「精々頑張って、オレを殺すといい」
瞬間。俺は殺気を感じて右に避ける。俺がいた場所を『魔力撃』の真空波が切り裂き、更に俺が右に避けると無数の魔力撃が縦横無尽に空を切る。その後にナイフが三本放たれ、不規則な動きを繰り返し、その穴を埋めるようにビームが放たれる。
俺は『身体強化』『異能無効化』、さらに異能無効化術式対策に略式を作成し、脳内で構築、展開する。ナイフを懐から取り出して構え、本郷へと振りかぶるが、予想通り動きは読まれてあっさり避けられる。
本郷はナイフをさらに放ち、百本のナイフが空中を飛び交う空間が出来上がる。俺はなんとか隙間を見つけて、確実に当たりそうなものはナイフで弾く。これはよけるのに手いっぱいだが、『前回』と同じ手口だ。俺にも対応は可能である。
本郷は余裕そうな表情でさらにナイフを足す。今度は俺を囲うように配置されていて、だんだん迫ってくる。『防壁魔術』を大分手前に設置したが貫通したので、防御は意味がないと判断して、『循環』で跳ね返す。ついでに『魔装』剣も投擲し、そのナイフに紛れて俺も『魔力撃』を放つ。『防壁魔術』で防がれたうえ、わずかな隙間を瞬時に見つけ出して、普通に歩いて体の軸をそらすことで避けられた。まあそりゃそうなるか、と気を取り直す。
次に本郷は『魔装』で銃を作り出し、適当な方向に発砲する。咄嗟に『身体強化』を視覚に集中させ、跳弾を繰り返して執拗に俺の眉間を狙ってくるそれをすれすれで躱す。さらにもう二発発砲され、あらゆる方向から跳弾が迫る。『防壁魔術』を一瞬展開して銃弾の動きを止めてからナイフで銃弾を切った。
攻撃は今当たらない。だが、それを前提に攻撃し続ける必要がある。それが『前回』の倒し方であり、こいつの異能が『全知』に変わりないなら同じ攻略法が通用するはずだ。
「へえ。さすが逆行者ってか」
本郷が嬉しそうに呟く。
「そりゃどうも」
「相変わらずお前の『前回』が読めねえんよなあ。もしかして『前回』オレを殺した経験でもあんの?攻略法知ってるとか?」
「どうだろうな」
「ちぇ。読心術も通用しねえか。ま、通用したら面白くねえからいいけど」
と本郷は口をとがらせ、続ける。
「ナイフに飽きたし、少し味付けでもするかね」
そう言って取り出したのは……鋏だ。
それだけで何をしようとしているのかわかる。
「『書換』か」
「ご名答。どこぞの誰かが異能を魔術で再現できるって論文を出してたから、オレも真似してみようってね。無論オレなりのアレンジありで。ま、『受容』は応用しようがねえからやらん。んじゃ、Lesson1」
そう言ってはさみを大きくする。
「汐宮宥。人殺しの覚悟もない、きれいごとを抜かす偽善者。その癖に、異能リビドー……つまり本能では殺人を欲している。こんな口先だけの平和主義者の語る世界はさぞ素晴らしいに違いない。……そんなわけあるか」
その言葉をさえぎるよう『軌道書換』されたナイフが左右から迫ってくる。体をそらして避けるが、直ぐに前から『属性書換』された青い鋏が格子状に近づく。普通に弾こうとするが、ナイフの切っ先が触れた瞬間、体の内部で激痛が走る。
回復魔術をすぐ使用すると痛みが消えたが、そのついでにこの鋏の特性を理解する。止まっているとダメージがなく鋏が透けていったから。たぶんこれは弾けない。動くとダメージを受けるのだろう。
すぐ後に橙の鋏も迫ってきている。橙……青のそれとは違う避け方でも要求されるだろうな。そのままナイフを避け続けていたら案の定橙がすり抜けていく。
「これは『前回』で見たことなかったか?」
「そうだな。お前、『前回』はそんな戦い方しなかった」
「へえ。さぞ驚いただろうな……っと」
不意打ち気味に魔力撃を叩き込んだのだが、鋏で軽く切られた。更に『稲光』を放つが顔をそらされ、耳元をわずかにかすった。
「更に。こんなこともできる」
と『境界書換』で結界の内縁に大きい毒針が生え、更に俺の背後にぴったりと鋏の弾幕がくっついては俺の背中を追尾する。少しでも立ち止まると鋏が刺さるってか。鬱陶しいので『防壁魔術』と『循環』で対処する。
「Lesson2」
本郷のそのつぶやきの声と同時に、雷が大量に落ちてくる。魔術の形跡がない。こんなことができるのは一人だけだ。
「『操作』か!」
「ぴんぽんぴんぽーん。その通り」
電子を操作してみたった、と本郷は哂いながら雷を落とし続ける。続けて『水流』で結界内に、膝くらいまでつかるくらいまで水が溜まる。
「次はお前の大事な歴史改変者、真白夕映。知的好奇心で、自分のハッピーエンドのためだけに何回も繰り返した自己中。きっと世界を救ってもあいつが台無しにするだろ。自分で世界が滅ぶ要因を作った前科があるからなあ」
そう嗤いながら『原子操作』をする。俺はこの後することに察しがついて、『浮遊魔術』で離水する。瞬間、強力な雷が走って、水が電気を帯びた。当たり前だ水溶液には電気が流れやすいのだから。高校化学で習うレベルの話。
「さらにこんなこともできるぜ?お前ら頭固すぎなんじゃね?」
『体質操作』でもしたのか、一切痺れた様子のない本郷はせせら笑う。指を鳴らした瞬間、爆発がしたので『防壁魔術』で防ぐ。さらに『循環』で放射線を人体に影響がないレベルまで量を少なくする。『原子操作』による爆発だ。
後、好き放題言っているが、頭が固いのではなく、夕映は高校教育をまともに受けてないのが原因だぞ。あとで夕映に教えておくが。
そんな俺の反論は華麗に無視され、「Lesson3」が無慈悲に始まる。
大量の弾幕が張られ、更に青い光が縦横無尽に照射される。青い光は動かなければいいとして、この弾幕は……『破壊』だろうな。結界の壁にあたってもはねかえるだけで結界が壊れないのは、青い光も考慮すれば『書換』の併用だろう。
「一条有希。醜い人体実験から生まれ、ほかの兄妹を見捨てた薄情野郎。キメラも結局見殺しにした。助けられといて、隠ぺいしておぴて、守り切る覚悟がなかった。薄汚い兄弟殺しだよなあ?」
その言葉にキメラの件を思い出す。会議が終わった後に有希はキメラを拾ったから保護したいと、まるで父親のような表情をしていたのだが、灰しか残っていなかった。寿命が短いという言葉を忘れていたようだ。……それにしたって死ぬタイミングってやつあるだろって、間が悪すぎるって、悔し涙を流す有希を励ますことしかできなかった。苦い記憶だ。
しかし、仲間を全否定しやがって……腹が立つ。それでも攻撃し続ける。
本郷は俺の猛攻など意に介さず、『破壊』の弾幕をビーム状で二本同時に発射した。
俺が避けても続けて二本ずつ、狡猾に角度を変えながら絶え間なく発射され続ける。おかげで攻撃する余裕がない。ビーム攻撃がやんだ後も『破壊』弾幕が降り注ぐ。
「あんまり応用されてないな」
「シンプルに強ええから」
と嗤う本郷だが、少し冷汗が見えた。
……攻撃し続ける。
「Lesson4。……クリスの異能は微妙だな。おぼろげにしかわからん。ま、とりあえず理解できた一個だけ使うべ」
本郷の発言に違和感を抱いた。
おぼろげにしかわからない?理解できた一個だけ?そんなことがあり得るのか?俺の狙いとはずれているが、どうもひっかかりを覚える。
俺のそんな困惑をよそに、本郷は口を開く。
「クリス。本名、有住理久。決してかなわない願いを胸に倫理観ガン無視で猪突猛進する誇大妄想者だな。最終的には世界をぶっ壊すらしいが、はて、オレがそのまえに壊しちまうかもな?まあそれは契約通りに仕事をしたことになるから結構だが……先ずは『ねじ伏せて』『釘をさす』べきだな」
瞬間、地面からネジや釘が勢い良く生える。『土遁』で足場を作って回避するが、空からも殺気を感じる。
「『雨が降ろうと槍が降ろうと』『驚天動地』なんてな」
その言葉とともに空から槍が降り、更に大きく地面が揺れ、結界内が回転する。俺はなんとか受け身を取り、回転する地面に着地、釘を避けて跳躍を繰り返す。『背向』は『言霊』のような使い方ができるといいたいのだろうか。それとも『言霊』のような力がある?
空を蹴ってナイフを構えて首を掻っ切ろうとするが、何かで防がれる。
……『否定』か。気にせず、『存在否定』だけ用心しながらナイフを振り回す。『循環』も付与して本郷の血液逆流を狙うが、それも『否定』される。
「Lesson5。深月育。かまってちゃん。周りの背負うものの重さも知らずに自滅する愚か者。そんなんだから、世界をぶっ壊した張本人になるんだろ。マジで馬鹿だよなあ。人の足引っ張りたくない割に自分が一番リスク高いんだぜ?お笑い草だろ」
と回し蹴りが迫るのでよけて―痛みが走って吹っ飛ばされる。
避けた現実を『否定』しやがった……!
「おもしれえだろ?まあこれくらいなら本人も思いついてただろうが……これもいいな」
と指を鳴らすと、その音の波が巨大な音波、真空波となって迫る。跳躍して避けるのだが、激しく地面が陥没していた。物理法則の『否定』か。
「じゃ、土台も整ったんで。Lesson6」
そう言うと本郷は自分の手にかみつき、しばらくしてから口を離す。そのころには殺気が増していた。『昇華』のバフだ。
更に『氷柱』―氷の攻撃魔術―を展開して、空気が凍るほどに世界が凍り付く。俺はとっさに『熱量循環』『生体反応循環』を使ったので凍り付かなかったし呼吸も問題ないがそれだけでなく、本郷は『昇華』で一気に空気を溶かした。固体になっていた空気が気体になったことで膨張し、全方面からとてつもなく強い圧力がかかる。空気を『循環』させて、自分の周囲だけ一気圧が維持されるように調整する。
本郷は息が若干切れている。あと少しか。
「日向咲。ひどい人体実験の末、人間を食べる化け物のくせに外の世界、普通を望んじまった、現実見れない系化け物。人間未満だろこんなん。普通を望んだって幸せになんかなれねえよ」
「それは違う」
「いや、違わねえよ」
調整し終わった後に『身体強化』を付与して切りかかるが、本郷は鋏で受け止めて、右、左と剣戟の音が響く。そしてもう一撃、正面からせめぎ合う形になる。
俺は口を開く。
「確かに一般人や魔術師の話す『普通』は再現できないかもしれない……。だが、普通でなくとも幸せになれるはずだ!自分なりに自分のやり方で幸せになれる!それこそお前も確かに望んだメリーバッドエンドじゃないのか?!」
「そのメリーバッドエンドはほかの全く関係ない奴の不幸を押し付けられてたどり着くもんなのかよ!他人の不幸は蜜の味だが、不幸そのものじゃなくて足搔く姿が好きなんだよ!自己発電する趣味なんかねえ!」
本郷が鋏の角度を変えてナイフをずらし、勢いで体軸がずれた俺の背後から鋏を振るい、俺は体をひねって再びナイフで受け止める。『魔力撃』を放ち、本郷が遠ざかった隙に体制を取り直す。
「だから世界をぶっ壊すんだ」
瞬間、ナイフ形の弾幕がさらに増える。跳弾までするので、いよいよ完全回避が苦しい中、地面から橙、青と色とりどりの槍まで生える。俺のよける先に槍が生えていることもあり、『身体強化』『方向循環』『縮地』で、体をできる限り自然な形でさけ、それでも被弾してしまうので、すぐに回復魔術を使用する。
「Lesson7」
本郷はそれだけ言って、たくさんの分身を作る。分身に『魔力撃』を飛ばすが、『魔力撃』を充てられた分身は爆発する。さらにそのすべての分身が加速し、大量の攻撃魔術が一瞬の間で構築され、大量に発動する。それを避けていると、足に激痛が走る。『魔術無効化』を付与し、痛覚、否、痛いという幻覚を消す。更に攻撃は続き、横からナイフや青い弾幕、橙色の弾幕が飛び交う空間になる。最早どれだけのナイフが空中を漂っているかわからない。このすべての弾幕の軌道を計算しているのだろう、本郷は一切避けるそぶりも見せない。俺はよけきれないから致命傷だけ避ける。
弾幕を消すこともできるが、あえてしない。好都合だから。
本郷は笑みをより一層浮かべて、魔術を展開する。
「黒守刹那はただの自己中。自分の方法に固執して真相や周囲への影響、今後を考えきれなかったエゴイスト。有住汰絃は意気地なし。自分の明確な目的を放置して私情を優先し、結界、もっと大切な仲間を私事に巻き込んだ。充喜は……『前回』に固執して現実逃避した屑だな」
橙色の弾幕が軌道を変えて俺を囲み、段々と距離を縮める。俺はそのまま通り過ぎて、次の青の弾幕では静止する。青、橙色、橙色、青、青、橙色。淡々と対処すると、本郷がナイフの数をさらに増やす。
俺は隙間をかいくぐり、『魔力撃』で斬撃を本郷目掛けて飛ばした。本郷はそれを、避けられず、まともに受けた。
「……っ!?」
血液が滝のように流れ始める胸部を抑えながら、本郷は目を見開いて俺を見る。回復魔術を使用していたが、疲れをいやしきってはいない。
俺の狙いはこの状況を再現することだ。
本郷は『全知』の異能者だが、その異能リビドーは『神経過敏』である。
半径五キロ圏内の音を正確に聞き取れたり、透視が可能だったり、第六感が強かったりしてメリットの目立つ異能リビドーになっているが、見ればすべてわかる、完全記憶能力者という事情も相まって、情報の処理が多すぎるとパンクしてしまい感覚神経や運動神経、交感神経、副交感神経に悪影響を及ぼす。最悪動けなくなり、失神してしまう。だから普段、完全遮音性ヘッドホンで異能を抑えている。
今回……否、『前回』もそれを逆手に取った。
ヘッドホンを本人が気づかないように破壊し、情報の処理数を高めて、動きを鈍くしたり『全知』の精度を下げたりする。
だから、攻撃し続け、本郷の弾幕をあえて減らさず、軌道計算をさせ続ける必要があった。割と最初に放った『稲光』もヘッドホンを破壊するためのものだった。
これが俺流の本郷の攻略法。たぶん夕映も似たような作戦を立てていたはずだ。
本郷はやっとその作戦を理解したのか、俺を強く睨みつけた。
「……負けなど、認めない……!」
瞬間、俺に『方向循環』を付与したのか、体が強く引っ張られる。後ろからナイフの弾幕が大量に迫ってきて、前からは『魔力撃』の真空波が空間を切り裂く。さらに前からもナイフが迫るが、精度が低いのか軽く体をひねるだけで全回避が可能である。次に結界の壁におれの体をたたきつけ、縦横無尽に俺の体を振り回しながら『魔装』銃で跳弾させる。これも精度が鈍い。全く関係ないところにまで跳弾するなど、本来はあり得ないから。
俺は受け身を取りつつ銃弾を弾き、着地する。
本郷が口を開く。
「……これがお前の攻略法か」
「まあな。『前回』はこれしかなかった」
「そうか……」
本郷は略式を展開して、再び構えた。
「Lesson8。……丈凪怜」
「……」
「救うとか言ってる偽善者」
「やらない善よりやる偽善っていうだろ」
「自分の価値も知らない自己中」
「自分より大事な仲間がたくさんいるからな」
「今この瞬間にも仲間を助けに行く素振りすらない薄情野郎」
「仲間を信じているから俺は俺のやるべきことをしているんだ」
「世界を救えるとか本気で思ってる誇大妄想者」
「世界を救うとかじゃなくて、俺達の明日を守りたいんだ」
「世界の価値も図れない愚者」
「世界の価値を勝手に測って、大切な仲間のいる世界を壊したくなるなら、俺は愚者でいい」
「異能を使う化け物」
「魔術師は化け物じゃない。それなら同じことができる異能者だって化け物じゃない。当たり前のことだろ」
「自分の知識に固執するエゴイスト!意気地なし!屑!世界は糞だってのに何で気づかねえんだよ!」
「ははは。俺はエゴイストで意気地なしで屑だぜ?しかし、だからどうしたってんだ」
「……世界を壊す!」
「壊させねえよ」
応酬の末に、本郷は大きく吼えて俺に迫った。