たいとfake⑤/ゆうきbreak⑨/れんloop⑤
>東京某所・ビジネスホテル室内
撤退作戦指揮はまだ続いていた。
一人目、二人目の回収を終えて、今から三人目だ。
おれはパソコンの画面を見つめ、現在地から『東京都庁』が一番近いと判断し、口を開いた瞬間。
電話先から爆音がした。
「……え」
思わず声が漏れた。
爆発するような魔術を誰かが使ったとは考えにくく、しかし残った可能性は認めたくないものだった。
「……おっさん。誰か爆発魔術でも使った?」
『いや、爆発魔術を使うほどの戦闘はどこもおこってねえよ』
「……っ」
慌てて窓際に寄って、窓を開けて、身を乗り出して目を皿のようにする。ビルがここからでは遠くて見えない。当たり前だ。本郷がわざとそうしたので、ビルが燃えていることすらわかってなかった。
『ってやべえ!『軍』本部が爆発したんか!』
そんな声が電話口から聞こえて、窓際から戻ってパソコンを見る。クリスはまだビルの中。
ゆうきの行動を映しているモニターに目が行く。ビルの外から、ビルに取り残されているクリスの姿が映っている。クリスはゆうきに何かを投げ渡し、何かを叫び。
そしてまた爆音がした。クリスに爆炎と爆風、崩れた瓦礫が背後から迫り、クリスは何をするでもなく、……異能を使用した痕跡すらなく、映像が途切れた。
「……」
動悸が激しい。息が苦しい。冷汗が溢れる。
パソコンのGPS反応が途切れた。
記憶が正しければ、クリスはこの状態を打開できる異能は所持していない。
膝から頽れて、足に力が入らない。
「……お、やじ」
クリス。母親を亡くすまではまともだったのに、いつか人体実験とかして、普通に会話することが減っていった、悪者の代表で、それでもたった一人しかいない父親。
仕事中でもプライベートでも『親父』と本人に向かって呼びかけることはなくなった。『教会』を利用して考えている作戦を概要だけでも知ってしまった日には、言葉での説得は諦め、実験体を二人逃がして実力行使に出た。父親を正すのは自分だと思っていたが、彼は最強で、そんな唐突に死ぬことなどありえないとも思っていた。
……殺したかった。裁きたかった。でも、死んでほしくなどなかった。
体が震える。親父ほど強くてもあっさり死ぬんだ。
いや、死んだとも限らないが……でも、ほぼ生存は絶望的。
『もしもし?三人目拾ったぞ?おーい、聞こえてるかー!?』
電話から、おっさんの声がする。
そうだ。おれには仕事が残ってる。
「わ、わるい。大丈夫か。現在地は……都庁かな」
『お、おう。大丈夫はこっちのセリフだろ……』
「平気平気、それより四人目だ」
そう言って割れそうな心と頭を『欺瞞』でごまかし、パソコンを再び見る。
……画面がぼやけて見えない。変だな。おれは今微塵も悲しくないのに。
「ちょっと失礼。パソコンの画面がバグっててさー」
『あ、ああ』
おっさんの返事を背に立とうとして転ぶ。足に力が入ってない?おかしいね、なんかそういう魔術でもかかってるかなあ、って『欺瞞』で無理やり立つ。ハンカチを取り、パソコンをこすって、でも、ぼやけた画面に変化はない。
目元をぬぐうと濡れている。なんで泣いてるんだろうな、おれ。泣くのって変だろ、あははは。
無理やり、とめどなく流れていたそれを『欺瞞』でごまかして、仮面を心につけて、自分を殺して、パソコンと向かいあう。
「おまたせ。えっと、ショッピングモールの近くに行って」
『おう』
「警察とかいる?」
『いねえぜ。消火活動に躍起になってっから』
「そっか」
『お、一人回収』
「あと一人だね。じゃあ、」
頭が痛い。
「東京駅の近くなんだけど。あ、東口な」
息が苦しい。動悸がする。
『最後の一人回収したぜ』
親父は最強。だから、ビルが爆発しようと、きっとなんだかんだ生きてる。
だから、大丈夫。
大丈夫。
おれが心配するのは、杞憂だ。
『で、リーダーは……回収、諦めるしか』
「……じゃあ、先に本部に撤収して。トイレ確認できる余裕あるなら通告頼んだ」
『……リーダーは、』
「おれが探す。どうせおれは親父に用事があるから。ほら、あんな状況だけど生きてるかもじゃん。おれは最悪あそこに入ることになっても生きていられるし」
親子関係をやり直すという大事な用事。こんなしょうもない作戦で親父が死んでたまるか。ちゃんと話して、無理だったら潰す。それが一番の望みだから、自力で探し出す。
「だから、さ。……おっさんがもし見つけたら、伊灯高校にて親父を待つ。そう伝えといてよ」
『おう。……生きてたらいいな』
「これにて作戦指揮を終了する。気をつけてね」
そうして通話を切り、ベッドにもたれかかる。
『欺瞞』が効かない。全然自分を殺せない。一度無理やり止めたはずの涙がまたあふれて、苦しくて。
何度も親父はどうせ生きてると自分に言い聞かせてもどうにもならない。
しまったな、これじゃ探しに行けないじゃん。『欺瞞』が使えなきゃ、こっそり忍び込めない。魔術が使えない空間になってるんだから、生き残るも侵入するも異能だよりだってのに。
そんな時、ベッドがモゾりと動いた。
顔を上げると、本郷が起き上がっていた。
>『軍』本部前
爆風が押し寄せる。
僕がそれを『防壁魔術』で抑えていると、窓から人が一人出てきたのが分かった。
いや、人じゃない。クリスと戦う前に確実に殺したはずのホムンクルスだ。もしかしたらそっくりなだけの別の実験体かもしれないけど。
魔術すら知らない、理性のない化け物は重力に従って落ちていく。異能を使うという発想にすら至れず、ただひたすら暴れているだけ。このまま落ちたら間違いなく死ぬだろう。
問題ない。元々自我も何もないものだったから、死んだほうが周りへの被害がない。放っておいたほうがいい。
けど。
僕が汰絃、咲との三人だけじゃなく、仲間の存在を考慮すればよかった。
そうすれば、こんな化け物として利用されることなんてなかった。
僕がもっと強くなって、察処分されそうな仲間の有用性を示せたらよかった。
そうなれば、もっと生きられた。
目の前の化け物はきっと、もっと人らしく在れたはずだった。
その化け物は、自我も何もないはずが、縋るように僕を見て……生きたがって見えて。
気づけば僕は、自分に付与されていた『浮遊魔術』を切って、『足の感覚』を犠牲に空気抵抗の概念を殺してまで、その人間未満を抱き寄せていた。
どうするんだろうね、僕。このままじゃ落ちて死ぬじゃん。
浮遊魔術なんか要求魔力量が多くて使えないし、これ以上『破壊』を使ったら自分じゃなくなるって本能で察しちゃってるし、着地しようにも足の感覚が消えたから無理だ。
この化け物は僕の知ってる人でもないのにさ。
……いや。怜は見ず知らずの、露店の店主ともめ事を起こすくらい常識のなかった僕を助けてたっけ。自分だって異能者だからあまり目立つわけにいかなかったはずなのに。
それなら、僕にだってできてもおかしくないか。
でも僕は馬鹿だよ。このホムンクルス、そんなにいじられてたら長生きできないかもなのにさ。助けたって、ぼくのエゴかもしれないのに。
……でも、それはそれで、いいや。
僕が色々と諦めて目を瞑った時、浮遊感に体全体が包まれた。
目を開くと、地面すれすれで僕と人間未満が浮いていて、目の前には息を激しく切らした宥が膝をついていた。
「……え、宥」
「ふう……無事でよかったです、有希」
そう笑顔で宥は僕の残っていた傷やなくなっていた感覚を『書換』で治してくれたが、宥も限界みたいで自分の腕や膝に鋏をザクザクさしていた。血まみれだ。
「……無理に使わせてごめん」
僕は宥に『破壊』を使い、殺人衝動だけなくす。宥はそこでようやく自傷行為をやめて、
「合流できてよかったです……」
とため息をついていた。
「もう。有希が窓から出てきた時は驚きましたよ。しかも自分から落ちていくし……この人……人?は誰なんです?」
「……僕のかつての同胞」
「ああ……だからですか」
と宥は納得した。別に何をするでもなく、「それでですね」と話を変えようとするので、逆に僕のほうが戸惑った。
「宥は割とあっさり納得するんだね……」
「ええ。有希が助けるということは、無害ということでしょう?では問題ないじゃないですか。助けたかったなら、私から何かする筋合いはありませんよ」
と言われて、それが当たり前と言わんばかりに状況説明を始めた。
宥ってそういや、怜も「ある意味心の広さは世界一位」とか言ってたくらいに優しいというか、器が大きいんだった。
宥の状況説明によると、現在は『軍』残党、出張組、警察、消防関連者、誰かが呼んだか救援に来ていた『院生室』によってだいぶ騒ぎが落ち着いているらしい。当初懸念されていた『教会』との戦闘も一般人に被害が出るようなこともなく、そもそもの発生事例が少ないようだ。そこは汰絃が頑張っているかもしれない。
依然として怜、充喜とは連絡が取れていないし、深月、日向は高校にせめて来ている『教会』兵と戦いを繰り広げていて介入が難しいとは『院生室』の幹部の言葉。
僕も宥も割と異能に関しては厳しくなっていて、高校側に介入は難しい。事情聴取も絶対されるだろうし。二人を応援するしかないかな。
ホムンクルスはとりあえず『ほむ』とでも名付けて様子見することになり、まずはほむを家にこっそり連れて帰ることが優先かも知れない。
僕はロケットペンダントを懐から取り出した。
汰絃はクリスの息子で、クリスは『神父』。そしてクリスの目的についても怜たちと話し合う必要がある。
「どうしようかな」
「有希。ほむを連れて行くのを手伝ってください。ほむは貴方に懐いたみたいで私についてきてくれないんです」
「……すぐ行くよ」
僕は笑みを浮かべて宥の背中を追いかけた。
>国会議事堂跡地
「どういうつもりだ」
俺の質問に深月命は、満面の笑みを浮かべた。
「なんでって、私の邪魔をしたから折檻してるんだけど」
「邪魔?」
「そう。君にも心当たりはあるんじゃないかな。私にごまかそうとしたくらいだからね」
そう言われて、深月命のいう『邪魔』は『否定』ともう一つのDNAを『教会』に渡したことだと判断できた。おかげで有希、日向が生まれ、さらに有希を見逃してもらうこともできたわけだが。
「それのどこが邪魔なんだ?それも夕映を殺しにかかる動機になるわけ」
「あるのさ。真白夕映がそれをした時点で私の計画はほぼ詰んだといってもいい」
深月命は怒りをその言葉ににじませていた。
……有希の話が脳裏をよぎる。
「……『教会』にそれが渡ると、世界が滅ぶ要因になり得る。その要因を阻止するのがお前の目的か」
俺の言葉に夕映がぎょっとして俺と深月命を交互に見た。
「……それって本当?」
夕映が震えた声で質問するが、その問いに答えたのは深月命だった。
「本当。正確には半分正解。世界が滅ぶのは間違いないけど、その阻止はあくまで私の目的のついでさ。もっとも、そのついでが達成できないと私の目的の達成も夢物語になってしまうのだけどね」
深月命はさらに続けた。
「私は警告したはずだよ、真白夕映。完璧なハッピーエンドを迎えようとしても、希望を祈れば祈るほど絶望は襲ってくる。私が『否定』を攫われる前に保護したのは私の目的の副次的目標でもあるって説明もしたはずだ」
そこまで深月命が話して、俺に視線をやった。
「そんな訳で怜。君の隣にいる人が諸悪の根源だ。まったく、私の邪魔をするなら地獄の業火に焼かれてもらう、くらいの警告までしてたのに私の邪魔をするから、しょうがない子じゃない?」
「……」
昔をその言葉で思い出す。
夕映が深月命と俺のやり取りを『生き別れた兄妹が再会を果たしたみたい』と表現して、深月命と夕映が二人きりになった後に夕映に元気がなかったことがあった。
今思えば……あれは、深月命が別の世界軸の深月育であり、深月育が丈凪怜の妹であることを示唆していたのだろう。そしてその情報が洩れるのは当時は芳しくなかった。
……ん?でもおかしくないか。
真白夕映、黒守刹那、俺、充喜暁。この四人の逆行者はあくまで身体年齢はその時間軸にあったものになったうえで精神年齢だけが逆行した分だけ増えてるわけだ。だが、深月命はもとから大人だ。深月育は身体年齢は俺と変わらない。
逆行の仕方が根本から違うのか?
「まあ。確定で起こる事象はあるから、歴史修正力の影響なのかもしれないけどね」
深月命はそう締めくくり、俺に手を差し伸べる。
「そんな訳で怜。真白夕映の味方なんかしてないでこっち側についてくれないかな。君は私の計画に確実に必要な人間さ。あと、後ろにいる暁くんもね」
「……」
深月命の言葉に充喜は黙って俺を見ている。何を考えているかわからないが、あいつの判断は俺の立場で決まるということか。敵対するように動くか、味方になるのか、はたまたどっちつかずになるのかわからないが。
俺は夕映に視線を向ける。
夕映はうつむいていた。
「夕映」
「……ごめんね、怜。私って、バカだったんだ」
さらに言葉は続く。
「ごめんね、何もかも背負わせて。ごめんね、何も知らないのに巻き込んで。ごめんね、ちゃんと理解してなくて。ごめんね、自分から世界を詰ませて。ごめんね、もっと話していればよかった。ごめんね、弱くて。ごめんね、無責任に世界の運命を託して。ごめんね、ごめんね。ごめん、なさい……」
「……」
「私は知らなかった。私の知ってる歴史じゃ、『教会』はむしろ協力者だった。世界を滅ぼす要因になるだなんて思ってなかった。本郷が『混沌』に覚醒して、黒守がいくつもの世界軸の私を殺して、『運命操作』で本郷を倒して、自分が暴走して世界が滅ぶ未来しか知らなかった。あとは黒守から聞いた、本郷がそのまま世界を滅ぼす未来しか」
夕映はそこまで言って顔を上げた。
「私のことは気にしないでいいよ、怜。世界軸は違っても妹の深月命に味方して、私を殺しても、いいよ」
「だって、私の夢は、世界を救うことだから」
夕映は泣きながら笑みを浮かべていた。酷くくしゃくしゃな笑顔で深月命のもとへ歩みを進める。
「私を殺していいよ、それが罰になるなら。世界が救えるなら」
「……私はあくまで怜に聞いてるんだ。もとから君を殺す気でいるんだから、邪魔しないでくれないかな」
といいつつ魔術式を展開する深月を、
「まだ結論出してねえよ」
と魔術を封じることで止める。
深月命は肩をすくめて、構えを解く。俺は夕映に尋ねた。
「夕映。そんなに死にたいのか」
「死にたいっていうか。うん、死ななきゃダメだと思うんだ」
「何でだ?」
「世界を救うためだよ」
「でも深月命はもう世界を救えないかもしれないって」
「私より情報を持ってるから、きっと別の最善策が浮かぶよ。それに、……私が背負えることなんてもう、これくらいしか」
「バカだろ」
どうにも死にたがりすぎる。別の意味で無責任な相棒に俺は本音を吐露した。
「そうだよ、私は馬鹿だよ。だって、『前回』は無関係な君を無理やり」
「ちげえ、そこじゃねえ」
「こんなことなら。私は、出会わなければよかった」
そうすれば、君を利用なんかしなかったし君も平凡に暮らせたのに。
そんな悲しい言葉を言われ、えぐえぐと泣かれ。
……更に腹立たしくなってきた。
俺は夕映にずんずんと歩み寄り、手を取った。
「俺は夕映に会えてよかったと思ってる」
「……怜」
夕映は目を見開いた。
まっすぐと夕映を見据えて、俺は口を開く。
「ありがとう、背負わせてくれて。ありがとう、何も知らなくても巻き込んでくれて。ありがとう、ちゃんと理解してなくても俺を支えてくれて。ありがとう、おかげで覚悟が固まった。ありがとう、いろいろ教えてくれて。ありがとう、守り守られる関係を築ける。ありがとう、世界の運命をこんな俺を信じて託してくれて。……ありがとう、『前回』の、日向咲を救えなくて自分の無力さに打ちひしがれていた俺に、別の生き方を教えてくれて」
「……覚えてたの?記憶を操作したのに」
「違う、ついさっき思い出した。……一部だけ、今回、夕映に初めて会った時に思い出したけどな」
俺はそう笑った。
あの時、中学二年のクリスマスに隣にいたのは真白夕映。そう確信したのは先ほどの夕映の言葉を聞いた時だったけれど。
あの時の約束。『お願い。いつか、私を助けてね』という言葉。
だからこそ、俺は決めた。
もっとも、『何かあってもとりあえず夕映の味方をしておこう』なんて昔の決意と大した変化はないけど、それでも、その当時よりもずっと強くなったその思いで、俺は『決意』した。
「そんなわけだ、深月。俺は夕映の味方、それだけは変わらない」
「……そう。世界が滅ぶけどいいの?」
「夢物語を、その奇跡を起こせばいいんだろう?何も問題ない」
「……怜。それでいいの?」
夕映がそう問うたので、頷き、
「夕映には絶対後悔させない。俺の背中を守りながら見てろ、夕映が頼った奴は理不尽を超えるってことを」
と豪語した。夕映は涙をぬぐい、
「うん。……私の背中を、任せたよ」
と構えた。
深月命は笑い、構える。
「……暁くんはどうするのかな」
「……見てればわかるでしょ」
「なるほどね。まあ、感謝だけはしておこうか」
……充喜は傍観者を選んだようだった。
「だって、これでちゃんとお兄ちゃんとの再会を果たせたからね」
という言葉とともに魔術式を多数展開し、弾幕がこちらに向かってきた。
また戦いが始まった。