僕が本郷に連れられてきたのは、学校の屋上だった。
ほかの生徒から万が一にも見えないように、と屋上に結界を貼り、僕は屋上の中央に立つことになった。
「誰もいないじゃないか」
「そりゃあ、今はいねえな」
「……だましたのか」
「ちげーって。今からおびき寄せるんだよ」
「おびき寄せる?そんなのできるの」
僕がそう眉を顰めると、本郷は笑いながら言う。
「できるさ。これは二人じゃねえと無理な話だ」
「……?本郷と僕という組み合わせにこだわる理由は?」
「大いにあるぜ?無関係なオレ、一番長くかかわってるお前が協力すれば、そりゃああっという間に来る」
「来るのはいいけど……育を救う手段じゃないだろ、あくまで呼び寄せる手法じゃないか」
「はあ?むしろこの件はお前にしか解決できねえだろ」
ほかのやつが話してももう無駄ってこった。そう話す本郷は、
「まあ、もう一つの策がないでもねえけど。今からでもできる。試すか?」
と尋ねる。
……僕が話したところで和解できるとも思えない。そもそも何を言えばいいんだ。汐宮があれこれ言ってたけど……、僕が前回と今回をごっちゃにしてたんだとして、育が何を望んでいるのかがさっぱりわからない。
……この提案に乗るしかない。
「乗った。今からそれやろう。僕はどうすればいい」
「じゃあ、ちょっとそこに立ってな」
本郷はそう言って僕の背後に立ち、抱き着いた。
「……何してるんだよ。そういう趣味か?」
「いや。……こうするんだよ」
『稲光』。本郷がそうつぶやいた瞬間、僕の全身に電流が走った。
「ぐぁぁあぁぁぁぁあああああああああああ!!!???」
何秒とも知れない時間電流が流れ続け、ついに止まって吐血する。
しびれて、ろくに思考が回らず、体も全く力が入らない。ついひざまずく。
「……ど、どういうつもり、だ」
「もう一つの策を試してるだけだぜ?お前が死ねば深月育は救われるってな」
「は、はあ……?」
どういう、ことだ。
そうぼおっとしている間に、本郷は僕の腹部にナイフを入れ、ぐりぐりとねじる。内臓がかき乱されるのがわかる。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
「へえ。内臓はこうなってんだあ……おっと、回復魔術は禁止。意味ねえから」
そう本郷が魔術式を僕の腹部に展開すると、僕の回復魔術がはじかれた。回らない頭を何とかひねって展開したのに、無意味に終わる。
意識が遠のく。視界がぼやける。体がだんだん冷たくなっていく。さっきまでは熱かったのに。
「でも幸せに思えよ。前回よりも器用だっていうのに何者にもなりきれない、愚かなお前が、それでもたった一人の女の子を救えるんだぜ?それって残念ながら幸せなことだと思うけど」
……育のために、か。
それもいいかもしれない。
初めてまともな会話をしたとき、僕は逆行してもうまくいかない現実にうんざりしていた。自分だけが不幸なんだと、周りばかりが幸せなんだと、世界を恨んでいた。
でも、育と出会って少し変わった。
日常に大差はないけど、笑える時間が増えた。
心温まる瞬間があった。
心無い言葉を浴びせられても、育がいたから前を向けた。
咲の件も、きっと彼女の言葉がなければ僕は一生後悔することになっていた。
僕は何でも一人でできる気になっていたけど、それでも彼女は僕の親友でい続けた。
彼女は、どうしてそこまで僕に尽くしてくれていたかなんてわからない。仮に恋愛とかそういうのが絡んでいたとして、こんな僕のどこを好きになったのかわからない。
……そんな育のために死ねるなら。
目を閉じた、その先に、人の影が見えた。
咲と育だ。
咲。僕がいないと傷をいやしきれない。癒せたとして、今後の生活が危うい、食人をするかしないで幼児に退化した状態で過ごすかの二択を迫られる。
育。僕が何かできるのかなんてわからないが、……でも、一度だけ。
自分の内心を語らない彼女は、一度だけ僕の前で本心をさらした。別に僕に向かってそうしたのでもないだろう。でも、彼女は確かに言った。
『終わりにしたい』、と。
僕はその時、どうしてたんだろう。そんな彼女の独り言にどう思ったっけ。大したことはなかったのだろう、だって覚えてないから。
けど……だからこそ、僕はやっぱり死ねない。
「……いや、だめだ。僕が死ねば、咲は死ぬ。育は頼れる人がいない!それは、だめだ!誰も得しない!」
育は今の保護者には頼れない。咲は言わずもがな、有住もいついなくなるかわからない。丈凪たちは……彼女が頼れるほど関わってない。僕しかいないというのはおこがましいけど、事実、いつ消えるかもわからない育は本当に消えてしまう。
「―へえ」
本郷は薄っすらと笑みを浮かべて、
「じゃあ、……どうすんだ?」
と問うた。
「離せ。さもなくば、抵抗する!」
「ふーん。どうやんのそれ。一応言っとくが、魔術を封じることも異能を封じることもできるぜ?丈凪怜が使ってくれたからなあ……ああ、まあそれは承知の上で使ったのかもしれんが」
「……くそ、それでも」
「それとも命乞いでもするか?それもいいんじゃね?オレはあくまで深月を救いつつ殺人鬼を呼び出すことが目的だから、深月が喜ぶようなことを言えば飛び込んでくるかもな」
「……それが今思いつくんだったら、最初から頼んでない」
「だろうなあ。お前、馬鹿だもん」
と僕を嘲笑った。
「まあ。もう飽きたし、そろそろ死んどく?」
そう言って胸をきつく締め上げた。
「かはっ……!」
声が出ない。息ができない。心臓がうまく動かない感覚。
「それとも、誰かに助けでも求めるか?オレに勝てるかどうかはともかく、全く知り合いがいねえわけではないだろ?」
「……僕は最低な奴だ。助けに行くわけがない……!」
「……そういうのが人を馬鹿にしてる、人の気持ちをわかってないって言われる所以だろ。本当に学習しねえなオイ」
そう言って本郷は列挙し始める。
「有住汰絃。日向咲の命の恩人。日向咲。命の恩人であり自分の保護者。丈凪怜。こいつこそ見捨てるとかありえねーな。賢いくせにお人好しだ、なんだかんだ人を放っておけない、昔の漫画によくある主人公みたいなやつだろ。汐宮宥。こいつが一番理由がしょっぱいが、まあ公私混同はしない奴だろうな。一見オレが一方的に殺そうとしているこの構図を見ちゃあほっとけねえ。一条有希。日向咲の命の恩人。ほれ、結構いるだろ?」
「……お前は何を知ってそういってんだよ」
「だから言ってんだろ。オレは『全知』なんだよ」
そういう人の気持ちを自分の考えだけで拒否すんじゃねえよ。
そう本郷は話す。
……どうすればいい。
僕が死ぬのは論外。かと言ってほかの人に助けを呼ぼうという気にもならない。
……僕は。
「…………」
「ああん?もっとはっきり言えや」
「た、……す、け……て」
「誰に?やっぱ汐宮か?日向か?それとも、」
「助けて、……そだち」
瞬間、本郷にカッターナイフが飛んできた。
カッターナイフを避けたが、魔術が付与されていたのか地面に刺さった瞬間に爆発する。
僕は吹き飛ばされるが、誰かにキャッチされた。
僕は咄嗟にその誰かに振り返る。仮面をつけた白髪、青い瞳の女子学生。ここの制服を着ていて所々あざがあるのがローブの隙間から見える。
「……『殺さない殺人鬼』!?」
「……」
僕の言葉に反応こそしないが、確かに『殺さない殺人鬼』だった。
「なんで、お前が来たんだ……」
育を呼んだはずだが、と混乱する僕に女は手を当てる。見る見るうちに回復し、僕は自由に動けて、意識も鮮明になった。
「ははは、狙ったとおりだったぜ!これでオレは両方達成したわけだ!」
爆風に吹き飛ばされた本郷はすっくと立ちあがり、殺人鬼にナイフを構える。
「両方……いや、育が」
「まだわかってねえのかよ!あー面白いなお前!じゃあ正体を知らしめてやんよ!」
と本郷は弾幕を大量に張って次々と放つ。
女はそれを打ち消していくが、時々打ち消しきれないのか直撃する。ローブが破れてさらにあざだらけの肌があらわになっていく。それでも女は本郷に向かっていき、本郷は女に容赦なくけり、パンチを食らわせる。ボロボロになっていくし、よろよろと動く。それでも戦い続ける。
僕も介入すればいいのだが、そうできないのは、育の戦い方と女のそれが似ていたこと、女がそもそも『相手を傷つけることを望んでいない』ような立ち回りを見せることが理由だった。
そして、打ち消しやさっきの回復、そもそもの手口を考えれば、なんとなく察しはつく。
そしてついに仮面が壊れる。……僕の、何度も恋焦がれ、今日はどんなに探したかわからない姿がそこにある。戦うことを何より嫌っていたはずの彼女は、僕が被弾しないように何度もかばう。
だから聞きたかった。
「……なんでそこまでするんだよ」
「……本当に、わからないかなあ。本当、暁くんは鈍いんだから」
ひさしぶりに君が笑った。
「好きだから。ずっと一緒にいたいから。君の笑顔を隣で見ていたいから。それでいいじゃん」
そう、深月育は言う。
「好き……って」
「『前回』のお兄ちゃん?どうでもいいよそんなの。だって、私が好きなのは、私が知ってるのは、充喜暁として生きてきた君だけで、それがもう君なんだよ」
だから、妹としてしか見れないなんて言わないで。
そう育は言いながら、さらに戦おうとする……が、急に背を向ける。
「……育?」
「あ、ごめん。もう限界が近いみたい」
僕に謝った彼女が歩いていく先は、屋上の端。落ちればまず助からないだろう。そもそもその前に本郷が背後から攻撃するかもしれないが。
「育、止まれよ」
「あはは、無理」
「その通りだぜ?」
本郷まで育の言葉を肯定する。
「……どういうことだよ」
「教えてくんは嫌いなんだよ……ああ、そういやオレは情報屋か。まあこの状況が既におもしれえから情報量はただでいいぜ?棒立ちしてる暇があるかは知らん」
という言葉に育のもとへかける。
「今までなんで『殺人鬼』してたか。ストレスのせいだな?悩みに悩んで自分の人格を『否定』したから、意識がない間に別の人格というか、異能が勝手に起動した」
悠長にそんな説明を聞いていられない。僕はついに柵の手前まで来た育を力ずくで倒す。
「で、自分の人格を否定してるんだからそりゃ記憶や感情、意識まで否定していることになるよな。だからだんだん記憶、感情、意識があいまいで、自己を保つのが厳しくなった。今まで人に傷をつけないよう徹底してたのが緩んだのはそのせいだな」
抑えつけたはいいが、無理やり起き上がられたから逆側の柵にまで吹き飛ばされる。痛い。肋骨が何本かいったかもしれない。でも関係あるか、と僕はまた育に近寄る。
「お前がトリガーで、お前に肯定されれば自己否定が一旦止まる。なら、お前が名指しで助けを求めたら?『もうほぼ完全に自己が消えかけていた』深月育は一時的にでも復活すんじゃね?って作戦。成功したが、もう異能が体の主導権を握っちまってるな、ありゃ。頑張って助けても、次起きた時には世界を消滅させる化け物の出来上がり。ま、起きなくて植物人間になったり、体や存在も否定したりするかもしれんが、まあハッピーエンドではないわな?」
「本郷!どうにかならないのか!」
「教えねえよ。手段がないでもねえ、とは言っとく。お前だけが取れる方法、ともな」
「……!」
僕が睨むがどこ吹く風と下手な口笛を吹いていた。ちらと明後日の方角をみた本郷は笑って、付け足した。
「おー、怖い怖い。気まぐれだ、別の人から料金せびる前提でもう一ついいことを教えてやるよ。未来じゃなく過去を考えろ。過去に答えがある」
「……わかった」
僕を呼び出した本当の理由が。僕はエサとかそんな話じゃなかった。ちゃんと役割があるから、僕を使った。
僕はもう柵から身を乗り出して今から落ちるところだった育を抱きしめた。力が強くて逆らいきれず墜ちるけど、そんなの関係ない。僕は育がけがをしないようにより強く抱きしめる。
異能の使い方なんか知らない。でも、これしか方法はない。
「育!」
「暁くん……」
育は僕の名前を言った。
「……夢かな、一番好きな人の胸の中でいなくなれる最期とか理想的」
「ふざけろ。育はこれから先も僕の知ってる深月育として生き続けるんだ」
「私はこのまま二人で終わるのもいいと思ってるんだよ」
「終わらない。終わらせない。育が何者になっても、僕は『受容』してみせる。殺人鬼だろうと、育が悪になるなら僕も悪になる。それが『今回』の僕だ」
僕の言葉に、育はくすくすと笑うのが聞こえた。
「なにそれ。初めて聞いたよ」
「たった今決めた」
「……そっか」
そろそろ地面も近い。でも、さっき視界に入った人を考えると、きっと何もしなくても助かる。だから僕は最後に一言、告げる。
「月がきれいだね」
「……君と見る月だから」
そして意識が暗転した。
「お、観戦ありした。どうだったかね、オレの作戦」
「……一応、助かったといっておく」
「ども。情報料は今から考えるけど、まだ無限質問タイムでいいぜ?ただしこの件に関することだけな」
「おう。じゃあ一つ目……助ける依頼のくせに最後、高所から落下してんのはどうも対応しないのな」
「だってそんな物理的ダメージの話してねえし、お前が見張ってたんだから問題なかっただろ?てか何あんなに殺気放ってんの?ちびりかけたが?」
「仕事を放棄しかけたからな。……まあ、親切にしすぎた気もしてる」
「だよなあ。相棒が身を投げようって時に全く動かん男のために答えを教えてやる意味もないわ。お前らしくねえなあ」
「どこでらしくないって判断してんだよ」
「んや。オレと同類と思ってたし」
「……」
「おう、その毛虫を見るような顔はやめろ。わあった、撤回すっから」
「……らしくないのはわかってんだけど。……俺の妹だろ?関わったことないけどさ。無理に兄貴面しなくてもいいとは思ってたけど、最悪後ろ盾にくらいはなってやりたいんだ」
「へーそう」
「……二つ目。『受容』って結局何だ?『充喜暁』の異能なのはわかるが、俺は使いこなせたためしもない。そもそも無効化だけか?」
「受容は受容だぜ?無効化ともう一つあるが……まあその時になったらわかんだろ。使いこなせなかったとはいうが、人の性格によるもんだ。もっと言うと『異能リビドー』によるともいうな」
「異能リビドーが関係してくるのか」
「そう。それを青髪ちゃんは知ったうえで作戦を決行した。あいつが『循環』を使いこなせていなかったが『受容』は使いこなせる。お前さんはその逆。そういうもんだ」
「……最後。本当に助かるのか?」
「……まあ比較的ハッピーエンドだと思うぜ?」
「……?それはどういう、」
「あとで教えてやる。じゃ、バイビ。明後日報酬に関しても説明する。補足で質問したいことでも考えとけよ?お前のさっきの毛虫の顔が頭に浮かぶくらいにはとびっきりの条件たたきつけっから」
翌々日、ある病院の病室にて。
二人の少女がいた。
一人は入院している。黒髪を後ろで一つにまとめ、赤の混じった瞳は空を映している。
一人はそんな少女のそばで、入院している少女の見舞いに、と実兄が差し入れたリンゴの皮をむいていた。
このご時世、たいていの傷は回復魔術で癒えるので病院に入院することがまれなのだが、しかしこの少女は回復魔術で完治しないほどにダメージを負っていたし、別の理由もあって入院せざるを得ないのだった。
そんな静かな病室の扉が静かに開く。
はいってきたのは、茶髪に青い瞳の少年。少年は少女のベッドに近づき、声を掛ける。
「……二日ぶり。調子はどうかな」
黒髪の少女はしばし考え、
「どちらさまですか」
と答えた。少年はそう言われることは予想できていたが、
「……そう、か……」
と落ち込んだ。
そんな彼の頭を、黒髪の少女は優しくなでた。
「あはは。冗談だよ。自分の人格を否定したんだ、自分の人格を否定したことも否定できるはずでしょ?それに、君も助けてくれたから」
とそうからっと笑う彼女に、少年は感極まって、よかった、と抱きしめる。
いたいの、いたいの、とんでいけ。
そう彼女も呟いた。
暫くして少年が退室し、そばに控えていた少女……日向咲は口を開いた。
「育。……結構覚えてるね」
それに黒髪の少女、深月育は答えた。
「全然わからないよ?咲さんの話から推測しただけだけどあってたかな」
「……あってたよ」
「そっか。うん、よかった」
「でも、本当に良かったの?」
「何が?」
「名前も、昔のことも、何もかも覚えてないんでしょ?」
その言葉に育は目を見開いたが、やがて微笑むのだった。
「……確かに何も覚えてない。でもね、なんとなくなんだけど」
あの人には、笑っててほしいってことだけ覚えてる。
「だから、忘れてることはあの人には内緒」
そんな育の言葉と表情に咲は、指を差し出す。
「……うん。約束。因みにあの人の名前はね―」
指切りげんまんの歌が、静かな病室に響くのだった。