「ふむふむ。クラス対抗球技大会ですか!健康な心身をスポーツで養う。大いに結構!ただ…トーナメントにE組がないのはどうしてです…?」
梅雨が明け、本格的に夏が到来し始めた頃、僕らはクーラーも扇風機もない教室で、ある話し合いをしていた。話の内容はそう、球技大会だ。
「E組はエントリーされないんだ。1チーム余るってステキな理由で」
三村君の言う通り、僕らE組は本戦の方では戦わず、エキシビションと称して野球部とやらされる。
「その代わり、大会の締めのエキシビションに出なきゃなんない」
「エキシビション?」
「要するに見世物さ。全校生徒が見てる前で、それぞれ野球部と女子バスケ部とやらされるんだ」
「なるほど…いつものやつですか…」
椚ヶ丘中学恒例のE組いじり。一周目は殺せんせーの作戦のおかげで何とか勝てたけど、今回も同じ感じでいくべきか……なるべく勝ちたいなぁ。
「野球となりゃあ頼れんのは杉野だけど、なんかねぇの?勝てる作戦とか」
「…無理だよ。かなり強ぇんだウチの野球部。特に今の主将…進藤は持ち前の剛速球で名門高校からも注目されてる」
進藤君もだけど……どっちかと言えば怖いのは理事長先生かな。あの人は……うん…怖いよ。
考え事をしていたらいつの間にか話が進んでいたようで、殺せんせーが茶碗がくっついたちゃぶ台を持っていた。
「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。『やりたい』『勝ちたい』どんな困難にも揺るがずに。その心意気に応えて殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう!」
「マジでか!?そんな作戦あんの?殺せんせー!」
「ええ!早速放課後から練習を始めましょう!」
まぁ、なんとかなるかな。多分…
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「殺投手は300kmの球を投げ!!」
「殺内野手は分身で鉄壁の守備を敷き!!」
「殺捕手はささやき戦術で集中を乱す!!」
殺せんせーのマッハ野球……コレ見てると、烏間先生が来るまでこれに体育習っていた事実がどう考えてもおかしかったという気持ちが湧き出てくる。
「従って、バントだけなら十分なレベルで習得できます」
今回はあんまり出しゃばらなくてもよさそうだし、みんなと一緒にバントの練習でも……
「ああ、杉野君と渚君には別のメニューを用意してます」
…………なんで?
ということでみんなのバント練習の場所から少し離れた場所で僕と杉野は殺せんせーと別メニュー。
「俺と渚だけ?なんでだよ、殺せんせー」
「二人ともバントなら既に出来るでしょう。それにいくらバントでランナーを貯めても、作戦に気付かれてしまえば取れる点も少なくなってしまう。なので、気付かれる前にホームに返す役も必要です」
その意味は分かる。けど僕までこっちの理由が分からないので僕は挙手して質問する。
「杉野がその役に適任なのは分かるよ。でもなんで僕まで?杉野みたいにクラブチームに入ってるわけでも、野球の経験があるわけでもないんだけど」
「杉野君は投球練習もありますから、負担が大きすぎます。それに渚君は杉野君の練習に付き合ったりしているおかげで普通の生徒よりは上手ですよ。君は要領がいいので進藤君の球もきっと打てるようになりますよ。プランはいくつあってもいい。これは暗殺にも同じことが言えます」
「なるほど…頑張ろうぜ!渚!!」
「うん!」
つまり保険ってことね…。僕が保険になるかは分からないけども。バント練習の方なら楽そうだったんだけどなぁ。
そんなことを思いながら僕は殺せんせーのセットしているバッターボックスに足を入れ、バットを構えた。
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そして来たる球技大会当日。殺せんせーの練習メニューはなんとかこなしてたし、緊張しなければ打てる気がする……多分。
『えーそれでは最後に、三年E組対野球部のエキシビションマッチを行います』
「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが、選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だ杉野。お前はどちらもなかった選ばれざる者だ…しまっていくぞぉ!!」
「気合い入ってんなぁ……野球部。E組相手に大人気ねー」
「そういや殺監督どこだ?指揮すんだろ?」
「ああ、あそこにいるよ」
僕は外野奥のファウルゾーンのボールを指さす。
「目立たないように遠近法でボールに擬態してる。顔色とかでサイン出すんだってさ」
「いやバレるだろ!なんでギャラリーは気にしてないんだ!?」
あ、殺せんせーなんかやってる。薄緑、紫、黄色のくわっ!薄緑、紫、黄色のくわっ!だから……
「あれ…なんて言ってんの?」
「『殺す気で勝て』ってさ」
「…たしかに、俺らにはもっとでかい暗殺対象(ターゲット)がいるんだ。あいつらに勝てなきゃあのせんせーは殺せないよな!」
「よっしゃ!やるか!!!」
「おーーー!!!」
「ヌルフフフフ!さぁ!味あわせてやりましょう!殺意と触手に彩られた地獄野球を…」
『さぁ一回表、E組の攻撃!1番サード木村!』
「しゃー!いくぞー!」
『おおっとバッター気合十分だ』
とりあえず3番の磯貝君まではバント戦術が決まるはず。で、4番の杉野が三点取る。ここまでは前と同じなら行けるはず。前と違うのは何故か僕の打順が5番なのとイトナ君がいることくらいかな。
『3番磯貝セーフ!ま、満塁だ!ノーアウト満塁!調子でも悪いんでしょうか進藤君…』
『4番、ピッチャー杉野君』
杉野が打って、それから僕だけど…どうせ杉野が打ったら理事長先生が出てきてバント作戦効かなくなっちゃうけどどうするんだろ?前は打つ手無しのサインが出てた気がするけど…大丈夫かな……
殺せんせーのサインを見て、杉野がバッターボックスに入る。杉野の振った木製バットが進藤君の剛速球を捉えた。打球をセンターを超え、走者一掃のスリーベース…に……え?
杉野の放った打球は一周目とは違いセンターをギリギリ超えない程度の飛距離しか出ていない。一周目とは明らかに違う打球……
「オーライオーライ!」
結局杉野の打席はセンターフライに終わってしまった。これ、僕が打たなきゃいけないやつだよね……これを殺せんせーは見越して僕に練習を?でもどうして杉野の打球は一周目と変わったんだろ…
そんなことを考えているとヘルメットを深く被った杉野が歩いてきた。
「すまん…渚…頼んだ…」
「………あんまり期待しないでね」
ひとまずそれは置いとこう。自分の打席に集中だ……
進藤君…油断してる。さっきと明らかに意識の波長が違う。警戒してた杉野を抑えたからか。でも………
「なぁっ…?」
緊張が解けた直後、油断しきった球なら僕でも十分捉えきれる。
『打球はスタンドへ!打った潮田!悠々とホームイン!走者一掃の満塁ホームラン!?な…なんだよこれ……予定外だ…E組…四点先制……』
しっかりとホームを踏んでみんなの元に戻ってハイタッチを交わす。
「よっしゃー!いいぞ渚!!」
「すっげー…よく打ったな!」
「僕なんか眼中に無かったみたいで、油断してたみたい…ただのラッキーじゃない?」
何とか打てた…けど多分ここからだ。
ベンチに戻る時、妙な気配がしたのでヘルメットを菅谷君に渡しながらベンチの方に目をやる。するとやはりあの人がいた。
「あれ…理事長先生じゃね?」
「なんでベンチに…顧問の先生と話してるけど」
「あ、倒れた。寺井先生めっちゃ頭打ったけど大丈夫か?あれ」
「まさか1回表からラスボス登場ってか…?」
『い、今入った情報によりますと、野球部顧問の寺井先生は試合前から重病で、選手たちも先生が心配で試合どころではなかったとの事!それを見かねた理事長先生が急遽指揮を執られるそうです!』
一番怖い人が来た……一周目と同じならまずは前進守備でバント対策って感じかな。
『6番、センター岡島くん』
『さぁ!試合再開です!ここからどのように…っ!?こ、これはなんだ!?全員内野守備!こんな極端な前進守備見たことない!!』
「バンドしかないって見抜かれてるな…」
「でもあんな守備位置いいのか?」
「審判の判断にもよるけどルール上はセーフだね。それに審判の先生もあっち側だ。期待はできない」
「なんなんだこの学校は。平等の欠けらも無いな」
「そういうもんなんだよイトナ。E組ってのはさ」
「………ムカつくな。そういうの」
イトナ君がこういうこと言うのはなんだか新鮮な気がする。一周目でイトナ君がやった学校行事は体育祭と学園祭と演劇発表会くらいだし…体育祭以外は裏方だったからみんなと何かやるってのを見るのは少なかったからだろう。
『あっという間にスリーアウト!ピッチャー進藤君完全に復調です!』
続く一回裏、杉野の好投でランナーを出しつつもなんとか1点で抑えきった。ナイス杉野。
二回表……一周目と同じようにバント作戦は前進守備で対策され為す術なくスリーアウト…という訳でもなく、イトナ君が前進していたレフトを超えるツーベースを放った。でもその後が続かず得点にはならなかった。
二回裏ではカルマ君の挑発のおかげで進藤君が凡退に終わったためなんとか3点。…けど、この三回表に僕らが1点以上返さなければ勝ちの保証は無い。
まずは三番磯貝君…三振。頼りは杉野だ……頼む……ここで打ってくれれば…………
『あーーーっと杉野打ち上げたー!だがこれはレフトの正面だ!レフト難なくこれをキャッチー!これでツーアウト!』
杉野…!くそ……こうなったら僕が打つしかないのか…?
バッターボックスに立った僕はバットを構える。
大丈夫…さっきは打てたんだ……きっと打てる………ここで…打たなきゃいけないんだっ…!!!
「っ!?」
進藤君が構えから投球フォームに移る瞬間、顔をひきつらせたかと思うとなぜか彼が纏っていたオーラが消える。
彼の投球フォームは殺せんせーの特訓のおかげでゆっくりに見える。球も速いけど見えないほどじゃない。なぜか球威も落ちている。タイミングを合わせてバットを振るだけなら簡単だ。これなら────
ここで僕の記憶は途切れていた。このあと少し覚えていることは床が揺れている事とちらりと見えた烏間先生の顔と僕を呼ぶ誰かの声、そして見慣れない天井だった。
目が覚めると病院のベッドの上だった。横には烏間先生がいて、僕が起きたのを確認するとナースコールをして電話をすると言って部屋を出ていく。
結果として何があったかと言うと、デッドボールだった。それも頭への。いくらヘルメットをつけていたとしても進藤君クラスの剛速球なら余裕で衝撃が貫通する。外傷がなかっただけ奇跡だと説明に来た医者に言われた。ただ数日の検査とそのための入院、そして数週間の通院を告げられる。
しばらくして僕の意識が戻ったことを聞いたE組のみんなと進藤君が病室になだれ込んできた。
「本当にすみませんでした!!!」
「あー、いや!いいよ。事故だしさ大丈夫!……多分」
「いえ!俺の責任です!俺が未熟だったから……潮田君に怪我をさせてしまったんです。本当にすいませんでした!!」
進藤君からの猛烈なまでの謝罪の言葉を受け取って、みんなからの心配の声を聞き、軽く雑談を交わしたところでみんなはナースさんに追い出されてしまった。
少し前まで喧しかった病室は、しんと鎮まり、僕は茅野から貰ったプリン味の飴玉をコロコロと口の中で転がしながら考え込む。試合はエキシビションだったということもあって即中止。負けはしなかったけど…勝てなかった…みんな練習したし、杉野だって勝ちたかったはずだ…例に漏れず僕も勝ちたかった……。
そんなことを考えているとカラカラという音がしたので窓の方を見やると閉じていたはずの窓が開いていた。そして右側からすすり泣く声が……
「………何してんの殺せんせー」
「意識が戻ったと聞いてアフリカから飛んできましたよ!大丈夫ですか!?なんか傷とかありませんか!?気分はどうですか!?吐き気とか腹痛とか──」
「えっと…なんでアフリカ?」
心配する殺せんせーの言葉を遮って、質問する。
「もしものために薬の材料を現地まで取りに行ってました!これさえあればもう完璧!保存が効かないのでいちいち現地まで取りに行かなきゃいけないのがたまにキズですが…それでお医者様はなんと?」
「とりあえずは大丈夫だって言ってたけど…」
「いやいやいやいや!そんなもん信用なりません!先生自ら渚君の精密検査を行います!じっとしててください!直ぐに終わりますから!そう!直ぐに!」
結局殺せんせーの触手精密検査が始まる直前に烏間先生が入ってきたおかげで何とか助かった。殺せんせー特製の薬も保険適用外だとかなんとかで渋々殺せんせー自らが持ち帰ることになっていた。ちらっと見えた小瓶の中でゴボゴボと泡を立ててた緑の液体が薬だとは決して思いたくない……。
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「あー…あー……うん。声は上々。歩きは…まだちょっとよろけるけどまぁいいか。すぐ慣れるでしょ」
部屋を出て廊下を進む。途中でシーツを持ったナースと出会った。洗濯かな。
「あら、えーっと、潮田……君?こんな夜中にどこいくの?」
「…………ああ…えーっと…喉が乾いたのでちょっと自販機まで」
「そう。暗いから転ばないように気をつけてね」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
パタパタとスリッパを鳴らして階段を下りる。
「あー……寝起きだともうそろそろ限界かな?前はやりすぎちゃったし……僕の時間はまだ少ないな…」
目が覚めたら病院の階段にいた。え、なんで?怖いんだけど。俗に言う夢遊病ってやつかな?嫌だなぁ…そういうの。こういうのって病院の先生とかに相談した方がいいのかな?……とりあえず戻るか。
いつまでもここにいても仕方ないと僕踵を返して部屋に向かう階段に足をかけた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
さて、だんだんおかしくなってきました。え?2話から十分おかしかっただろって?ええ、おかしかったですね。
とまぁそんな話は置いておいて、今回の球技大会の打順は「1木村2前原3磯貝4杉野5渚6岡島7DH千葉8カルマ9イトナ」となっております。本編では三村君が打ってましたが、イトナ君になったのと、お話の都合上前原君と渚君の打順が変わりました。渚君は本編でもパワーがあれば5番打てそうなんですけどね。いかんせん3学期になっても杉野君1人で押さえられちゃうパワーな訳ですからそりゃ無理ですわな。
ではまた。