>東京某所・ビジネスホテル
ビジネスホテルのとある客室にて、おれは適当にゲーム、本郷はパソコンを操作していた。
『教会』の親父につかまって軟禁状態になり、何もできなかった。正確には『欺瞞』をフル活用して『LastOrder』や『ひなたさん』の詳細やおれの裏切りに関する情報は消してきたが、作戦阻止につながることはない。結局作戦が実行されることになり、おれはアジトで待機になった。さらに不都合なことに毒を仕込まれた。
『欺瞞』。異能リビドーは強迫観念。対象に関することを偽装できる。死んだ場合は仮死状態になってしばらくしたら復活できる力。これのおかげで、おれを殺すなら異能を使う暇すら与えず一瞬で木っ端微塵にするしかないけど、問題はおれが最早無意識レベルで異能を使用していること。現時点、どんなに不意打ちを食らって重傷を負っても、原形を保っていなくても、数分後には無傷で復活しているわけだ。死んだふりをしている、と解釈してる。
これはでも毒を実際飲んでも問題ない異能ってわけじゃない。致死毒ならさっさと死んで復活でいいけど、致死毒じゃない場合は苦しいだけ。不便な異能だ。回復魔術も解毒ができるわけじゃないし。
そんな訳で余計身動きが取れなくなっていたおれは、しかしある男の出現で状況が変わった。その男こそ本郷。一介の情報屋だ。
本郷は『教会』の作戦の指揮……正確には指揮をするのに必要なプログラムの作成をさせてほしいと頼み込んだ。彼はそこそこ有名、実力派。さらに『院生室』一押しの『John』のオブザーバーという話もあって、信用は抜群。親父は別の狙いもあって、彼に任せることにした。
その際に俺を補佐につけるという話もあって、おれは数年ぶりに太陽の光を浴びることになった。解毒剤ももらって、あとは頭痛が若干残るのみ。当日になった今、思う存分自分は動ける状況になった。
それはいいんだけど。
「あのさ、本郷」
「何だ?」
「おれ、こんなとこでゲームしてていいわけ?」
「おうよ。まだお前の出番じゃねえから」
「じゃあいつ来るんだよ。そろそろ動かないと犠牲が増える一方じゃん」
「案外そこは増えねえから平気」
「はあ?『教会』も『軍』もそんな平和な組織じゃ」
「ちげえって。ほかのやつが既にそこは動いてるから、お前に任せたいのは違うとこなんだわ。その時に頭痛残ってましたとかいませんとかはなしでお願いしたいんだよ」
よくわからないことを言って本郷はパソコンをカタカタしている。
「何やってんだ」
「GPS。作戦指揮するときにいるっぽいんで。完成したら序列持ちの居場所もわかるぜ」
「あ、そう……」
そう話しつつゲームをする。隣からは本郷の話声がする。どうやら電話らしい。
「お、何々?どした?」
「―あー、やっぱり?予想はしてたけど」
「そいつは『LastOrder』とその相方。『破壊』『書換』持ち。できるんなら生け捕りにしたほうがいいと思うぜ?」
「―んー、監視カメラ壊されてるから知らんけど……まあ二階より上だろ。援軍呼んどけ」
「―魔術が使えない?体術でなんとかしとけよそんなん」
「―最悪、クリス動かすしかないべ。じゃ、とりま最上階付近の連中とつなぐから、この内容込みで全体に報連相よろしゅう」
と電話を切った後、さらに連絡が入る。
「ン、なんだ。別動隊?……ほお、そっちも問題が?一人でめっちゃ頑張ってるやつが邪魔してんのか。そいつは……うん、時間制限があるから兵力注ぎ込みまくれ。なるべく異能を使わせていく方針な。そしたら簡単に無力化できる」
「―無理だったら?そいつほっといて『軍』本部と合流しろ。ぶっちゃけ『否定』と『昇華』いらん」
さらに電話がかかる。
「おい、今忙しんだけど。え、補佐がいるって?それとこれとは別だわ死ね」
「―だあもう、例のプログラムならもうちょいで完成するから、ほっといてくんね。いくらお前が暇だからってかけてくんな。じゃ」
それ以降もなり続ける電話。
「……やっぱ手伝ったほうがいいんじゃ」
「いや、お前が今指揮してもろくなことにならん」
「なんでさ……」
酷い言い草だった。
本郷はそのあとも電話に出ながらパソコンをいじり、さらにどこからともなく違うパソコンも取り出してそちらでも作業を始める。
「そっちのパソコンは?」
「んや。お前もそろそろ情報ほしいんじゃねえかって思って。ええっと……ラスオがここで、ミッ○ーがアレ、そんで多分……ここ、かな?」
と完全にGPS作業をほっぽり出すので、「もうすぐ終わるんじゃないっけ」と釘を刺した。
「わあったわあった。とりまこれ見といたら?オレの思考が少しは見えるんじゃね?」
「そういう癖に本郷も見る気満々か」
「もとはと言えばオレのリフレッシュのためだし」
パソコンのアプリを起動すると、三つの映像が流れる。
それぞれ『軍』本部、伊灯高校上空、国会議事堂跡地の映像だった。おれはそれを見ていて、軈て目を見張る。
「こ、これって」
「ああ。これは、一条有希と汐宮宥、深月育、丈凪怜と充喜暁の戦闘映像だ。もっとも、丈凪怜たちはひと段落ついたみたいだが、他二つだけでも見る価値は十分ある」
そう言って映像を見ながら作業を再開する本郷。映像では、ゆうきが汐宮と一緒に『教会』兵を倒しながら最上階を目指す。聞こえてくる会話からして威力偵察らしいけど、これはもう作戦妨害の域だ。深月は伊灯高校を必死になって防衛している。おれが助けに行っても、こういう防衛戦ではおれはあまり貢献できない。そしてれんれんがなんであんな所にいるか気になる。戦闘映像というには戦っていたんだろうし、周囲にはそれらしい痕跡が残っているけど、互いに無傷だ。互いに攻撃がほぼ当たらないような戦闘だったんなら、おれの強みほぼZE☆RO☆
……おれが全然ダメなばっかりに、皆戦う羽目になっているのか。おれが悔しさに歯ぎしりをすると、本郷が隣で、
「まあ、でも深月命相手には交渉は無理だわな。アイツ、自分の利害でしか動かねえし、『詐欺師』には不利だったんじゃね。生きてられただけ重畳ってもんよ」
とらしくもなくフォローを入れた。おれはそれに少し気分がましになった気がして、でも礼はなんとなく言いたくないから、
「おれの二つ名ってすごくマイナーなのによく知ってるね」
と返したら、
「まあオレは何でも知ってるしな。『戯言使い』さん……『道化師』さん?」
とさらに昔の二つ名で呼んでくる。こうやってからかってくるから礼を言いたくなかったんだよ……!
そしてしばらくするとゆうきは最上階にたどり着いたらしく、……なんともおぞましいナニカを見て激昂していた。
おれにはわかる。ゆうきにとって兄弟のような人に、そんな冒涜的なことをした。許せるはずがないし、おれも今から『教会』の連中をぶっ飛ばしたくなった。
いや、でもそれは後だ。まずこの作戦でおれがなんとしてでも指揮権を獲得し、こういう連中を追い出して組織を徹底的に清算した上で自浄できるように調整する。そのためにも、本郷から指揮権をもらわないといけない。
そう思い本郷を見ると、様子がおかしかった。
あのキメラ擬きを凝視して、ぼそぼそと何かを呟きながら頭を抱えている。
「本郷……?」
「……っ」
おれが声をかけても反応がなく、冷汗がこれでもかというほど噴出して、目の焦点もどこかあっていない。
……これは異能リビドー?『全知』があのキメラにまで発動して、情報量が多いからパンクして『神経過敏』が顕著になっている?それとも情報量を処理しきれていない?
「本郷、異能を切ることは」
できないのか、とおれが尋ねる前に本郷は倒れこんだ。
>『軍』本部ビル内部
有希が、本気で怒った。
有希はそもそも感情をあまり表に出さないから、ここまで怒りを人にぶつけるのもそうそうない話というか。
有希は私に、いざという時のために決めていた簡易ジェスチャーで、
「別行動」「なんとしてでも」「残党も狩る」
とだけ言って戦闘態勢に入った。クリスも、私に攻撃してくる様子はない。
そんなわけで最上階から出てきた私は、偶然にも『教会』の兵……それも影縫いが解けた人に出くわした。
「あ、熟女好きな人ではないですか」
「何で知ってんだお前」
あ、つい。
「……いえ、なんとなくそんな電波を受信したので」
「何!?宇宙人にまで俺の性癖知られてんの!?」
と男性が騒ぐ。でも、こんな雑談する暇なんてないんだよね。
「それは置いときまして、とりあえず撤退してもらえませんか。私、戦うのそんな得意じゃないんです」
「マジか!じゃあとっととお前を人質にとって俺は人身売買でもしてやる!」
「……」
「ってロリコンじゃねえ!そんな毛虫を見るような目で見るな!そんなんじゃなくてダナ、このままじゃスケベニンゲン支部に飛ばされる!」
と男はダイナマイトに着火する。光った瞬間、私は『書換』を発動して、『爆発』をただの『火災』に書き換える。……そして、久しぶりに結構きつめのを使ってしまい、私は本能的に男の首に鋏を突き付け、すんでのところで鋏をびた止めした。
「あの」
「ひゃい」
「スケベニンゲンとはどこですかね」
「オランダです……」
「『教会』ってイタリアじゃなかったです?」
「魔術組織は本部がその国にあるだけで、支部なら外国にもありましゅ」
「なるほど、一つ勉強になりました。ありがとうございます」
「……じゃねえよ!戦闘に慣れてないって噓だろ!」
さっきまでおどおどと答えていた彼は急にそう喚いた。
「いいえ本当ですよ?私、あまり戦うのが好きではなく」
「殺されかけましたけど???」
「それはほら、異能リビドーですよ。……あの状態で戦うのも慣れてないです。めったにああなりませんし」
「ああマジで手加減に慣れてなかったよ!」
そう話しているうちに火災報知器が反応する。割とうるさい。
「ぎゃー!?こんなん作戦失敗確定じゃん!?」
「ダイナマイトで自爆を図った時点でそういうものだと思っていましたが」
「あれは自決用だっつの!こんな威力とか知るかボケ!」
と喚くだけ喚いた男は逃げ出した。
……私は『書換』さえ使えば消火できるけど、こうなってたほうが戦闘なくていいし、このままにしておこうかな。それに消火したら目立っちゃうし。
威力偵察って何だったんだろう、なんて今更な思考が沸き上がりつつ、私は一般人の避難誘導の為に出口へ向かった。
>『軍』本部最上階
「……案外素直に逃がすんだね」
宥がいなくなった後、僕がクリスにそう言うと彼は、
「まあ、『書換』よりももっと欲しいのがありますしねえ。『破壊』も正直そんなに興味がなかったりしますよお」
と言っていた。
「……?何が目的……?」
「あなたなら知っているでしょう。『循環』『操作』。この二つさえ手に入ればもうどうでもいいですう。『投影』も欲しかったんですがあ、当の本人がいませんしねえ」
「……」
たしかに二つは僕も知っている。怜と真白さんだ。でも僕は二人の居場所なんか知らない。
「別動隊も動かしてますけどお、別動隊の所にもいなくて非常に困りますねえ」
そりゃそうだ、と心の中で呟いた後、一つ疑問を呈する。
「その二つをどう利用するつもり」
「現在血眼になって探しているものがありましてえ、その二つなら改造すれば行けるかと思いましてねえ」
「……そして、あんなキメラになるの?」
「おっと。藪蛇でしたねえ」
と笑うクリスが腹立たしい。
そんな時、火災報知器が鳴った。割とうるさい。
「大事ですねえ。どこの階でしょうかあ」
「……さあ」
魔術は使えなかったはずだけど。誰か爆発物でも持ってたのかな。まあ、こうなってくれたほうが計画を妨害できるからいいけど。
クリスの電話もなり、クリスが端末を取り出した。
「おっと、失礼しますねえ。撤退の連絡でも入れましょうかねえ」
と無防備に通話を取り、
「えー。撤退してください。作戦指揮権は以降例の人物に譲りますのでえ、彼の指示に従ってもらえませんかあ?ぼくは少し用事がありますのでえ」
それだけ言って端末をおざなりに胸ポケットに突っ込んだ。
本当に撤退になった。多分宥は避難誘導に忙しくなる。
まあ、これで邪魔される心配なんてなくなったし、と僕が戦闘態勢をとるのを、クリスが「待ってもらえませんかねえ」と止めた。
「……何?」
「どこの階か知りませんが大事ですう。未成年がここにいたら危ないじゃないですかあ」
「はあ?」
「煙が広がるスピードも速いですしい、ここも直に燃えますねえ。視界が悪いですしい、もし煙を吸ったら呼吸困難になりますよねえ?死の概念を壊してもいいですけどお、多分君が壊れますよお?」
……何の冗談だろうか。
非道で知られる、マフィアと言い換えても差し支えない『教会』がこんなことを言うとか、心配するふりだけして油断させる作戦か何か?
「いや……『教会』組員が逃げたのを確認してからじゃないと僕もさすがに見逃せないんだけど」
「問題はありませんよお。そのための撤退指示ですう」
「いや君のことだけど」
「大人が子供より先に逃げていいわけがありません。恥を知るべきですよ」
「人畜有害が何言ってるの」
クリスがいつもと違う言動をしていることに戸惑いを隠せない。というか気持ち悪い。明日槍が降ってくるんじゃないだろうか。
「……なんでさっきから常識的な発言しかしないの」
「君に興味がないのと君が未成年だからですかねえ」
「……舐めてるね」
「子供を守るのが大人の義務でしょう?」
「クリスはその前に社会のルールを守って」
「もしものことがあるとですねえ、こちらとしても親御さんに合わせる顔がですねえ」
「何の心配してるの、親御さんいないじゃん僕」
と言い争う中、クリスがポケットをまさぐり始めた。
「……何するつもり」
「かなり燃えてますからあ、ハンカチでもいかがですかねえ」
「だからちょいちょい子ども扱いするのやめない???」
どうにも下に見られているし、そもそもキメラの件も腹立たしかった僕は、
「……とにかく、ぶっ壊す」
と宣言しなおした。
「断りますねえ」
「……なんで?興味ないにしても、計画知られておいて戦う気がないの?」
「いえ、よほどでなければ基本子供に対しては殺しはしないと決めているんですけどお。生憎、魔術を今使えませんからですねえ……手加減できないじゃないですかあ」
「……そういやそうだけど」
咲も上からの命令とか言ってたし、僕についても殺そうとしたけど生きられる選択肢を残してたけど、それは『教会』の組員がするようなことじゃないんだよ……そりゃ僕も「みんながみんな悪者じゃない」ことくらいは把握してるけど。
でも、だからってキメラの件を許せない。許せるはずがない。
そう考えていたら、クリスが「仕方ありませんねえ」と苦笑いを浮かべて、指を鳴らす。
すると奥から、またキメラモドキが姿を現す。
どうやら、一体だけじゃなかったらしい。
息を呑む僕に、クリスは口を三日月のように歪ませ嗤った。
「特別講習です。安心してください、極力手加減しますよ」