いつか、きっとどこかで   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第2話「もう大丈夫、大丈夫だからな」

意識がはっきりとした時、私の視界に入ってきたのはどこか見慣れた場所。白い建物に綺麗に整備された道……見間違える事はない。IS学園の庭だ。それも林の近くの。だけど、さっきまで海上にいた私が、なんでこんなところにいるのかわからない。あの敵の爆発でここまで吹き飛ばされた……なんてことはないと思う。それに、いつの間にか蒼龍も解除されてしまっている。おまけにどこか少し肌寒い。そういえば、今の私の格好ってどうなってるんだろ……少なくともIS学園の白い制服ではない。よく見かけるようなブレザーの制服だ。私が昔着ていたのとそっくり、というよりそのものみたいだ。より一層状況がよくわからない。蒼龍を展開したときは学園の制服だったんだけどなぁ……。

 

〔一夏! 無事ですか!?〕

「は、榛名……私なら大丈夫、だと思う」

 

考え込もうとしている私に声がかけられる。私と似たような声をしているのが特徴、蒼龍のコア人格である榛名だ。今の蒼龍はどうやら待機形態である剣をあしらった形のペンダントになっているようだ。そしてなにより……榛名がいてくれた事で少し安心した自分がいる。

 

「それよりもこれは一体どういうことなの……なんだか寒いし」

〔無理もありませんよ……先程から日付のデータが狂ってしまったのかと思ってましたが、間違いありません——今は三月です〕

「……ほぇ?」

 

榛名の言っている意味がわからない。だって、秋に入ってた頃だよ? それがどうして三月になるの? 思わず間の抜けた声が出てしまった。でもこの肌寒さは秋のものではないし……納得いかないけど、そう考えるのが妥当なのかも。

 

〔それに、さっきから変なんです〕

「変、って?」

〔私と同じ反応をするコアが一つも該当しないんです……コアの反応を確かめるビーコン用の粒子を放っても、擬似コアとも違う反応が返ってきていて……〕

 

コアが該当しない……って、まさか

 

「ちょ、ちょっと待って! じゃ、黒龍は!? 武蔵は!? 悠助はどうなっちゃったの!?」

〔は、榛名にもわかりませんよ!! あの時、生体反応とコアの識別反応が同時に確認できなくなってから今に至るまで、CN148——黒龍の反応らしいものは何も引っかからないんです!!〕

 

心が折れそうになった。じ、じゃあ、あの時見てしまった光景は本当の事だったんだ……悪い夢で済む話ならどんなによかったことか……何も考えられなくなりそうだった。もうあの頃に戻ることなんてできないんだ……こんなわけのわかんない状況に連れてこられて、挙句悠助は行方不明になっている……最悪でしかなった。なんで私達ばかりこんな目に遭うんだろ……そう思わずにはいられなかった。

 

〔で、ですが、あの悠助さんの事ですからきっと無事ですよ! あのシグナルも確認できなかったのは今この場に来てからですから!〕

 

榛名はそう言って私を慰めようとしてくれているんだと思う。でも、私にとって悠助は特別な存在。もしかすると悠助とはもう会えないんじゃないかって考えてしまうと、どんどん心が暗がりに飲まれていくような感じになった。もう周りの声すらよく聞こえない、一人だけの世界に包まれていく感覚。現実というものを受け入れたくはなかった。

 

〔……無理になんて言えないですね……一夏が悠助さんのことをどれだけ大切に想ってるかは、私達もよく知ってますから……〕

「悠助……悠助っ……!!」

 

涙が溢れて止まらない。そばにいてくれた彼がもういない。その事実が否が応でも心を突き刺していく。この時ほど神様を恨んだことはなかった。

 

◇◇◇

 

「あの、織斑先生。そろそろ休憩とかどうですか?」

「そうだな。丁度区切りもついたところだ、少し休むとしよう。山田先生も一緒にどうだ?」

 

IS学園の職員室にて二人の教員が作業をやめ、休憩に入ろうとしていた。織斑先生と呼ばれた黒髪の女性の名は織斑千冬。かつてIS競技会である第一回モンド・グロッソにて日本代表として出場、優勝を収め『ブリュンヒルデ(世界最強)』の称号を手にした者である。対して山田先生と呼ばれた緑髪の小柄な女性の名は山田真耶。元日本の代表候補生であり、千冬の後輩にあたる。両者ともその実績により現在国際IS操縦者育成機関であるIS学園にて教員をしているのだ。

 

「はい! ところで、先輩はコーヒーと紅茶、どちらにします?」

「ならコーヒーを貰おうか。丁度いい濃さにしてくれよ」

「もう、いくらなんでもそんなドジしませんから!」

「ははは、すまない。しかし、あの塩コーヒー事件を思い出すとだな」

「も、もう! あの事は忘れてください!!」

 

他愛もない会話。同僚という間柄というよりは先輩と後輩という関係の方が未だに強くある二人にとってこのような会話はよくある事だ。巷で世界最強と言われる千冬とこのような会話をできる人間はあまり多くない。真耶はかつての失敗を揶揄われながらも、二人分のコーヒーを用意する。自分の分には砂糖をつけてだ。

 

「先輩のはこっちですよ。ブラックで大丈夫ですよね?」

「ああ、勿論だ。ありがとう、真耶」

 

千冬は受け取ったコーヒーを軽く口にする。いつもより苦味が強い。真耶の奴、少し多めに入れて作ったな?などと思いつつも、自分にとっては丁度良い濃さではあったが為に、千冬は後輩のささやかな反撃には目を瞑る事にした。

 

「それにしても今年も色々な生徒が入学して来るようだな」

「今年は各国で第三世代機の試験機が発表されてましたからね」

「ああ。これでまた一般生徒と専用機持ちの格差が広がるのは仕方がないとはいえ、だ」

「モチベーションの低下に繋がりかねない、という事ですか?」

「そういう事だ。自分では勝てない、どうしようもない……そう思ってしまったが最後、落ちるところまでいくだけだ」

「私達もしっかりしなきゃいけませんね……」

「教師というのは大変なものだよ、全く」

 

実際、IS学園では一般生徒と専用機持ちの差というものは色々なところに影響してくる。大抵はさほど問題にはならないが、時折挫折を経てそのまま燃え尽きてしまう者も少なくはない。専用機と訓練機の間にはどうしても大きな溝がある。ましてや今後出回ってくる第三世代機は特殊な武装を搭載したものが殆どである。一方の一般生徒が用いる訓練機は標準的な第二世代機。主な構造こそ差はないが、専用にチューニングされた機体と万人用のフラットな性能の機体では格差が生まれる。これを如何にして乗り切るかが、千冬の中で大きな成長を与える点だと考えられている。

 

「そういえば、色々な生徒と言えば確か噂の彼も注目されてますよね、先輩」

「……あの愚弟め、よりによってこんな事態まで引き起こす事になるとはな。お陰で面倒が増えたぞ」

「あ、あはは……でも凄いですよね。もしかして先輩と関係があったからとかあるんですかね?」

「そんなわけあるか。さて、休憩はこの辺にしよう。真耶、仕事に戻る——」

 

その時だった。外の方から何かが墜落する音が聞こえてきた。まさか訓練中の機体が墜落でもしたのだろうか。しかし、それを示す警報は一つも作動していない。なにより今は春休みであり、生徒の数も平時と比べてかなり少ない為、訓練に出る者は書類の提出があるのに、今日に限ってその書類もない。これはいったいどういう事なのだろうか。千冬は窓の外を見る。一見すればなんの変哲もない景色なのだろうが、今回ばかりは違った。防風林付近から霧散しようとしている蒼い光。まるで何かの粒子のようでもあった。

 

「……見えたか、山田先生?」

「は、はい。ですがあれは一体……」

「私にもわからん。とりあえず、今いる我々で行ってみるとしよう。念のためだ、ラファールの使用を許可する」

 

学園に何かしらの危害を加える存在であったら一大事である。二人はその確認もするべく、急ぎ足で光の元へと向かった。

 

◇◇◇

 

あれからどれくらい泣いていたんだろう……涙は中々止まってくれなかった。膝を抱え込んで、顔を伏せていた。辛い事があったらいつもこうやってたっけなぁ……あんまりする機会は減ってたけど、どうしてもこうしちゃうからね。癖みたいなものなのかな……?

 

〔一夏……〕

「……ごめん、もう少しだけ一人にさせて」

〔……了解です。必要がありましたらいつでも呼んでください〕

 

榛名が話しかけてくれるのは嬉しいけど、今は一人でいたかった。でも、自分の状態すらわかっているのか怪しい。悠助がいないと本当、ダメダメになっちゃうね、私……どれだけ彼が私にいい影響を与えていたのかわかるよ。結局、私は彼がいなきゃ何もできないんだよ……依存してるってことはわかってたけど、自分でもここまでとは思ってなかった。

 

(会いたい……会いたいよ、悠助……!!)

 

彼のことを考えるたびに会いたいという気持ちはどんどん強くなる。でも、そんな願いが届くことはない。わかってる……わかってたけど……願わずにはいられなかったよ。でも、そう思うたびに涙が溢れて流れ落ちてくる。いっそこのまま消えてなくなりたい……そうすれば彼の元へ行けるかもしれない。そんな破滅的な願望だけが残っていた。

 

「——おい、貴様そこで何をやっている?」

 

そんな時、後ろから声が聞こえてきた。同時に聞き覚えのある声に身体が硬直してしまう。恐る恐る顔を上げると

 

「ひぃっ——!?」

 

いた。黒髪でウルフテールにまとめ、つり目気味で赤い瞳の女性……間違いない、私の元姉である織斑千冬、その本人だ。そう認識した直後、私の脳内には様々な事が明瞭な記憶を伴って蘇ってくる。日常的な虐待や暴行といった、私の中でも奥底に封じておきたいような記憶。そして、家でそれが起きる時は必ず千冬姉さんがいた。逆らうことなんて許されていなかった。姉と双子の兄と比べられ、見下され、最後は苦しめられる。私のトラウマを作った本人が目の前にいる。でも、確か悠助か束さんの手によって殺されたはず……なのにどうして目の前にいるのか……わからない。でも、植え付けられたトラウマはまだ消えておらず、身体は震える、足にも腕にも力が入らない。息は荒くなるし、呼吸も落ち着いてできない。

 

「お、おい待て、落ち着け。こちらからは危害は加えないつもりだ。とにかく、貴様は何者だ?」

 

質問が飛んでくる。でも、答える余裕なんてない。危害を加えないつもりだなんて言われたところで、到底信じられそうにない。おまけに息はどんどん荒くなって、余計に呼吸が辛くなってくるし、顔は涙でぐちゃぐちゃだ。なにより、脳裏にこびりついた嫌な思い出が否応なく掘り起こされてくる。

 

「返事をしてくれないと困るんだが」

『私の妹なら出来て当然だ』

 

なんで……なんで褒めてくれないの……私、頑張ったでしょ……なんで、なんで……!!

 

「ん? どうした? 何故そこまで震えている」

『何故だ! どうしてこんなことも出来ない!!』

 

知らない……知らないよ、そんな事……周りもできない事なのに、できるわけなんてないよ……!! 無理な事を押し付けないでよ……!!

 

「お、おい、大丈夫なのか?」

『この——出来損ないが!!』

 

違う……違う、違う……違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う——!! 私は、私は……出来損ないなんかじゃ、ない……!!

 

「とりあえず、そこから立てるか?」

『私に逆らうつもりか!!』

 

私の視界にはこちらへ手を伸ばしてくる千冬姉さんの姿が映る。そうわかった瞬間、次に何をされるのか——かつて何をされていたのかがフラッシュバックしてきて、身体は反射的に身構えてしまった。

 

「……ご、ごめんなさい……」

「……は?」

「……ごめんなさい……許してください……もうしませんから……だ、だからぶたないで……ごめんなさい……」

「い、いや待て。私にそんなつもりはないぞ」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……許してください……許して……許して……許して……」

「ほ、本当だ! 危害を加えるつもりはない! だから落ち着いてくれ!」

「……許して……許して、許して許して許して許して許して許して許して許して許して許して——」

「——そういう事か、なら」

 

突然、私は何かに抱きしめられる。力強く、でも優しさのある感じ……悠助とも違うこの感じ……わからない。でも、あの嫌な思い出はもう見えない。代わりに見えるのは——

 

「——もう大丈夫、大丈夫だからな」

 

私を抱きしめてくれている千冬姉さんの姿だ。あの頃からじゃ想像もできないような光景が見えている。一瞬、逃げ出そうとも思った。でも、背中にまわされた手が、優しく私を撫でてくれている。

 

「何があったかはわからん。だが、何か辛い思いでもしたのだろう。大丈夫だ、ここにはそんなのはいないさ」

 

優しい声だった。わからない……なんでこんなに優しいのか……なんでこんなに優しくしてくれるのか……わかんないよ。でもなんだろ……不思議とあったかくて、さっきまで張り詰めていた心が落ち着いていくような感じがする。同時に安心した事で、涙がまた溢れ出てくる。止まりそうにない。

 

「うぇっ……ひっぐ……えぐっ……うわぁぁぁぁぁ……!! あぁぁぁぁぁ……!!」

「よしよし、もう大丈夫だからな」

 

堰を切った感情は止まる事を知らない。しばらくの間、私は泣き止む事がなかったのだった。

 

◇◇◇

 

(ただの侵入者、ではなさそうだがな。こちらに危害を及ぼす事はないだろう)

 

私——千冬——は抱きしめている彼女の様子を見てそう思った。いや、その判断を下すのは些か軽率ではあるか。しかし、現にこんな密着した状態で抵抗する素振りを一切見せないという事は、とりあえず敵対する意思はないという事だ。もし敵対する意思があるのなら私は無事では済まない。

 

(それにしても、私の姿を見てひどく怯えていたようだが……何かあったのだろうか?)

 

だが、それ以上に気になる事がある。彼女は私を見た瞬間、異常な程に私に対して怯えていた事だ。確かに、学園教師として厳しく指導する立場にいる以上、怯えられることは日常茶飯事である。しかし、彼女の場合は違う。明らかに怯え方が生徒よりも酷かった。落ち着いて話をする事など難しいと思えるほど、彼女は動揺し、最後はテープレコーダーのように何度も同じ言葉を繰り返し始めた。その様子を見ているのは私には辛かった。怯えるようになった原因はわからない。だが、私と誰かを重ねて見ている事だけはわかった。

 

(一応落ち着かせることに成功したのはいいものの、慣れない事をするのは厳しいな……)

 

私が彼女を抱きしめた事で、一先ずの落ち着きを見せたのはよかった。こんな事弟にもあまりしなかったのだがな……だが、落ち着いてくれた事は嬉しかった。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

今では泣き疲れてしまったのか眠ってしまっている。怯えていた時の険しい表情じゃない、どこか落ち着いたかのような表情だ。これで少しは安心できるという事だな。

 

「——織斑先生、遅くなりました」

 

私が彼女を抱きしめている間、真耶が自分の使用機体である第二世代機『ラファール・リヴァイヴⅡ』を装備し、こちらへやってきた。最初は不穏分子によるものだと思ったが故に用意させたが、今の状況を知ってしまえばそんなものは必要ないと思えてくる。用意させておいてそれはないと思われるかもしれないが、最悪の事態を想定してのことだからこうなってしまうと仕方のない事となってしまう。

 

「ああ、山田先生。こちらは問題がある程度は片付いた。この件に武装の類は必要はない」

「え? で、ですが、例の発光については……」

「そちらについては後に回そう。今はこいつが優先だ」

 

そう言って私は眠っている彼女を背負う。いつまでもこんなところに放置しておくわけにはいかないからな。例えそれが侵入者だったとしても、私より年下の者を一人外に、それも春先とはいえ冷える時期に放置しておくのは心苦しいものがある。

 

「借用した機体の方は戻しておいてくれ。その後、小会議室にて合流としよう」

「小会議室というと……やはり事情聴取、というわけですね」

「ああ。もしかするとこいつが関係しているのかもしれない。ならばそうするほかないだろう」

 

そうだ。我々がやるべき事はあの謎の発光現象のことだ。おおよその見当は付いているのだが、これといった証拠はない。その証拠をしっかりと掴むためにも、今は眠っている彼女から話を聞く必要がある。

 

「わかりました。私もなるべく早く合流できるようにします。では、また後ほど」

 

真耶はそういうと、機体を飛翔させ格納庫のある方へと飛んでいく。私も早いところ中に入るとしよう。こうも寒くては体調を崩しかねん。私も、背中にいる彼女もな。

 

(それにしても……彼女の雰囲気、どことなくあいつに似ている気がするが……気のせいか)

 

疑問を抱えながらも、私は彼女を背負い、会議室へと急ぎ足で向かうことにしたのだった。





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