存在しない記憶を思い出した。
『前回』の出来事だった。
中学二年生の頃、俺は初恋をした。
『教会』から逃げ出したホムンクルスの少女は普通の生活を夢見ていて、だんだんと普通の女の子に近づいていく彼女を見るのが楽しかった。家族はもはや俺に対してのごますりが多くなっていた時期、荒んでいた心が癒えていくのを感じていた。
……でも、咲は決して普通の女の子になりえない存在だった。
司法機関が、立法機関が、行政機関が、警察が、法律が、憲法が。
まともに存在している限り、彼女は普通ではいられない。必ず悪者扱いで、追われ続ける生活になる。
まともに存在していないところへ逃げても、彼女の望む生活はできない。
だから、殺した。
クリスに究極の二択を突き付けられ、殺さざるを得なかった。
彼女に救ってくれと、殺してくれと言われて、それに従った。
それが最善策だと信じていた。
だが、違った。
わかってしまった。
ヒントなんていくらでもあった。冷静に考えればわかった。
俺が至らないばかりに、彼女を殺した。彼女に生きていてほしい、幸せであってほしいという俺のエゴと彼女の願いは両立できた。ある手段を使えば容易にできた。
それを理解したその日、……俺はあてもなくさまよっていた。
クリスマス。雪がしんしんと降って、周りはカップルや家族連れであふれかえっている。馬鹿馬鹿しい。
「……い」
理不尽ばかりだ。
いい奴ほど早死にする。悪い奴がのうのうと生きる。普通を願えば平穏を失い、非凡を願うほど平凡。希望を祈ると絶望が降りかかる。死にたい奴は今日も息をして、生きたい人が明日を見失う。出過ぎた釘も出ない釘も打たれる。
この世界ってクソだろ。
「お……い」
こんな世界とはもう―
「おいったら」
「うぉお!?」
いきなり肩を強くたたかれたので驚いてきょろきょろ見渡すと、いつの間にか隣に少女がいた。
「そこでどうしたの。まるでリア充は爆発しろー!みたいな顔してさあ。もしかして彼女いない歴=年齢?」
とハイテンションで話す彼女は、しかしどこか影があった。
「……そういうお前は、」
「私?残念、彼氏いたためしがない!」
「いや、いないのかよ。それでよく俺のことをからかえたな」
「人の不幸は蜜の味だからついね」
「最低か」
「そう、最低だよ」
彼女のその返事に俺があっけにとられていると、彼女は手槌をうった。
「そうだ、君にしようかな」
「はあ?何が」
「私の愚痴話の相手。君は面白そうだし、ちょっと話そうよ」
と彼女は笑って俺の手を強引にとって引っ張る。
「いや、お前の愚痴話なんか聞きたくないし」
「うん?でも君って暇そうじゃん。予定とかあるの?」
「……いや、生憎ない」
本当に遺憾なことに、この不審者感丸出しの少女のその提案を蹴るほどの用事がこちらにはなかったので、苦々し気にそう返した。
「あはは。本当に嫌そうだねえ、じゃあ君の愚痴話も聞いてあげよう」
と彼女は言って、ずっと引っ張っている。
「俺は話すことなんてないんだが」
「いやあ、そんなこの世の終わりみたいな顔してそれは信用できないよ。ほら、他人の不幸は蜜の味とか宣っちゃう私の幸せのためにもお願い!」
うわあ、厄介な女につかまったなあ。俺はげんなりしながらその女に引きずられていくのだった。
公園まで連行され、自販機でホットコーヒーを買ってベンチに腰掛けた。
少女はベンチに座るでもなく、ベンチ周辺でぶらぶらしている。
「……ほら、話してみ?ネタ話って体でいいからさあ」
「はあ……」
仕方ないので、腹をくくって今までの話をした。
彼女は俺の話が終わった後、
「ありきたりな不幸だねえ」
といった。
ありきたりかもしれないけどほかになんかないのか、と聞いたが、
「いや。別に他に感想ないよ。魔術師だったら普通にあることだし」
とぴしゃりといわれてしまった。
「いや……お前って俺と同い年だろ。何そんな魔術師がえぐい業界ですって話してるんだよ」
「私は中学百年生だから知ってて当たり前だよ」
「お前なあ……」
真面目に話す気もないんだろう。そう思ってベンチから立ち上がると、彼女は慌てた様子で、
「ごめんって。私の話するから、まじめにするから聞いててよ」
とベンチにまた俺を座らせる。
「じゃあ真面目に俺の話に反応しろよ」
「んや、あの感想だけは揺らがないね。だって、そんな話はいくらでもあるから」
本当魔術師ってクソだよね、とコーヒーを飲み干して、空き缶をゴミ箱に投げ入れた。少し軌道が不自然にゆがんでいた。
「……異能者か」
「そ。私はなんだかんだ異能者で魔術師やってる。君より魔術師業界には詳しいつもり」
そう言って彼女は、もう一本買っていたコーヒーを飲み始めた。
「例えば、女の子を攫ってその女の子の種でホムンクルス作るとか、人を洗脳するとか、一般人を殺すとか、異能者についての差別とか。つくづく危機感足りないんじゃないかな、有望な人を邪魔だからって消す組織まであるみたい」
「……」
そう言われると、確かにこれはありきたりなのかもしれない。
子どもの頃は、素敵な魔術師になると思ってた。
人を救える、否、自分を救いたいと思っていた。
けど、魔術師なんてこんなものなのかもしれない。
……それでも、自分の人生にかかわるすべての人が幸せであってほしいという願いを捻じ曲げる気にはなれなかった。
だから、そこには言及しなかった。
「そういうお前は、何を話すつもりだったんだ」
「んー。私がすっごく間抜けな話かな」
「はあ?」
「非凡で奇妙でしかし平凡。そんな私が、最善策を思いついて突っ走ったけど、今更になってそれはほぼ不可能って気づいちゃった話」
「結局ありきたりなんじゃないか」
「ありきたりだったらよかったんだけどねえ」
と苦笑いを浮かべる彼女の横顔は、どこかさっきまでの俺と似たようなものを感じた。
「……具体的に何だよ」
「へえ、話を聞く気になったんだ」
「ちげーわあほ。あくまで俺が詳細話してお前が概要だけっていうのがあほらしくなってだな」
「照れ隠しはいいよ」
彼女はそう笑って、少しだけ話した。
どうしても達成したい目的があること。
試行錯誤して、何回も死にそうな思いをしたこと。
目的が達成できれば自分の夢もかなうこと。
その目的を達成する最善策をようやく見つけたこと。
それしか思い浮かばないこと。
早速仕込みをしているが、その途中でどうしようもない欠陥を見つけたこと。
もう試行錯誤をできるほどの猶予はないこと。
ほかにもいろいろ言っていたが、要点をまとめるとそうだった。
「その欠陥って?」
「……面識が全くない人に協力を依頼しないといけないこと。それも、その人が自覚しないまま、確実な協力を約束させること」
「……それは」
少なくとも魔術じゃ無理だ。
でも、こいつは異能持ち。できないわけではないはずだ。
つまるところ、こいつはなんだかんだ他人に迷惑をかけたくないから、できない、詰んだといっているのか。
他人の不幸が蜜の味とか言ってるくせに、変に律儀な奴だ。
少しだけそれが面白くて、俺は何となく口にした。
「……俺ならいいのか」
「……えっ?」
「俺に依頼すればいいんじゃねえの。俺でよければだけど」
俺の言葉に少女は目を見開いて、
「えっと、そりゃ、君で……いや、君がいいんだけど。……いいの?」
と問い返す。
「……魔術師業界がくそなのはわかった。俺の理想なんて結局絵空事だって話も痛感した。……それでも、何もせずに過ごすには不幸になる人が多すぎる。それなら、目の前の見知らぬ他人の話に協力してやったっていいだろ」
なんてかっこつけたが、要するに俺はまだ自分の理想を諦めきれていなかったということだ。
「私、異能者だよ?」
「関係あるか。異能者差別とか俺は全く興味がない」
「君の私に関する記憶は消すよ?あくまで無自覚無意識じゃないとだめなの」
「それができるならやってみろ。無意識にでも困ってるやつが助かることができるならそれでいい。自棄ともいう」
「君の今までの努力を帳消しにされて過去に戻されるとしても?」
「むしろ時間を戻してあいつを救えるなら本望だ。良かったな、本当にウィンウィンになったぞ」
「……世界の運命を無責任に託されるとしても?」
「世界の運命?俺に関係あるかっての。勝手に託したきゃたくせよ、何とかして英雄になってからダイナミックに自殺決めてやる」
自暴自棄ながらも、そこそこ覚悟は決めていた。まあ記憶を消される以上、そんなことは意味がないのだが。
そこまで言うと、彼女は突然大笑いした。
「何笑ってんだよ……」
「ううん。君って面白いなって。じゃあちょっと待ってね、君の記憶と認識を少しいじるから」
と俺の頭に手を向けるので、制止する。
「二つ言いたいことがある。一つ、どういう風にいじるんだ?」
「どうせ記憶をいじるよ?気にならないんじゃない」
「今の俺が知りたい」
「そっか」
と彼女は手を下ろし、概要だけでいい?と確認した。俺が頷いたのを見て話し始める。
「君は異能者。それはわかってる?」
「ああ、確か無効化するんじゃなかったか」
「うん。私の計画だとね、仕込みの最終段階で君のその異能が邪魔しかねないんだ。その土壇場でだけ異能が使用されないようにいじるんだ」
「土壇場だけでいいのか」
「うん。それ以降はむしろ君の力が必要だから。納得できたかな」
「ああ、問題ない」
酷く大掛かりな計画なんだろう、とこのやり取りでなんとなく察した。同時に、狙ってこいつは俺に声をかけたのだろう、とも。
別にそんなことがなさそうなら二つ目は適当に消費したが、この分だと世界の運命云々も本当だったりするかもしれない。
だから、もう一つの内容を今決めた。
「……二つ目。俺を頼ってくれて、ありがとう。おかげで、俺の今後の目標が決まった。記憶をいじっても、この部分だけは残してくれ」
「……大丈夫。そこはちゃんと残す」
そして彼女はまた手を挙げて、俺の頭にかざす。
「お願い。いつか、私を助けてね」
そんな声がして、意識が暗転した。
気づいたら家に帰りついて自分のベッドに横になっていた。
何も覚えていない。外で何してたんだっけ。
……でも、心は出かける前と違って暖かい。
……そうだ。俺は将来の目標を見つけた。
魔術師の業界がくそなのはわかった。だから、理不尽に苦しむ人を一人でも減らしたい。俺の人生にかかわるすべての人が幸せであってほしい。
そして、……なんだっけ。
『お願い。いつか、私を助けてね』
……誰かはわからないけど。きっと助けよう。
この日が俺の魔術師としてのオリジン。
そんな、『理不尽』に封じられた記憶。
次から東京事変に戻ります。