その日は何の変哲もない、普通に晴れた日だった。
中学生活が終わった春休み。桜が中途半端に咲いている中、『先生』と出会った。
先生はどこか世捨て人のような雰囲気を醸し出して、目を離せば今にも消えてしまいそうな儚い人だった。『軍』の制服を着て、提督と印字された腕章をつけているし、先生は有名人だから、私でも先生のフルネームはわかったけど、『軍』代表ともあろう人が、こんな平凡な街に何の用なのかと思った。
先生は私を見ると懐かしそうに目を細めて、
「……真白」
と私を呼び止めた。
なんで私の名前を知っているのか当時は全く分からなかったけど、私は何か警戒するでもなく、
「何ですか?」
と反応した。先生は、失礼、と前おいて、
「汐宮宥という人を見ていないだろうか。君と同じくらいの、暗い茶髪の女の子なんだが」
「……?知らないですけど」
そう答えると、先生は考え込んで、どこだろうか、とか、早く見つけたい、とかいろいろ言う。
……私は異能者であることを隠している魔術師志望者。こういうところでコネを作るのもありかもしれない。
そんな下心を胸に、私は先生に提案した。
「手伝いましょうか」
「……いいのか」
「はい。その代わり、高校を卒業したら『軍』にスカウトしてほしいです」
その言葉に先生は、別に構わないが、とか、だがしかし、とかまた迷っていたので、私は先生の手を引いた。
「ほら。行きましょう」
「……ありがとう」
やっとお礼を口にした彼は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。
そうして捜索がスタートしたのだが、難航した。
汐宮宥という名前自体が偽名だ。戸籍はあるものの、義務教育すらまともに受けていないから。探偵を頼ることも考えたが、先生が言うには異能者だから居場所を公にすることは難しいのだと。もう二人と徒党を組んでいるから、おのずと見つかる―そう語る彼は、やけに私や汐宮さん達の事情に詳しかった。
なぜなのか尋ねたら、未来から来たからとあっけらかんと答えたけど、それは噓だと思わなかった。スラム街を歩くときに悪者に絡まれることもあったが、先生が私には目にもとまらぬような速さで撃退する。先生も私とそう年に大差ないから、未来人だから戦闘経験が豊富と言われたほうが納得できる。どこか達観した表情と『提督』というネームバリューに時折忘れるが、彼は今年にやっと成人したのだ。
戦闘が強すぎて、私は捜索が空ぶった時は先生と勝手に仰いで戦闘に関しうる指導を求めるようになった。私をあって二日目で『異能者だろう』と言い当てた彼だから、私の戦闘スタイルを隠すこともしなくていい分気楽だった。かくいう彼も異能者だという事実には驚いたが、余計好都合なもので、異能を伏せて戦う技術も渋々教えてくれた。似たような系統の異能だから応用方法を知りやすかったのもいい。
そんな背景もあって、汐宮宥さんたちを見つけた時はちょうど『教会』に襲われていたけど、協力して追い払うことができた。一条有希は警戒心が高くて、後から来た丈凪怜も余程魔術師が嫌いなんだろう、私たちを警戒していたけど……異能者だと知ったとたんに今までの態度が噓のように穏やかな性格になった。むしろ『僕も魔術を使いたい!』と言っていたので、先生の弟子が増えた。魔力がないのがコンプレックスらしかったが、私が大した魔力量がなくてもポンポン使っているのを見て、自分も使える可能性があると思ったのだろう。
先生は三人とも自分の別荘に保護した。
そこから三年間、平穏な生活が続いた。
先生から訓練され、丈凪怜に魔術知識を教えて、汐宮宥と親友として接したり、汐宮宥が先生に恋愛感情を抱いている話を聞いて応援したり、一条有希が嫉妬しているのをフォローに回ったり。
本当に、楽しかった。
楽しくて、充実していて。
……だから、丈凪怜と一条有希がある魔術師に殺されたと聞いたときは納得できなかった。
充喜暁。その人が殺した張本人。
二人は、一番憎んでいた魔術師という存在に殺された。
理由はわからなかった。推薦任務を充喜暁が受け、その妨害に入った二人が殺されたことだけ。妨害しようとした理由も任務の内容なしには理解できないが、先生は教えてくれることがなかった。
悔しかった。けれど、それ以上に、二人の死に悲しみ、先生に依存する汐宮宥が哀れだった。
悲しむ間に本郷拝祢という情報屋が殺人鬼になった。即座に充喜暁が戦った。本郷拝祢と充喜暁は相当接戦だったらしい。どこで見たのか知らないが、先生はそう言ってた。本郷が暴走し続け、充喜暁の名前を聞かなくなった時点で察するべきだろう。
本郷拝祢はいよいよ見境なく人を殺すようになった時、先生は本郷と戦うと私だけに伝えた。
「……正気?」
先生でも勝てない。少なくとも一回戦って敗走した経験のある私はそう思って聞いたけど、先生はこの時のために準備してきたのだと、今までの、先生が隠してきたすべてを語ってくれた。
自分は本当に時間遡行者であること。
本郷に世界を滅ぼされたこと。
本郷と充喜暁が戦い、相討ったこと。
生き延びたのは自分、そして汐宮宥だけだったこと。
汐宮宥も息も絶え絶え、もう少しで死ぬ状態だったこと。
汐宮宥に『書換』を託されたこと。
その力で世界を救うようにお願いされたこと。
何回も繰り返したこと。
運命操作を使えればいい、そんな結論に達したこと。
真白夕映を何回も殺し、『投影』してきたこと。
今なら『運命操作』を使えること。
『運命操作』ならこれから来る絶望の未来を回避できること。
最後に、利用して済まなかったと。
もし自分が世界を救えたなら、残った人類を支えよう、と。
「汐宮ちゃんの気持ちはどうなるの。あの子、先生のこと好きだよ?」
先生ならわかってるだろうから、私から言った。
先生は誰かを想うような顔で、
「……勿論、応えよう」
そう言って、世界を救いに行った。
結論から言うと、ニュースは二つあった。
いいニュース。本郷は倒せた。本郷による被害はぴたりとなくなった。
悪いニュース。先生が暴走した。
先生はただ力を振るうだけの怪物となった。暴走した力の制御も効かず、世界を救った後は近隣の街、国、大陸を蹂躙するだけの存在だ。
異能リビドーが暴走した。私から先生の最後の言葉を聞いた汐宮宥はそう推測し、自分なら助けられる、『書換』ができると言って私の前を去り、必死の説得もむなしく彼女は自我を失った一番愛した人に殺された。最期はただ泣いていた。
彼女でも救えないまま世界は壊れていき、最終的には、充喜暁が動きを制限している間に私が殺した。先生に教わった、先生の力になりたくて身に着けた技術で殺した。
初めて涙を流した。
ちがう。私が、先生が、みんなが見たかった結末はこうじゃない。
まだ人類はいるけど、治安は最悪で皆自分の明日のほうが大事なので、人類絶滅も時間の問題だ。そううなだれる私に、充喜暁は声をかけた。
とっさに協力したが、彼は実は生きていたらしかった。
『受容』の異能者だった彼は『循環』をコピーしていた。それと異能リビドーの『感情の噴出』が相俟ってシナジー効果……というか、『決意』になり、死を克服、仮死状態になっていたらしい。『循環』で生命を循環させるとか言ってた。
でも、そんな奇跡を起こせるのは一度だけだろう、とか、練度が足りないんだろう、とか。頻繫に使っている丈凪怜なら、『循環』で時間も戻せたかもしれない。そうすればやり直して今度こそハッピーエンドを迎えられる。彼はそう言って私を見る。
「……お前ならできるんじゃないか」
「……」
「俺の思うハッピーエンドは、俺の人生にかかわったすべての人が幸せでいられる、こんな理不尽のない世界だ。今それを目指せるのは、お前しかいない」
「……君の夢でしょ。君がやりなよ」
「無理だ。さっきも話した通り、俺はこの力に気づくのが遅すぎた」
「……」
「でも、お前は練度を考えても『時空間操作』くらいならできるはず。だから、俺の夢を託されてくれないか?そして……俺が早くこの力に気づき、運命を自分で越えられるようになって、俺の絵空事がかなうようにしてほしい」
「……」
「そして、最後に平和になった世界で、お前だけでも幸せになれ」
そう私に頭を下げた彼は、どこかに向かおうとしていた。
「どこいくの?」
「……残党狩りだ。俺はこの世界にまだ残ってる人の光になる。お前は俺の光であってくれ。もっと、みんなが同じ青い空の下で笑えるような世界がある。そんな俺の妄想を現実にしてくれ」
そう言って旅立った彼。すぐに近辺で戦闘音がして、私はその戦闘音から逃げるように駆け出す。
先生が見たかった未来。勇者が見たがった世界。
誰が邪魔をしようと、必ず私は実現してみせる。
そう誓いながら時空間操作をした。
私の原点の話。
>国会議事堂跡地
「私は、命乞いを始める。……抵抗するよ、先生」
私がそういった瞬間、黒守は『身体強化』を使って私に駆ける。
私は、銃を構えて、『確率操作』で絶対命中に設定して魔弾を発砲する。
黒守は槍を構え、その銃弾を弾く。けど問題ない。この魔弾は特別製で、当たった瞬間に対象を破壊するように設定してある。怜との異能の魔術による再現の研究の賜物だ。半分自主研究が混ざってるので怜は知らないけど。
おかげで槍が壊れた。私がここで彼を壊しては私の計画がおじゃんなので問題ない。和解できればしたかったし、その場合には別の作戦があったけど、無理だった以上本来の作戦通りにするには、ある人物にとどめを刺させる必要があるから。
黒守は槍が壊れたのを見ても距離を詰め、蹴りの構えになった。
私は『時空間操作』で自分だけ一秒を二秒にして、そのあまりにも素早い蹴りを体をそらして避ける。続いた回し蹴りも後ろに跳んで回避、再び発砲する。魔弾、魔弾、銃弾の順で。
それに対して黒守は瞬時に複数の魔術式を展開し、あえて起動しないことで魔術式だけを壊させた。魔弾には貫通力がない。効果を喪ったらあとは重力に従うだけのものになった。さらに普通の銃弾に関してはナイフを懐から出してすべて弾き、『魔装』の槍を再び生成する。
あくまでもこれは時間稼ぎだ。計画通りにするなら手の内をなるべく晒させる必要がある。勿論私が瀕死に追い込めるのが理想だけど。
再び黒守は距離を詰めてくる。今度は速い。
私の腹部目掛けて正拳突きをしているのがかろうじて見えたので、『防壁魔術』を腹部に張り、しかし『魔力撃』の衝撃波で結界の端まで飛ばされる。
飛ばされながら『魔装』で剣を生成して地面に突き刺し勢いを殺す。銃を発砲し、黒守が槍で弾いている間に『時空間操作』で加速する。
黒守もそれはわかっているので、倍の速度で私に急接近する。私はリロードし、銃弾を二発撃つ。黒守は槍で一発弾き、二発目を魔術式を展開することで防ごうとするが、その銃弾は魔術式を貫通した。
「なっ」
小さく驚いた声が聞こえ、黒守が大きく体をそらしてヘッドショットを避ける。
その隙に、私は『時空間操作』で三倍に加速する。
頭が痛い。けど。
『身体強化』『縮地』『ベクトル操作』を上乗せして距離を詰める。黒守は反応しきれていない。
私が持っていた銃を振り下ろす。黒守は咄嗟に右腕でガードして『防壁魔術』を展開する。私はその間に『魔装』の剣をもう片方の腕で振り下ろす。黒守は『時空間操作』で加速をし始め、右に回避して、銃を打ち付けていた私の腕を払う。
『時空間操作』をかけたまま縦横無尽に手刀での殴り合いが始まる。
先に限界が来たのは私で、ふと『時空間操作』を切らした瞬間に足を払われ、また正拳突き。『時空間操作』で四倍速して避ける。その時に床に落ちていた銃弾を拾い、指で弾く。黒守の右腕を貫いたが、『受容』で『破壊』を無効化していたらしく『回復魔術』で戻される。
後ろに距離を取りながら発砲を続けるが、全て距離を詰める黒守に槍で弾かれ、胸ぐらをつかまれる。
『時空間操作』がいきなり切れる。『心理操作』で私が異能を無意識に使えないようにされたことに気づいた。
黒守が槍を大きく振りかぶる。
これじゃ、間に合わない。
……と思ったが、直後、黒守もなぜか等速に戻った。
私は顔をそらして何とか槍を回避し、男の急所を蹴る。
黒守は命中する前に距離を取った。……そして、私を……いや、その背後を見た。
「夕映。黒守の異能を無効化するの忘れてるぞ」
「……怜」
背後にいたのは怜だった。
結界の外にいたはずなのに、と言おうとしたけど、怜は明後日の方向を見ながら、
「まあ協力者がいたから」
と私を倒れている深月命のところへ誘導しようとする。
「ほら、夕映は観戦しながら叔母さんの回復でもしててくれないか」
そうやってる間に怜の背後から黒守が迫ってるのが見えた。
「ちょ、ちょっと。怜、後ろ!」
「あー。問題ないだろ」
「なんで」
「協力者がいるからな」
瞬間、怜の背中を守るように『結界』が展開され、黒守の薙いだ槍を防いだ。
「……え」
黒守が目を見開く。その離れたところから、男がすたすたと黒守に歩み寄っていた。
「ここは異能は絶対使えない空間にしたから、魔術師どうしの魔術だけの戦いしかできないよ」
そう男は笑って、怜にも声をかける。
「あ、まじで維持しててよ?僕、この魔術式知らないし。まあいざとなったら僕も無効化できるんだけど……真白の戦い見てたら対応できる気がしない」
「問題ない。ちゃんと結界張ってその中だけ異能が通じないようにしてやったからな。安心して戦え。任せた」
「おーけー。んじゃまあ、」
と男……充喜暁は口を開く。
「僕も混ぜろ」
そう言って戦闘態勢をとる彼を尻目に、いまいち状況把握ができてないまま私は質問した。
「あの、……ええ?」
前言撤回、質問ですらないけど、怜はちゃんと答えてくれた。
「異能を封じないとダメとか、俺が倒してもだめとか言ってただろ?夕映が倒すって意味かと思ったが、あの戦い方は手の内をさらすことが優先っぽくて。充喜の『受容』で『投影』を使いたいからあいつにとどめを刺してほしいって意味だと思ったから、こうした」
……覚えていてくれたんだ。
その事実に少し嬉しくなって、さらに質問した。
「充喜はずいぶんあっさり協力したね?」
「あー、それは」
怜はさんざん言い淀んだ後、口を開いた。
「……深月命や黒守、夕映の話について色々解説をしてたら、半ギレされた」
「……」
「なんでかわからんけど、押し切られて。協力させろーって。あ、あと、やっぱ一人で抱え込んでやがっただの、こういうところが嫌いだの、真白も最初から言えよだの、そんな話もちょいちょい」
「……えっと、誰の話?」
「……充喜」
「怜にこれでもかってくらい逆恨みとちょっかい出してた?」
「なんなら数年前は大した理由もなく殺しに来た、充喜暁。最近は確かに大人しくなって、俺にも嚙みついてこないなとは思ったけど」
……人って変わるもんだねエ。
思わず遠い目になった私に、怜が、
「それより深月命だ。早く回復させないと情報落としきれてないだろ」
と催促するので、私は回復に専念し始めた。