図書委員の当番の期間は一週間。
一学年に八クラスあることを考えると、三か月に一回当番が回ってくる計算になる。
それが普通なのだが、次の当番に部活の都合で代わってくれと頼まれたので、二週間当番の仕事をやったらそれ以降仕事は回ってこないことになった。
俺としては好都合だ。さすがに三か月も待っていられない。
それでも念には念を、という考えや、汐宮本人の希望もあって、連絡先を交換することになった。
汐宮は最初の邂逅の後も度々透明になったり、はさみが大きくなったりなど色々不思議な現象が発生していたが、俺はその原理には極力触れずあくまで普通に接した。おかげで汐宮は活字が苦手とか、そんなどうでもいい情報を覚えたし、「シュレディンガーの猫」とか趣味でも無い本を読破してしまった。
汐宮は異能差別の影響で天涯孤独、汐宮宥という名前も偽名で、本名は頼都游。頼都は両親を殺した容疑がかかっているが、互いに首を絞め合って窒息死しているなら、彼女がそういう異能でない限り彼女が犯人ってことはないだろう。異能者ということが判明して喧嘩になってもつれたと推理できる。
ここまでは『前回』に俺が調査して覚えていた話。今回も当てはまるかはわからないが、偽名を名乗っているし性格も温和なので、演技でない限り、経歴は同じだろう。
そんな彼女は異能の制御が最近全くできていない。原因はわからないが、『異能リビドー』の影響を受けているのではないか、と考察している。それが正しいとすると、いま彼女は人を殺したくてたまらないはずなのだが、全くそのような挙動はない。理性の塊なんだろうか。それとも別の形で表れているとか?
まあ、何はともあれ、そんな経歴をたどった彼女はどうやら『普通の友達』『普通の日常』というのにあこがれているらしい。基本的にいつも透明になるからなかなか友人ができなかった背景を思えば、たしかに、自分を確実に見つけられる俺に友達としての関係を期待するのもわかる気がする。俺もちょうど逆行など関係ない知り合いが欲しいので、彼女とは普通の友人として接している。
……さすがに、携帯電話を俺が所持しているのを見るや否や、翌日に出所不明の新品のごとき旧型端末を持ってきたのには驚いたが。もう販売されてない、とか、言いたいことは山ほどあったが、自力でなんとかできる範囲だったのだろうと考えて極力スルーした。
ワー、異能ッテスゴイナー。
夕映がいないから汐宮と過ごす時間も必然と増える。最近は野宿していることを自然な流れで聞き出せたので、知人の家、と称して夕映の家を使っていいことにした。どうせ家主の夕映は、今回のような話だけでなく基本的に俺の家に生活用品などおいているから、使わないより人助けに利用したほうがずっといいだろ。家主からの許可も一応電話で得たから問題はない。
そうやって、段々気の置けない友人という関係になってきたころ。
汐宮の異能はさらに暴走がひどくなり、四六時中透明になってきた。俺が声をかければ姿が出るのだが、一定の距離まで俺が離れるとまた消える。クラスではいないのが当たり前、自分がいないのをいいことに陰口大会も始まっているようだ。
こんなのでまともな学校生活は送れない。しかし、今まで意図的に使えていたのだから、発動はともかく解除はできるはずだ。自分の思ったタイミングでねらった効果を出すのも問題なくて、ただ時々、意図しない範囲で効果が発動するのが問題なのだから、その都度解除するのが最善策。彼女も望んでいる『普通の生活』をするならそれ一択。しかしなぜか彼女はそうしない。むしろそれを望んでいるかのような様子でさえある。
……いや、普通の生活をしたいからこそなのか?解除したら異能リビドーが出やすくなるとか?そんなことある???
夕映に尋ねたいところだが、夕映本人がいなくなって十日経つ。そろそろ教会とドンパチしているかもしれないのに電話をかけても邪魔だろう。
そろそろ異能の話していいんじゃないのか……と考えつつ、俺は今日も汐宮と家で勉強会をする。
そんな時だ。叔母がやってきたのは。
いつも通り図書委員会の仕事を終えて帰宅し、夕飯も用意して汐宮を待っていると、インターホンが鳴った。
夕映も汐宮も合鍵を持っているはず。だとすると誰だろうか、と頭をひねりつつ応対すると、叔母が、実に数年ぶりに帰宅していた。
叔母が満面の笑みで「ただいま」と言い、俺もそれに返すが、脳内は焦っていた。
やべえ、夕映が出かけてることも汐宮がいることも伝えてない。
今帰ってくるなんて全く想定していなかった。
どっちもやばい。夕映は叔母と敵対しかねないことをしに出掛けているし、汐宮には異能の話なんか一切していない。どうにか対応しないと。
「……数年ぶりですね?」
まずなぜ来たのか確認する。
「うん、ちょっと落ち着いたから来てみたのさ」
と何でもないように言った叔母の意図は、表情からではやはり読み取れない。白状させることも魔術を使えばできるが、叔母も夕映と同じく『逆行者』であり、目的をもって意図的に繰り返す『歴史改変者』。逆行する手段がある以上、異能を所持している可能性が高い。変に敵意があると判断されるような行動をとるわけにはいかない。異能を使って無理やり聞き出すとかも考えられるが、俺に手の内を早々さらさないだろう。あくまで叔母は俺の味方ではないから。
「ところで、夕映はどこに?」
叔母がついに本題に入った。俺は即座に答える。
「ああ、夕映なら少し用事でしばらく家を空けてますよ」
「……用事?」
「はい。なんでも、イレギュラーを確認したい、と」
ここまでは本当だ。噓をつくにも、本当の話を混ぜたほうが信ぴょう性が高まる。肝心なところだけ騙って、そこにつじつまが合うように調整して話をする。化かし合いの基本中の基本だ。噓はついていないが言っていないことがある状態にするのも有効だ。
「イレギュラー、ね。ちなみにどんな?」
「俺の最近できた友人が、夕映の知ってる彼女と違ってて。今は夕映はその人の背景を調査中です」
そこまで話すと、叔母は「あー、そういうこと?」と表情を和らげ、
「何か進展あったら教えてくれないかな?私もその情報は欲しいと思っていてね」
そう続けてリビングへと向かう。……夕映の件はセーフ。俺のウソがばれた様子はない。何とかごまかせたようだ。
問題は実際そんなの調べていないってことだが。……まあ、口裏は合わせるし、いいんじゃないか?俺の知ってることと、汐宮の問題が解決したら本人にも協力してもらおう。
後は汐宮の話もしておかないと。そう思いリビングに自分も向かおうとして、鍵が開いた音がする。くそ、これじゃ説明する時間がない。
叔母が「ん、夕映が帰ってきたのかな」と応対するのを手で制し、「一般人だから」と釘を刺すのも忘れず、玄関に向かう。予想通り汐宮の姿がそこにはあった。
「あ、丈凪くん。……今、ほかに人がいるの?」
「ああ、俺の保護者だ」
「……保護者?」
「まあな。深く気にしなくていいぞ」
「うん。じゃ、じゃあ、お邪魔します」
と入っていった汐宮をリビングを介さず自室へ通そうとするが、リビングの扉から顔をのぞかせていた叔母が俺の行く手を阻むように押し入った。
「ひどいね、君の友人に挨拶もさせてくれないなんて。リビングを普通に通ってくれればいいのにさ」
お前が余計なこと言わないか心配だからだよ!!!
そう叫びたいのも抑えていたが、俺がにらんでいるのに構わず叔母はそのまま俺の後ろにいた汐宮と話し始めた。
「やあ。いつも私の息子……ああいや、正確には義理の息子が世話になっているよ。私は深月命という。君は汐宮宥さんだね」
「え、あ、はい。こちらこそ……?」
「君がこの家を借りていることも、君が今何を思っているかも、君の秘密だって私は知っている。すべて許可するとだけ言っておこうか。息子はシャイなのか反抗期なのか、私に情報をくれないんだ。さっきはずいぶんと素直に話してくれたけれどね。数年ぶりの訪問で驚いたのかな?」
「……数年ぶり?」
叔母の話に汐宮は困惑を隠せないようだ。
しかし、さすが夕映と同業者というだけあって、どこの時間軸でもかかわる人物に関しては情報を完全に網羅しているようだ。……個人的な内容も知りすぎている気がするが、そういう類の異能なのか?いや、しかしそれなら夕映の目的になぜ気づかない?わかってたらすぐ動くはずだろ。だとしたら、前にいた時間軸に同じ出来事が発生していたということか。
……つまり、あった当初に俺をギフテッドと言っていたのは、『丈凪怜』が逆行しているの前提、異能に関しては人格が入れ替わっていること前提で話していた?何で俺が本来の『丈凪怜』と同じ異能を所持している前提で話せなかった、いや伏せたのか?伏せる必要はどこにあった?
そういや、その時俺は異能者であるという自覚こそあれど、具体的にどう使うのか、発動手段を知らなかった。
それが関係しているのか?
俺が考察している間にも話は進んでいたようで、叔母が汐宮に書類を渡していた。
「そんなわけで、君には選択肢がある。君が普通の生活を諦めざるを得なくなったなら、そこに頼るといい。君の力は大いに役立てるはずだ。君の人権も最低限保証される」
「ありがとうございます、考えておきますね」
そこで会話が終わり、叔母は俺に軽く手を振って玄関から出て行った。あっさり帰ったが、嵐のような人だ。
ひどく疲れた。ひとまず勉強会に来た汐宮の相手をそろそろしようか、と考えていたが、俺が口を開く前から汐宮は荷物をまとめていた。
「……今日は私、帰りますね。急用ができちゃって。お邪魔しました。……さよなら」
「えっちょっ」
待って、と口にする前に汐宮は出て行ってしまった。
……なんだこれ。
手持無沙汰になり、何とも言い難い気持ちで自分で作った二人分の夕飯の処理を考えるのだった。
「数年ぶりとはどういうことですか?」
「一つ話をしようか。君は異能者。そうだね」
「……」
「実を言えば、彼……ああ、反応がないと思ったら考え込んでいるね。都合がいい、丈凪怜も異能者だ」
「本当、なんですか」
「うん。具体的な内容は本人から聞くといい。だから、まあ、そんなわけで、君の懸念は一切問題ない。いつも通りの日常が再び始まるだろうさ」
「……そ、そう、ですか」
「しかし、君の衝動に関してはむしろ彼の邪魔になる」
「……」
「彼の夢は異能差別の撲滅。君の存在はそのマイナスイメージになりかねないんだ」
「そんな。だったら、」
「余計解除できない?そうすると君は彼にすら認識されないかもしれないよ?」
「……っ」
「彼は君と同じく異能を所持している。異能は世界をだますズル、チートのようなものさ。それを使って彼は君を見つけているけれど、その対応手段より君の干渉力が上回れば、彼はもう君を見つけられない」
「……それは、」
「そして君はそれを解除したくて仕方なくなる」
「いや、そうなったら解除をします」
「あはは」
「何がおかしいんです」
「ああ、いや。君って本当甘ちゃんだなって」
「……」
「一ついいことを教えてあげる。自分の欲求を優先させて自分の実力を偽り続けて、いつかその偽りは事実になるんだよ。噓のつもりが全然嘘じゃなくなる」
「……いつか、取り返しがつかなくなると?」
「うん、早いと明日あたりにでも。君は誰からも忘れられ、頼れる人が一人もいなくて、自分で解決することすらできなくなる」
「そんなつもりじゃないのに」
「異能リビドーをそんな強引に押さえつけた罰ってやつさ」
「じゃ、じゃあ。どうやって抑えればよかったんです!」
「さあ?そんなの自分で考えなよ。君のように、それまで制御できてたのに自分に甘えた結果制御できなくなるようなぬるい生き方、私はしてないから」
「どの口で言うんです、私のことなんかこれっぽっちも、」
「知ってる」
「……え」
「知ってる。君の未来も、過去も、現在も、君のことは何でも知ってる。君も知っておいたほうがいい。異能者はそういう人種もいるんだ。自分の目的、自分にとってのハッピーエンドのために、ゲームのように現実を繰り返す連中がいることを。私はそういうひとで、彼も今回を失敗すれば私たちの仲間入りを果たすだろうね」
「……え?え?」
「君は何も知らないんだね、知らされなかったともいうべきだろうけど。あ、真白夕映ってわかる?最近姿見せないけれど。彼女も私の同類さ。あれにすら話を聞けていないなら、君は無知の無知の極致だ」
「……」
「そういうとなんだかムチムチのように聞こえてしまうのだけれどね。まあ何はともあれ、君は足手まといだ」
「……」
「何もしゃべんないね。これしきで心が折れたの?雑魚だねえ」
「なんで、そんな風に人のことを、」
「事実だけど?むしろなんで弱いのさ、君」
「……」
「ところで。そんな君にいい提案がある」
「……なんですか」
「―に入る気はないかな」
「なんでまたそんなところに」
「んー、私の伝手をたどって、利害が一致したのがそこしかなかったから、かな」
「……メリットは」
「君は殺人衝動など気にしなくていい。透明人間になっても、連絡手段を確立できていれば命令系統は問題ない」
「……」
「それに、君の力は重宝する。ここなら彼の夢も世界の平和も邪魔しない」
「そんなエリート集団、私が加入できるとは」
「ほら、そこは私が推薦かけておくから。君は指定された時間、指定された場所に向かえばいい。君が透明だとしても迎えの人が君を見つけるから心配しなくていい」
「……推薦してくれるんですね」
「まあ、言い出しっぺだから。あとはそうだね、君は極力ほかの人との関係を切れ。無論、怜に対しても」
「そんな!だって」
「最初にできた友達。でしょ?」
「はい……」
「魔術組織に入るなら、友人は切り捨てないと。人質に取られたりするよ?彼は強いから対応するかもしれないけど、彼にも勝てない相手が来たらどうするのさ」
「私が、」
「守るとかできないこと言わないでね?彼は君より強いよ?彼が勝てないなら君にも勝てない。魔術組織に入る以上、そういうリスクを考えて、自分の実力を踏まえて行動しろ」
「……」
「あと、君の推薦を身贔屓と思われたら困る」
「……なるほど、です」
「うん、まあ、君の普通でいたいという願いも蔑ろにしようってもんじゃない。気持ちはわからんでもない。普通に実現できるのにたかが理解者一人で甘ったれている君が気に食わないだけさ」
「じゃあ、」
「うん。本当に、誰にも見つけてもらえず、裏の世界に生きるしかなくなったならこのメモの指示に従ってほしい。そうすれば私が直々にヘリで迎えに行こう。これに関しては誰にも言うな。このメモを彼は見たがるだろうから、私が帰ったら、君もすぐ帰ってくれ。そうだな、あとで追及されたら、適当に言ってしばらく会えないように状況を整えろ」
「……はい。ところで、」
「なんだい」
「私のこの殺人衝動って何なんでしょう」
「……君は『書換』の異能者。従って、君の異能の副作用、言わば『異能リビドー』は『殺人癖』だ」
「私がこの力を持った以上当たり前だったと?」
「そういうことさ」
「……こんな力、ほしくなかった」