いつか、きっとどこかで   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第9話「それにしても『一夏』が二人か……」

四月。

今日はIS学園の入学式だ。既に千冬姉さんは学園の方に向かっており、式典を行なっている最中だろう。一方の私はといえば、流石に式典に参加する事はできないので後程教室の方で合流する事になっている。私の扱いとしては学生兼教員補佐というまず聞かないと思う役割。やる事はといえば千冬姉さんや山田先生の雑用に当たるのかどうかは分からないけど、でも今の千冬姉さんならそんな酷い扱いをしない事分かってるから、そういう点では心配はないかな。それに、数日前に学力試験を受けることになったんだけど、参考書を読んでいたおかげか、それとも問題が簡単だったのか、いい成績出せたからね。学力としても補佐をする分には問題ないって千冬姉さんのお墨付きを貰ってるよ。ただ、一番の問題は私がうまくやっていけるかどうか……。

 

〔大丈夫ですよ。一夏ならきっとやれますって!〕

「そうだといいんだけどね……どうしても緊張しちゃうよ」

 

私の心を読んだ榛名の言葉にそう返した。今までこんな事を任された事なんてないからね……本当に雑用より酷い事は何度もあったけど、こんな風にしっかりと任されたのは初めてのことかもしれない。だからこそ変に緊張してしまう。と、制服のネクタイを結びながら思った。

 

「それにしても、またこの制服を着ることになるなんてね……思いもしなかったよ」

〔それも今まで着ていたものとほとんど同じデザインですからね。でも、一夏に一番似合っていると思いますよ〕

 

今私が着ている学園の制服は、前の世界で着ていた制服とほとんど同じもの。といっても、私の場合ほとんど改造なんてせずに一番スタンダードな形にしていたってのもあるんだけどね。違う点といったらリボンがネクタイになってるくらいかな。

 

「でも、びっくりしたよね。榛名にも制服が渡されたんだもん」

〔使う機会が来るのかどうかはわかりませんが、一夏とお揃いみたいですね。榛名、ちょっと嬉しいです〕

 

千冬姉さん、なにを思ったのか分からないけど、榛名にも制服を渡してきたよ。榛名はコア人格だからあんまり外に出てこないと思うけど、でも私とお揃いの制服ということで榛名は嬉しいみたいだ。そういう意味では千冬姉さんのした事は正解なのかもしれない。

 

「——せっかくなので着てみたのですが、どうでしょう? 似合っていますでしょうか?」

 

上機嫌になっている榛名はいつの間にか具現化しており、いつもの改造巫女服姿ではなく学園の制服を纏った姿で出てきた。ただ、あまり着慣れていないのか、ちょっと落ち着かない様子で自分の姿を確認しようとしている。

 

「もちろん、バッチリだよ。ちゃんと似合ってるから大丈夫だって」

「こういった物を着る機会はなかったので……でも、一夏とお揃いなのは嬉しいです!」

「おかげでどっちがどっちかわかんなくなっちゃいそうだけどね」

 

ほとんど同じ制服だし、姿が似ている私達だから余計にどっちがどっちなのかわからなくなってしまいそう。制服も同じデザインだから余計に間違われそうな気がするよ。違っているのだってニーハイの色くらいかな。私は白だけど榛名は黒。それくらいしか違ってないから、知らない人が見たら同じ姿の人が二人いるように見えそうだ。

 

「そこは仕方ないですよ。偶然かどうかわかりませんが、榛名と一夏は姿がそっくりですから」

「そういう割には間違われるたびに不貞腐れているけどね」

「そ、それとこれとは別問題ですっ!」

 

間違われるのはもう仕方ないことだから諦めた方がいいと思うんだけどなぁ……それでもやはり不貞腐れて拗ねるところは子供っぽいいつもの榛名だ。

 

「そ、それよりも、そろそろ向かった方がいいのではないでしょうか? 時間もいい頃合いだと思いますよ」

 

榛名に言われて時計を見ると、そろそろ式典が終わるだろうという時間を針が指し示していた。って、もうそんな時間になってたんだ。そろそろ教室の方に向かった方がいいかもね。

 

「そうだね、もうそろそろ教室行こっか。着いたらすぐに補佐をする事になるかもしれないけど」

〔はい! 陰からではありますが、榛名、全力でサポートします!〕

「うん、期待しているよ。でもあんまり無茶だけはしないでね?」

 

榛名がコアの方に戻った事を確認してから残りの準備を進める。鞄の中身は確認したし、戸締りも確認した。あとは鞄を持って、靴を履き替えたら出る準備は終わった。あとはこの寮長室の鍵を持って……これでよし。

 

「——それじゃ、いってきます」

 

誰もいない部屋。寂しいけど、でもその挨拶だけは忘れずにしておきたい。悠助の、というより黒龍のバスターソードが見つかってからというものの、なんだかそこに悠助がいるような気がしちゃってね……多分気のせいなんだと思うし、私がそう願っているから感じるだけなんだと思うけどね。

 

『——おう、頑張ってこい』

 

聞こえたのは私の幻聴、きっとそうに違いない。まだ黒龍の反応を確認できてないらしいから……でも、もしこの場に悠助がいたならきっとそう返してくれると思う。そう思ったら不意に涙が出そうになるけど、必死に堪える。泣いてたらきっと悠助にも揶揄われそうな気がしたからね。

こうして、私のこの世界での学園生活は幕を開けたのだった。

 

◇◇◇

 

(……やばい)

 

なんなんだこの緊張感。あちこちからやってくる視線が否応無しに刺さってくるのは中々に辛い。しかもそれが好奇の目線とあれば余計に気になってしまってしょうがない。しかし、この状況で後ろを振り向こうものならより一層視線の嵐に逢うだろう。それだけは避けたい。あと、チラチラとこっち見ては俺が気づいて目線動かしたら逸らすのやめて。気になって仕方ないから。

変な緊張をしているせいか喉は渇いてくるし、あまり良く無い汗が流れ落ちてくる。まだ四月だぞ。この汗の量だったら普通に夏も同然だ。今年は水不足にでもなるのかと言いたいくらいだ。

 

(……これは想像以上にキツいぞ……)

 

改めて今の自分が置かれている状況がいかに異常な事態なのか把握できてきたような気がする。

 

——クラスメイト、俺以外全員女子なんですけど。

 

普通の学校だったらこんな極端に男女比が偏ったクラス編成にはならないと思うんだよ、俺は。だってそうだろ? いくら男子の少ない学校だとしてもクラスに十人くらいはいてもおかしくはないだろ。だが、この学校は普通とは全然違っていた。いや、そもそもここを普通の範囲に含めてはいけないか……。

 

——国際IS操縦者育成機関。通称IS学園。

 

十年近く前に誕生した飛行型マルチフォームスーツである、インフィニット・ストラトス。その操縦者の育成を行うための学校……なんだけど、その操縦者に問題があったわけだ。なにせ、ISは女性にしか反応しないという致命的な欠点がある。そのおかげで現在の状況に至るというわけだ。

 

(……なんというか、改めて考えるととんでもないことになっちまったなぁ……)

 

クラスの中で男子は一人。さっきから視線を送って助けを求めているが窓際にいる幼馴染は顔を逸らして救いの手を差し伸べてくれない。なんでだよ……それが六年ぶりに再開した幼馴染に対する態度かよ……ちょっと冷たすぎませんかねぇ。まぁ知っている人がいるってのは少しだけ安心するにはしたけどさ。

とはいっても本当にあれは事故でしかないんだけどなぁ……道に迷ったら目の前にISがあって、足を滑らせたらいつの間にか起動していて、後はもうてんやわんやの騒ぎだ。連日、マスコミは来る、政府の関係者は来る、変な研究所の人は来る、怪しい宗教勧誘は……逆に減ったか。ともかく、身の回りが忙しくて大変だったわけだが、きっかけは本当に事故なんだよ。

 

(なんでこんなことになっちまったんだろうか……)

 

思わず天を仰ぎたくなるような気分だ。あ、それとあいつには後で言っておこう。周りが女子ばっかりとか精神的に持たねえって。お前のその考えは、お前ん家で出してる南瓜の煮付けくらい甘いぞ。それくらいには甘い。俺はもう後ろからの視線に耐えられそうにない。

 

(……箒さ〜ん、助けてくださいよ〜……)

 

………。

………………。

………………………無視!? いやちょっと待って!? 今一瞬こっち見たよな!? その上で顔をまた逸らした!? 無情にも俺は切り捨てられてしまったようだ。縋る藁も無いとは……ただただ辛い。せ、せめて……せめてこの視線の嵐だけはなんとか……。

 

(……あれ? そういえば隣の席の人、まだ来てないな……)

 

ふと自分の右隣の席を見るとまだ来てない様子ではある。いやでも、入学式の時には全員揃っていたそうだし、いないってことはないんだろうけど……でも、式が終わってまっすぐこっちに来たわけだからいないとおかしい話だしな……どういうことなんだろうか。自分の置かれている現状から目を逸らしたいからなのか、少しその事が気になってしまっていた。

 

(……流石に入学初日から遅刻という事はないとは思うけど……いや、俺が気にしても仕方ないか)

 

空席なのは気になるが、多分やむを得ない事情がきっとあるのだろう。そういう風に自分の中で勝手に答えを出していた。もうそろそろ、この視線に耐えるのがしんどくなってきた……誰でもいいからこの状況をなんとかして欲しい。割とかなり切実に。自分の事だけで手一杯になりそうだ。

 

「——皆さん揃ってますね〜。改めて、入学おめでとうございます。私は副担任の山田真耶です。これから一年間、よろしくお願いします!」

「よ、よろしくお願いします……」

 

なんだかどこかふわふわした雰囲気の人が入ってきたと思ったら、この人がクラスの副担任らしい。なるほど、反対側から読んでも「やまだまや」だ。そんな山田先生の自己紹介に、なんとか出せた返事をしたのはいいんだが……いや待ってくれ、今返事したの俺だけじゃないか!? それはいくらなんでも失礼すぎませんか皆さん!? 相手は副担任とはいえ先生だぞ!? 俺は知ってるんだぞ、こういう優しそうな雰囲気の人が怒るととんでもなく怖いって事! あれは本当に怖いからな!

 

「ううっ……織斑君、お返事ありがとうございますぅ……」

 

……待って待って。山田先生、なんで泣いてるの!? そんなに返事をしたのが嬉しかったのか!? 泣くほどの事なのか!? さっきから予想もつかない事態が短時間で起きているせいか、もう背中に突き刺さる視線とかどうでも良くなってきた気がする。というか、流石に泣かれると罪悪感みたいなのが湧き出てくるんですが……俺悪い事してないけどね! 俺は返事しただけだから無罪だよね!? てか、皆も挨拶くらいしようぜ!? 挨拶だけで泣かれるってどんな修羅場な世界だよ……世紀末も真っ青だ。……心の中でツッコミを入れるのも疲れてきた。

 

「き、気を取り直しまして……この学園は全寮制となっています。三年間、互いに協力し競い合って頑張っていきましょう!」

「は、はーい……」

 

だから! なんで聞こえてくる返事が俺だけなんだよ!? もうなんか山田先生すげえかわいそうなことになってきてるんだけど!? ああ、もう言わんこっちゃない……なんというか拗ねていそうな雰囲気はする。誰か慰めてあげてよ……最前列でその光景を見ている俺が切なくなってくる。あと箒、特にお前だけでも挨拶くらいちゃんとしろ。後で実家の道場でなにを言われて怒られても同情できないからな。

 

「……本当織斑君ありがとうございますぅ……」

 

山田先生落ち着いて! というか、俺の名前だけ呼ばれてるとどうしても俺が何かしたようで罪悪感が半端ないんです! いや俺なにもしてないけどね!? ちゃんと返事しただけだからね!?

 

「ご、ごほん……で、では、まず先に自己紹介をしてもらいましょう。それでは、廊下側の方から——」

 

どうやら山田先生はなんとか持ち直してくれたようで、自己紹介が始められていた。というか、山田先生、どんだけ涙脆いんですか……ちょっと心配になってしまう程だコレ。これが千冬姉だと『まともに挨拶や返事すらできないのか、貴様ら!』とお怒りになりそうなんだよなぁ……あれは怖い。本当に脳天に雷が落ちるようなそういう感覚に陥るからなぁ……俺の姉は人外なのだろうか。何やら特殊な能力を身につけてても驚かない自信がある。

そんな事を考えていると、なんというか、やはりこの好奇の視線が気になり出してしまう。そもそもの話、こんな東西南北全方向見渡して女子ばっかりの環境に一人だけポツンと放り込まれた俺の気持ちわかる? 恐ろしく寂しいし、気が弱くなりそうだ。苦痛ですよ、苦痛。これからずっとこんな視線に晒されながら生活していくのかと考えたら、もう疲れてきてしまった。精神衛生上本当によろしくないって。

 

「——君、織斑君。織斑君! おーりーむーらーくーん!」

「おぅふぁっはいッ!?」

 

考え事をしている時に名前を呼ばれたせいか、変な声を出して返事してしまった。それがあまりにも変だったのか、周りからはなんだかクスクスといった笑いが聞こえてくる。……うわ、やべぇ……初日から盛大にやらかしてしまったぞ……先がすでに思いやられる。やれるんだったら白旗をあげたい気分だ。

 

「えっと、大声出してごめんね? 自己紹介の順番が今織斑君の番になったの。慣れない環境で緊張してると思うけど、大丈夫かな? やってくれるかな?」

 

……なんだろう、心配してくれる人がいるって事実に今俺は猛烈に感動している。目の前のこの子供っぽい先生は一生懸命教師として生徒のために頑張ってるんだ。しかも、イレギュラーである俺に対してだ。あと、普通にぼけーっと考え事をしててすみません……。

 

「だ、大丈夫ですから。自己紹介やりますから。だから、その、謝らないでください」

 

そう返事するとすぐに顔を明るくして喜んでますアピールしてくれる山田先生。いや、反応のそれが完全に子供それなんですが。少なくとも教師になるくらいには大人なんですから、もっと堂々としていてもいいのではと思ってしまった。ひとまず自己紹介の為に席を立とう。

 

(うげ……)

 

しかし、どこを向いても視線の嵐。本当にこんなところでやっていけるのかな、俺……。

 

「え、えっと、織斑一夏です」

 

緊張のあまり、やっとのことで自分の名前を言い出す事はできた。でも、この後って何を言ったらいいんだ!? さっきまで自己紹介一切聞いてなかったら、した人が何を喋っていたのとか全然わかんねえし!?

絶賛混乱中の俺に対し、周りは『もっとこう……あるだろう!』的な期待の視線を送りつけてきている。いや、話してもいいんだよ!? でも、どんな事を言ったらいいのかわかんねえの!? やばい、この状況非常にまずい。どのくらいまずいかって言ったら、人肌程度に温まったドリアンサイダー並みにまずい(これを用意した中学の友人は後でしばいた)。いや、まずさのベクトルが違うか。……思考の方向すら混沌としてきたぞ。仕方ない、ここは腹を括るしか——

 

「……ふぅーっ」

 

一度深呼吸をしてからの

 

「——以上ですッ!!」

 

強制終了だあァァァァァァッ!! これでいい。なんか周りが雛壇芸人のようにずっこけてるけど俺は知らない。知らないったら知らないんだ。

 

「——全く……お前は自己紹介の一つもまともにできんのか?」

 

刹那、脳天に直撃する衝撃。しかし、それはどこか力を抜いたような一撃。思わずその一撃を振るった相手を見ようと振り返ると

 

「げえっ!? 第六天魔王!?」

「手加減しない方がお望みらしいな」

 

再度振り下ろされる一撃。しかも今度は一切の手加減すらない。あっぶねえ……間違いなく意識を刈り取られそうになった。って、それよりも!

 

「なんで千冬姉がここにいるんだよ!?」

「ここでは織斑先生と呼べ、馬鹿者」

 

三度振り下ろされる一撃。しかもこれさっきから出席簿で叩いていたのかよ……明らかに出席簿からしていい音では無かったような気がするぞ……というかよく俺の頭蓋骨耐えてくれたな。

それにしても、最近ほとんど帰ってくることの無かった千冬姉がなんでここにいるんだ……それもちゃんとしたスーツを着てだらしなさのかけらも無く、キリッとしているなんて——

 

「……織斑、もう一撃欲しいのか?」

 

全くそんな事はありません。あと、ナチュラルに思考を読むのはやめてください。全力で首を横に振って否定の意思を示す俺。流石の千冬姉もこれには呆れた表情を浮かべただけでこれ以上俺を叩いてくる事はなかった。

 

「わかればいい。山田先生、遅れてすまない。少々打ち合わせが延びてしまってな」

「い、いえ! 私は副担任ですから、このくらい問題ありません!」

「フッ、それならいいさ。さて——」

 

千冬姉はそう言うと改めてこちらへと向き直る。

 

「諸君、私がこのクラスの担任である織斑千冬だ。私の役目は貴様らヒヨッコ以前の卵を一人前の操縦者として鍛え上げる事だ。貴様らには半月で基礎知識を覚え、三ヶ月以内にはまともに動かせるようになってもらう。なお、私の授業では口答えは許そう。だが返事は『はい』のみだ。いいか、それ以外の返事は許さん」

 

なんたる暴君っぷりであろうか。ここは軍隊の教育施設かなんかなのかと思いたくなるような発言である。しかも目が本気と書いてマジと読むレベルの鋭さ。間違いなく心の底から思ってそう言ってるんだろう。だが、これじゃ周りの生徒がドン引きしてついてこないんじゃ——

 

「本物の千冬様よ!」

「まさかお姉様がクラスの担任だなんて!」

「かのブリュンヒルデに会えるなんて光栄です!」

「私、千冬様に憧れてここにきたんです!」

 

——全然そんな事なかった。むしろ女子たちはみんな歓声を上げて喜んでいる始末だ。……ISってこんなノリの状態で扱ってもいいんだろうか? さっきまでの緊張とか一周回って逆に冷静に考える余裕を与えてくれるような事態になったぞ。というか、千冬姉の人気っぷりはやっぱりすごいな……流石、かつて文字通り刀一本で世界最強(ブリュンヒルデ)の称号を手にした人だ。カリスマ性は誰にも引けを取らないと思う。

 

「全く……何故いつもこう騒がしくなるんだ。わざと私のクラスだけに問題児を集めているのか……」

 

しかしながら、千冬姉はあまりこういうのは得意ではない。若干鬱陶しく思っているようだ。いつもこんな歓声を浴びていたら確かに嫌になりそうだよな……そんな事を言えるのも世界最強であるが故か。

 

「お姉様! もっと罵って〜!」

「たまには褒めて〜!」

「そしてつけ上がらないように躾して〜!」

 

……俺は何も聞かなかった、いいね?

IS学園は魔境かよと思いっきり突っ込みたくなったが俺は悪くないよな?

 

「さて、そこの馬鹿のせいで自己紹介が止まってしまっているようだが仕方ない。残りは各自休憩時間に済ませておけ」

 

いや、確かに俺が原因ではありますけど、そこは流石にフォローしてください。こんな状況で自己紹介をすらすらできるほど俺の神経は図太くないんです。

そんな事を思いながらふとまた隣の席を見ると、やはりまだ来てないようだ。担任の千冬姉と副担任の山田先生が来てるのにまだ来てないって一体どういう事なんだろうか。俺はその事を千冬姉に聞こうと思ったが、それよりも前に千冬姉が口を開いた。

 

「それとだ、織斑以外に一人特殊な事情の奴がいる。そいつにはこれから学生として学びながらも我々教師の補佐をする事になっている。よし、入って来い」

 

「——失礼します」

 

聞こえてきたのは透き通るような声。それもどこか惹きつけられるような声だ。視界には綺麗に手入れがされている黒髪が入ってくる。その子は千冬姉の横にくるとこちらを向く。俺は思わずその琥珀色の双眸から目を逸らす事ができなかった。なんというか、記憶に鮮明に残るとはこういう事なのかと、変な事を考えるくらいには呆けていたかもしれない。だが、呆けていたのも束の間。教室に設置されている電子黒板に表示された名前を見た瞬間、俺は驚かずにいられなかった。何故なら彼女は——

 

「教員の補佐を頼まれました、紅城一夏です。皆さん、よろしくお願いします」

 

——俺と全く同じ名前だったのだから。

 

◇◇◇

 

(き、緊張したぁぁぁぁぁ………)

 

ち、ちゃんと落ち着いて出来てたよね!? これでもまだあがり症が治ってないんだから!!

 

〔一夏、それは自慢することではないです……〕

 

わ、わかってるよ! でも流石にこの人数を前にするとどうしても緊張しちゃうんだよ……。

 

〔かつて学園祭でライブのセンターを務めた人と同じとは思えない発言ですね〕

(あの時だってかなり緊張してたんだからね!! 大人数を前にしたら誰だって緊張するって!!)

 

絶賛緊張しまくりの私である。というか千冬姉さんの補佐とかどう考えても緊張するでしょ……これで緊張しない人を私は見てみたいよ。

 

(それにしても彼が……)

 

そんな私の視線の先にはこのクラスにおいて唯一の男子生徒がいる。彼がこの世界での織斑一夏……この世界での私。なんだか一秋兄さんとそっくりだ。どことなくそんな気がする。そして、千冬姉さんの実の弟。やはり姉弟とあるだけあってどこか面影を感じるよ。そういえば、私って千冬姉さんや一秋兄さん、春十とも誰とも似てないって言われたことあるなぁ……一秋兄さんとは残念だけど、千冬姉さんと春十とは似てなくてよかったかなと今は思ってるよ。

 

「さて、時間は有限だ。この後すぐにISの基本的な事項についての授業を行う。初回の為こちらで資料は用意するが、それ以降は各自で準備するように」

 

どうやら早速これから授業を始めるようだ。確かに授業日程のスケジュールを見せてもらったけど、中々に過密なスケジュールとなってたからね。時間を無駄になんてできないよ。ただまぁ、向こうの世界とはちょっとずつ日程が違うところもあったけどね。

 

「紅城、お前には今日の午後以降手伝いを頼む。午前の分は資料を用意してあるのだろう?」

「言われていたものはこちらに用意してありますが、一応間違いがないかどうか確認はしておいてください」

「ああ、承知した。午前中はこのクラスに馴染んでおくといい。貴様は教員補佐ではあるが同時にこのクラスの生徒だからな」

 

千冬姉さんに資料の入ったケースを渡すと思わずそう言われた。午後から手伝いですか……というか、それまで普通に学生として過ごせとは……なんというかだいぶざっくりとした指示になっちゃいましたね。いや、別に不満とかはないのでいいんですが……やはりこういう事を千冬姉さんから言われるとどうしても違和感を覚えてしまう。

 

「それでは授業を開始する。紅城、お前も早く席に着け」

 

そう言われて自分の席へと向かう私。どうやら私の席は彼、織斑君の隣。性別が違うとはいえ、この世界の私の隣に座るって考えるとなんだか不思議な気持ちになる。

 

「よろしくね、織斑君」

 

とりあえず、どれくらいの期間になるのかわからないけどお隣さんになるわけだから挨拶はしておかないとね。

 

「よ、よろしく」

 

織斑君の方もどうやら緊張している様子。まぁ、周りが女子しかいないのに一人だけ男子だもんね……悠助もほぼ男子一人という状況だったけど、悠助の場合いつの間にか慣れちゃってたもんね……悠助ってやっぱり超人なんじゃないかと思う時があるよ。

 

「よし。では手始めにISとはどういうものかから説明をしよう。まずはこの資料を見ろ——」

 

ほとんど止まる事なく授業は始まった。いくら千冬姉さんの補佐とはいえ、試験が免除されているとかそういうわけじゃないからちゃんと授業は受けないとね。これでも学生の身分なわけだし。

 

 

一時限目の授業を終えた後、横の織斑君は完全に沈黙しているようだった。千冬姉さんが言っていたけど、織斑君は今の今までISというものに触れてきた事はなかったみたいだから、こうなるのも仕方のない事なのかな。私の場合、今やっている授業って前の世界で一度受けている内容と同じみたいなものだから、今のところは大丈夫。今日までちゃんと予習もしたしね。

 

〔一夏はそういうところしっかりしてますからね。素直に尊敬できるところです〕

(改めてそう言われるとなんだか恥ずかしいけどね)

 

ちゃんと勉強するのは学生なら当たり前のことだからね。私の場合、そればっかりやってたからってのもあるんだけど……別にそれは今考える事じゃない。

 

〔しかし、隣の彼は完全に参ってますね〕

(こんな状況じゃ仕方ないと思うよ……もし彼と同じ立場に私がいたら絶対同じようになると思うもん)

〔そうでなくとも一夏の場合はなりそうですけどね〕

(余計なこと言わない!)

 

榛名が余計な事を言うのは一旦置いておくとして、隣の彼は本当に大丈夫なのだろうか。ちょっと声をかけてみようと思う。

 

「え、えーと、織斑君、大丈夫?」

 

なんだか教室の外がざわざわとしてるけど、気にしたらいけない。気にしたらきっとこっちが固まっちゃう。

 

「えっと……紅城、さん? で合ってたよな?」

「うん、紅城一夏。改めてだけど、よろしくね」

「こっちこそ、よろしくな。知ってるかもしれないけど俺は織斑一夏だ」

「噂の超有名人だもんね」

「……なんでこんな事になったのやら」

 

織斑君、超有名人になってしまったわけだからね……千冬姉さん曰く『マスコミやらパパラッチが自宅の周りに張り付いていた』との事。そんな状況、私だったら想像もしたくないかな……ほら、目立つの嫌いだし。あと、もし悠助がいたらいろんな意味で大変なことになりそう……主にマスコミの人達が。

 

「でも驚いたぜ。まさか俺と同じ名前の人がいるなんて思わなかったからさ」

 

同じ名前というか、この世界での私だからね君は……なんというか複雑な気分である。

 

「そうだね。私もびっくりしてるよ」

 

こっちの世界では私が男という事にね。本当、改めて考えると驚くことばかりだよ。

 

「それにしても『一夏』が二人か……」

「どうかしたの?」

「いや、お互い『一夏』だと名前で呼び合うのは無理だよなぁって思ってさ」

「……馴れ馴れしくするの早くない?」

 

待って、こっちの私、他人との距離を詰めようとするの早くない? まだ会ってから一日も経ってないんだけど。

 

「あ、気に障ったのならゴメン。でも、こういう状況だからさ……なんとなく仲の良い人がそこそこいた方が気持ち的には楽になれるのかなって」

 

ちょっと警戒するような態度を取ったら、織斑君の方が少しバツの悪そうに頬をかきながら謝ってきた。それに、織斑君の言い分も分からなくもないからね……私ももし榛名がいなくてたった一人でいたらきっと辛いだろうし……それに、織斑君からは嫌な感じは全くしないからね。なんというか、弾や数馬、あと初めて会った頃の悠助に似た感じ。

 

「別に謝らなくていいよ。そういう事なら仕方ないと思うし……それに他人事にも思えないからね」

「えっ、それってどういう——」

「ともかく、名前呼びは難しいかもしれないけど、よろしくね、織斑君」

「——あ、ああ! よろしくな、紅城さん」

 

そう言って彼は私に右手を差し出してくる。多分男友達のノリで握手を求めてやってるんだろうけど、ここにいるのは女子しかいないんだよ? したらしたで変な噂が立つんじゃないかと思ってしまう。あと、悠助以外の男の人に関わる事自体が久しぶりだから怖がっているのかもしれない。でも、握手しなかったらなんというか目の前の彼が少々可哀想に思えてきちゃうんだよね……違うとはいえ自分である事に違いはないから、自分が救われたいという気持ちになっているのかもしれない。それがただの自己満足だとしても……だから、私はいつの間にか彼に握手を返していた。

 

「これで俺たちは友達ってわけだな!」

「……こういうの、誰にでもやってるの?」

「? そりゃ友達同士の挨拶みたいなものだから、友達ならするに決まってるだろ?」

 

……なんというかこっちの世界の私、大物になりそうな気がするよ。きっと何人かはこれで勘違いさせてきたんじゃないのだろうか? そう考えると思わずそういった人たちに手を合わせたくなってしまった。

 

「……将来大物になると思うよ、織斑君」

「ちょっ、それどういう意味ですか!?」

 

でも、私にも新しい『友達』ができたのは確かな事だ。私と違うけど、同じ存在。そんな人と友達になれる事なんて普通に生きてたらまずあり得ない事。それを今経験している私はきっと不思議な存在なんだと思う。とはいえ、目の前の彼はその事に気がついてないみたいだけどね。





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