いつか、きっとどこかで 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
この世界に来てから二日が経過しようとしていた。こっちに飛ばされてからというものの、私はずっと千冬姉さんの部屋で過ごしている。というか、今のところそれしかできない。というのも、私がこの学園にいられるかどうかについて千冬姉さんが話をしている最中だそうで、学園長からの返答を待っているという状態らしい。とはいえ、何もせずにいるのも気が滅入るし、なんだか落ち着かない。
(こんな感じかな?)
そういうわけだから、とりあえず千冬姉さんの部屋の掃除とか片付けとか、家事全般をやる事にした。幸いこういう事をするのは慣れてるからね。片付けが終われば次は洗濯だ。千冬姉さん、その辺に脱ぎ散らかしたまんまでいるからね……ズボラというかなんというか、生活力が皆無と言ってもいいんじゃないだろうか。そう思えるほどに酷い。同じく家事が苦手な悠助でも、ここまで酷い事はなかったんだけどなぁ……ちゃんと洗濯物は洗濯カゴに入れてくれてたし、最低限の掃除と片付けをしてくれてたし。余程疲れてた時じゃない限りは色々手伝ってくれたしね。
(なんか、千冬姉さんのお世話係みたいな感じ……)
そう思ってしまうほどには身の回りのことを色々やっている。でも、不思議と嫌な感じは無い。それに、ちゃんとやってたら褒めてくれるし、頭を撫でてくれたから……千冬姉さんからそういう事してもらうってなんだか新鮮だったし、嬉しかったから……だから頑張れるって思ったんだ。やる事なす事全てにケチを付けられて認めてくれなかったあの千冬姉さんじゃない、ちゃんと私を私として認めてくれる千冬姉さんだからってのも大きいかもね。……まだちょっと慣れてないから怖く思う時もあるし、震えが出る時もあるけど、その度に千冬姉さんが抱きしめてくれたし……あの時の千冬姉さんの腕の中、暖かったなぁ……なんだが不思議と落ち着く感じ。まるで悠助に抱きしめられたときと同じ感じだ。……本当、こっちの千冬姉さんはいい人だよ。こっちの世界の私が羨ましく思えてくる程に。
(掃除も終わったし、洗濯機も止まるまでまだ時間あるし……少しこっちを進めちゃおっか)
ひとまずやる事が終わった私は机の上に置いてある一冊の本に目をやる。いや、あれを本と呼んでいいのかはわからないけどさ……相変わらずの物量というか、電話帳というか鈍器というか……。IS学園入学前に渡される参考書だ。それも必読とでかでかと書いてある、いかにも大切なものなのでちゃんと目を通してくださいと言わんばかりに主張している。流石にこの大きさのものに気付かないで読まないとか無いでしょ……これだけ存在感を放っている参考書なんだから。
中身を少し見たけど内容は私が向こうで読んだのと同じ様なものだった。違っているところがあるのかな?っていうくらい読んだ覚えのある内容だ。私はその参考書の前回読んだところの続きから読み始めた。
(『ISの運用に関する国際規定』——確かこれがアラスカ条約だったよね)
ISの軍事的運用を禁止する項目も含まれている、ある意味世界の規範ともとれる国際条約の一つであるアラスカ条約。でも、この条約に関して批准している国については記載されてなかった。そういえば悠助も言ってたっけ……
『銀の福音の件で思ったけど、なんでISの軍事利用が行われてるの? アラスカ条約で禁止されているんじゃ……』
『確かに条約では禁止されてるな。だが、条約ってのはそこに署名した国家・機関の間でしか成立しねえ。アラスカ条約ってのはな、言わばIS版対人地雷及びクラスター爆弾使用禁止条約みたいなもんだ。あとは……言わなくてもわかるよな?』
『……署名しなければ使っても問題ないって事?』
『そういう事だ』
アラスカ条約は事実上形骸化しているって話は前に聞いたことがある。きっとそれはこっちの世界でも同じなのかもしれない……そんな風に思ってしまった。それともう一つ、違っていたことがある。世界地図を見たときのことなんだけど、明らかに国の数が少なかったりするんだよ。特にアフリカや中東といった国々。変に小さな国とかは全然なく、私も聞いたことがある様な国ばかり。改めて違う世界から来たんだなぁと実感するよ。
(でも、世界が変わっても起きている事はあんまり変わってないんだね……)
これに関しては私がとやかくいう事はできないけど、でもあの惨状を見てしまったからついそう思ってしまった。
(とにかく、なんとか悠助を見つけるためにもいろいろしなくちゃね)
できる事はなんでもやっておきたい。どんな事でも悠助につながる手がかりになると信じて。
私は洗濯機が止まる時間まで参考書を読み進めていたのだった。
◇
その日の夜。掃除や片付け、洗濯を終えていた私は部屋に備え付けられている簡単なキッチンに立っていた。こっちに来てからの食事は千冬姉さんに頼んで持ってきてもらっていたが、今日に限って食堂のメンテナンスがあるのと、千冬姉さんが外部での会議に出なければならず、一人でなんとかしなければならないのだ。幸か不幸かわからないけど、大型冷蔵庫はまた別の機会にメンテナンスを行うらしいから、いくつか食材を譲ってもらう事ができた。ここは提案してくれた千冬姉さんに感謝しなきゃね。
(でも、どうしよ……一人分だけ作るって事あんまりなかったから何を作ったらいいのか……)
食材はいくつかと言ったけど、かなりの量がある。軽く見ても四人分くらいは作れるかもしれない。けど、少しだけ作るって事はちょっと難しい。いつもは悠助の分も考慮して作っていたから、その量で作っちゃうと絶対に余る。余った分を明日に回すという手もあるけど、それでも結構な量が余っちゃう。単純に悠助が私の三倍くらいは食べてたからね。あの食欲は本当に凄いと思う。
(とりあえず、ほうれん草あるしお魚もあるし、考えながらしちゃおうっと)
ご飯は炊き上がってるしね。何故かわからないけど、千冬姉さんの部屋に炊飯器があったからね。それもあの状態の部屋で唯一綺麗な状態で。使った形跡はなかった。
(こっちの千冬姉さんも自炊とかしないんだね……)
変なところで共通点を見つける私。おかげでゴミが一杯出る理由もわかったし、納得はしたんだけど……千冬姉さん、流石に出来合いの弁当ばかりじゃ健康に悪いよ……。あと、食堂を使っているとは言ってるけど、本当に健康的なメニューになっているのかな……悠助がそうだったからだけど、とにかく肉やご飯への偏りがすごかったからね。千冬姉さんもなんとなくそんな気がする。
それはさておき、お魚を焼いておくとしよう。鮭の塩麹漬けみたいなんだけど、後もう出して焼くだけの簡単なやつ。私自身本格的な凝ったものは作れないし、あんまり手間をかけて作れない時もあるからね。こういうのは便利で助かるよ。
(やっぱり食堂でも時短とか負担を減らすって事でこういうのを使ったりしてるんだね)
あれだけの人数の料理を様々取り揃えて、かつ直ぐに提供していた学園の食堂のことを考えると、こういうのを使って楽できそうなところはそうしてたんだなぁと思った。そんな事を思いながらほうれん草を茹でてから冷やす。あとは水気を絞って、適当に切って冷蔵庫に入れておけばそれでいいや。必要な分だけ後で取り出そう。
(それにしても、こんな風に料理したのはいつぶりなんだろ……学園にいた時は月に何回かはしてたけど、大体食堂使ってたし……)
明日の朝ごはん用の卵焼きの準備をしながらふと思った。向こうでは悠助が時々リクエストしてくるし、悠助の家にいる時は作ってたけど、食堂を使うことが多かったからね。朝は時間ないし。でも、作っている時は楽しかったなぁ……悠助、料理はほとんどできないから、できるのを今か今かと待ってたんだよ。そんな普段見られない悠助の姿を見ることができたし、榛名が手伝ってくれることもあったしね。榛名も料理が得意な方だったし、なんなら私が榛名のお手伝いしたこともあるよ。なお、武蔵はできるらしいけど榛名ほどじゃないって言って悠助と仕事の話してた。そんな和やかな場所で楽しく料理できるって本当いい事だと思うよ。
〔——ふぅーっ……ようやく作業がひと段落しましたぁ……〕
(お疲れ様。そういえば、今日はどんな作業をしてたの?)
ちょっと話題にしてた榛名が浮上してきた。さっきまで一日中作業をしていたようで、どこかお疲れの模様。そんなへろへろになった榛名の声を聞きながら、卵焼きの準備をしつつ、お味噌汁用の鍋を用意する。お湯が沸いたら少し早いかもしれないけど豆腐と細切りにした大根と葉っぱの部分をを入れよう。
〔蒼龍に制限を設けて、別の機体として構築する作業ですよ。悠助さんの黒龍がかつて闘蛇龍としてカバーされていたように、蒼龍も同じ細工をしてます〕
(そうなると本当に別の機体みたいになっちゃうの?)
〔一夏の戦闘データと黒龍から託された各種武器データを元に再構築していますので、ある程度形は変わりますが、そう大きくは変わらないはずです、多分〕
(そうなんだ……見慣れた蒼龍じゃなくなっちゃうんだね。——っとと、危ない、吹きこぼれるところだった……)
〔あら? 一夏はもしかして料理中ですか?〕
(うん。今日の晩ご飯の用意してるところだよ)
〔それなら榛名もお手伝いします!〕
そう言うと同時に光を放ちながら具現化してくる榛名。最早見慣れた巫女服姿の彼女だが、今は袖の部分を取り外して代わりに桜色のエプロンを着けている。
「いいの? さっきまで作業してたから疲れてるんじゃない?」
「全然大丈夫です! それよりも榛名は何かお手伝いする事ありますか?」
もし榛名が子犬とかだったら尻尾をブンブンと振り回していることだろう。それくらい食い気味でお手伝いを申し出てくる。さっき調整の作業が一段落したと言ってたから休んでいて欲しいけど、このまま断ったら拗ねそうだし……ここは何かお手伝いを頼んだ方がいいかも。
「そうだね……それじゃ、鍋の方をお願いしようかな。具はもう入ってるから、吹きこぼれないように見ててね」
「はい、お任せくださ——って、それだけですか?」
「とりあえずはね。大根が程よく柔らかくなったら教えて。あと、もう少しでお魚が焼けるから、取り出してお皿に盛って貰おうかな」
「了解しました!」
私に向かって敬礼して返事する榛名。敬礼と言っても、前にラウラがやってたようなガチガチの軍隊で使うようなものじゃなくて、少し軽いノリでやるような敬礼。榛名がやると硬くなりそうな敬礼でも可愛く見えてくるし、それでいて様になってるから困る。
とりあえず他の事を榛名に任せて、私は卵焼きを作り始めた。そういえば初めて悠助に作った料理も卵焼きだったなぁ……何も言われてなかったけどいつもの癖で私が勝手に作ってしまっただけのに、怒られる事はなかったし、逆に褒めてもらったっけ。あの時は嬉しかったなぁ……。今作ってる卵焼きは悠助が美味しいと言ってくれた味付けの卵焼き。作るのはだいぶ慣れたものだ。今日も綺麗に焼けそう。
「一夏、こちらはもう大丈夫そうですよ。お味噌、溶いちゃいますか?」
「そうだね、せっかくだし任せちゃおうかな。あ、でも入れすぎてしょっぱくしないでよ」
「わかってます。榛名にお任せください!」
榛名もどこか上機嫌そうに鼻歌を歌いながら顆粒の出汁入り味噌を溶いていく。とても楽しそうな雰囲気で、こっちも気分が良くなってくる。キッチンに二人で並んで料理する、その楽しい時間が過ぎ去っていくのが私にはとても惜しく感じてしまったのだった。
◇
「よし、これで出来上がりだね」
「はい! 本当、一夏はお料理が上手ですね!」
「榛名が手伝ってくれたからだよ。ありがとうね」
「い、いえ、そんな……は、榛名には勿体ないお言葉です」
しばらくして今日の晩ご飯は出来上がった。鮭の塩麹漬け焼き、卵焼き、ほうれん草のおひたし、豆腐と大根の味噌汁。白米もいい感じに炊けてる。それらがテーブルの上に綺麗に並べられてた。なお、このテーブル、部屋をきれいにしたらまともに置けるようになったので、掃除をした後からちゃんと家具として使えるようにしたんだよ。それまではあの散らかり様のせいでそれは酷かったからね……空き缶が積み上げられていたりとか。
それはともかくとして、二人分ちゃんと用意できたし、これで準備は良し。
「いつもの感じで二人分用意したけど、榛名も食べてくでしょ?」
「え、いいんですか!?」
「こっちに来てからはずっとコアに籠もって作業してばっかりで、一人で食べてたからね。久しぶりにどうかなって思ったんだけど……」
「は、榛名には本当勿体ない限りです!! ぜ、是非、ご一緒させていただきます!!」
急に慌てだしちゃって、変な榛名。コア人格も私たちと同じ様にご飯を食べる事ができるそうだからね。しかも、そこからちゃんとエネルギーに全て変換して補給する事ができるそうで……そう聞くと本当すごい。でも、榛名とかを見てると、そう言った目的というよりは単純に食事を楽しもうとしているようにも見えてくる。だって、さっきから目を輝かせて料理を見ているし。空腹とかだと思わずそうなっちゃうことあるけど、コア人格には空腹の概念があるのかな。ただ、変にかしこまっている榛名の姿はどこかおかしくて、つい笑ってしまった。
「もう、そんなに硬くならなくていいのに。ほら、座って座って」
「で、では、失礼します」
やけにかしこまっている榛名。もっと気楽な感じでいてくれると良いのに……そうしてもらった方が私もいつもの感じでいられると思うから。この世界に一人だけという事実を少しでも和らげたい……榛名がいれば寂しくはないから。榛名が席についたことを確認してから、私達は両手を合わせる。
「「いただきます」」
少し前までは当たり前のように存在していた日常。欠けているものも多いけど、それでも、少しだけでも、それが戻ってきたような気がして、どこか落ち着いた気持ちにさせてくれる。
「やっぱり一夏の作るご飯は美味しいです!」
「ふふっ。そう言ってもらえると、久しぶりに作った甲斐がある、かな?」
何よりも、目の前でこんなに満面の笑みを浮かべて食べてくれる人がいるからね。自然と私も笑みが溢れてしまった。
それにしても、改めて見ると榛名ってすごい美人だよね。私とほとんど瓜二つとはいえ、なんというか、私よりも輝いて見える。それに、今でこそどこか子供っぽくニコニコと笑顔でご飯を食べてるけど、前の時はどこかのお嬢様というか、どこか気品のあるような雰囲気で食べてたからね。どこか様になっている感じだったし、所作の一つ一つが綺麗だったし、実際名家のお嬢様と言われても信じてしまいそうだ。それがコア人格なんだから驚きだよ。普段の榛名からは全く想像ができない。
「……一夏、また私のこと子供扱いしてませんか?」
「まぁねー」
「全く否定しない!? とうとう否定すらしなくなりましたか!?」
「だって、実際そうじゃん。すぐ駄々を捏ねるし、かといってちょっとした事で機嫌直すし、余計な一言付け足すし、すぐ拗ねる。子供っぽいって言われても仕方ないでしょ」
でも、そんな風に自分に素直になれる榛名が羨ましい。その言葉が喉の奥まで出かかったけど飲み込んだ。一方の榛名はやっぱり拗ねた感じで頬を膨らませている。うん、子供っぽい。そう思いながら味噌汁を一口啜った。
「そういえば、話は変わるんだけどさ。さっき、蒼龍の形が変わるって話してたけど」
「い、いきなり話を急に変えてきましたね……」
「ある程度は聞いたけど、詳しくは聞いてないから気になっちゃって」
「……まぁ、今のうちに機体の方向性を話しておくのもいいかもしれませんね」
そう言うと、榛名は一度箸を置いてから空中投影ディスプレイを展開する。そこにはまだ未完成なのかはわからないけど、一部のフレームが剥き出しになった姿の蒼龍らしき機体が映し出されている。
「現在、蒼龍は外装ごと封印し、新規外装を構築しています。これによりウイングブースター並びに同部位配置のブレードビット、ウイングブレードは装備解除されます」
「となると、機動性はかなり落ちるんじゃ……」
「いえ、そちらに関しては対策をしてありますので、ある程度はなんとかなるかと」
榛名は新しく三枚の空中投影ディスプレイを展開する。映し出されていたのは追加の装甲や装備。それも、蒼龍らしき機体の足りてない装甲を補うようなもの。
「汎用型、射撃戦闘型、近接格闘型。三種類の追加装備を切り替えて戦闘を行う事を想定してます。こちらがさっき言っていた、一夏の戦闘データと黒龍からの各種データから構築した新装備群、通称ドレスユニットになります」
それはまるで、悠助の黒龍が使っていたような様々なタイプのバックユニットのようにも見えた。黒龍という機体は単体でも強かったけど、その背部にあるコネクタに接続された様々なバックユニットや、機体各所にあるハードポイントに装備した武装によってさらに戦闘力を引き上げる事ができる、って悠助が言ってた。それと似たものが蒼龍にも実装される事になるなんて……ちょっと衝撃的だった。
「基本的に展開時には汎用型のユニット、ノーマルドレスが接続されます。特性は可能な限り蒼龍に近づけたものになるかと」
大型のウイングスラスターが備えられている汎用型のユニットが接続された姿は、確かに蒼龍に近く見える。
「見た目はかなり蒼龍っぽいね」
「一夏の専用機ですから。やはり乗り慣れた形が一番かと思いまして」
その榛名の心遣いが嬉しい。私にとって蒼龍は悠助から託されたものだし、悠助との繋がりを実感できるものの一つだからね。封印するだの形が変わるだの言われた時は戸惑ったけど、榛名は私の不安を少しでも取り除こうとしてくれている。本当、優しいよ。
「そっか……ありがとう、榛名」
「これくらいは当然です! 私は一夏の機体のコア人格ですから、出来る限りのことをするのは当然です!」
そう言って胸を張る榛名。子供っぽい仕草ではあるけど、今はそれがとても頼もしく見えてくる。
「えっと、次に行きますね。こちらにあるのが近接格闘型のユニット、クロスドレスです」
次に見せられたのは少し刺々しいユニット。見るからに近接格闘戦を意識したという雰囲気だ。蒼龍も蒼龍で前身刃物みたいな装備だったけど、こっちもこっちですごい事になってる。
「一夏は一撃離脱を主軸とした高機動近接戦闘が多いようなので、そちらに合わせて蒼龍の近接戦闘能力を尖らせたような構成をしています。ノーマルと比べてパワー、瞬発力に優れていますね」
「蒼龍より近接戦を意識しているって、それ絶対とんでもない性能だよね?」
「まぁ、まだこちらは未完成ですので、データはあくまで期待値というところです」
さて次が最後ですねー、と言って三枚目のディスプレイを移動させる榛名。ただ、私はその表示されていた内容に少し戸惑ってしまいそうになった。だって次のディスプレイに映っていたのは、
「最後に射撃戦闘型、ガンナードレス。機動力は下がりますが、火力と防御力は三つのドレスユニットの中でトップクラスです」
そう、私が大の苦手とする射撃、その専門のユニット。完全に私向けではない装備を見せられ困惑してしまう。
「榛名……私が射撃、とにかく苦手ってこと知ってるよね……?」
「勿論、一夏が射撃を苦手とする事は重々承知です」
「ならどうして——」
「あくまでこの装備は開発を検討している段階です。基本的には先の二つを使っていただく形になります」
「でも、使う必要がないんじゃ特に開発するのもどうなの? 私にはよくわからないんだけど……」
「何事もデータの蓄積は大事なんですよ」
そう言うと榛名は全ての空中投影ディスプレイを閉じた。それにしでも、まさか射撃専門の装備を開発してるとは……自慢じゃないけど、私の射撃に関する技術は悠助が下手な口笛を吹くレベルで壊滅的。狙ったところに当たった試しがないし、当たったとしてもそれは至近距離だったりする。そんな私に対して射撃専門の装備って、猫に小判どころの話じゃないよ。
「それに、今回のこの装備群は先に言いましたが、黒龍からの各種データを元に開発してます。あの汎用性はおそらく一夏が生き残るためには必要だと考えましたので……」
「……つまり、ある意味黒龍と同じ装備をしてるって事?」
「概ねそんな感じです。使いこなせるかどうかは一夏の技量次第ですが、一夏ならきっと上手く使いこなせますよ!」
元の蒼龍からは大きくかけ離れる事になるけど、でも少し悠助に近づいた気がしたし、榛名も自信満々にそう言ってくれたから、少し嬉しかった。
「詳しい事は完全に機体を仕上げてからになります。それまでは蒼龍も本稼働できませんのでご注意を」
蒼龍をしばらく使えなくなるってのは確かに不安だけど、下手に動かして何かトラブルが起きたりしたら大変だしね。ここは榛名の言う通りにしておこう。
「わかったよ。それじゃ、蒼龍の事はお願いするね」
「任せてください! 全力で頑張ります!」
そう言って胸を張る榛名。こういう時はなんとも頼りになるよ。
「それにしても、ここまで黒龍の装備形式が合うとは思ってませんでした。全領域対応型重装機である黒龍と近接格闘型高機動軽量機である蒼龍では、フレームの強度もエネルギーラインも何もかもが正反対なのですが……」
「そうなの?」
「唯一同じなのが重力子エンジン二基搭載という点だけ。私から見ても黒龍と蒼龍は異質な機体です」
そんなことを言われてもね……私にもそれはわからないからなんとも言えないよ。それに、前に一度だけなんでかわからないけど蒼龍で黒龍の装備にもあるバスターソードを何の手順も無く扱う事ができたからね……普通なら
「……そういえば、装備を整理してたらバスターソードが見つかりましたよ」
「バスターソード……? ハンドバスターソードじゃなくて?」
「ええ、そうです。あの赤い刀身を持つ大質量破砕大剣、黒龍のバスターソードです」
それを聞いた瞬間、手が止まってしまった。
「なん、で……なんでそんなものが……だって、
「それはわかりませんが……兎にも角にも、これは間違いないものです」
再び空中投影ディスプレイを呼び出す榛名。そこには身の丈を容易く超える重厚で大振りな赤い刀身を持つ大剣が映し出されている。その姿は私にとって見間違えるはずはないものだ。ずっと間近で見てきた人が最もよく使っていた、全てを打ち破るための武器。大それた名前なんてものはない。あるのはシンプルな名前。バスターソード。
「……間違いない。これ、黒龍の……悠助のバスターソードだよ……」
「経緯、経路、共に不明ですが……拡張領域内に、私も気付かないところにありました」
「そうだったんだね……でも、なんでバスターソードが……」
「不思議なこともあるものですね……ですが、一夏が思ってる以上に悠助さんは側にいるのかもしれませんね」
「……そうかもしれないね」
悠助との繋がりはこの世界に来たときにほとんど失われてしまったものだと思ってた。でも、悠助が愛用していた武器だけど、それでも悠助との確かな繋がりを感じることができたような気がする。それを、蒼龍が繋げてくれた。いつか、きっとどこかでまた会える気がしてきたよ。武器だけ置いてくなんて、全然悠助らしくないからね。
「バスターソードの保管は榛名に任せるけど、あんまりいじらないようにしててね。悠助が来たらちゃんと返したいし」
「わかってますって。もう最初に見つけたところと同じところに置いてますよ」
流石榛名、やることが早い。
「それじゃ、後はよろしく頼むね」
「ええ、榛名にお任せください!」
榛名は自信満々に言うと、空中投影ディスプレイを閉じた。それにしても今日の榛名は一段と頼もしく見えるよ。今度改めて何かお礼とかしないとね。
「——今帰ったぞ。すまない、会議が長延びてしまった」
そんな時、この部屋の本来の主である千冬姉さんが帰ってきたようだ。未だに声を聞くとちょっとびくってはするけど、最初に会った時のようにパニックになることはなくなった。千冬姉さんが優しい人だってわかったし、ちゃんと私を私として見てくれるから……だから、安心できているよ。尤も、榛名曰く「まだ不完全な回復の仕方をしているので突発的にパニックを引き起こす可能性もあるので気を付けてください」との事。私もそうならないように気を付けているけど、こればかりはどうしようもないから、時間をかけて直すしかないってさ。
「あ、おかえりなさい、千冬姉さん」
「会議への参加お疲れ様です」
「ああ、ただいま。全く、委員会の連中にも困ったものだ……私の愚弟ほどではないがな」
「「あ、あはは……」」
どうやら千冬姉さんは会議でかなり疲れているみたいだ。なんというか、顔からもううんざりしているといった雰囲気がこれでもかと伝わってくる。
「ああ、それとだ。学園長から正式にお前を学園に迎え入れて構わないとの通達をもらったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「まぁ、形式上の学力試験は行うそうだが、生徒として在籍しながら私の補佐をしてもらう事になる。これに問題はないな?」
「え、あ、は、はい!」
「そう固くなるな。とにかく、来月からは面倒事が増えてくる。私の心労を減らすと思って気楽にやってくれ」
全然気楽じゃないと思うんですけど、と喉の奥まで言葉が出かけて飲み込んだ。そんな事を言ったら一体なにを言われるのかわからない。余計なことは言わないのが一番だ。
でも、これで学園を追い出される心配は無くなった。あとはここで過ごしながら悠助を探すだけだね。
「それで、二人は今夕食にしていたところか?」
「はい、今日は一夏が久しぶりに料理をするとの事でしたので。榛名も少しお手伝いさせていただきましたが、一夏の作るお料理は本当美味しいんです!」
「ほう。では、私も一つ頂くとしよう。だが、私の弟も料理が得意でな。味には少々煩いかもしれんぞ?」
千冬姉さんはそう悪戯っぽく言うと、私の皿から卵焼きを一切れ摘んで口にした。千冬姉さんが咀嚼している間、思わず黙り込んで様子を見てしまっていた。前だったら、味がないとか色々文句ばかり言われてたけど……。
「——おい」
そんな事を考えていたら、突然声をかけられてしまった。この声音は……明らかに不機嫌になっているような感じだ……! そう考えたら頭の中が真っ白になって、どうしたらいいのか分からなくなってしまいそうだった。
「は、はは、ははははいっ! や、やっぱりお口に合いませんでしたか……?」
「そうじゃない。これは本当にお前が作ったのか」
「は、はい! わ、私が作りました! な、なので、もし叱るのであれば私だけ——」
自分でもなにを言ってるのか分からないが、相当気が動転していると思う。口に合わなかったようではないみたいだけども、怒られるんじゃないかと考えたらびくびくしてしまう。
「——すまないが、もう一食分用意できるか? 卵焼きの一口だけでは満足できん」
「…………え?」
この時、私の口から出た声は相当間抜けなものだったと思う。
ちなみにだが、この後千冬姉さんは外で夜ご飯を済ませてきたにもかかわらず、ちゃんと私たちと同じ量を食べきりましたとさ。褒めてくれるし、美味しそうに食べてくれるのは嬉しいけど、ちょっとリアクションが怖かったよ……。
感想及び誤字報告お待ちしております。
次回も生暖かい目でよろしくお願いします。