今日はE組に二人目の転校生であるイトナ君が来る日だ。
イトナ君は前の時、E組に仲間入りしたのは二学期だった。一学期から何度も暗殺に来ていたにもかかわらず、シロが諦めるまで僕らは彼を助けられなかった。ただ今回は違う。前の記憶を持つ僕がいる。
僕は一回目の襲撃…つまり今日、彼を触手から切り離すつもりだ。イトナ君から力への執着を消す必要があるし、それよりもまずイトナ君からシロを引き離さないといけない。説得で何とかなるならそうしたいけど……あのシロが相手だしそう簡単にはいかないだろうなぁ……
翌日、朝のホームルームの時間になり、出欠を取り終えた殺せんせーは一周目と同じように転校生の話題に触れ始める。
「さて烏間先生から聞いているとは思いますが、今日は転校生が来る日です」
「まーぶっちゃけ殺し屋だろうね」
「律さんの時は痛い目を見ましたからねぇ……せんせーも今回は油断しませんよ!」
律は誇らしげに「ふふっ」と笑う。ここまでも前とだいたい同じだ。
その後は原さんに転校生の情報を聞かれた律がイトナ君のことを話し、殺せんせーの触手を飛ばした律より圧倒的に暗殺能力が高いということを聞いて皆が驚愕する。
そして、あいつが教室に入ってきた。
「…………………」
「なんだあいつ…」
「あれが…転校生?」
シロ……この騒動全ての元凶。こいつのせいで僕らE組は何度も酷い目にあった。そして僕がやり直した理由でもある。みんなを殺したこいつもいつか………
「渚?大丈夫?」
殺意が顔に出ていたのか、茅野が心配そうに声をかけてきた。僕はすぐ笑顔を戻して「大丈夫」と返す。
一方奴はというと、いつの間にか話を進めていてこちらの方に目を向けていた。前の時は僕と目が合ったと思っていたけど、実際は雪村先生の妹である茅野のことを見ているのだろう。
「なにか?」
「いや、皆いい子そうですなぁ。これならあの子も馴染みやすそうだ。席はあそこでいいのですね?」
「ええそうですが…」
「では紹介します。おーいイトナ!!入っておいで!!」
シロが廊下に向かって呼びかけるものだから、僕を除くクラス全員は教室の扉に注目する。が、もちろんイトナ君は前と同じように教室の後ろの壁を破壊して入ってきた。そして何事も無かったようにスタスタと歩いて椅子に座った。
(((いや!!ドアから入れよ!!!)))
みんなの心の中のツッコミが聞こえるよ……僕も初めて見た時はそうだったしね。
「俺は勝った……この教室のカベより強いことが証明された……それだけでいい………それだけでいい………」
「…ねぇイトナ君、ちょっと気になったんだけどさ……今外から手ぶらで入ってきたけど…外どしゃ降りの雨なのになんで一滴も濡れてないの?」
「……………」
イトナ君は席から立ち上がって周りをキョロキョロと教室を見回したあと、まっすぐ僕の机に向かってくる。そして僕の横に立ったかと思うと……
「おまえは多分、この教室で一番強い」
え………何?一周目の記憶だとこの役ってカルマ君だったと思うんだけど……なんで僕?確かに1周目の記憶とか烏間先生の追加訓練のおかげで1周目のこの時点よりは強い気はするけど…いやでもカルマ君と正面から殴りあって勝てる気まったくしないんだけど……
「えっと……喧嘩ならカルマ君の方が…」
前と違う行動に驚いた僕は咄嗟にカルマ君にパスする。
「だろうな。正面戦闘や純粋な殴り合いならあの赤髪の奴の方が強い。ただ、この教室での強いという意味なら一番強いのは多分お前だ」
「は、はぁ……」
「まぁ安心しろ。お前は俺より弱いから、俺はお前を殺さない」
頭をくしゃくしゃと撫でられたかと思うと、彼は殺せんせーのいる教卓の方に向かっていく。
「俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれない奴だけ……この教室では殺せんせー、あんただけだ」
「先生と力比べですか?月を破壊した先生と同じ次元に立てるとでも?」
「立てるさ……だって俺達…」
殺せんせーはシロから貰ったのか羊羹を包装ごと齧りながら緑のシマシマを浮かべている。イトナ君はポケットから同じ羊羹を取り出してあの衝撃の言葉を言い放つ。
「血を分けた兄弟なんだから」
「き!?」
「き!?」
「き!?」
「き!?」
「「「「兄弟ィ!?」」」」
そりゃ驚くよね……
「兄弟ってあの兄弟…?」
「タコと人間が兄弟ってどういうことだよ…」
皆困惑している。まぁ本当の意味での兄弟ではないし、そもそも今日でその関係は終わるんだからそんな話しても意味ないけどね。
「負けた方が死亡な、兄さん。あんたを殺して俺が最強であることを証明する」
「にゅう………」
「放課後、この教室で勝負だ。今日があんたの最後の授業になる。こいつらにお別れでも言っておけ」
イトナ君はそう言い捨てるとシロと共に教室から出ていった。教室は微妙な空気に包まれた後、矢田さんが勢いよく立ち上がって殺せんせーにイトナ君が放った言葉の真偽を問う。
「ちょっと先生!兄弟ってどういう事!?」
「いやいやいや!先生全く心当たりありません!生まれも育ちも一人っ子です!」
「じゃああの兄弟ってどういう意味よ!」
「さ、さぁ………」
「…多分なんだけどさ」
皆がイトナ君の言う兄弟の意味について考えている中僕は立ち上がって、知っている真実をさも自分の考えであるかのように話し始める。そんな僕にみんなの視線が集中する。
「殺せんせーとイトナ君が兄弟って意味は、直接的な血の繋がりって意味じゃないと思うよ」
「けどよ渚、あいつ血を分けたって言ってたけど…」
「殺せんせーって少なくとも自然界にいる生物ではないよね。ならきっと何かしらの実験で生まれたはずだよ。その実験をイトナ君も受けていたとしたら?それなら兄弟って表現も意味は通ると思うんだけど…」
「実験って………」
まぁ実験って言われてもそんな簡単に信じれないよね…こうなったら本人に聞いた方が早いだろう。
「殺せんせー、そういうのだったら心当たりある?」
「……そうですね…分かりました。こうなっては仕方ありません。真実を……先生の出生についてお話しましょう」
その言葉にクラス中が息を飲む。かく言う僕もこんなにも早く殺せんせーが自信の秘密を明かすとは思わなかったので正直驚いている。
「みなさん驚くかもしれませんが実は先生……人工的に造り出された生物なんです!!!」
それかよ!いやまぁ確かに随分あっさりしているなとは思ったよ……よく考えればこんなに早くから話すわけないか。
「………いやそれ今話してたろ」
「えぇ!?結構重要なカミングアウトですよ!?」
「つってもよー自然界にマッハで飛ぶタコなんていねーだろ」
「た、確かに………」
「えっと…話を戻すね。イトナ君は殺せんせーと同じような実験を受けた。だから先に実験を受けた殺せんせーが兄、後に受けたイトナ君が弟。そういうことでいいよね?」
「……そう考えるのが妥当でしょうねぇ」
「でもよー…実験つってもどんな実験だよ。人間がタコになっちまうとかか?」
「それは──」
「その実験とは人間に触手を移植するというものです。先生と同じような実験を受けたのなら、イトナ君もきっとこの触手に近しいものを持っていることでしょう」
僕が説明しようとしたら殺せんせー自ら説明してくれた。というかさっき茶化したくせに、その実験のことは話すんだ…
「触手を移植って……!?てことは殺せんせーも元人間ってこと!?」
「そ、それは……えーーっと……その……あれ!あれですよ!えーー…………………ダッシュ!」
「あ!逃げやがった!」
うーん……核心に迫られそうになったから逃げたか…殺せんせーのことだからきっとこの話題もこのまま有耶無耶にされてしまうのだろう。あーあ…殺せんせーの過去を話させれば茅野の事も一緒に解決できると思ったんだけど……まぁこの件はまた今度でいいか。
お昼休みになり、イトナ君は自分の席に座ってお菓子やスイーツをたべながら巨乳グラドルが表紙のヤングジャンプを読んでいる。僕らはその様子をみながらヒソヒソと自分たちの考えを言い合っていた。
「すげー勢いで甘いもん食ってんぞ…」
「殺せんせーと同じで甘い物好きなのかな?」
「実験の影響ってやつか…?」
「ヤングジャンプ読んでるあたり巨乳好きも一緒なんだね〜」
「そういやさ、渚が一番強いってどういう意味なんだろうな」
「さぁ?本人に聞いてみたら分かるんじゃない?」
「本人に聞くって言っても話しかけるなオーラ凄いんだけど……」
「………まぁ大丈夫じゃない?」
「何を根拠にだよ…」
その後じゃんけんで負けた杉野が話しかけてみたけど、質問に答えるどころか杉野の方を見向きもしてなかった。触手を取ってまともに話せるようになったら色々聞いてみようかな。
放課後、一周目と同じようにシロが机でリングを作ってくれというので、それに従って机を動かしリングを作る。勝負のルールは前と同じで、リングの外に足がついたらその場で死刑、観客に危害を与えても負けだ。
「では、暗殺………開始!!」
シロの掛け声と共にイトナ君は触手を殺せんせーに向けて放つ。だが前とは状況が違い殺せんせーはイトナ君が触手を持っていることを知っている。突然の出来事に動揺しやすい殺せんせーにとって既知と未知では天と地ほどの差がある。少なくとも情報戦で負けている訳では無い。
「はい!はいはいはいはい!」
「くっ……ちょこまかと……」
殺せんせーは触手を避け、次の追撃にもどんどん対応していく。
「ほう……今のを避けるか……だが、こんなのはどうかな?」
そういいながらシロは片手を挙げ始めた。これは……そうだ!圧力光線!
「おっとっとっとっと!!」
「は…?」
僕は転ぶフリをしてシロに抱きついて押し倒した。床に倒れた奴が放った圧力光線は殺せんせーに当たらず空を打つ。
「まったく…なんのつもりだい?私は男の子に抱きつかれる趣味はないんだか?」
「すいません!今すぐにどきますからっとっとっと!!」
立ち上がるフリをしてもう一度転んだフリをする。ただ今度は手をぐっと握って、その握り拳を奴の弱点に思い切り叩き込む。いくらこの時点で触手を埋め込んでいたとしても流石に男の弱点を殴られたらひとたまりもない……と思う。
「なっ!?ぬぐぅぉっっっっ!!!!」
「うわわわわ!ご、ごめんなさい!」
「クソ……ガキィ……」
シロは殴られた場所を押さえて蹲る。
素が出てる………まぁそこ殴られたら演技なんてしてる場合じゃないよね…ってそういえば勝負は………まぁ心配なかったか。
シロとの一悶着が終わった頃にはもう勝負は決していて、緑のシマシマを浮かべる殺せんせーの触手に雁字搦めにされたイトナ君がリングの外に置かれるように出されるところだった。
「くそ!どうなっているシロ!俺は最強の力を得たんじゃないのか!」
どうやら一撃も当たらなかったようで、苛立つイトナ君はシロに怒声を飛ばす。だが当の本人はまだ殴られたところを押さえて蹲っている。
「イトナ君。リングの外に出てしまった君はルールに照らせば死刑です。もう二度と先生を殺れませんねぇ?」
「ぐっ……」
「生き返りたいのなら、このクラスで皆と一緒に学びなさい。そうすれば君は、そんな触手では決して得ることのできない揺るぎない強さを得られるでしょう。どうですか?悪い話ではないでしょう?…………にゅや?」
「俺が……負けた…?俺は……弱い…?」
イトナ君は負けた影響か殺せんせーのカッコつけた話は聞こえていないようだ。次第に触手が黒く染まり、目が赤黒く充血していく。
「まずい……早くイトナを止めなければ…敗北のストレスで触手細胞が拒否反応を起こして暴走を始めるぞ…」
「なんとかしてくださいよ。シロさん」
「君が何もしなければこんな事にはなって無かったんだよ……くそ…転んだ衝撃で麻酔銃も壊れたか…」
「じゃあ僕が何とかします」
「待て、君に何ができると──」
「彼を止めて、助けます」
僕は気配を消してイトナ君の背後に忍び寄る。暴走して黒い触手を振り回すイトナ君は後ろにいる僕に気づかないようで、僕はそのままナイフを振る。放たれた横薙ぎの一閃は荒ぶる黒い触手を切り飛ばす。
「!!!!?」
「ごめん。ちょっとだけ我慢して」
触手を切り飛ばされ動揺したイトナ君はこちらに振り返る。僕はそれに合わせて彼の目の前でクラップスタナーを放つ。触手がある通常の状態では精神が安定していないため効き目が薄いが、動揺している今なら意識の波長が読みやすく効果があるはずだ。
案の定、というより近すぎて効きすぎたのかイトナ君は気絶してその場に倒れ込んでしまった。
とりあえず一安心……もつかの間、ようやく歩けるようになったシロが近づいてきた。
「すまないね。イトナが迷惑をかけてしまって」
奴はイトナ君を連れていこうとして腕を伸ばす。それに対し僕はその腕を掴んで奴を睨みつける。
「……なんのつもりかな?」
「シロさん……彼をE組に預けてくれませんか?」
「預ける?君たちに?ははっ…残念ながら無理だね。今の精神状態ではみんなと机を並べて仲良く授業を受けるなんてできないからね。連れて帰るよ」
「触手を抜けばそれも可能ですよね」
「…………簡単に言うけどね。この実験には莫大な金がかかっている。それに、この子は自ら望んで実験を受けたんだ…抜くなんて選択肢はないんだよ!」
シロはそう言うと僕の首を掴んで窓の方向に投げ飛ばす。咄嗟に受身を取ろうとするが、窓をぶつかる前に何か柔らかいものに受け止められた。
「え………」
その隙にシロはイトナ君を抱えて帰ろうとしていた。だが奴を止めようとする大きな影が目の前に立ちふさがった。
「それを決めるのはイトナ君自身です。あなたではない」
気がつくと殺せんせーがシロの目の前に立ちながら触手を僕の方に伸ばして受け止めてくれていたのだ。
「殺せんせー……」
「大丈夫ですか渚君?まぁ触手でやんわり受け止めたので怪我は無いと思いますが」
「うん。平気だよ」
「それはよかった。さてシロさん、イトナ君を置いてここから立ち去りなさい。ここにあなたの居場所はない」
「ふん……嫌だね。力づくで止めて見るかい?」
殺せんせーは出ていこうとするシロを止めようと肩に触手を置こうとする。しかし対触手繊維の服によってその触手は溶けてしまう。
「にゅぅっ!……」
「対せんせー繊維。君は私に触手一本触れられない。心配せずともまたすぐに復学させ……………君たち…これはどういうつもりだい?」
イトナ君を抱えたシロが出ていこうとした教室の前側の扉には磯貝君、前原君、片岡さんがその扉を塞ぐように立っていた。
「これが俺らの意見です。イトナ君が苦しんでるならそれを助けるのがクラスメイトですから」
「それに、あんたに賞金持ってかれんのも気に食わねぇ」
「今まで他の誰かが殺すんだろうって思ってた…だけど今の暗殺を見て、殺せんせーは私たちの手で殺したい…その思いが強くなったんです!」
シロは前がダメなら後ろだと振り向くも、後ろの扉は寺坂君、村松君、吉田君が塞いでいた。
「もう諦めて置いてけよ白服野郎。俺らにとっちゃ人が増えるのはタコ殺すチャンスが増えるってメリットがあんだよ」
「ったく…俺らの事こき使いやがって…」
「ま、俺らも同じ意見だしいいだろ」
「みんな………」
「まったく……本当に嫌になるね……」
シロはイラついた声を出しながら拳を握りしめる。そこにカルマくんが対触手ナイフを向けながら口を開く。
「そういうことだからさ……大人しくイトナ君置いて出てってよ。それとも俺たち全員を相手にするつもり?言っとくけど……俺ら結構粘り強いよ?」
カルマ君はシロに脅しをかける。半分本気だろうけど。だがそんな言葉で奴は動じずおもむろに両手をこちらに向ける。
「……君たちは一つ勘違いしている。私が君たちを皆殺しにすることは造作もないんだよ……」
皆殺しにすることは容易だ、という言葉に嘘はない。シロの本物の殺意に教室中がゾクリとするのが分かる。皆たじろぎ、後ずさりする人もいた。
しばしの沈黙の後、シロは挙げていた両手を下げる。
「ただ……ここではやめておこう。ここで君たちを殺せば反物質臓がどう暴走するかわからん。ここは引いてやるさ……だが我々がメンテナンスをしなければその子の命も持って二日程度、せいぜい最期の時を楽しく過ごすんだね」
そう言い捨てて奴は出ていった。ひとまずイトナ君からシロを引き離すことには成功した。が、まだ問題は解決はしていない。
イトナ君を助けるためには彼からどうにかして触手を切り離さなければならないからだ。まだ一度しか会っていない上、彼に関してなんの情報もないという前提の僕らで。
皆様方、お元気でしたでしょうか。エアプのにわかです。ちょっと長めのお話を書こうとしていたところ、身内の不幸が重なり大変お待たせしてしまう結果となり申し訳ありませんでした。実は事が済んでから2週間ほど経っております。いやぁ…一度置いたペンってこんなにも重いんですね……でもイトナ君回はどうしても書きたかったのでなんとか文に……なってるかな?なにはともあれ投稿再開できてよかったです。これからも拙いながら頑張りますので応援とご指摘よろしくお願いします。
さて、物語の話になりますが、ちょっと渚くんが強引すぎたかな……とは思っております。ただまぁ…こんな小説書いてる訳ですし…ちょっとくらいご都合主義があってもいいですよね。………ね?