某月某日、ある住宅街の裏路地にて。
ある女性が、何者かと通話していた。
女性は『仕事』に関して報告をしていた。
「―と、まあ。そんな訳で。君の組織に近いうちに一人スカウトできそうなんだよね。その子さえいれば君の目的も達成できる」
「―やだなあ、くれぐれも丁重に扱ってよ。私もそれ使いたいんだからさ」
「―ふふふ、君こそ何様の分際で偉そうにしてんの?忘れたとは言わせないよ?君と私、殺し合って、決着つかないうちに君の計画が再起不能レベルでダメになってたじゃん。アレ?そういやこの時間軸では君にとって未来なんだっけ?どうでもいっか」
「―もう、そんな怒んないでよ。君とやり合う暇ないっての」
「―一般人じゃないかって?でも君にとって喉から手が出るほど欲しいでしょ?なんでもかんでも書き換えられる力。私もちょっと用事あるけど、それはいろいろ終わってからでもいいじゃんって。その間に練度あげといてくれたほうがウィンウィン」
「―協力する理由?さあてね、そんなのどうでもいいじゃん?」
「―えー。言わなきゃダメかあ。まあ、うん。すっごく個人的な話もあるからぼかすけどさ。私の目的って結局、一組の兄弟を幸せにすることなんだよね」
「―うん、そうそう。私からすれば『SAVE』『RESET』の二人さえ生きていれば、カタストロフとかどうでもいいんだよ。君の言う『混沌』とやらは君がさっさと待ち人を殺して、ぶっ潰してくれたほうが好都合なんだ」
「―『LOAD』?ああ、彼も生かすよ?で、極力普通の人生を送らせる。まあ自衛手段は身に着けてもらうけど」
「―なんでそこは『LOAD』『RESET』優先じゃないのって?うっそ、知らないの?あの二人、待ち人の計画で入れ替わってるよ?」
「うん、何が何でも君とは違う手段で『混沌』倒したいみたいだねえ。いや、私はどっちでもいいけど、邪魔しなさそうな君と比べて邪魔しそうなんだよね。詳しい動向はチェックしてないけど」
「……ん、教会と交渉してる?あはは、どんな交渉か知らないけど、ありがと。今度探るね」
「―殺す?とんでもない、『LOAD』の護衛にしてちゃんと君に合わせてあげるよ。数千年追っかけてよく飽きないよねえ。それともあの子との約束なんだっけ?」
「―そうねえ。君にもわかりやすく言うなら、君は『混沌』をぶっ倒して、私はあの三人だけ守ってあとで肉体を書き換える。ほら、これで一組の兄弟の幸福な光景の出来上がり」
「―ほんとはね、今の『LOAD』が『娘』を気にかけてくれるなら、そのままにしてあげようかなあって計画なんだけど。見事に聞き流したし、娘は『SAVE』にお熱みたい。だから『LOAD』は肉体さえ生きてりゃもうどうでもよかったり」
「―なにはともあれ、あの子はもうすぐ、暴走して殺人鬼になる。それもとびっきり個性的な、ね。そしてそうなれば自分で勝手にこの町にいた形跡を消して、『彼に迷惑をかけたくない』とかきれいごと言って君の所に来てくれるわ。あはは、余計迷惑になるだけだけど、まあ仕方ないよね!」
「―うん。じゃあ、君は君のお気に入りを、できるだけ多く、例の場所によこしなさい。十中八九、『LOAD』が邪魔しに来るわ」
「―当たり前でしょ?異能も魔術も使いこなす『逆行者』よ?平がかなうわけないし、あの子の力でも彼の記憶は消せない、いや、消さないんじゃないかな?」
「―そうだ。君の所の幹部が一人、中学校に潜入してるんでしょ?あの子の覚醒を早めるために敢えて襲わせましょうか。『LOAD』を狙うように」
「―大丈夫大丈夫。そんなんにやられても最悪なんとかできるし、そもそもやられないわ。一瞬で無力化するでしょう。でも、彼の実力をその目で見ていない彼女の前で襲えば、どう?私の見立てでは、戦闘行為を行った瞬間に覚醒するけど」
「―どうせ君も気に食わなかったんでしょ?彼。じゃあいいじゃん?ちなみに彼は『教会』から潜入してるスパイだったりもするから、むしろ丁度いいんじゃない」
「―うん、三日後に帰り道で襲わせるのね。……」
「―ああいや、なんでもない。早めちゃダメかなあって思うだけ」
「―早める理由?この推薦計画が失敗する気がしてるだけさ。でも、失敗する理由なんて、妙に『LOAD』に肩入れしてる待ち人ちゃんくらいのもので、彼女は今出払ってるの」
「―あ、帰ってきたらピンチね、たしかに。どう?私がドンパチしてもいいけど」
「―はい?教会と交渉して教会とドンパチさせる?」
「―絶対しない。私の目的にそぐわないじゃないの。教会なんて今からぶっ潰しに行きたいくらい嫌いなんだから。こんな嫌いな奴に残り少ない時間を割くのも嫌だし、それをやっても私が私じゃなくなってぶっ壊しちゃうかもしれないから。その時は『混沌』とすら組みかねないわ」
「―冗談じゃないのよ。だって、私一回、それで世界をぶっ壊したんだから」
「―ええ、わかってくれたようでなにより」
「それじゃ、手筈通りによろしくね?」
「黒守刹那さん♪」
叔母が久々に来てから三日後。
俺はいつものように汐宮と図書委員会の活動に勤しんでいた。
明日、それも早朝までに夕映が帰ってくると連絡があったが、汐宮はそのまま住まわせる結論になった。
一応、汐宮はまだ殺人鬼ではない、殺人鬼になる前の段階であると結論付けたが、接触をやめた瞬間に殺人鬼になるのは勘弁願いたい。そのリスクを回避するために家を貸して暫く様子見をしたいという打算もあったが、そもそもホームレスであるとわかっていて、使わないスペースもあるのに何もしないのも違う、なんて偽善が大きい。
まあやらない善よりやる偽善だろ、うん。
今日は珍しく汐宮は姿をはっきりさせているし、司書も顔を出している。おかげで仕事が結構はかどっている。
……一昨日が一番やばかった。叔母に何を吹き込まれたのか、やけに距離を取ろうとして、さらには俺が異能者って知られてた。ついでに夕映が逆行者とか云々。
あの女、相手は一般人だって俺が釘を刺しても問答無用かよ。叔母の目的を早く探らないと。
そんな怒りを抑えつつ、異能の詳細は『異能リビドー』の件や逆行の事実を伏せて教えた。あとついでに、「そんなわけで、汐宮がどうなったとしても確実に見つけ出してやる。学校だって無理やり連れて行ってやる」とか言ったらいつも通りに戻ったが。
何を吹き込まれたんだ、ほんとに。
思い出すだけでイライラしてきたので腹いせに掃除をしていると、隣で汐宮が、
「そういや丈凪くん。叔母さんが苦手なのは何でなんです?」
とたずねてきた。ああ、叔母の前での俺の態度とか、汐宮が叔母に関する話題を振るたびにこうやって頭かきむしってるから、そりゃわかるよな。
うーむ、なんで、か。まあ端的に言えば一言で終わるんだが。
「うさんくせえもん、あいつ。胡散臭さだけでギネス乗りそうなレベル」
「そ、即答ですね」
汐宮が若干引いていたので補足する。
「八方美人してるのか知らないけどさ、言動が不一致なことがあるんだよ。何企んでるのかさっぱりわからん。一応方向性はあるはずなんだがなあ」
「そうでしょうか……?」
「マジマジ。笑顔で糸引いてそうなんだよ。利用する気は一切ありません、みたいな顔して、結構げすい計画とか考えてたりするから。俺の保護者になった時なんか、さんざん善意で助けましたとかほざいてたのにその五分後には、計画のついでだから知らんの一点張りだったし。小四までは割と頻繫にこっち来てたんだが、その時は本当に訓練の一環で死にかけたっての」
「死にかけた……?ええ……?」
「だから汐宮、お前が何吹き込まれたかは知らないが、何が何でもあいつの提案に乗っちゃだめだぞ」
とまだ引いている汐宮に声をかけると、汐宮は、
「そうできるなら、そうしたいんですけどね」
と苦笑いを浮かべていた。
……これは、もしかして。
「なあ、汐宮。お前、」
俺の言葉を遮るようにチャイムが鳴り響いた。下校を促すアナウンスとともにBGMが再生される。
「あ、もう終わりですね。急いで片付けましょうか」
と俺の質問を聞いてないような振る舞いで片付け始めた。たぶん聞いてたよなあ、あれ。
仕方ないから帰り道に聞くとして、俺はあたりを見渡す。この図書室はよっぽど人気がないのか、誰も来ずに一日を終えることもある。今日もいつも通り大して人はいない。
下校の誘導はしなくていいと判断し、戸締りをしようと開いていた窓に向かうと、すでにそこを司書が閉めていた。
珍しく司書が仕事したなあ、と思うも束の間、司書は挙動不審に廊下の先や窓の外を確認して、ぼそぼそと何かつぶやいていた。よく見ると、極小のイヤホンとマイクを身に着けている。
聴力強化魔術を使おうとしたが、魔術センサーにより構内で魔術式を起動するとサイレンが鳴ることを思い出し、魔術式を描きかけた手を止めた。
魔術が使えないって面倒だな。索敵はなんとか魔力だけで再現できるが、さすがに強化魔術は無理だ。
代わりに少し歩み寄って、声が聞こえる距離まで近づいた。相手はまだ気づいていない。
「……こちら『軍』情報部、人事課真応出張員。ただいまから作戦行動に入る」
聞こえてきたのは、『前回』の推薦任務でさんざん口にした、『軍』特有の任務開始号令だった。
瞬間、とっさに下がれば、さっきまでいたところが爆発した。
魔術センサーは作用していないが、一瞬だけ魔術式は見えた。それも日本特有の略式だ。
つまり、こいつは本当に軍のメンバー、しかも略式を使ったということは幹部である。そしてすでに魔術センサーは作動しないようにしているか、略式に反応しないだけ。魔術を使っても支障はない。
「ほお、よくよけたな。ガキのくせに」
と感心している司書は、しかし隙が無く、身体強化が乗った状態で縮地法を使ってけりを繰り出す。
俺は連続して繰り出される蹴りの突きを『循環』でベクトル変更しながら避け、自分も身体強化魔術を使う。魔術センサーが反応したのか、今更サイレンが鳴る。略式だから登録されてなかったようだが、ここまでくると好都合だ。こいつには勝てないだろうフリーの警備の魔術師が駆けつけてくれるはず。
「なんでモノホンの『軍』がここにいるんだよ!」
「任務だからだ」
「何の任務だよ」
「それを教えるつもりはない」
「さすがにこれで任務内容を明かすわけがなかったな!」
「当たり前だ。しかし小僧、なかなかやるな。略式だけで所属を把握するとは。平でいいと思っていたが訂正しよう」
「そりゃ、どうも!」
口と体で、言葉とステゴロの応酬が続く。まあこんなことを言ってはいるが。
「だがな、司書さんよ。お前はもう少し本部と連絡を取るタイミングを考えるべきじゃねえ?」
「ふむ、どうしてだ?」
「お前は情報部人事課。そのお前の任務など人材の誘拐しかない!」
「なるほど。いい推理だ。して、お前はどちらのスカウトだと考える?」
「汐宮だろ、俺の保護者はこれを吹き込んでたんだな!」
「正解だが、半分不正解だな!」
とせせら笑うので、俺は『略式を使って』衝撃波をだした。一気に吹き飛ばされたが、受け身をとったのか大したダメージもなさそうに着地した男は、しかし若干息が切れている。本当は異能で殺すのが手っ取り早いが、殺したら騒ぎになるんだよなあ……。
しばらく沈黙し、睨み合いが続いていたが、ふと、男が口を開く。
「……時に少年。君は異能者と聞いたが」
「……だったらなんだよ」
素直に肯定した。どうせここに仕掛けるということは俺の背景なんて調べ上げているだろうから。
「ふむ、なるほど?」
と男は口角を上げ、腕を上げる。魔術式を使う気だ。
「見たところ、君の異能は……『ベクトル』に関連するものかな?わからないが……スパイも悪くないが、しかし彼を連れて帰ったほうがより有意義だろう。主も喜ばれる」
「主?軍の代表は主じゃなくて提督だろ」
「そうだが、それであっている。……うむ、決めた。スパイ生活は終わってしまいますが、問題ないでしょう」
「……お前、口調がさっきと変わってるぞ」
そう茶化す俺にかまわず、男は『略式』を展開する。イタリア特有のものであり、軍のメンバーは読み解くことこそあれど使うはずがない術式だった。
「『教会』序列十七位。汝より承りし使命、今ここに遂行いたします」
「……二重スパイかよっ!本当現実ハードモードだなあ畜生!」
と放たれた魔術をすれすれで避けると、後ろの本棚が溶けた。
「しかも『大罪』持ちだなあ!」
「おや、なかなか詳しいですね。あなたのその知能も気になります。今度主とゆっくり話されてはいかが?」
「死んでも嫌だね!」
と答えるも表情に変化はなかった。軍でも教会でも幹部にいてスパイしててもばれてないってよっぽどの実力者だ。
『大罪』。教会の代表、つまりは『主』『神父』と呼ばれる人物は、決まって異能者に関して非人道的な実験を行っている。その中で、序列と呼ばれる実力者ランキングに乗っている人の、それもごく一部だけが、『大罪』という異能実験をもとに生まれた力を魔術として行使できるわけだ。場合によっては実験で生まれたホムンクルスにそのまま異能を与えていることもある。ちなみに『前回』は、そういう序列、『大罪』持ちが二名ほど脱走している。一人は知らないが、もう一人は……これは今関係ないな。
何はともあれ、こいつはかなりやばい。対応できなくはないが、こちとら一人一般人が。
……そういや、汐宮はどこだ?
「何やら焦り始めましたが。……ああ、もしかして彼女を探しているのですか?」
と悠長に話しかけつつ攻撃の手は一切緩めない、……いや、こちらをできるだけ傷つけないようになのか攻撃を若干そらす男は、続けて、
「彼女なら、逃げて助けでも呼びに行ったんじゃないでしょうか?」
と話した。確信はありそうなので、
「やけに素直にはいてくれるんだな」
と嫌味で返す。
「ええ、もちろん。だって、逃げられるわけありませんから」
「はあ?……いや、分かった。……そりゃ、作戦行動に単騎で仕掛けるわけなかったな」
たしかに、逃げられそうにない。『軍』の軍勢に囲まれている。
俺は余計こうしている場合じゃなくなった。
「おい、おまえ。いったん休戦して追いかける気はないのか?軍につかまってスパイがどうこうで無事で済むとは思えないが」
「構いません、あなたさえ連れていければ私は使命を果たしたことになりますので、使命に殉じた死は本望です」
「『教会』は狂信者しかいねえんだった」
休戦を提案して汐宮を追おうとしたが、全く取り付く島もない。
仕方ない。……殺すか。
俺が『身体強化』をかけなおし、縮地をかけたが、……なぜか足が進まなかった。
足元を見れば、イタリア製のナイフが俺の陰に刺さっている。
「くそ、影縫いか」
「はい、ご名答です。では、しばらく眠っていてもらいます」
と迫ってきていて、俺は『防壁魔術』を展開を試みて、
瞬間。
横から光線が男を吹き飛ばした。
「……は?」
男は、目の前で消えた。たぶん、自分が死んだことも理解できないまま死んだ。生きていた痕跡が全く残らなかった。
光線が飛んできたほうを見れば、そこには身の丈ほどに大きい、いや、大きくなった鋏をかまえ、引き続き『軍』がいる方向へ、はさみの切っ先から光線を出す汐宮の姿。血まみれ、傷だらけでボロボロだが、それでも戦っているし、なんなら笑い声まで聞こえた。近くまで何とか近づけたのであろう『軍』の兵を、はさみでばらばらのサイコロステーキのように切り裂いた。
……えっと。つまり、どういうことだってばよ。
困惑する中、汐宮をどうにか対処するため、光魔術で影縫いを解除して向かう。
「あはははははははははははははっはっはははははははははははははははっははははははあははははははは」
……彼女は、俺の記憶に正しい、『前回』の『殺さない殺人鬼』そのものになり果てていた。
倒れた軍兵が一言呟いた。
「……『覚醒完了』……作戦、最終段階へ突入……担当部隊は所定の位置へ」
……今なら、男の『半分不正解』の意味が分かる。
アレは、「あくまで汐宮を殺人鬼に落とす」ことが目的で陽動を仕掛けていた。
俺は己の失態を恥じた。
学校のチャイムは無情にもなる。
もう、23時40分。
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