世界が暗転した。
ちがう。『破壊』された。
なぜこうなった……いや、そんなのわかりきっている。
俺の『決意』が足りなかったからだ。
時が止まっている。風の音すら響かない。
夕映に生かされたのに、最善策がまだ浮かばない。
異能が使える感覚はあるが、ここからどうしろと。
「……おい」
隣で、声がした。
充喜の声だ。
「……生きてたのか」
「まあ……育の力も借りたけど」
「そうか。ほかに生きてる奴は」
「いないよ」
「……そうだよな」
そこで会話が途切れる。世界が終わる音がする。
俺が最善策を思い浮かばなきゃ、何も進まない。変わらない。永遠にこの世界は『混沌』のまま、『秩序』を取り戻すこともない。
「……どうするつもり」
充喜が話しかける。
「どうするも何も。……打開策を考えてる」
「……なんで『決意』を使わなかった?」
「……足りなかった。俺の『決意』じゃ、クリスの悪意を、理不尽をはねのけることはできなかった」
素直にそう答える。
充喜は拳をきつく握りしめた。
「……わからない」
「……」
「お前の決意ってそんなちゃちなもんだったわけ?」
「そんなわけないだろ。……世界より仲間が大事だが、それでもそんな軽い決意じゃなかった」
「いや、お前は諦めがよすぎる節がある。信用ならないよ」
「……」
その言葉にうまく言い返せなかった。
俺はどうも諦めがよすぎる。それは日向咲の件も、『前回』にこいつと殺し合った時も、本郷に仲間と俺の命で天秤にかけられた時もそうだった。
「さすがに、真白が身を切るとは思ってなかったかい?でも、真白はそれなりに覚悟してたってことでしょ。僕を騙し、君は記憶をいじり、作戦が失敗したらお前を殺そうともしていたお前も十分知ってる話だ。まあ、結局お前に賭けたんだけど」
「……」
「……僕は、お前のことがやっぱ嫌いだ」
充喜はそう言って、俺を強くにらむ。
「僕は。世界が終わるかどうかの瀬戸際になって、自分の寿命を犠牲にしてまで僕の死ぬ運命を『否定』した育のことを忘れられない!」
「……!」
「皆、いいやつばっかりだった!最高な仲間たちがいるこの世界軸が壊れなきゃいけない理由なんて、一つも、何一つとしてなかった!なのに、お前はそれをあっさり諦めて!」
「うるせえ……っ!そんなのわかりきってる!」
「お前は僕の気持なんか考えたためしもないんだろ!誰かに幸せでいてほしい!無力な僕だから世界中平和になんてできないし、報われることもない!そうだとしても、『明白に嫌われた正義』として、僕の人生で関わるすべての人が幸せであってほしいと、ずっと願ってたんだ!」
「……」
「どうしたら、僕は皆に報いることができる……?」
「……」
「最善策?そんなんじゃない、世界軸を元に戻すしかないだろ!思いつかなかったら諦めっぱなしってことか!?」
「……方法なんかお前もわかってねえだろ!」
「ああさっぱりだね!でもお前は違うって話だろ!理不尽を超えるんだろ!?僕と違って強い、一人で前を向ける、みんなのヒーローになれる、主人公になれる!やろうと思えばみんなを救える!僕のちっぽけな願いくらいはかなえられる!『決して嫌われることのない正義』にだってなれる!」
「……っ」
「心底むかつく!元々の僕の『循環』をうまいこと使って、魔力が絶望的にない『丈凪怜』を魔術師にしたのも、僕が守り切れなかった汐宮も一条も普通の生活ができるようにしたのも!育を一旦立ち直らせることができたのも!全部お前なんだよ!そんだけの才能を、頭脳を持っておきながら、なんで簡単にあの時諦めたんだって言ってんだよ!」
「それは、お前だって」
「使わねえんだろ、だったらその才能を僕によこせ!そしたら、お前の才能を使って、クッソ情けないへぼ英雄なお前の代わりに、僕が育もみんなも復活させてやる!」
……才能を、よこす。
その言葉が、妙に引っかかった。
慌てて、俺は思考を巡らせる。記憶を掘り起こす。
『未来ではなく、過去を見て』。確かに夕映はそう言ったから、夕映はこの打開策をすでに思いついていて、俺にヒントを出したと思われる。
不確実な話を極力せず、確実な話もかなりぼかして概要しか言わない。夕映はそういう人間だったのだから。
夕映はクリスに関しては東京事変で初めて知ったはずだ。一旦落ち込んだ彼女は、しかし割とすぐ落ち着いていた。
その理由は、たしか黒守に充喜が勝利した後、夕映が充喜の質問に答えていた。
『君が『投影』を手に入れたから、何とかなる可能性を残せた』と。
つまり、『投影』を使えば現状を打開できる可能性がある。
次。丈凪育の世界軸で、世界を壊されていく際に『投影』も『循環』も持っていたであろう『充喜暁』がなぜ、世界軸を元に戻す選択肢をとれなかったのか。
これは丈凪育が話していた。
『『循環』では巻き戻しても無理だよ。ゲームで言えばセーブデータを壊されたようなもので、そこにロードしたって無駄なんだ。精々リセットするが関の山なわけ』
ここからは勝手な推測だが、異能を二つ同時に使うことはできないんじゃないだろうか?黒守やクリスの戦い方を見ていても、ひとりの人間が同時に二つの異能を使用はしていない。正確には『投影』『書換』を同時に使っているともいえるが、あれは『書換』を『投影』した結果と解釈できる。
だから、条件がそろっていた『充喜暁』ではできなかった。
だが、今は二人いる。それも『循環』と『投影』がしっかり分かれた状態で。
……最善策が見えた。
俺は、まだ俺につかみかかっている充喜に、口を開いた。
「……そこまで言うなら」
「……?」
「そこまで言うなら、貸してやるよ。俺の才能。時間を『循環』させてでもより良い結果に導きたいという『決意』。俺の記憶。その全てを」
「そう。じゃあ、歯を食いしばって―」
「その代わり、お前も貸せ」
「……は?」
俺の言葉に、充喜は振りかぶっていたナイフをびた止めした。
「……なんて?」
「俺にも貸せ。お前の才能。想いを『受容』し、『投影』する力。お前の記憶。その全てを」
「……それは、どういう」
全く理解できていない充喜に、俺は丁寧かつ簡潔に説明した。
「俺が時間を巻き戻す。お前は俺の記憶とお前の記憶を『受容』して『投影』する。俺がそれを『何としてでも』実現させる」
「……」
「ゲームっぽく言うなら、無理やりセーブデータを再現してセーブデータを作り、そこにロードする」
この理屈、やってみなければわからないが……できる気がしている。
意味を理解したらしく、充喜は暫く啞然としていた。
が、我に返って、くつくつと笑った。
「……ははははははは!あー。そんな方法があったんだ。なるほど、そりゃあ確かに才能の貸し合いだね」
と一頻り笑った後、引き締まった表情になった。
「……やろう、丈凪。さっさと記憶を『受容』するからこっちにこい」
「……俺を殺すなよ?」
「殺さないよ。殺さずに僕はお前の記憶を全て『受容』してやる」
「……任せた」
そして世界を救うための挑戦が始まる。
「ところで、俺を殺さずに俺の記憶を『投影』するって可能なのか?」
「理論的には可能だよ」
俺の疑問に充喜は即答した。
「よく即答できるな」
「まあ、そのヒント自体は深月命が言ってたからね。『殺すことだけがトリガーとは限らない』みたいな話。あれは『受容』の話だけど、『投影』についても同じことが言えるんじゃない?」
「……しかし、何がトリガーだろうな。DNA摂取か?」
「え、丈凪のDNAとか嫌なんだけど」
「いやとか言ってる場合かよ」
「そうだけど、確信も証拠もなくそういうことはしたくないっての」
と不機嫌そうに充喜が答え、はあ、とため息をついた。
「仕方ない。異能を書き換える」
「……それって大丈夫か?『受容』そのものを書き換えたら肝心の『投影』が消えない?」
「大丈夫」
そう言って充喜は目を瞑る。徐に自分の右目に触れて、力を入れる。
瞬間、声にならない悲鳴がした。
「―――っ!!!」
「充喜!」
「来るな!」
俺が駆け寄るのを、充喜が必死に止めた。その声に思わず足が止まった。
冷汗がひどい。ふらふらとしていて今にも倒れそうだ。目の下にクマができているのがわかる。
「……無茶だ。これは普通じゃない!無理をするな」
「今無理しなかったらどこで無理をするんだよ!バカは黙ってろ……っ!」
そう言いながら、充喜が全身を搔きむしる。
「なあ、だってこれ」
「黙れ、今度何か干渉してきたら僕はお前を殺す……っ!」
「……っ」
その言葉でようやく理解した。
……異能リビドーだ。『パラノイア』のまま変わってないのか。
そして、あの日の宥のように、こいつも理性で無理やり抑え込んでいるんだ。そこまで覚悟を決めている。
なら、俺も覚悟を示そう。いつだって俺のやりたいことは変わっていないということを証明しよう。
俺は敢えて充喜の手を握る。優しく包み込む。
「充喜。俺も手伝おう」
「や……め、」
「やめない。なあ充喜。お前はいい方向に変わったよ」
俺の体を搔きむしり始めた充喜だが、まだ爪を立ててない。魔術も異能も使ってこない。
「お前は『誇大妄想者』じゃなくなった。現実を見据えた上で物事を考え、決してあきらめず、絵空事を現実にしようと努力できる奴になった。今のお前なら『誇大妄想』をしても実現できるだろうさ」
「……っ」
「『被害妄想』にふける必要もないな。お前には素敵な悪友が、友人が、そして恋人がいるだろ?更に『前回』にこだわらなくなった。俺と夕映の想いを背負う覚悟までした。黒守の想いも引き継げる大きいやつになったんだ」
「あ……が……」
「今は俺を励まして、こうやって世界を救おうとしてる。お前って間違いなく主人公だろ。……俺を殺してもいい。だが、お前は俺を殺さなくても幸せになれる人間だということを忘れないでくれ。戻って来い」
そうやって宥め続けること、小一時間。
やっと充喜の震えが止まった。
「……もういいよ」
との声に手を離すと、うつむいていた充喜が顔を上げた。
右目が充血していた。
「えっと……大丈夫なのか」
「平気。これで僕は、注視するだけでその人の記憶を『受容』できる」
「いや、右目が充血して」
「あ、これ。DNAを無理矢理『書き換えた』せいだよ」
と何てことなさげに答えて俺を少しにらみ、頷いた。
「……よし。待たせたね、君の記憶を『受容』できた」
「え、こんな一瞬で!?」
「まあ、ね。本来、『投影』の手段を変えるだけならあそこまでひどくはならなかったけど、より早くしようと思ったらあのざまだったんだ」
「そうか……まあ、できたならよかった」
ほっと胸をなでおろし、改めて段取りの説明。
「まず俺が『循環』で巻き戻す。充喜が俺とお前の記憶を頼りに『投影』する。ここまではいいか?」
「あー。一つ思うところがあるんだ」
と充喜が口を開くので、次を促す。
「世界軸が壊れた今、世界軸の物理法則に干渉する技術である魔術は使えない。けど、世界軸の歪みの向こう側……『ここ』やどこかからつながってる『僕らには全く関係ない世界』の力、絶望を使っている異能は使える」
「そうだな」
「ここはほかの世界軸にもつながってるはずだ。人生は選択の連続、なら無限に近い世界軸があるんだろう。そして『投影』してる時に邪魔が入ると思うんだ。僕らのように、ハッピーエンドの条件がそろっている世界なんてそうそうないと思うから、介入したがる存在は少なからずいると思う」
「なるほど、戦う必要があるかもしれない、と」
「うん。任せていい?戦うっていっても時間稼ぎ、無力化、僕の援護をすればいい」
「援護?」
「そう、援護。具体的には、『僕らの世界軸特有の言動』をすればいいはず」
「よし、任せろ」
「頼もしいね、まったく。そうだ、ついでに『決意』で歴史の確定をすればいいよ」
「じゃあ、」
「あともう一つ」
もうそろそろ作業を始めようとしていた俺に充喜はさらに声を掛けた。
「なんだ?」
「……いや、これは……時と場合によるや。いらない世話かも知れないしね」
「そうか」
なんだろうか。首をひねりつつ、俺は『循環』に意識を向けた。
深呼吸をする。
みんなを助けに行くんだ。強く『決意』を固める。
「……いくぞ、充喜」
「うん。いこう、丈凪」
そして、巻き戻し始める。
巻き戻せてはいるが変化はない。だが問題ない。
「まずは本郷との戦い。深月命……『丈凪育』が本郷の存在を『否定』していたな。『人の世は苦しい。されども美しく、そして愛しい』だっけか」
「裏切られたし、洗脳されまくったし、生きてる価値あった奴が犠牲になった戦いだったね」
そう話しながら充喜が『投影』する。段々と世界が色づいていく中、殺気がした。
「おっと!」
咄嗟に避けると、俺のさっきまでいた場所に弾幕が降り注ぐ。その端から世界の色が消える。
更に右、左と続いて拳が迫り、軽く回避する。
本郷と丈凪育の姿だ。丈凪育はノイズが走っている。互いが互いをかばうようにしているようにも見える。
「これは……『本郷』と『丈凪育』が『共闘』した場合の世界軸か」
そうつぶやきつつ、このまま世界が『否定』され続けてもよくないので行動に移る。
俺は『否定』されないように『丈凪育』に近づく。俺を『否定』すべく大量に放たれる『否定』弾幕だが、俺は『循環』で方向をずらして本郷に向ける。本郷は『全知』を駆使して避け続けるが、限界が来たのかよけきれずにあたった。
『全知』を使えなくなった本郷に俺は超近接戦に持ち込む。深月命はそのまま『否定』を使い続けているが、『循環』でそらすのを忘れない。そちらの世界軸の本郷も格闘センスはないらしい、あっさりと軍用体術で落ちて、人にはおおよそ聞き取れない単語を発して消えた。残された深月命は何かを待っているようで、俺の記憶通りに手を握った瞬間、深月命も消えていた。
「ありがとう。『投影』終わったよ」
「わかった。『決意』で固めておこう」
そう言って『決意』でその時間軸を復活させる。俺の知ってる光景が華やかに色づいている。俺と充喜の二人分の記憶で世界再生はできるのか不安だったが、暁なりに多少考えていたようで一般人も再現されていると思われる。
「次は……東京事変だな」
「前後半で分けてほしいな。僕以外の視点を再現しないといけないからね」
「おう。ちなみにどうするんだ」
「育と一条、有住の話を忠実に再現するしかない、かな」
「……『決意』で」
「他の人の記憶を自分の脳内に再現するのはやめてね。それ、君の人格がおかしくなるから、『決意』が壊れかねない」
「だが、」
「『書換』があるからいいんだって。ほら、このロケットペンダントがあるから、『状態書換』を応用すれば、これに関係してる人の記憶は読み取れる」
そう言って充喜は懐から、有希が持っていた、クリスと有住と女性が写る写真の入っていたロケットペンダントを取り出す。
「いつの間に」
「育が、一条から借りて僕に渡してくれたからね。役に立つかもって」
本当に役に立つなんてね、と笑みを浮かべて、充喜は『状態書換』を使う。若干よろっとしたが、記憶は再現できたらしく「さあ、始めて」と催促する。
「大丈夫かよ」
「大丈夫。この作業を始めたんだ、早く世界軸として確立させないと敵はどんどん増えるはずだよ」
「……わかった」
俺は再び巻き戻した。
「次は丈凪育、黒守との戦い。『丈凪育』が真相を語り、『黒守刹那』が暁と戦って、充喜は黒守のすべてを『受容』した。『幾千の願い、幾億の想いを形にする』って言ってたな」
「まさにそういう作業をしてるんだけどね、僕たちって。まあ、こういう形で使われるなら、黒守は約束も果たせて本望じゃないの」
そう話しつつ、世界が変わっていく。戻っていく。
ふと、殺気がして『循環』でそらす。
黒守と……丈凪育。ここも『共闘』した世界軸の人だろうか。
魔術を使えない影響か、先ほどと同じように『否定』を多用している丈凪育に、俺は背後に移動して『血液循環』で破裂させ、巻き戻して仮死状態にまで復活させた。
動揺する黒守に、俺は『循環』で自分の運動エネルギーを極力高め、腕に集中させて、胸目掛け突き刺す。
黒守は『生死書換』を使おうとするが、『循環』で状態を巻き戻すとぐったりとした。
さらに敵が近づいてきているが、俺は回避とヘイト管理に専念する。
「できた!」
「了解!」
充喜が大声で俺に知らせたのでヘイト管理が崩れて、敵の興味が一気に暁に向かったが、俺は冷静に急いで『決意』を使う。
時間軸やその人個人の生死でもほかの異能は割と命がけになりかねない。『決意』を使ってる影響で『循環』の適用範囲が大きくなっているお陰で、魔術がなくても色んな戦法を取れる。流石に、複数の世界軸に関わる真似をしたらアウトだろうが、それでもしばらくは使えると思う。
俺が自分の異能の汎用性と効果の大きさに感心していたら、時間軸再生が終わった。
次は東京事変の前半だな。
まだ時間軸の再生作業は続く。