『決意』を燃やす。
自分の大事な何かが消えていくような気がする。
だが、……俺は『ハッピーエンド』以外認めない。
そのためなら、なんだって失おう。
夕映とのいろんな記憶が脳裏をよぎる。
『チェックメイト』
そういって、ひどく空っぽな、虚ろな嘲笑を浮かべて俺を殺そうとしたこと。
『期待外れだなあ。失敗だったか』
俺の生殺与奪の権を握りながらそう笑う彼女の表情は、空しかった。
今ならその理由がわかる。あんだけ必死にやってきたのに、考えた作戦は実践してもだめでしたって落ち込む。
『大丈夫、私は君の味方だ』
そうけたけたと冗談めかして言う彼女は、しかし本音を言っていたんだろうと思う。歴史改変者のわりに、俺をなかなか殺せないほどお人好し。見知らぬ他人だった俺に協力を求めることに躊躇してしまう。そんな夕映は、俺と暁を巻き込んだことを悔やんだに違いない。だから、せめてフォローをしたがったんだ。
『私の素を出せてうれしい限りだよ』
そういう彼女は、すごく話しやすかった。まるで長年連れ添った相棒のようなフィット感だった。いろんなやり取りをした。たわいのない話も、魔術談義も、
『ねえ。今から十三年後に世界が滅ぶって言ったら、どうする?』
そうだ。その話をしたのもこの時期だ。俺は……世界が明日ほろぶとしても俺の目標は変わらないから、「その元凶をぶっ飛ばす」って答えたんだっけ。
夕映はいろいろやり取りをした末に、
『でも、ありがと。頑張る』
って言っていた。どこかつらそうな笑顔は初めてで、そんな笑顔をもう見たくなくて、ずっと、心から笑っていてほしくて、手伝うって答えた。
そういえば、夕映の将来の夢もこの時だった。
『好きな人と結婚したい。フツーの恋愛結婚ね』
……俺に叶えられるだろうか。
すべて終わった後、話をしようと思う。
その後はひとつ屋根の下で生活するのも慣れて、俺の目標達成にかなり貢献してくれた。夕映といい、宥を守ってくれた有希といい、学校を守ってくれた深月といい、俺の望みをかなえられるように自分も力を喪う覚悟をしてくれた暁といい、俺はいろんな人に助けられてばかりだな。力を喪えばその機会はさらに増える。俺にはまだやりたいことがあるから。
『そそ。期待してるよ?私の無限ループを終わらせてくれるかもしれないから』
これは……俺が空回りしてる時の会話だな。夕映は自分の逆行したことで得た知識を話していた。そして経緯も。
自分にとってのハッピーエンドじゃなかったから繰り返したのだと、最低だと言っていたが、夕映のことだし……どうせ、全員が納得できる終わり方にはなっていなかったからとか、そんな理由で繰り返していたんだろうな。夕映にとってハッピーエンドだと納得できる世界にできただろうか。
『私にとって最後の小学校卒業式だから』
懐かしい。俺、期待されてるのがうれしくて乗せられたんだよな。夕映の真意はわからないが……悲壮な覚悟でなかったと思いたい。いや、そういうことにしてみせる。
中学一年のころには世界軸の話をした。夕映の話は重要だと思って記憶の片隅にしまっていたが……こんなところで役立つとは。いろんなところで夕映が生きている。夕映がいなきゃ、今の俺はいないだろう。
そしてそのころから、夕映は単独行動を始めた。
夕映の暗躍もすごかった。彼女のせいで世界が滅ぶ、などと丈凪育は言ったが、とんでもない。彼女のおかげで俺は有希、日向、有住に出会えた。暁と早い段階で会うことも、深月がちゃんと味方になることもできた。
『秘密結社立ち上げれば?ついでに運命を変える組織ってことで』
宥を助けたあの夜、夜空を舞いながらそんな提案をした夕映は、満月の光が映えてとても綺麗に感じた。ユエは月の意味らしい。中国語だと後で知ったが、とても名前が似合っていると思った。
この時、ひとめぼれをしたんだろう。前から、恋愛感情に近いナニカはあったけど、明確に恋心を自覚したのはこの時から。
咲のことを思い出した日は放っておいてくれた。『前回』は、俺に『世界の命運』を託してくれた。
『……早くない?今年の十月じゃなかったっけ』
夏祭りで有希を拾った時はそう言われた。よくよく考えると、夕映に夏祭りに誘われたのに早々に離脱したのは少しもったいなかったかもしれない。そうでなきゃ有希と会えていないけれど。
確率論の膝が笑ってる、か。確かにそうかもしれない。
『自分じゃん』
ああ、宥の作った人生ゲームがあったな。終わったらみんなで遊ぼう。
その後もたくさんゲームをした。平和になったら皆でゲームしよう。今度は異能アリでも面白そうだ。……あ、俺が不利だな、やっぱ異能も魔術もなしで。
その後は……夕映が黒守と鬼ごっこしだしたな。丈凪育もそこに入っていたのは想定外だったが、有住の協力もあって、なんとか生きて帰ってきてくれた。
『約束だからね』
そう笑っていた彼女は、しかしボロボロだったが。
その後は丈凪育と戦い、丈凪育が死に掛け、黒守と相対した。
『もっと違う最善策があるよ』
……夕映は、何度も自分を殺した相手にも慈悲を見せた。
甘い。どうしようもなく甘い。魔術師にも歴史改変者にも向かない性格。さぞ生きづらかっただろう。
……だが、その甘さは嫌いじゃない。今も、昔も、これからも。
そして東京事変が終わり、作戦会議して、夕映を高校に入れて……文化祭を楽しみにしていた矢先、本郷に全人類が洗脳され、攻撃をしのぎ続けた。
俺の背中を夕映はいつだって守っていた。
本郷を倒せたと思えば、クリスだ。
『怜。……今までありがとう。すごく、幸せだったよ』
『どうか、笑顔でいてね』
『私の、分も。幸せに、なって……!』
……夕映はそう言って死んだ。
丈凪育の言葉も思い浮かぶ。
『誰も理不尽に苦しまなくていい世界』
『誰もが同じ空の下で笑い合える世界』
『時を戻さなくてもいい世界』
……夕映は、誰よりもきっと、理不尽に苦しめられてきた。
夕映と同じ空の下で笑い合いたい。夕映と共に、時を戻さなくてもいい世界に進みたい。
……だから。
「夕映!」
『決意』をさらに燃やし、俺は夕映に手を伸ばす。
必死に手を伸ばし、伸ばし、伸ばして、―――届かない。
「夕映……っ」
更に『決意』を燃やして、燃やして、燃え尽きたとしても燃やし続けて……ふと、体が夕映の方向へ押される感覚がした。
「……?」
『―――――』
訳が分からないまま夕映に手が届いた俺の脳内に、ノイズが響く。
なぜか意味だけは分かる。
『君の、礎になるよ』
「……ありがとう」
俺はそれだけ呟いて、夕映を手繰り寄せる。
そして、決して離れないよう、抱きしめる。
「―――――」
夕映の体のぬくもりを感じた。
「ごめんな」
俺は胸の中にいる夕映にそう言う。
「約束、守るの遅れた」
言葉を紡ぐ。
夕映は俺に頼んだ。
『お願い。いつか、私を助けてね』
そう、言ってたのに。何度もあきらめかけたし、暁がいなければこの願いすら成就しなかっただろうから。
「夕映のことを助けさせてくれて、約束を守らせてくれて、ありがとう」
「……怜」
夕映の声がした。
「……一緒に、帰ろう」
「うん……うんっ」
夕映から抱きしめられる感覚がして―――
「……『SAVE』!!!」
暁の叫び声が響く。辺りが激しく光り―――。
「―素晴らしい」
世界軸が破壊される直前まで巻き戻っていた。
巻き戻ってすぐにあたりを見回す。みんなは無事だし、景色に異常がない。
隣にはちゃんと夕映がいる。
当たり前と言えば当たり前だが、この当たり前こそがかけがえのないものだ。今度こそ、世界は壊させない。
夕映と目が合い、『心理操作』で話しかけられた。
「……こうなることは作戦通りだけど、私が生きてるなんて奇跡だよ」
……夕映には世界軸が破壊された記憶があるようだ。
まあ、あくまで復活させただけだし。記憶は残っててもおかしくないか。あとは、暁以外の他の皆とは視線が合わない。これは『投影』して『受容』したから、世界軸が壊れた事実がなかったことになってるんだろうか?クリスも殺気と全く同じ文言を口にしている。
……そんな御託はさておき、俺は夕映に、つながったままの『心理操作』で返答する。
「これは奇跡じゃない。奇跡は誰も信じないから奇跡というが、夕映が生きている未来を想像して信じていた俺がいるから、奇跡じゃなくて必然だ」
「よくいうよ。僕がいなきゃ、世界軸の復活も危うかったのに」
「うっせえ。あれはパニックになっただけだ」
そう会話しているうちに、クリスはもう間もなく世界を壊そうとする。
皆は慌てていたが、俺も暁も、そして夕映も平静を保てる。
なぜなら。
「『世界』……『破壊』!!!」
クリスがそう高らかに宣言して力を行使したが……特に何も起こらない。
「……は?」
クリスが困惑している。
「どうなって、……いえ。もう一回やってみましょう」
とまた力を使うが、やはり何も起こらない。
「……世界を破壊できない……?なぜだ、世界軸の歪みはあるのに、なぜ」
と一人で考え始める。
この状況に、何も知らない仲間もざわつく。
「えっと。……助かったんでしょうか」
「油断はできないけど、……あれが演技ってわけではなさそうだな」
「ゆうき、ゆうきは『破壊』使えるの?」
「……使えるね。何やってんだろうあの人」
深月はそれを眺め、夕映に視線をやった。
夕映が頷くと、脳内に深月の声がし始める。
「……暁たち、巻き戻しでもしたの?」
「育……まあ、概ねそんなところだよ」
「なるほど……前の私も喜ぶよ。頑張ってよかったって」
それ以降、深月は視線をクリスに戻して様子を窺っていた。
まあ、もうそろそろ種明かししますか。
「仕方ない。今度は世界の否定でも」
「したところで無駄だ」
クリスの言葉をさえぎる俺に、注目が集まる。
「無駄……だと?」
「そうだよ」
暁も会話に入ってくる。
「『前』なら壊せただろうね。けど、『今』、『この世界』は君も知っている『世界軸』じゃない」
「異なる世界軸への干渉は原則不可能だ。異なる世界軸の人間に対しても、攻撃自体は可能だが、存在が揺らぐような真似はできない」
「お前に『前』に壊された世界……僕が『投影』し、」
「俺が『決意』で再生し、正しい歴史に修正し、」
「僕が『受容』した」
「まったく同じ世界軸でありながら、その実、全く異なる世界軸でもある。……だから、『今』は壊せない」
そこまで話すと、クリスはやっと理解したらしく、
「……っ!知るか、世界を壊したのに再生したなど、そんなたわごと信用できるか!ぼくは、何としてでも世界を―――――」
「いやだね。壊させない」
「そんなのはお断りだ」
そう言いながら、クリスに『紅蓮』と『稲光』を放つ。
予想通り『循環』はまだしばらく使える。……だが、だんだんと弱まって、あと少しで使えなくなりそうという確かな直感も確かにある。
だが、それでいい。時を戻さなくてもいい世界に、時を戻せる力は不要だ。
今は、あと少しだけ持ってくれればそれでいい。
クリスは咄嗟に避けたが、追撃で『破壊』弾幕が放たれてクリスは攻勢に出られず、再び避ける。
「……力になるよ、怜」
弾幕を避けて攻撃魔術を展開していたクリスは、しかし魔術が暴発したので展開を中断した。
「怜くん。私も覚悟を決めました」
クリスを追尾し続けていた弾幕が、分身する。
「後で話を聞かせてね、れんれん、とおる!」
クリスが『防壁魔術』を展開したが、すべて打ち消される。
「暁くん。私も背負うよ」
突如クリスの動きが鈍くなり、弾幕の速度や追尾の精度が高まった。
「とおる。あと少しで本当に普通になれるね」
クリスが俺に弾幕を誘導しようとしたが、暁が『魔装』剣でたたききって無理矢理軌道修正した。
「怜。最後の仕上げだよ。……今更いけないとか無いよね?」
更に、クリスが異能を使って弾幕を無効化しようとしたが、異能が不発になったので弾幕が直撃した。
「怜、ありがとう……私の夢がもう少しで叶うよ。もう繰り返さなくてよくなる。無限ループも終わる。私の知ってる世界の……一番幸せな世界のその先に行けるなんて奇跡だよ。君は奇跡なんかっていうんだろうけど、いろいろ繰り返してきて……よかったって思えたよ」
「……」
「さっきから奇跡って言いすぎって顔だね。でもね、それくらい大事なことで、幸せで、……だから、なんていうかな」
と夕映は少し逡巡し、満面の笑みで続けた。
「私を助けてくれてありがとう。……終わらせよう。悪夢を」
「……ああ。終わらせよう」
俺も、複数の魔術式を展開して、身構える。
言葉をそのまま紡ぐ。
「特別な存在とかは最初からない。お前も俺たちも、少し世界をいじくれるだけの人間だ。他には世界をいじくれる奴なんていない」
「お前が世界を壊せる?そんな誇大妄想も戯言も大概にしろ。俺は俺のやるべきことをする。お前の討伐などそのついでだ」
「まあ、お前は結局、過去に失望してるだけの雑魚だよ。俺たちは未来に希望を持った、それだけの人間さ。格が違うってことだ」
そこまでクリスに言い、宣戦布告をする。
「俺は弱くなってニューゲームをするために、お前に勝つ」
【朗報】気づいたら勝ち確な最強ラスボス戦を迎えていた件について。
きっと、パソコンが目の前にあれば、釣りだと数秒も要さずに判断されそうなタイトルでスレ立てをしていたに違いない。
釣りだと思われても……俺はそれでいいと思うのだろう。
誰にも知られることのない英雄譚。記録にも記憶にも残らない。
……だが、きっと、俺達だけは決して忘れない。
これはそんな話のプロローグだ。
『―――――』
「うん?……まだいたのか、だって?」
『―――――』
「……ありがとう、私を助けてくれて」
『―――――』
「あはは、私を助けたんじゃないってか。そりゃそうだ。……ごめんね。私は君の妹でい続けることはできなかった」
『―――――』
「いいよ。君も幼い少年だった。無力で無知な少年少女であった私たちはせいぜい、絆を否定してでも生き延びて、この日の生存の為に戦うしかなかった。助ける余裕など、互いになかった。……そうだとわかっていても、後悔しているのだけど」
『―――――』
「……君は、充喜に敗北した。負けを認めなかったから『決意』が発現したが、世界をゆがませ、国会議事堂跡地を『混沌』にしてしまった。私はそれの影響で人類を破壊しつくし、挙句の果てに世界を否定した。……そんなところだろう」
『―――――』
「……私ね。君を喪い、暴走した後に君の仇に庇われた時さ、世界に置き去りにされて、孤独になったって思ったのさ。冥福を祈り前に進むことも、自分を犠牲にしてでもみんなが死んだ事実を否定して、みんなの幸せを願うこともできなかった。だから世界を否定して、代わりにハッピーエンドな世界があればって努力して、……成り変わろうだなんて無意識に思っていた」
『―――――』
「でも、私たちはこの世界の住人じゃない。……ううん、この世界の住人にはなりきれなかった。ハッピーエンドを拝むことも、その先にいくことも、できるのは住人か、住人になりきれた人だけだ。そんなの……わかったうえで世界を否定したはずだったのにね」
『―――――』
「……うん。今度こそ、私はみんなの幸せを願って、関わらないつもりさ」
『―――――』
「信用ならない?手厳しいな……私も自分を自分が一番信用してないけどね」
『―――――』
「……これが証拠。私はもう間もなく消える。これは君も同じだけどね」
『―――――』
「私みたいにやりすぎた人間は大体、世界軸にとどまれない。けれど、『混沌』に人間が長くいられる道理はない。君も、記憶があいまいなのはそういうことさ」
『―――――』
「ま、今までやったことの責任と代償ってやつじゃないかな。もう、私の自我も君の自我も消えるよ」
『―――――』
「……点と線だけになってきたね。あと十秒か。いい機会だ、やっとこれでお別れが言えるよ」
『―――――』
「素敵な物語をありがとう。君は間違いなく人々の礎だったよ―――お兄ちゃん」
『―――――』
『……』
『サヨナラ、イク。コチラコソ、アリガトウ』