「ねぇ渚!これみてー!」
教室でいつも通り授業を受けていたら、茅野が折り紙で折った水色のタコを見せてくる。机の上では白と緑のタコがハサミでズタズタにされている。
「なんでタコ?」
「それはね」
突然彼女の首から下が灰のように崩れ落ちる。床にはゴトンと笑顔のまま硬直した頭だけが落ちる。
「え」
驚いた僕は椅子から転げ落ち、尻もちをつきながらも後ろに下がる。すると何かに手が当たった。カルマ君だ。俯いた姿勢で床に座り込んで机に寄りかかっている。
「カ、カルマ君!茅野が!」
肩を揺さぶっても返事をしない。視線を落とすと、大量にドロリとした赤い液体が流れているのが見える。血だ。血を流しているのはカルマ君で、腹のど真ん中を黒い触手で貫かれている。この触手はどこから来てるんだろう。触手は僕の後方に伸びて、そのまま上に伸びている。顔を上げて後ろを見ると…そこにいたのは女の子だった。赤いパーカーにスカートといったごく一般的な女子の服装をして、フードを被っている。そしてその隙間から僕が目で辿っていた黒い触手が伸びている。
「君は…誰……なの」
その子は床に落ちた茅野の頭を大事そうに抱き抱えながら笑みを浮かべる。そして僕の質問に答えず、ずっとこちらを見続けている。暗いフードの中からかろうじて見えるのは、僕を見つめて視線を逸らさないギラリと光る青い瞳と笑顔で歪んだ三日月のような口元だけ。
「どうして…カルマくんを……」
その子はおもむろに首を傾げ、僕を指さして口を動かす。声が小さいのか、そもそも声を発していないのか、何を言っているのかは聞き取れない。
「きゃああああああ!!!」
唐突な悲鳴に振り返ると殺せんせーとみんながいた。
「渚君…」
「なんで渚が…」
「クソが!なんでなんだよ!」
「どうして二人を!」
みんなが僕を疑っている。殺せんせーも烏間先生もビッチ先生も、僕が二人を殺したって。誰が見ても、どう考えても、この子が殺したって分かるはずなのに。
「ちがう!僕は!」
僕は殺ってない。でも、ああ。あれ。
気がついたら刃物を握っていて、その刃先は誰か知らない女の人の首に深く食い込んでいる。なぜか僕の口の端が吊り上がるのを感じた。なんで僕は笑っているんだろう。嬉しいことなんてなにも無いのに。
「ほら、違うわけないじゃん」
「まー俺らのことも見捨てたし」
「もう私らのことどうでもいいんでしょ?」
「あたしらは殺されたけど」
「渚は二回目があるもんね」
腕や顔を怪我したみんなが僕を囲んで非難する。呪い殺されるんじゃないかってくらいに。殺せんせーに助けを求めようとしたけど、もうそこにはいなかった。
「ちがう……僕は……やめてよ……」
僕は頭を抱えて蹲る。
「助けて……渚…」
「なんでお前だけ」
「偽物と過ごして楽しい?」
「痛い…痛いよ……」
「人殺し」
視界が明滅して、みんなの声が大きくなる。大声を上げても耳を塞いでも、みんなの声だけは頭に響く。
「ああ……ちがう…だって」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「「「どうしてあの時」」」
血まみれで死んだような目をしたみんなが本物のナイフを持って僕を刺そうとしている。誰も信じてくれない。なんで?僕はやってないのに。僕はやってないはずだ。本当に?僕が勘違いしてるだけかもしれない。みんなが合ってて僕が間違っていたら?でも殺ってない。僕は殺ってない。殺ってない。殺ってない?殺ってない。殺ってない。ちがう。殺ってない。殺ってない。殺ってない?殺ってない。殺った。殺ってない。本当に?殺ってない。そうだ。殺ってないのに………
そんな時、目の前に手がさしのべられる。それはさっきの女の子の手だった。その子は笑みを浮かべ、僕がその手を取ることを待っている。信じてくれるのはこの子だけ?みんな信じてくれないのに、この子だけは信じてくれる?この手を取れば、この子だけは僕の味方でいてくれる?事情を話しても普通でいてくれる?なら……しょうがないよね。
僕はその子の手を取っ………
「はぁ…はぁ…夢?……」
とんでもない悪夢だ。
机の上の時計は昼の三時を示している。せっかく気持ちよく昼寝していたのに汗だくでこの疲労感、こういう夢はやめて欲しい。
『おはようございます!渚さん!』
「おはよう……律」
そういえば最近、律がE組に来た。前と同じように授業中に射撃して、寺坂くんに縛られて、殺せんせーが改良して、オーバーホールされて、持ち主に逆らって、覚えてる限りはほぼほぼ同じだった。ただモバイル律が前より早くスマホにインストールされていた。
『うなされていたようでしたが……』
「うん、まぁ昔のトラウマ…かな。今は大丈夫だよ」
『だといいんですが……』
実は律にこの世界が二周目だということを話そうかと何度か考えた。頭のいい律ならきっと理解してくれるし、秘密にもしてくれるだろう。なんなら僕の持つ前回の記憶と彼女の計算能力が合わされば普久間島での暗殺計画が成功するかもしれない。
でも結局話さないことにした。理由は分からない。でも話さない方がいいと思った。話したくないと思った。まぁよく考えれば、いくら本人が秘密にしてくれるとしても誰かに会話の記録を見られたりしたら面倒だしね。
「律ー、今日の夕飯何にするか決めてー」
律が来てからよくこうやって頼るようになった。道案内とかタイマーとかはもちろん、こうやってくだらないことまで相談している。
『お任せ下さい!昨日は肉じゃがでしたから、その余りを利用したカレーなどはどうでしょう?』
カレー………カレーかぁ。そうしよ。
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とある日、日直の仕事を終え帰ろうとすると職員室からビッチ先生と烏間先生の声が聞こえる。
「はぁ……もーめんどくさいわ授業なんて!」
「その割には生徒には好評のようだぞ」
「なんの自慢にもなりゃしないわ!殺し屋よ?私は」
どうやら殺せんせーを殺せないことに苛立っているらしい。なんで今更そんな事で悩んでるんだろ?現状じゃ誰も殺せないことなんて分かりきってるだろうに…
「shit!やってらんないわ!」
職員室の前に来ると、ビッチ先生がドアを開けて出ていく時だったようでちょうど彼女と目が合う。
「あ、渚……」
「荒れてるね、ビッチ先生」
「うっさい!大人にも悩みはあんのよ。ほら、さっさと帰んなさい」
「うん。また明日ね、ビッチ先生」
苛立って不貞腐れた彼女と別れた後、校舎から出る時にE組の教室の中に見慣れない人影を見かけた。あれは……ロヴロさんか。そういえばビッチ先生と模擬暗殺やってたのってこの時期だっけ。放っておいてもビッチ先生は大丈夫だろうけど、説得してなんとかなるならそれに越したことはない。
教室に戻って彼を探す。もういなくなってるのはさすがと言うべきか。
「ロヴロさーん、どこですかー?」
「俺の事を知ってるとは……誰から聞いた?」
いた。ていうか後ろから来てたの気づかなかった…こういう気配を感じとったりするのも鍛えなきゃな……
「こんにちは、ロヴロさん。僕の名前は潮田渚って言います。ロヴロさんのことは烏間先生から聞きました」
「そうか。俺を探していたということは何か用か?」
「ビッチ先生を撤収させるつもりですよね?」
「………」
自分の考えを見透かされたからかすこし意識の波長が乱れる。ただ表情には全く変化はなく、普通なら動揺していることは分からないレベルだ。
「なぜ知っている」
「実は僕、エスパーなんです」
硬い空気を少しでも変えようとちょっとふざけて答えてみる。まぁ本当のことを答えたって信じないのは一緒だし。
「…………まあいい。確かに今日、イリーナを撤収させるつもりだった。大方君は撤収を取りやめさせるのが目的、と言ったところか」
「話が早くて助かります。ビッチ先生はこの教室に必要な人です。なので今日は心配性な師匠が弟子に会いに来ただけ、ということにしていただけませんか?」
「……それは無理な願いだな。イリーナにはもっと適性な仕事がある。ここで教師なんてやってるよりもその方がイリーナのためだ」
うーん…頑固な人だなぁ…それなら……
次の言葉を頭の中で準備していると、強い風と共に黄色い触手が瞬間移動してきた。
「本当にそうでしょうか?」
「あ、殺せんせー」
「お前が例の……話に聞く怪物ぶりだな……やはりイリーナでは殺せないだろうな」
「確かに、イリーナ先生は暗殺者としては恐るるに足りません。クソです」
「ならば──」
「ですが、渚君の言う通り彼女は私を殺す可能性のあるこの教室に必要な人材です。暗殺者としても、教育者としても。渚君があなたを止めに来たのもこの教室に欠かせない人材だという確固たる証拠です。ですので、考え直してはいただけませんか?」
「……まったく、随分と懐かれたようだな、イリーナ」
ロヴロさんは振り向きながら、陰に隠れて話を聞いていたビッチ先生に話しかける。
「先生…私は……」
「人に物事を教えることは、自分で学んだことを改めて見つめ直すいい機会になる。まだ未熟なお前は、ここで教師でもやって改めて自分という存在を考えるのも良いのかもしれん。しばらくはここで教師として彼らと共に学べ。ただ、腑抜けた事をやっているようならまた連れ戻しに来る。必ず殺れよ、イリーナ」
「……分かりました。先生」
「未熟な弟子だがよろしく頼んだぞ、モンスター」
「もちろんです。それと、私はモンスターではありません。殺せんせーと呼んでください」
「ふっ……そうか。改めて頼んだぞ。殺せんせー、そしてその生徒よ」
彼はそう言って自分の中で納得したのか帰っていった。随分とあっさり帰っていったけど……また来るって言ってたし大丈夫かな……?
「あんたらは……本当にこの教室に私が必要だって思ってる?」
ビッチ先生が僕らに聞いてくる。殺せんせーを殺せないことを自分に実力が無いからだと思っているのか、彼女なりに苦悩しているらしくその表情は暗かった。こういう時、ターゲットの殺せんせーや、ただの生徒である僕がどんなに優しい言葉をかけたって本人が納得することは無いだろう。どうすれば……
「当たり前だ」
「烏間……」
そんな彼女に声をかけたのは烏間先生だった。堅物で鈍感な烏間先生にしてはとんでもなくいいタイミングで来た。
「……本当に?」
「ああ。そうじゃなければ、こんなにも生徒に好かれてはいないだろう」
「そうですね。優れた殺し屋はよろずに通じます。イリーナ先生が教師としてこの教室で生徒と自然に接し、皆に慕われているのは優れたプロだからです。そんな殺しのプロこそ、この教室には必要なんです」
「そ、そこまで言われたら……やるしかないじゃない……。あーもう!分かったわよ!先生からも言われたし、もう少しここで教師やっててあげるわ!感謝しなさい!」
烏間先生と殺せんせーの言葉で彼女も吹っ切れたようで、元の高慢な彼女に戻ったようで安心した。
不意に外を見ると、もう日が暮れてきていて、僕はせんせーたちにさよならをいって山道を下って帰宅する。
今日の夕飯は……時間も遅いし買って帰ろうかな。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
前と同じく平和回です。
律の話は掘り下げようと思って書いてたんですけど、諸事情によりカットしました。
他の方の小説とか読んでると1話辺り7000文字とかで70話近く書いてたりするので自分の文字数と想定話数の少なさに戦慄することがあります。まぁ初めてなのでそこはご愛嬌ということで………。
いつか勉強して経験値がたまったら題材を同じくして新しく書き直したりしたいですね。では、また。