>『軍』本部前
平日の昼十二時。
普段なら高校で昼休みに入っていて、宥と怜と三人で部室で過ごすだけど、今日に限っては違った。
怜は、充喜と大事な用事がある、と言っては戦う準備を整えて朝から出ている。話とは言うけどきっと殺し合いでもするんだろう。僕は引き留めようか考えたけど、最も反対すると思われた宥が特に何も言わなかったので僕も何も言わなかった。後で聞いたら、
「怜くんと充喜くんにしかわからない因縁でもあるんですよ、きっと。理由もなく戦うなんてありえません。私は数年前に止めましたので、それでもやるっていうのはそういうことです。彼たちが彼たちなりに因縁にけじめをつけるまで、私たちはやるべきことをしましょう」
と言われた。
別に心配することもない。怜の性格を鑑みれば平和的な殺し合いになると思う。平和な殺し合いって自分で言っててよくわかんないけど、僕が言いたいのは、結局互いに殺さないだろうって確信があるってことだ。
怜は充喜をどこまで追いつめるか知らないけど、命までは取らない。充喜が怜を殺しかけても、怜は対策をとるに違いないから。
そして、怜は僕と宥に宿題を出した。
最近『教会』の活動がもっときな臭い。
『教会』絡みとはっきりわかる事件こそないけれど、そうだと予想される事件は夥しい。誘拐事件しかり、殺人事件しかり、傷害事件しかり、不可解な事故しかり。それも『軍』本部を中心に多発しているので、汰絃の言葉も合わせると『教会』がよからぬことを考えていて、これがその前兆、もう直に大きな事件がおこるだろうことは僕にもわかる。それが『軍』本部も大きくかかわってくる事件かもしれないことも。
汰絃はそれを止めるつもりだって怜は言ってたけど……大丈夫かなあ。
そんなわけで、僕と宥は『教会』について動向を探るため、『軍』本部周辺で観察してこい、とのことだ。
だから、今は『軍』本部前で適当にぶらついていた。
パトロールだ。途中でタピオカ、フラッペ、唐揚げなど買って食べ歩きしているし、そのせいで常に両手がふさがっているけど、誰が何と言おうとこれはパトロールだ。
そんな冗談はさておき。
こうやってさまよっていると、やはり白いローブの人が多い。
ここに初めてきたわけでもないんだけど、最近多かったのが今日は特に多い。
「……宥。気づいてる?」
「有希……はい。何かあるのかもしれませんね」
「つまり、……食べ歩いている場合じゃないってことだね」
「それは有希がやりだしたことでしょう。もとからそんなことをしている暇はありません」
そうバッサリ切られた。解せぬ。
最も問題が発生していそうな『軍』本部に向かうと、そこには白いローブの男が一人、挙動不審にしていた。
「……見張りだね」
「見張りですね。内部で何か作戦でもあるんでしょうか」
「……もしそうなら大事件じゃないか」
『教会』が『軍』本部に乗り込んで何をするかはわからない。乗っ取り、諜報、戦争……何にしても今後日本が平和じゃなくなるだろう。そしたら、僕と宥、怜の三人で過ごす平穏な日常も遠ざかる。それは……嫌だけど。
「……」
と宥がこちらを見て、はっとした顔をして微笑んだ。
「……?」
僕が首をかしげると、
「いえ。考えは一致しているようですし、偶には私も戦う覚悟はしないといけませんよね。守るというのは時にそう言うことですから」
と答え、宥は立ち上がって歩き始めた。
そして見張りの前に立ち、状態を書き換えたことで無理やり眠らせた。
「……宥」
「威力偵察しましょう。それで問題ないです」
「……わかった」
宥の言葉に僕が頷いて『軍』本部に乗り込むと、三人の教会兵がそこにいた。
「侵入者……!?しかもガキが二人!?」
「見張りは何してるんだ!」
「よほど間抜けだったんだろ」
と僕たちを目にするやそう話し、
「たかがガキだ!人数もこちらが有利!今回の作戦を失敗させるわけにはいかねえ、『教会』の力を見せつけてやる!」
と魔術式を構築し始めたので、僕は魔術式を『破壊』した。
「ま、魔術式が消された……!」
「ばっかおまえ、こいつ『LastOrder』じゃねえか」
「くそ、じゃあこのブロッカーで封じ―」
「させません」
男が取り出した機械をすかさず宥が鋏で切った。
更に僕が『破壊』で遠くにあった防犯カメラを壊し、そのついででこの空間のみ魔術の概念を破壊する。これで魔術での対応も難しくなった。
その間に宥は鋏で男三人とも影縫いで動きを封じ、その状態で固定した。
「……次」
そう僕が階段を上がり、宥が僕に話しかけた。
「……作戦って、どういうことでしょうか」
「……よほど大規模なものだと思う。……状況把握を急ごう」
「あ、ちょっと待ってください」
と宥は一階に降りてまた戻ってきた。
さっきのブロッカー?を二つ持ってきたらしい。
「異能を封じるものらしいです。魔術の概念は壊していますが、異能使いもいるかもしれませんから」
『大罪』っていうのもありますから、と壊れていたそれを『書換』で修繕して僕に一つ渡してくる。
「……お守りにもらっとく。ありがと……」
「さて、行きましょう」
そうして先へ進んでいくと、作戦の全容がつかめてきた。
『教会』は『軍』本部を乗っ取ろうとしているらしい。
理由は異能者の研究データ、『逆行』に関するデータなど。ここの提督が歴史改変者であることを『教会』がつかみ、『異能』の研究にこの話を生かせると考えた結果、万全の下見の上でこの作戦が実行された。
さらに異能者の回収も作戦に組み込まれていて、別動隊は現在、ここの本隊からの情報をもとに異能者の探索、捕縛に向かっているようだ。本隊の情報源は十中八九ここの提督の知識だと思う。後あり得るのは……真白さんがDNA提供ついでにそういう話をしたとか。まあないと思うけど、すべてを理解する能力もあるみたいだから、知らないうちにそう言う情報が漏れた可能性はあったはず。
そうして最上階も近くなると、話し声が再びして、さらに情報を得るために物陰で聞き耳を立てる。
「はあ?やる気あるの?ガキが侵入してるんだけど。今は援軍云々で超めんどくさいですけど」
「―いや、自分熟女にしか興味ねえし?熟女相手ならシコるけどロリとかクッソどうでもいい」
どうやら電話しているらしい。しかし、なんでこの人は業務連絡で自分の性癖を暴露してるんだろうか。気持ち悪い。宥も小声で「生理的に無理ですね」と真顔になっていた。ちょっと怖い。
「あー、もう。何あっさりやられてんだよ。ブロッカーはあるんでしょ?じゃあ対応できるよな。『書換』『破壊』の異能者っぽい。『LastOrder』は所詮Bランク、もう片方はCランクだ。『大罪』も序列もあるんだから責任取って対応しろ。―というわけで、出入口の見張りをこっち行かせますんで、一人出入り口によこしましょう」
「了解」
「―トイレ?はあ?自分で行ってこい」
「―え、は?嫌いとか機能さんざん言っといて噓くさ」
「―いやいやいやいや!何だお前!戻すな、戻せえ!」
……本当に何してるんだろう、この人。
さすがにこの人を相手にする気はなかったので、僕と宥はナイフを取り出して、曾於湖にいると思われる推定四人に影縫いを試みる。
うち三人がかかって戸惑う声が聞こえたが、会話からしてもう一人はかからなかったようだ。もっとも、発光魔術で他三人の解除を試みて魔術が発動せず戸惑っているみたいだけど。
まあ、一人だけなら問題はないかな。
物陰に隠れるのをやめて人前に出ると、四人がまだ仲間割れしてた。
「はやくしろよこの変態のろま」
「やってますー!くっそ、全然魔術発動しねえ!」
「何言ってんだこいつ。魔術式ミスってんじゃね?中学からやり直せや」
「ミスってないわぼけ!赤子でも間違えんだろこんなん!」
「ミスってるから発動しない、それ以外ないと思うけど」
「だーくそ、そこまで言うなら自分でやれってのバーカ!」
「あーやってやるよ、魔力制御碌にできなくて学校爆破して義務教育で退学処分食らった俺が自力で」
「それはやめて?死んじゃう」
「じゃあ魔術式ミスって『風来』を酸素を失くすものにしたり逆に酸素の濃度を高めちゃったりついでに回復魔術で禿になった僕が」
「お前はむしろ今からそのミスったほうを侵入者にぶつけてもらえません?」
「禿のほう?」
「違うわあほ」
「なら魔術は正常に発動できるけど半分くらいの確率で暴発して誰かの首と胴体が永遠に分かれて八つ裂きになる私が」
「すみません中卒以下の三等兵をこの作戦に参加させた自分が間違ってました自分がやります」
『最初からそう言えばいいのに』
「誰かー、自分のとこの組員が無能すぎるんで人員交換してくれません?」
そう言って無事な男が振り返って、そこでようやく僕らの存在に気づいたらしく、
「うぇ、もう来てんじゃん」
と懐からブロッカーを取り出したが、僕は『破壊』弾幕をかすらせて機能を無理やり停止する。
「て、抵抗手段消えたー!」
「み、見逃してくれませんかねえ?」
「いやでもガキだろ、殴り合いじゃ勝てるんじゃね」
「それ名案!じゃあがんばれジュクジョスキー!」
「うんやっぱお前ら嫌い!」
と宥に殴り掛かるので、宥は鋏で足を切り、再度男に影縫いをする。今度はよけられずに成功したので状態を固定。
「……そこにずっといればもう何もしないよ」
とだけ言い残して先を急ぐ。時間が経過すれば状態固定は解けるので、あとは援軍が勝手に解くだろう。その援軍がくるまでに、あくまで威力偵察をしているだけの僕たちは脱出すればいい。
最上階にたどり着くと、丸々提督の執務室らしかった。
書類があって、雑に積まれていて、中央には男が一人。
そしてその男を守るように、一人が僕と宥の前に立ちふさがる。
……白と黒がランダムに混ざって明滅する、地に届きそうな長い髪。
灰色の瞳にハイライトはなく、なにも魔術など使われていないのに、なぜか顔がしっかり認識できない。
体も皮膚がところどころ溶けていて、筋肉や骨がむき出しになっている。
……それでも、僕にはわかった。
僕が生み出されて、実験が無意味だからと無残に処分された僕の兄妹。
その中でも、異能を特別使えそうだから、と残されては異能だけ奪われ、やはり処分されたはずの男。
一回も会話を交わしたことなどない。声も聞いたことがない。ただ写真で見ただけ。
顔を認識できるわけでもないのに、それでも僕は、『背向』の持ち主だったホムンクルスのなれの果てであることを理解できてしまった。
……威力偵察が終わったらどうでもいいとか思ってた。
前言撤回だ。
「いたぞ、こっちだな」
後ろからした、下種野郎の下っ端の声に僕は『破壊』弾幕を直撃させる。男は消える。
「……有希」
「……ごめん、宥。許せそうになくてね」
僕は更に弾幕を放ち、今度はホムンクルスをしっかり終わらせる。
「威力偵察なんか、やめだ」
僕はこちらに振り返って笑っている男……クリスを見据えた。
「……ぶっ壊す」
>伊灯高校屋上
「あともう少しだね、咲」
「そうだね……育」
文化祭を間近に控えている今日、昼休みに私は咲と作業をしていた。
記憶喪失になって早二年。
暁くんをはじめとする生徒会のみんな、丈凪くんや汐宮さん、一条くんの三人に支えられて、なんとか勉強の遅れを取り戻せたし、戦闘技術も「『軍』の平程度なら魔術だけで余裕」と太鼓判をもらえるくらいになった。……なんで普通の高校生であるはずのみんながそんな比較をできるのかはおいておくけど、私は異能者で、今回の記憶喪失もそれが原因で、異能は二度とつかわないほうが身のためだという助言をもらっていたから。異能者差別はひどいっていうし、丈凪くんが解決する気らしいけど、それまで護身術の一つくらい身に着けておいたほうがいいかな?という気持ちで訓練していた。
最近は文化祭が近いから、その文化祭の準備を咲と進めている。校門に飾る看板やほかの掲示物を作るのだ。ほかにも仕事は山積みで忙しくって、修行を休みがちになっているけど、高校にいれば基本的に安全なはず。
それより気がかりなのが、みんなのこと。
丈凪くんと暁くんはどうしてもやりたいことがあるって、尋常じゃない雰囲気で朝早くから出ているし、汐宮さん、一条くんは最近物騒な『教会』の偵察に行くって学校を休んでいるし、有住さんはまだ帰ってきてない。真白さんって人も丈凪くんの仲間にいるみたいだけど、姿を見たことはまだない。
「大丈夫かなあ……」
「大丈夫だと思うよ。だって、みんな強いから」
「そりゃあ、私たちより強いとは思うけど……」
なんかなあ。言葉では言い表せないがどうにも複雑で、私は言葉を濁らせてあいまいな笑みを浮かべた。
重いなあ。私が持っている荷物が重いのか、自分の心のことか自覚しないまま、そうつぶやいた。
「……あ、ペンキ忘れた」
と咲が言って、屋上の扉に足を向けた。
「ついでに弁当と水とってきてくれない?」
「わかった、いってくるね」
咲が屋上を去って、私が一人取り残される。
私はカバンから書類をどっさりと取り出し、筆箱も取り出して書類作業を始める。時間つぶしにちょうどいいかなあ、なんて思っていたけど割とすぐに屋上の扉がノックされた。
私はあまりわかっていなかったけど、ここの扉は基本ずっと開いている。というかそもそも鍵がない。全校関係者は把握していて、だからノックなんてありえないはずだった。
私はそれの意味を理解してなくて、ノックを奇妙に思いつつも、
「あれ、もう戻ってきたんだ。咲は両手がふさがってるからかな」
なんて言いながらドアを開くと、白いローブの男がそこにいた。
「……あ、」
知ってる。『教会』の人だ。この格好の人に会ったら逃げるか助けを呼べって―。
「そうはさせん」
私が伝達魔術を使おうとすると、魔術式を消された。ついでに予備に構えていた携帯もはじかれた。
私が後ずさりすると、男が口を開いた。
「今は一人か。最初の獲物だな……」
「……何をするつもりですか」
「何を?決まってるだろう。異能者全員、実験サンプルとして回収するのだよ」
「……!」
表情に出さないことで精いっぱいだった。私によくしてくれた人が全員、この人たちの実験台にされる。……暁くんが、この人たちによからぬ方向で利用される。そうするつもりなんだ。
「……ここに異能者なんて」
「いるね。隠しても無駄。そういうことはすでに割れてる。確かこの高校に六人所属してるだろ」
ばれてる……!何故……?
焦って言葉が出てこない私に、男はまじまじと見て鼻で笑った。
「よく見たら我らが原点様だな。こんなところで会えるとは、光栄だ」
「原点……?」
それってどういう、と呟いた私の疑問はしかし答えがもらえることもなく、男が続けた。
「気が変わった。素晴らしい提案をしよう」
「……」
「取引だ。今、俺は全校生徒を眠らせている」
「な、」
私は動揺を隠せなかった。
咲も眠らされているかもしれない。だとすると、本当に助けを全く呼べないことになる。それに、人質に取られているも同等……いや、実際にそれをわかってて人質にしたのかもしれない。どうしよう……。
「しかし、異能者はこの校内にほとんどいない」
そりゃそうだ。だって、咲と私以外は皆、何かと戦っているんだ。きっと咲にも何かある。
……何も背負っていないのは私だけ。ううん、背負っていた荷物を下ろした、と言ったほうがいいのかもしれない。私だけ、本当に普通に過ごしているだけ。
背負いたいのに、皆何も言わないんだ。
「大人しく異能者の居場所を吐け。吐けば見逃してやろう。知らないことはないだろう?同じ生徒会と、実の兄が運営する部活との交友関係があるお前だから」
「……」
実の兄、って丈凪くんのことか。確かに本人からそう聞いたけど、どう認識するかは任せるしそちらに合わせると言ってくれた。暁くんとの仲まで応援してくれる、優しい人。
「断ったら?」
そんなお世話になっている人の情報を売るなんてしたくない。皆ならこの人に勝てるかもしれないけど、それでも私が嫌なのだ。
「人質の意味を理解……してるね?」
「……それでも、断る。私が殺させない」
「なるほどねえ」
そう男は笑うと、浮遊魔術で浮上した。すぐに私を上空から見下ろす構図になる。
そして指を鳴らすと、いつの間に結界を貼っていたのか、結界が割れるような音がして空を覆うように大量の人間が外で構えていた。
無論、全員『教会』だ。
「今からお前の前で全校生徒を殺す」
男は私を嘲笑った。
「守り切れるかな?」
瞬間、教会兵が一斉に魔術式を展開した。
私は、守る覚悟を決めて、禁じられていた『否定』で結界を張る。
これがもうすでに割と無茶だったらしい、どこか自分の心にぽっかりと穴ができて、ごっそりと自分の大事な何かが抜けた気がした。けれど、おかげで攻撃魔術から校舎を守り切った。
そして戦いの火ぶたが切って落とされる。