れんloop⑧
「あなた……『十五年前』に巻き戻せませんかねえ?」
「はあ?」
クリスの提案に俺は眉をひそめた。
クリスは腹を立てる様子もなく、俺に説明を始める。
「ぼくの目的に関してはどこまで把握されてますかねえ」
「さっぱり知らんな、そういえば」
クリスが敵であることの確認はしていたが、具体的な目的は打ち合わせていない。有希、有住は把握しているようだが、敵対している相手についてそんな話を聞いても、得はない。聞く必要を感じなかったとも言う。
「そうですかあ」
と相槌を打ち、クリスの説明が再開される。
「ぼくの目的はただ一つです。……妻が生きている未来が欲しい」
「……」
「ぼくたち夫婦は、『教会』を設立しましたあ。これでも、イタリアをまともな国にしようと思ってたんですよお?元々あった魔術組織『サナトリウム』を前身とはしていますが、あの組織のような過ちは繰り返さないという意味でしてねえ」
『サナトリウム』。『教会』の前身体とされる組織で、元世界ランク2位である。組織の上層部の腐敗がひどく、今以上にイタリアの治安が悪く、暗黒時代を築いたと教科書には記載される。そのあと革命が起きたが、ある事件で『教会』は非人道的な実験を行うようになり、国際的に再度孤立したともいうが……クリスのことだったのか。
説明は続く。
「しかし『サナトリウム』の残党狩りが十分ではなかったようなんですよお。ほら、貴方もわかるでしょう?殺しの依頼を受けた際は、その標的の関係者もしっかり始末しないと、ねえ?……魔術師とは、いつでもどこでも一定の人数から恨まれる仕事ですから」
「そうだな」
現に充喜に恨まれて殺されかけた結果、やり直しているんだし。
だからこの先の話も予想がつく。
「ある日、『教会』初代神父をしていたぼくの妻が狙われましたあ。多勢に無勢っていうでしょう?まさにそういう状況でしてえ、しかも子供を人質にされてましてねえ」
「……」
「ぼくが駆け付けた時には、妻はすでに死んでいましたあ。ぼくが残り全員つぶしましたがあ、妻を蘇生などできるはずもなかったことです」
「……」
「魔術では蘇生できないかもしれません。ですが、異能であれば話は変わります。蘇生はともかく、時間を巻き戻せるかもしれない……ぼくが間に合った世界にできるかもしれない。同じ世界軸に巻き戻す方法、間に合うための方法。必死に作戦を立てて、やっと情報も手段も整いました」
「そうかよ」
「ええ。今強くなっても意味ないじゃないか、と絶望し続けるだけの人生より遥かにましでしたよ」
「……」
「やあ、難問でしたよお。まさか、『決意』が異能リビドーあってこそのものだったとは。予想外でしたあ。『否定』『受容』もあなた方の協力がなければ回収できなかったことでしょう」
「……」
「妻のため、ぼくのため、ぼくをかばってくれたキメラが報われるように。ぼくは何としてでもこの計画を成就させます」
「……」
「できるだけ穏便にしましょう。何、巻き戻した後は極力貴方の理想の世界に近づくよう精一杯協力しますよ。ぼくの妻の生死以外はここと何ら変わりないものにできるはずです。さあ、……あくまでもあなたの意思で、世界を巻き戻してください」
クリスはどこか祈るように俺を見据える。
……妻が生きていたら、間に合ってさえいれば。そんなたられば論だけで今まで必死にやってきたのか。
正直、……少し揺らいだのは否定しない。
多分、逆行したばかりの俺であれば了承して、迷うことなくやってあげたんだろう。無論、できるかできないかの話はさておいてということになるが、それでも断ることを前提にはきっとできなかった。
だが……その提案は十三年遅かった。
夕映と出会い、たくさん話して、約束も交わして、宥と、有希と出会って、深月と出会い実の兄妹として認識して、日向と出会って、有住と出会って協力関係を築き、充喜と戦い、黒守の想いを継いで、みんなと話し合い、本郷と殺し合って、育の想いを受け止めた今、その選択肢は取れない。
夕映も話した通り、巻き戻して再現しようとしたって、些細な行動の変化だけでも状況は変化するし、ましてやクリスの妻が生存しているというイレギュラーも発生すること前提だ。日向や有希が生まれないかもしれない、有住が『教会』を変えることを目的に日本へ逃げ出すこともしない。だから、きっと同じ世界にはならない。仮に似たような状態になっても、それは俺の手にしたかった幸せじゃない。
だから、戻さない。
「無理だ」
「……なぜです」
「逆行者について調べたと言っていたな。逆行者がなぜ十三年前に逆行するのか知ってるか?」
「十三年前……『次元地震』ですか?」
「そうだ。世界軸にあまり影響を及ぼさないように時空間を超えられるタイミングがそこしかない。だから、十五年前は無理だ」
「しかし、あなたの『決意』ならそのような障壁は問題ないでしょう?」
「よしんばそうだとして、それを今やると二度と俺の望んだ幸せは手に入らない。それは嫌なんだ」
そこまで言うと、クリスは殺気を込めた。
「……貴方のその力を、貴方のためだけに使うつもりでしょうか」
「俺の願いはいつでも、俺の大切な奴が幸せでいてほしいだけだからな」
「ふざけないでください。私利私欲で使っていいものではありませんよ、世界を何だと思ってるんです」
「論点ずらすなよ、マッドサイエンティスト。クリスだって私利私欲で使おうとしてるだろ。お前の妻を助けることで得られるメリットってなんだよ」
「だから、非人道的実験もせず、貴方の望む世界を再現してあげますっていってるじゃあありませんか」
「日向も有希も生まれない、有住とのかかわり方が大いに変わる、充喜と和解できないかもしれない、黒守も有住の助けが入らないから夕映を殺すかもしれない、育がいないから本郷を殺せる選択肢が本当にないかもしれない。……で?これだけデメリットが生まれるのにどうして俺が乗ると思ったんだよ」
そこまで言うとクリスはくつくつと笑い出した。
「……なにがおかしい」
「いえ?ただ勘違いされているようですから。貴方に選択の権利はありませんよ」
「何だと?」
クリスは俺の言葉には答えず、指を鳴らす。瞬間、遠くにヨーヨーが伸ばされて、しばらくしてから巻き取られた先に、夕映、充喜、宥、有希、有住、日向、深月の姿があった。
毒針でもあったのか、みんなの顔色が悪く、抜け出せもしないらしい。
「……っ」
思わず言葉を失った俺にクリスが追い打ちをかける。俺にも抜け目なく影縫いをする。
「さあ。選択の権利はないと先ほどは言いましたが、……あの時と同様、選択肢を上げましょう。貴方は……彼らを助けるためにぼくの指示に従いますか。それとも、従えないとわがままを言って彼らを見殺しにしますか」
「それは……」
見殺しにしたくない。殺される様など見たくもない。
だが、時を巻き戻すこともしたくない。もう戻らなくてもいい世界にしようって約束。今回を生き切るという誓いを無下にしたくない。
『前回』の日向咲の悪夢が頭をよぎる。
最善策は何なのか。
わからない。わからない。全くわからない。
冷汗が止まらない。
「……戻さなくて、いいよ」
声がした。この十三年間で最も聞いてきた、優しい声が。
顔を上げると、夕映が笑っていた。
「あっさりつかまって、ごめんね。でも、絶対殺されないから」
その言葉に、
「そう、ですね。こんなところで死ねません」
「……死の概念も破壊してみせるよ」
「僕は平気だから、こいつなんかさっさとぶっ飛ばせ。主人公」
「大丈夫。私は、死なないよ」
「育の言うとおりだよ。君の選択はいつだって正しいから」
「そうだぞ親父、いつまでもおれのお袋の話なんかしてないでおれを見ろこのバーカ!」
と賛同する皆。
「夕映、……皆」
ありがとう。その言葉を胸中で呟き、俺はクリスを見据える。
「何が何でも。俺は、巻き戻さない」
「……そうですか。じゃあ、惨たらしく殺しましょう」
クリスは手始めに夕映に対して『稲光』を発動したが、俺は『循環』で攻撃だけ巻き戻した。
「……なっ」
クリスは慌てて回避する。
「仲間だって殺させない」
俺は更に『稲光』を複数展開して、クリスは雷を後ろに避ける。
「そうですか。では、作戦二つ目」
そして『魔力撃』を三つ繰り出す。『防壁魔術』で防ぎ、『紅蓮』で相殺し、ナイフで切る。『魔力撃』を二発放ったのちにクリスは『縮地』で俺の背後に出現し、『魔装』剣を手に右に振る。ナイフで受け止めたが『魔力撃』をその直後に放たれ、『防壁魔術』と受け身はしたものの吹っ飛ばされる。
ナイフで煙を払い、すぐに目の前に現れたクリスの『魔力撃』五発をさらに弾く。後ろからの右、また後ろに行ってからの左からの切り上げを受け止め、右、左と受け流す。クリスはさらに後ろに縮地して、『魔力撃』を付与して振り下ろす。俺は『身体強化』でも対応不可能と考えて『稲光』で無理やり距離を取る。
その後。弾幕を連打したが『防壁魔術』で受けられ、『縮地』で距離を詰められる。
さらに『縮地』三連でフェイントをかけられ、前に放たれていた『魔力撃』が背後に迫る。
後ろに『防壁魔術』を展開したが、前からの『魔力撃』には対応できず、『魔装』鞭で拘束される。
「貴方を殺してでもDNAを入手し、ぼくなりに巻き戻します。貴方のDNAさえあれば、『決意』を再現する手段は一応ないわけでもありませんから」
影縫い、魔術無効化、異能無効化をそのまま付与されて、『紅蓮』が俺めがけて放たれるが、それの軌道は『操作』される。
「怜は殺させないよ。私の希望だからね」
鞭から解放され、魔術も異能も『決意』で無理やり使える状態に戻す。
クリスは無言のまま、手から暗闇を出す。俺がその暗闇に吞まれそうだが、その心配はなく、暗闇がなくなる。
「……怜に暗闇は似合わない」
「ええ。怜くんは言わば光なのです」
宥が暗闇の概念を『書換』、有希が暗闇を『破壊』する。
「……」
クリスは何も返すでもなく、さらに強化された『魔力撃』を繰り出す。俺は『稲光』で相殺したが、魔術式展開が間に合わない速度で『魔力撃』が再び放たれる。略式ですら間に合わない。
が。
「こいつに手を出していいのは今も昔も僕だけだよ」
「私は、丈凪くんの、みんなの力になるって決めてるんだ」
充喜が『受容』でクリスの攻撃速度を速めていた原因『拒絶』を無効化し、深月が『魔力撃』を『否定』する。
さらに支援が続く。
「私も、ゆうきや育の味方をする君の味方だよ。思う存分やって!」
日向の言葉で俺の身体能力、思考速度、魔力量が『昇華』される。
「おれは戦う才能が全くないけど。だからこそ、親父との因縁はおれなりにけりをつける。戦闘は託した、れんれん!」
有住の言葉で俺の分身がたくさん出現し、クリスは無傷だが痛みに苦しみだした。多分、俺の分身で『ごまかし』て、偽物の痛みか何かを与えているんだろう。クリスほどになると物理的な痛みは痛覚を遮断することで断ち切れるが、幻覚的な痛みに関しては異能を使わないとどうしようもないはずだ。
クリスはひどく息を荒らしながら、それでも何とか立ち上がる。
「まじかよ親父。あの痛みで立ち上がるのか」
と有住が困惑する中、クリスは落ち着いた声音で話し始める。
「……ぼくは、この十五年間、ずっと心が痛かった。だから、ここであきらめるわけにもいかない」
そういうと懐から試験管を取り出した。赤い液体が入っている。
「最終手段とまいりましょう。時に汰絃。これは何だとお思いですかねえ」
「……」
有住は何も答えなかったが、心なしか青ざめていた。
その反応から、俺は何となく察した。夕映も同じ結論に至ったからか、その液体の量を『操作』したが何も変わらなかった。
「答えませんか。まあ別にいいですよお?ぼくが言いましょう」
クリスが嗤いながら、答えを告げる。
「東京事変でぼくの作戦の指揮をしてくださった、本郷拝祢さんの血ですよ」
最悪だ。
これが普通の異能者ならまだいい。だが、クリスだから問題があるのだ。
クリスの異能は、異能者のDNAを摂取することで自分も同じものを使えるというもの。そして本郷の異能は『全知』だ。
『破壊』や『否定』のDNAを持っていないとも考えにくい、つまり『きっかけ』『方法』さえあれば世界を壊すことだって可能なこいつが『全知』を手に入れてやることなど……想像に難くない。
「この血は存在を『否定』されても問題ないよう、予め『否定』されるのを『否定』しておきました。おかげで無事なようで助かっています。これを、いただきます」
とだれも止めるような暇がないままその血をクリスは飲む。
そしてしばらく黙り込む。その隙に様々な攻撃を叩き込んだ。
『魔力撃』。『稲光』。『紅蓮』。『水流』。『土遁』。『風来』。他にも色々な弾幕を放ち、巻き戻し、早送りして、何としてでもクリスを倒そうとしたが、最小限の動きで避けられる。
やがてくつくつと笑い出し、クリスは雄たけびを上げて、ふう、と息をついた。
「―素晴らしい」
徐に口を開く。
「これが世界のゆがみ。理不尽の根源。絶望の源……『混沌』そのもの」
「……ここを『破壊』さえすれば、終わる!何もかもを無茶苦茶にできる!こんな世界、消えてしまえばいい!」
クリスは嬉々としてそう叫ぶ。
「ふざけんな親父!自分勝手にもほどがあるだろ!お袋の気持ちを考えろよ!!!」
と有住が怒りをあらわにした。日向も宥も有希も、
「やめて!みんなの世界を壊さないで!」
「そんなことをしても何にもなりません!」
「……本気で失望した。東京事変の時はもっとまともだと思ってたのに」
と口々に批判し、有希はロケットペンダントを握りしめていた。
深月が充喜にこそこそ相談しているが、充喜は悔しそうな顔で何も言わない。
俺はどうするべきか。
ふと、袖が引っ張られる。
「……夕映」
「最悪な状況だね。世界が『破壊』されたら、誰も生き残れない」
「そう、だよな。クソ……どうすればいい」
最善策を必死に考える。
ここまで来てバッドエンドなど認めたくない。『決意』もさっき折れかけた影響か、完全に復活してない。クリスのあの決意の強さじゃ、どうにもならないだろう。クリスの決意を鈍らせようにも、今行動しても火に油じゃないか?
どうすれば『ハッピーエンド』を迎えられるだろう。
ドウスレバ『ハッピーエンド』ヲムカエラレルダロウ。
「……まだ、諦めてないんだね」
「当たり前だろ。夕映との約束だ」
世界を救おう、という十三年前の約束。
もう戻らない世界にしようという約束。
きっと夕映を助けるという『前回』の約束。
その全てを果たしたい。それだけで十分だ。
夕映は、世界が終わりを告げようとしているこんな時に、ふ、と笑う。
そして、どこか覚悟を決めたような表情で俺を見据えた。
「うん、決めた。私、君に託すよ」
「……託すって」
「言葉通りの意味。君が死ぬ運命を『操作』するから、怜は壊れた世界を元に戻して」
「馬鹿、それは」
夕映は運命を『操作』なんてしたら死ぬ。夕映自身がした話じゃないか。
それに俺が世界を戻せるわけがない。無駄死にになってしまう。
俺の言葉を、しかし夕映はさえぎる。
「大丈夫。怜ならきっとわかる。未来じゃなくて過去を見て?そしたら、怜なら戻せるかもしれないよね」
「ちげえよ、俺が言いたいのはそんなことじゃねえよ」
夕映はくしゃくしゃな顔で笑う。
「私は、元からイレギュラーな存在だよ。別の世界軸からきて、勝手に私の事情に怜を巻き込んだの。他の皆まで助かる選択肢を取って、私なりに責任を取りたいの」
「ふざけんなよ!俺はだな、」
言葉を紡ごうとした俺の口を夕映は手で塞いだ。
「……『運命操作』。丈凪怜は、世界軸が消滅・崩壊しても生存できる」
異能をそのまま使い、夕映の体にノイズが走る。
「……夕映!」
「怜。……今までありがとう。すごく、幸せだったよ。どうか、笑顔でいてね」
世界軸の歪みが、大きくなる。視界がのっぺりと、ドットのようになる。
それでもかまわず、夕映は話し続ける。
「私の、分も。幸せに、なって……!」
「『世界』……『破壊』!!!」
クリスはそう高らかに宣言し、
世界が暗転した。