>国会議事堂跡地
黒守刹那。
歴史改変者の一人であり、目的を夕映と目的を同じくして敵対している『軍』の提督。
そんな彼がどうして深月命と協力していたのかは定かではないが、夕映の件で仲間割れをしたことだけは確かだ。
「……協力者だったのに殺したのか」
俺の質問に黒守は口を開いた。
「協力者とは言っても利害が一致していただけだ。先に裏切ったのはそっちだから恨まれる筋もない。そも、こいつはこのくらいでは死なない」
「……利害が一致?」
「正確には、深月の目的と手段は俺のそれと矛盾しない」
黒守の説明に少し納得した。
深月命の目的はわからないが、黒守の目的は本郷を倒すこと、その手段が夕映を殺して『運命操作』を行うことだ。夕映と協力関係になろうと敵対関係になろうと目的そのものは遂行可能な深月命は、夕映を殺すという結論にならなければ深月命との共同作業は可能かもしれない。
深月命はほかの歴史改変者に関する知識が不足しているともいえる。夕映を殺すことがタブーな黒守の意向に背いて夕映を殺しにかかるし。夕映の作戦内容を考えるに、夕映はあくまで本来の出来事を覆さずに本郷を倒したかったのだろう。バタフライエフェクトは気にしないと本人は言っていたが、あくまで最小限の改変で世界を救おうとしていたなら、……なるほど、そりゃあ逆行したてほやほやの驕り高ぶる俺はいらないって思うよな。異能を使えなきゃ作戦失敗だし、余計に。
ある意味、その世界軸で生きる前提で動いている歴史改変者は夕映だけだったという話だ。
「……その割には夕映を殺すのは、……いや、追いかけるのは深月命に頼り切りじゃなかったか?」
「それは有住汰絃との契約を守るためだ」
「有住がか」
有住は俺との約束をちゃんと守ってくれていたらしかった。そのことに胸をなでおろす俺に夕映が補足で説明する。
「……有住汰絃は、『教会』の東京に侵攻する作戦……東京事変を食い止めるという条件で、私を見逃させたんだ」
「なんでまた。『軍』に対する代表としての責任感か?」
「いや、……なんでも、汐宮ちゃんが余計な争いに巻き込まれないためだって」
「はあ?」
そのことに訳が分からなくなる。何の接点もないはずだから。強いて言えば『軍』のスカウトした側と断った側でしかないし、それにしたってそんな情がわくような関係せいじゃないだろ。むしろ騒ぎにかこつけて攫いたいんじゃないのか。
……それこそ『前回』以前の話であって、推理するだけ無駄かもしれない。
閑話休題。
「しかしその契約は履行されなかった」
「まあ、東京事変発生してるっていうしな」
「その契約が確実に履行されないことを深月命は把握していたにも拘らず追跡を続けた。この時点で協力関係ではない」
「そういうもんか」
「あの女が守った約束は、『LOAD』の護衛として待ち人を俺に合わせるということだけだ。これも立場が逆だが」
「……夕映を殺してどうするつもりだ」
敢えて結論がわかりきっている質問をした。
そもそも黒守の作戦は周回前提のものだ。一回夕映を殺しても『運命操作』に至らないから何回も夕映を殺すしかないのだろう。殺して一発で済むのなら、夕映が確定事項だと思うレベルで全ての周回で追い回すことの説明がつかない。確定事項だとして、それなら最初の周回で夕映を黒守は殺せたはずである。そして世界が本郷の手で滅ぶという未来、そこから歴史を改変するために動く黒守の存在はあり得ないもの。
この周回は、この世界軸は黒守にとってどういった段階なのかの問題だ。
殺しに来るあたり、まだ『運命操作』はもっていないと推測してはいるが。
「……殺したら、準備が整う。もう猶予はない。後は目的を達成するだけだ」
「待ってよ」
夕映が話に入ってきた。
「黒守。流石にもうわかってるでしょ、その作戦は最善策じゃない」
そう言って黒守にすがる。
「黒守は『運命操作』で本郷を……『混沌』を倒す。それは知ってる。けど、それをしたら君が世界を壊すんだよ。暴走して、破壊の限りを尽くして、君の大切な人を傷つけ、悲しませ、死に物狂いで、君が散々殺した人が君を殺す。でもその頃には世界は手遅れ。人類は滅亡を待つしかなくなる。そんな未来がある。……その未来から来た人だっている」
「……それがお前か」
黒守はただそれだけを呟いた。
夕映はうなずいた。
「ねえ、命乞いってわけじゃないんだけど。その目的をどんなに大切にしてるかも知ってるけど。私が説得してどうこうなるってわけでもないだろうけど。けど、ねえ、やめない?もっと違う最善策があるよ。その世界なら汐宮ちゃんも笑っていられるよ。だって、おかしいじゃんこんなの」
と必死に、祈るように、黒守の両肩を揺らした。
……夕映は黒守に思い入れがあったのだろう。黒守が仕込みを終えているから夕映を殺さなかった世界軸、そこから夕映は来たはずだ。しかし黒守と夕映のエンカウント自体はあり得た。黒守に殺すという目的がなかったから敵対関係になることもないのだが、黒守から逆行の方法を知れるくらいには会話をしていたことは想像できる。
その中で、知的好奇心旺盛な夕映のことだから、さらに深いことも聞いていったんだろう。
そうでなきゃ、自分を何回も殺しかけた奴に対して、そこまで無防備に接近できないだろ。
夕映の悲痛な願いを最後までしっかり聞き、黒守は
「……そうだとしても、俺はやり遂げねばならない」
と、『魔装』で槍を生成する。
「……そう」
夕映も、わかってたけど、と言いながら『魔装』で銃を装備する。
黒守がこちらに目をやった。
「『LOAD』……いや、丈凪怜」
「……なんだ」
俺が返事をする。黒守はひどく穏やかな表情で俺を見る。
「よく、汐宮宥を守り、救ってくれた。感謝する」
「……前の世界軸で宥と何かあったか?」
「……大切な人。俺の原点。戦いを好まない人だが、異能のせいで戦わざるを得ない、哀れな人だ。戦いから遠ざけ、彼女に戦い以外の役割を与えていただろう」
「その割には『軍』にスカウトしてたし、『前回』は俺に殺させたよな」
「スカウトの話は深月命の案件だ。スカウトしても保護するつもりだった。殺しは彼女との約束だ」
「そうか」
俺が納得すると、黒守は夕映と黒守だけを囲った結界を張る。破るには複雑難解な魔術式を解かないといけないようだ。破壊も難しい。
「……何のつもりだ」
「全て俺の責任だ。『軍』提督として『教会』の襲撃に対応して国民を守ろうとしていたが。国民が一人の青年に殺されている。その報せを汐宮から聞いたとき、俺は心底恐ろしく思った。俺の力が及ばないから、その対処が遅れ、さらに犠牲が出て、絶望の淵に立たせ続け、終ぞ希望の光を見せられることはなかった。思いすら受け継ぐこと、受け取ることができなかった。生き延びたのは俺と汐宮だけだった。その汐宮も死ぬ間際だった。俺に逆行してもっと強くなれる手段となりうる力を与えて無残に死んだ。……終止符は俺が打たなければ」
そして戦闘態勢をとる。俺を蚊帳の外にして。
「恩人を、汐宮宥の心の支えを、……暴走するかもしれない俺を倒せる勇者を、ここで死なせるわけにはいかない。なんとしてでも戦闘に介入できなくする。恨むなら何度でも恨め。きっと必ず俺が悪になり、その時こそ仇が打てるだろう」
「くそ……夕映、待ってろ。絶対この結界を破る!」
俺も魔術式を多数展開して結界を壊しながら解き始める。
充喜はそれを黙って見届ける。
夕映は、同じく戦闘態勢を取り、宣言した。
「私は、命乞いを始める。……抵抗するよ、先生」
>東京某所・ビジネスホテル室内
「ほ、んごう……?」
「……」
本郷が起き上がっていたので声をかけたが、本郷はまだうつむいてぼそぼそと何かを呟いている。
まだ『神経過敏』が強く出ているのか。そう思いつつ、おれは本郷の両肩を掴み、
「おい」
とさらに大きい声で話しかける。はっとしたように本郷は前を向き、慌てて遮音性のヘッドホンをつけなおす。つけ終えたころにはさっきまでの様子はどこに行ったのか、なんとも気味が悪い満面の笑みを浮かべていた。
「おう。有住、おそよう」
「……大丈夫なの?」
「おうとも」
と何事もなかったように立ち上がる。なんで倒れたのかさっぱりだが、本人が大丈夫っていうならそれでいい。
それよりも。
「本郷は状況把握は?」
「問題ねえぜ。まあ助かった、ある意味計画は成功したからな」
「そ、そう?」
「お前に実権を握らすって話。できただろ」
「できたけどさ」
会話の主導権を持っていかれてる気がするので、なんとなく軌道修正をした。
「親父は生きてるかどうかわからないかな」
「生きてるぜ?今頃『教会』は捨ててんじゃね」
本郷はあっさり答えた。
「ほ、本当?」
「マジ。一ジンバブエドル賭けてもいいね」
「その一言で一気に信用できなくなったんだけど」
「ああ?いやここでオレが噓つくメリットねえじゃん」
「それもそうか」
でも、親父は生きてるんだ。安心した。
息をついていると、本郷はさらに続けた。
「いや、でも一つ問題があるんだわ」
「問題?」
「そ。あと一か月以内に世界はほろぶぜ?クリスのせいで」
「ええ!?」
突然スケールの大きい話に跳んで驚愕するおれの横で、何か魔術式を展開した本郷は、ニヤニヤしながら話す。
「信じたくねえだろ?でもマジなんよなあ。詳しいことはお前の悪友にでも聞けばわかるから省く」
「え、っと。それはいいんだけど、その魔術式は?」
「これ?録音みたいなもん。ある提案をしたくってね。まあ不都合な話をする気はねえから、『案山子みたいなもんと思っといてくれや』」
……それもそうか。案山子に構ってる場合じゃない。
「わかった。提案って?」
「クリスはこのままじゃ世界滅亡を狙う魔王一直線。だから、オレがそれを阻止してやる。悪い話じゃねえだろ?『お前は『教会』の部下や友達と楽しく青春を謳歌できるんだぜ?』」
……それがいい。
「……うん。じゃあ任せた。代金は?」
「いや、いらね。お前の幸せが代金ってことで。じゃ、バイビ」
その言葉とともにおれは首に手刀を入れられ、目の前が真っ暗になった。
オレは倒れ込んだ有住汰絃をベッドに寝かせる。
「『洗脳魔術』……試しに使ってみたけどなかなか使えるな」
と笑う。
あのキメラのせいで、世界の真実を知ってしまった気分だった。
というか、比喩抜きで知ってしまった。
人類を愛してる?とんでもない。あれをしって何をどう愛すればいいんだ。
今のオレには世界すらおぞましいナニカに思える。
そんな内心とは裏腹に笑いが込み上げた。
世界を壊す方法も、世界をそこから再生する方法も、手に取るようにわかる。そして今、どうしようもなく世界を壊したいという願望が膨れ上がっている。
前に丈凪怜が、自分を世界を滅ぼす邪神か何かのように警戒していたことをふと、思い出した。
なるほど。あいつ、オレがこうなることを知ってたからか。
余計笑いが止まらない。
「こりゃあ確かに『混沌』だ」
とくつくつ笑い、いいことを思いついた。
洗脳魔術を使って、あの男をいたぶろう。本人をいたぶってもあんな主人公気質なら効果は薄い。味方を使おう。
準備が必要だが、……まあ一か月もせずに終わる。有住汰絃に言った通りにできる。手段を択ばなければ今からでもできるが、それじゃ面白みがないから。
有住汰絃にはクリスが世界を滅ぼすのを阻止しろと言われただけ。クリスがやらかす前に自分が滅ぼせばいいってことだろう。至って問題ない。
「……じゃ、『掃除』に行きますか」
本郷はそうつぶやいて、ビジネスホテルを後にした。
>伊灯高校・保健室
爆発音が外で響く。
その音が一瞬でやむ。
さっきからその繰り返しだった。
私は育ができるだけ魔術で対抗できるようにバフをかけ続けているが、それでも足りないらしかった。
保健室の冷蔵庫からありったけの生理食塩水、輸血液を引きずり出して、口に含む。給食はもう残っていないから、給食室で元々やっていた補給を保健室で行うことにしたのだ。
他の生徒はまだ寝ている。寝かされている。
最初、ほかの生徒が寝だしたときはどうしようかと思った。でも戦闘音が聞こえだしたので、育が戦っているとわかった。その時から恐怖ですくんでいた私の足はようやく動き始めた。
まずは『軍』に通報。『軍』本部にはつながらなかったので、埼玉支部に通報した。そこで本部が襲撃されていることを知って、近辺を偵察していたはずの有希が心配になって、神奈川支部にも通報した。
次に頼ったのは警察。こちらはできるだけ人員を確保するように伝えた。どんな魔術師と戦っているかがわからないけど、軍の襲撃犯は『教会』であることはわかっているから、人が多いに越したことはない。
最後に、宥の話から、後ろ盾にいることを知っていた『院生室』。英語は若干苦労したが、何とか伝わった。
そこまでやった後、大慌てで給食室に向かい、育に通信魔術をつなげた。
『院生室』の人に任せようと提案しても聞かなかったけど。
育は、記憶を失って初めて、自分から私に甘えてくれた。
私を頼ってくれた。
有希が丈凪くんの目的のために極力支えるつもりでいることも、暁が丈凪くんのライバルでありたいと願うのも、汰絃が『教会』を作り変えたいと常に思っていることも、私は知っている。
だけど、そんなのはどうでもいい。私の願った平穏は今ここにあるから。
そして、育はそんな私の平穏の象徴だった。
固定観念があって私に優しく接した暁、丈凪くんではなく。
私に普通を知るきっかけをくれた有希、汰絃でもなく。
育が、最初に、素で、素の私を受け入れてくれたから。
記憶を失ってもそれは変わらず、だから親友になっている。
だから、育の力でありたい。
そう願って、必死に食料を口に詰め込んで、生命力を育の力に昇華する。
私は無力だ。本当は隣で戦いたい、背中を守りたいけどそれができない。
私は無力だ。後方支援に回っても、一緒に戦う覚悟、準備ができるまでに相当時間をかけたから。その間、育に独りで戦わせてしまったから。
私は無力だ。生理食塩水、輸血液、ついには点滴が尽きても、戦闘をすぐ終わらせられるほどの力を与えられないから。
育の記憶を、感情を、心を救うことすらできない。
それでも、育はきっと笑ってる。やっと何かを背負えたって喜んでる。またすべて忘れても、きっと一人で前を向いていくのだろう。とても弱くて、とても強いから。
もしそうなら、悔しくて、悲しくて、寂しいけど。親友としてその幸せを祝おう。
……けれど。もし、限界を迎えて、歩けなくなって、苦しくて仕方なくなったのなら。
育の痛み、喪失感、辛さ、苦しさ、悲しみ、寂しさ、弱さ、強さを、非力で無力で幾人もの人を食料にしたその手で抱きしめさせてほしいから。
私は無力だ。
私は無意味、無価値な存在だ。
……それでも、救いたい。
無力な私のまま、育を助けたい。
記憶を残したいと願った彼女との約束を果たしたい。
救いたいけど。
――――これだけはできる。
私は保健室を後にした。
まだ足りない。育が勝利を、ハッピーエンドを得ることができない。
けど、ちょうどいいエネルギー源がここにはいっぱいいるじゃないか。
大丈夫。人殺しはしない。ちょっと血を分けてもらうだけ。
平穏を同じく願う育にとって、私のこれからやることは許せないことかもしれない。きっと暁にも怒られる。それでも、今こうするのが最善だと思った。
私は横たわっている生徒の一人にひざまずき、首元にかみつく。血をそのまま吸い始めて、直ぐに育の力に変換する。
ねえ、育。
また、文化祭で一緒にバンドやろう。生徒会の仕事を一緒にやろう。
私、育と過ごすこれからが楽しみなの。