゃ、注意力も散漫になっちゃう。そう思った時、視界に人影が入ってくる。小柄でツインテールの、黄金色のリボンが忘れられないその子。
「えっと……どうしたの、凰さん?」
間違いなく鈴だった。でも、昼に見た自信満々な表情とは反対に嗚咽混じりの声を上げながら泣いている……一体何があったんだろうか。
「……ひぐっ……な、なによ……なんか用……?」
「凰さんがいるのが目に入ったから……何があったの?」
「べ、別になんでもないわよ……あ、あんたには関係ない事でしょ……」
そう言われても……そんな姿を見てたら放っておけない。それに……向こうの世界で初めて鈴と話をした時も泣いてたから……だから、余計に放っておくなんて事はできないよ。
「確かに関係ないかもしれないけど……そんな姿を見たら誰だって心配になるよ。話を聞くことくらいはできるから……ね?」
「……実はさ——」
それからしばらく私は鈴の話を黙って聞いていた。織斑君と幼馴染である事、引っ越しをして離れ離れになってしまった事、この学園で織斑君と再会できた事、そして……別れる時に織斑君とした約束を織斑君が忘れていた事、その勢いでビンタしてしまった事……なんというか、全部織斑君絡みが多いね。
「——『あたしの料理の腕が上がったら、毎日酢豚を食べさせてあげる』っていう約束だったの。そしたら、あいつときたら『酢豚を奢ってくれる』って、覚えたのよ!! こっちは勇気を出して伝えたっていうのに……!!」
……まぁ、織斑君ってそういう所あるからね。なんというか、人の好意に鈍感というかなんというか……箒とかセシリアへの態度を見てるとそれをよく感じる。織斑君からしたら多分、気を許せる友人としての認識が強いんだと思うけど。というか、鈴のそれってもしかして告白みたいなものだよね……それも古典的な。よく言い出すことができたよね……そういう事をやってのけるあたり、鈴はすごいと思うよ。私は悠助の方から伝えてもらったからね……自分から言い出す機会がなかったというのもあるけど。
「あんたもそう思うわよね!? どう考えても悪いのはあいつよね!?」
さっきまで落ち込んでいた鈴は何処へやら。今は感情を爆発させて、織斑君に対する怒りを露わにしている。本当、難儀しているんだね……でも、だからといって一方的に織斑君だけを責めることはできそうにない。
「まぁ……確かに織斑君が約束を忘れてたってのはよくないかな。私も約束を忘れられてたら怒るかもしれないし」
「そうよね! 悪いのはあいつ——」
「——でも、だからといって、一時の感情で織斑君をビンタしたのはダメだよ。織斑君からしたら理由もなく叩かれたように感じてるかもしれないよ? それに、織斑君の事はよく知ってたんでしょ? そういう希望を持ちたくなる気持ちはわかるけど、ちゃんと言葉にして伝えなきゃ伝わるものも伝わらないよ」
私だって最初から悠助のことをわかってたわけじゃない。それはきっと悠助だって同じ。でも、お互いに言葉にして伝えていたから、すれ違うことなんて殆どなかった。私達が特殊なだけかもしれないけど……でも、理不尽に暴力を振るう事なんて絶対にしたくない。それがどんなに人を傷つけるのか……私も悠助も知っているから。それが親しい人同士なら尚更だ。だから、伝える事はちゃんと伝えなきゃいけないと思うんだ。
「は、はぁ!? あいつの肩を持つって言うの!?」
「そういうわけじゃないよ……でも、お互いに非があるかもしれないっていう話」
「それをあいつの肩を持ってるって言うんでしょうが!!」
……ただ、前に箒に似たような事をした時と違って、鈴は感情を昂らせて私に反論してくる。その剣幕に一瞬怯みそうになった。
「だ、だからね——」
「——あたしの気持ちも知らないで……誰かと離れ離れになった事がないからって説教しないでよ!!」
……えっ。なんて言ったの……今、鈴はなんて……。
鈴の言葉に頭の中が真っ白になった。そうなった瞬間、私の横を抜け鈴に勢いよく迫る影が一つ。
「——ふざけた事を宣う口、二度と開けないようにしてあげましょうか?」
鈴を壁際に押しつけ、左手に携えた抜き身の日本刀の切っ先を彼女に向けた榛名がそこにいた。しかも学園の制服じゃなくて、あの巫女服のような姿だ。でも、なんで……急な状況の展開に頭が追いつかない。
「な、なんなのよ……いきなり……」
「先程の世迷言、撤回しなければその首を刎ねます。……一夏は大切な家族と離れ離れになり、榛名を除けば一人でこの世界にいるのです。——貴女はかつて一夏に優しくしてくれた者と同一の存在と思っていましたが……危害を加えるようであれば始末するまで」
「は、はぁ!? 何をいきなり!? それに、代表候補生に手を出したらどうなるかなんて——」
「——たかが候補生の一人が消えても次の候補生に移行されるだけです。私は……榛名は、かけがえのない一夏を守る為ならこの手を穢す覚悟があります」
初めて聞く、底冷えするような榛名の声に私は恐怖を感じずにはいられなかった。あのあどけなさの残る声と小動物のような反応をしてくれる榛名からは全く想像ができない。まるで……淡々と任務を遂行する軍人のような雰囲気だ。冷徹で、冷酷で無慈悲……初めて見る榛名の姿はとても彼女には似つかわしくない雰囲気だった。で、でも、早く榛名を止めなきゃ……! コア人格の姿を具現化しているというのもあるけど、今の榛名だったら何をするかわからない危うさを持ってる。本当に鈴を手にかけてしまいかねない。
「ま、待って榛名! 落ち着いて!」
「ええ、榛名は落ち着いてますよ。私は一夏に害なす存在を排除しようとしているだけです」
「それがダメなんだって! それに鈴だって悪気があったわけじゃないだろうし……だから刀をしまって!」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。だが、榛名は私のいう事を聞いてくれたのか日本刀の切っ先を下ろし、量子化させる。
「……今回は一夏の顔に免じて許しましょう。ですが、次にまた同じような事をしましたら……榛名はそのような勝手、決して許しません」
そう言うと、榛名は量子化してその場から姿を消した。多分コアの中に戻ったんだと思う。
「な、なんだったの……というか、あんたら一体……」
「……ごめん、詳しい事は言えない。でも、榛名は本当は優しい子だから……けど、榛名が手を上げちゃってごめんね」
「……それよりも、どういう事? さっきの巫女服が言うにはあんたも離れ離れになったって……」
鈴の言葉に思わず現実を叩きつけられたような感覚に陥る。
「……うん。私にとってとても大切な人なんだけどね……急に離れ離れになっちゃって……」
「……そ、そいつの行方は?」
「……全然、行方がわからないんだ……私じゃどうにもできないから、榛名——さっきの子が探してくれてるけど……まだ手がかりも……」
自分でも状況は理解しているつもりだったけど……でも、それを受け入れられずにいる自分もいるのは確かな事で……その間にいる私の目からは涙が溢れ出てきた。
「……そ、そうだったのね……ゴメン!! あ、あたし、全然そんなつもりなくて……最低な事言っちゃったわ……」
「……仕方ないよ。凰さんだって私の事を知らなかったんだから……」
そう、これはお互い知らなかったから起きた事故……多分、鈴に悪気はないはず。それに、今の狼狽え様を見たらそんなつもりは毛頭無かったと思うよ。
「でも……凰さん、感情に任せて言葉を出すのは時と場合を選んでね。それと、ちゃんと言葉にして伝える事。…….取り返しのつかない事にったらそれもできなくなるから」
そう言って私はその場を後にしようとする。なんというか、この場にいると寂しさがまたぶり返してきそうだったし……身も蓋もないけど、その場から逃げ出したかった。
「……今度、お詫びさせてよ。それと……話聞いてくれてありがとう。ちょっとスッキリしたかも」
後ろから投げかけられた鈴の言葉。その声音は、私が聞いたことあるような、どこか懐かしさを感じるようなもの。その事に不思議な感覚になりつつも、安心感を覚えたのだった。
感想及び誤字報告をお待ちしています。