申し訳ない
一週間後。
俺は未だに論文を書いている……ということはなく、普通にくつろいでいた。
論文を諦めたとか、後ろ盾がいらなくなったとかそういうのではなく、今の状況を利用する方法を思いついたのだ。
一条有希を匿ったわけだが、彼は教会からの脱走者である以上、追手がかかる。機密情報保護が目的だから、生け捕りか騒ぎが大きい場合は殺処分になる可能性が高い。日向咲の一件ですでに騒ぎが大きくなっているので、殺処分になるとみた。
『教会』は手段はどうあれ、異能に関する研究を進めている。異能者のDNAから、そこから派生した異能を所持するホムンクルスを作り上げるのだから、最先端も最先端。つまり今俺が困っている『異能』のエネルギー源、物理法則への干渉の手段などをすでに知っている可能性がある。知らなくても、俺の知らないような知識を交渉次第で語ってくれるかもしれない。夕映に聞けばそれが一番手っ取り早かったが、夕映はあくまで深く狭くという印象であり、俺の疑問への回答は持ち合わせていなかったので、何ともいけ好かない教会に頼らざるを得ない。
教会の平は答えられないかもしれないが、その辺は問題ない。十中八九、日向咲を生かすか殺すかという選択肢を『前回』俺に突き付けた『クリス』が相手だろうから。
『クリス』。本名は不明だが、序列も『大罪』も名乗らなかったので、平か序列など関係ない上層部……『神父』の可能性もある男。間延びした話し方をする彼は異能者回収部隊かなんかの代表なのか、教会の計画を無期延期するくらいには権限を持っていて、昔の俺は勿論今も勝てないと確信している実力者。
彼なら俺の疑問への回答を持ち合わせているだろうし、交渉の余地もある。異能者のDNA、それも珍しいものを渡せば、質疑応答くらいは受け付けてくれるのではないだろうか。
珍しいもの、と言われて思い浮かぶのは俺の『循環』だろうか。異能リビドーで効果が変化していることも合わせれば、結構いい交渉になるが、それは俺の手札をさらすことにもつながる。かといって仲間のDNA渡すのもなあ。
……まあ、その辺の用意はしておこうか。
「そう思っているんだが夕映、お前はどう思う?」
「そう思うも何も、全然怜は話してないんだけど唐突に何を言い出すの」
「言ってなかったか」
夕映に俺の思考に関して打ち合わせたいと思って質問したのだが、さすがに口にも出してないのに読み取れるわけがなかった。
遠くで一条に中学校の勉強を教えていた汐宮も、
「何の話でしょうか?一条くんのことでしょうか」
と話に入ってきたので、一条がこちらに来ることがないのを確認してから、俺も口を開いた。
「まあ、一条のことだ。かくかくしかじかでな」
「かくかくしかじか……?すみません、何のことだかさっぱりで」
「あー。教会に交渉する作戦ね、あれはさあ」
「通じてる!?」
と目をむいている汐宮はともかく、夕映が俺の計画について補足などしていた。
「私も貸し一つあるから、質疑応答と一条の見逃しの両方吞んでもらえるよ?」
「そうか、なら交渉材料は俺が」
「ああっと、待って。それは私に任せてほしいかな」
「またそれはなんでだ?」
「『教会』が欲しがるDNAって限られてるの。『書換』とかじゃ全然ダメ。『循環』『操作』も微妙なんだよねえ」
めんどくさいよねえ、と苦笑いを浮かべた夕映だが、
「じゃあ、数年前に教会に挙げたのは何だよ」
と俺が尋ねると、
「『否定』」
あっさり答えた。
「『否定』?」
「うん、そういう異能。攻撃性能はピカイチじゃないかな?ほら、前に話したじゃん?異能者の戦い方について具体例で」
「あー、確か次元をゆがませるだの存在をなかったことにするだの死んだことをなかったことにしただの言ってたやつ」
俺が思い出すようにそういうと、汐宮が「ちょっと何言ってるかわからないんですけど」と水を差す。
「いや、だから、次元をゆがませて相手が存在できない空間にねじ込むとか、相手の存在をなかったことにするとか、」
「なんですかそれ!?異能者ってそんな意味不明な戦い方しませんよ!」
「意味不明ってことないだろ。夕映は時空間操作したり確率いじって確定クリティカル、絶対回避を自分に付与くらいやるぞ。廃墟ビルのネジを銃弾一発の跳弾で全部外すとかもする」
「知りたくなかった新事実!人外はここにいたんですね!」
「失礼な。一応汐宮ちゃんも見込みあるんだからね?存在を『書換』、状態を『書換』、歴史を『書換』……あれ?歴史改変者にとってはよだれものじゃん」
「私も人外予備軍!?いや、絶対嫌ですから!」
「おいおい、必要に迫られたらちゃんとやれよ?俺は異能リビドーあえて暴走させれば時間軸循環とか意識循環で無機物操るとか相手を生まれる前の状態に逆行させるとか、あとなんとなくこうならないかなあって思ってたら実現するとか時たまあるある」
「「それはおかしい」」
むう、なぜだ。今までの話にのっとれば俺はおかしい要素はないだろ。
閑話休題。
「そうそう。あれ、代表の『投影』で再現した『否定』と本物の『否定』のオンパレードだから」
「チートじゃねえか。そんなのだれが持ってるんだよ」
「ちなみに怜は一度これのお世話になってる」
「面識大有りだった。本当に誰だよマジで」
と応酬が続くが、俺の『否定』の所持者に関しての思考は、話についていけなくなった汐宮のある言葉で終わった。
「……それはともかく少し手伝ってくれません?」
「「話を聞こうか」」
夕映は最初から『否定』の持ち主に何か思うところがなく、俺も答えの出なさそうな掛け合いをする気はなかったので、汐宮の話題の変更にすぐ乗っかる。
汐宮は若干動揺しつつも、話し始める。
「一条君の話なんですけど、彼って一般常識というものがこれでもかってほどかけているんです」
「まあ、そうだろうな」
教会に作り出されたホムンクルス。見た目こそ俺と同じくらいだろうが、その実生まれてから数年もたたないはずだ。ましてや幽閉されていた期間もあることを考えると、一年と少ししか外で活動しなかったうえ、それも追われながらなので、普通の生活というものを満喫する余裕などなかったものと思われる。
……そういや『前回』の丈凪怜はどうやって中学校に通えたんだろうか。凄まじい迫害を受けていたはずだが。
まあ、あと四年で勝手に因縁つけて会いに来てくれるんだ、本人に聞けばそれでいいだろ。
「それで、いろいろ、勉強とか挨拶とか家事とか私の普段の生活とか教えてるんですけど、どうも効果が薄くて。ほら、普通じゃなくても幸せにはなれますけど、一般常識は知っておかないとじゃないですか」
という汐宮の言葉に、汐宮の成長を感じた。普通じゃない=幸せになれないというのは間違えているが、だからといって普通を知らなくていいわけではない、そんな彼女の思考が垣間見える。
……あれ?でもそうだとして、
「汐宮ちゃん。私とか怜の生活は話さなくていいわけ?普通を知るならサンプル数は多くて困らないでしょ」
俺の疑問を代弁した夕映に、汐宮が
「普通の子は高校行かない前提でサボり魔したり魔術談義で休日つぶれたり秘密結社作るためにアメリカ行って殺し合い一歩手前の決闘やら論文やら事態が厄介になったり軍とドンパチやって生還したりしません」
と早口で言っていて夕映が気圧されていた。……なんかすまん。でもそれに適応できてる汐宮も多分普通じゃない。
ちなみにアメリカ行って殺し合い云々は、『院生室』に交渉に向かった際、魔力のなさと日本の中学生という視点で馬鹿にされたので「かっちーん☆」ときて決闘を挑み、影縫いからの魔術ブッパ連打で料理して差し上げたエピソードだ。アレのおかげで交渉がすんなり進んだのは良かった。調理時間は三分、上手に焼けていたので個人的には満足している。
でもそれって汐宮も参加して……ああ、なんでもないですのでハサミで俺の首をギロチンしようとしないでください汐宮さん。
それはさておいて。
「まあ、そんなわけで真白さんと丈凪くんの話を聞かせるのは逆効果だと思うんです……そりゃあまあ、いつか聞かせる必要はありますけど、それは今じゃない」
「じゃあ、手伝うって何をすればいいんだ」
俺の言葉に「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりのどや顔を浮かべ、汐宮は口を開いた。
「人生ゲームに付き合ってください」
……はい?
「人生ゲームをしましょう。四人で」
「いや聞こえてたよ???聞こえてたけどなんで???」
汐宮が反応のない俺らに同じことを言うので、無限ループになると思った夕映が突っ込んだ。
「理由は散々説明しましたよね???聞いてませんでしたかそうですか、実はですね私一条くんに普通というのをですね」
「いい、いいからその説明。そういうことじゃないから一旦黙って???」
そう言う夕映に俺は続く。
「人生ゲームって……えーと、なんで?」
「人生ゲームだったら分かりやすく『普通』の人生をなぞれますよね?」
「いや、一般人、魔術師、異能者で普通の基準違うだろ」
「問題ありません。私が作った異能者仕様です」
「あっこれ絶対普通じゃねえ」
「失礼な。いいでしょう、ここで披露してテストプレイしましょう」
「しなくていいよ!?」
夕映の悲痛の叫びも届かず、汐宮は懐から紙を取り出し広げる。
仕方ないので渋々見ていると、サイコロまで取り出して汐宮は転がす。
「さいころまでもって準備万端じゃん」
「テストプレイも想定内ですよ」
「つまり汐宮は普通じゃないという自覚が」
「普通です。普通と思わせてください。普通と思ってください」
「お、おう」
そんな応酬の間に汐宮は五マス駒を進めた。
『魔術師を志したが魔力が7しかない。魔術師に就職したときの給料を9割減らす』
「俺かよ!」
「ええ、これは丈凪くんをイメージしてまして」
「俺は普通じゃないって言ってるのに!?」
言ってることとやってることが支離滅裂すぎて慄いた。
夕映は黙って汐宮のテストプレイを眺めていたが、やがて手を止める。
『軍の提督に目をつけられた。以降自ターンの最初に戦闘を挟み、敗北した場合はゲームオーバーとする』
「ゲームオーバー!?」
てかめんどくさっ!?と俺が思っていると、夕映は顔を少し青くして、
「……汐宮ちゃん、ちなみにこれは誰のイメージなの?」
と尋ねた。
「え、真白さんですよ。なんかそんな気がしまして」
「ガッデム!」
膝から頽れた。適当に描いたようだが、案外当たってたんだろうか。
ま、汐宮の件ですでに目をつけられてるだろうからあながち間違ってもいないのだが、それにしては反応過剰だよなあ。
そんなこんなでわいわい騒ぎながらなんとか最終マスに漕ぎ着けたのだが、
『世界はほろんだ。しかしそんな結末は認めない。スタート地点に戻り、やり直すこと』
と書かれた最終マスに、
「「自分じゃん」」
とデジャブな突っ込みをして、没にした。
「なんでですか、普通じゃないですか!」
「おう、いったん広辞苑で普通の意味を調べてこい。もしくはググれ」
「私が広辞苑で私がグーグルです」
「おちつけ」
代わりにババ抜きをやることになり、律儀にテストプレイの間待っていた一条に謝りながら開始したのだが。
「ちょっと、怜!今軽く逆行したでしょ!」
「何のことだ、世界軸なんか変化してないのに逆行できるわけないだろいい加減にしろ」
「そうですよ真白さん、あなたもあなたで空間操作でいつの間にか席順変えてたんじゃないですか」
「あ、まじかいつの間に」
「って言いながらマネキン隣に持ってこないで!マネキンに参加権ないから手札の半分を持たせないで!一条のを覗くのも禁止!」
「ひどいですよ真白さん、金子きむさんはれっきとした人間ですよ」
『ソウダソウダ』
「ネーミング雑!てかしゃべったキモイ!」
「ところで真白さん、あなたの負けですけど」
「え?……はあ!?私の手元にババなんかなかったじゃん!書き換えたの汐宮ちゃんでしょ」
「なんのことでしょうか」
「とぼけないでよ、そこにババがペアで捨てられてるじゃん!ジョーカー三枚とかおかしいんじゃないの!?……いや、そうだとしてなんで私の手札がこんな減ってんの?」
「……あ、それは僕が壊したから……」
「お前もかブルータス」
「……?僕は、ブルータスじゃ……ないよ?」
「比喩だよみんなのばかー!」
……こんな感じでいかさままみれの試合となった。
他にもTRPG。
「はいクリティカル。ほらさっさとその扉開けてよ」
「いいぞ。知らんけど」
「……え?」
「ハスターが召喚されてるから強制バッドエンドだ」
「時空間操作します」
「プレイヤーの異能は関係ねえよほら早くSANチェックしろ」
「はいクリティカル」
「確率操作しすぎだろ……汐宮、やれ」
「はい」
「え?……あー!?ファンぶってるしSAN100減少!?発狂でおわじゃん!」
「良かったな、自覚もなく死ねるぞ」
「……あ、SANが1減少して回避とDEX対抗も成功した」
「なん……だと……」
「僕は、……確率論の概念を破壊する……!」
「お、おい!異能使っただろ!」
「異能封じてんのになんで!?」
「マジかよ……」
更にゲーム。
「ノイズ走るんだけどなんで?」
「私のコントローラーは反応しません」
「俺トップなのにびり扱いされるんだが」
「不良品……?」
「いや一条がやったのか?」
「……ばれた」
「いや一条も途中で回線落ちしてるから犯人一条ってないでしょ。一条も話をややこしくしないで」
「……壊したの僕なのに?」
「本当だった!?」
とこんな感じでまともにゲーム進行がされないので、今度から遊ぶときは異能を確実に誰も使わないよう調整することになった。
普通にゲームできる、これは大事だな。
「……ところで」
「はい、なんでしょうか」
「……逆行って……何?」
「あー。……丈凪くんが言っちゃったあれですよね。どう言いましょうか」
「……」
「すみません、不安にさせちゃったみたいで。……私たちはみんな異能者で、普通のレールからずれてしまったんですよ」
「……うん」
「私は殺人鬼になりかけて軍とトラブル起こしましたし、真白さんはこの世界のたどる未来を知っていますし、丈凪くんは自分の努力を他人の勝手な都合で帳消しにされてます」
「……そう、なんだ」
「でも、普通に生きたいとも願っています。まあ、私以外の二人には目標があるみたいで、私はそれを手伝えたらなって思いがあるんですけど」
「……普通ってそんな大事?」
「いいえ、そこまでは」
「……えっと、」
「普通じゃなくても、幸せになれる。それは間違いないんですけど、組織の方針として『だれもが普通に生活できる』世界を目指すのです。普通を知って損はしないんです」
「……確実に実現できると思ってるの?」
「はい。それはもう」
「……信じてるんだ」
「はい。私に普通をくれた人達ですから。……だから、私も、二人には自分のために幸せになってほしい。その人なりの普通を享受してほしい。一条くんも、そう願う開いてっていませんか?」
「……いるよ」
「そうですか。よかったです。きっと、その人の隣はあなたにとって居心地がいいんでしょう」
「……そっ、か」
「私たちは来るものを拒まず、去る者を追いません。ですが、覚えていてください」
「……」
「争いが起きたとき、私は善悪問わず一番弱い人だけの味方になります。だから私は君だけの味方です。頼ってください、有希くん」
「……ありがと」
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