黒髪異能ミステリアス少女の正体について   作:ぺけぺけぺい

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第5話

「いけんのか、高橋」

 

 死体の前にしゃがみこみ、何やらごちゃごちゃと線を引いている寺門が、高橋に背を向けたまま言った。

 六割の心配で、二割の嬉しさと残り二割のその他諸々の感情を隠し、さらにその上から偽物の苛立ちで包み込んだような声色だった。

 

 高橋は答えた。

 

「大丈夫です。……まだ、ちょっと怖いけど」

 

 それを聞いた寺門は作業の手を止め、立ち上がった。仏頂面でこっちにのしのし歩いて来る寺門に「情けないこと言ってんじゃねえぞ」なんてぶん殴られると思って高橋は身を縮める。寺門は高橋の前で立ち止まり、腕を上げ、高橋をにらみ、ひと呼吸おき、高橋の頭をわしゃわしゃと乱暴にかき回し、そしてそれだけだった。

 

 困惑しながら高橋は寺門を見上げ、寺門はこっぱずかしそうに顔を反らしながら、タバコをくわえて火をつけた。

 

「俺だって怖えんだよ、バカ。……いいな、その気持ちは絶対忘れんじゃねえぞ」

 

 高橋はうなずいた。

 煙の向こうの寺門が、少しだけ笑った様に見えた。

 

 ◇

 

 寺門に渡された何枚ものお札を、三階のひび割れた柱にべたべた張り付けて回る。

 

 高橋は寺門の指示の下、『場』を作る作業を行っていた。

 

『場』。

 元々存在からして霊力を扱うことに向いていない人間が、それでも怪異に対抗するために生み出した技術の一つである。

 

 自身の霊力で空間を染め、他者の霊力が世界に干渉する力を阻害し、逆に自らの霊力が干渉する力を強める。これは卑怯者の人間らしい技術だと、寺門は笑って言った。

 

 今高橋が張り付けているお札は、寺門がむにゃむにゃ祝詞を唱えながら、タバコも酒もクスリも我慢して、禁断症状により文字通り血涙を流しながら書き上げた、もし一枚でも失くしてしまえば頭がへこむほどぶん殴られる、寺門の霊力がたっぷり染み込んだ寺門専用のありがたーいお札である。

 

 このお札で作った『場』では、寺門はものすごく強くなり、怪異はものすごく弱くなる。それでも寺門はそもそも戦闘が不得手であり、怪異は強いものは信じられないほど強い。『場』を作ったところで焼け石に水もいいところな事態だっていくらでもある。

 

 ではどうすればいいのか。我々人間は、やはり向こう側の住人である怪異になすすべはないのか。幼い高橋のそんな疑問に、寺門は答えた。そんなことはない。人類はしぶとい。人には他にも卑怯な技術がある。それは『陣』と『結界』と呼ばれるものだ、と。

 

『陣』は術者の周りを囲う様に、『結界』は標的の周りを囲う様に構築され、それぞれ対象の霊力そのものを高めたり弱めたりする効果を持つ。

 

 つまり人間は『場』によって有利な空間を作り、そのうえで『陣』によって自身の霊力をかさ増しし、『結界』によって相手の霊力を弱める三重の小細工を弄することで、怪異というあちら側に住む者どもに対抗するのだ。そう寺門は語った。

 

 今回、その寺門は『場』と『陣』を利用して、自らが得意とする思念感応(記憶を読み取る術)の効力を高め、残された死体から、いったいどんな怪異がこの惨劇を引き起こしたのかを暴き出そうとしていた。

 

「あの、寺門さん。ちょっといいですか」

 

 寺門に渡されたお札を半分ほど貼り終えた高橋が言う。

 仕事の時、特に現場に出向いている時は、高橋は寺門に敬語を使うようにしていた。

 他人から見られた時、やはり師匠が弟子にため口を利かれているのはよくないだろう、という寺門への配慮でもあったし、人間性はともかくとして、祓い屋としては自分には雲の上の様な一流の男である、寺門への敬意でもあった。

 

「なんだ」

 

 寺門はやはりしゃがみこみ高橋に背を向けたまま、死体の前に何か複雑な模様――『陣』である――を書きながら、弟子の言葉にぶっきらぼうに返す。

 

「その、……寺門さんは、初めて死体を見た時、どんな感じでしたか」

「ビビったのは覚えてる。でも、お前ほどじゃあなかったのは確かだ」

「そう、ですか」

「ま、今回のは俺の想定以上にひどかったってのもある。そこは俺の落ち度だ。ガキに始めて見せるモンにしちゃ、刺激が強すぎた」

「いえ、そんな事は。俺がただ……」

「そういう事なんだよ。そういう事にしとけ。人のせいに出来る時は人のせいにしろ。あんまり自分で抱えんな」

「……はい」

 

 しぶしぶ、といった高橋の返事を聞いた寺門が、わざとらしく大きなため息をついた。師のそんな反応に、思わず身がすくんでしまう。頭をぽりぽりとかいた寺門は作業をやめ、うんこ座りのままこちらを向いた。タバコの煙をふーっと吐く。

 

「あー……、高橋、お前、釣りはしたことあるか」

「へ……釣り、ですか?」

 

 予想外の話題が振られ、間の抜けた声が出た。

 

「俺はある。ガキの頃に親父に何度か渓流釣りに連れてかれてな、そっから釣りが好きになった。てめえくらいの年には、一人で釣り竿背負ってチャリンコこいでた」

「はぁ……」

「釣りってのぁ、分かるか? 餌はイクラなんかでもいいんだが、俺はなんとなく気に食わなくてな、その辺で採った虫を使ってた。魚どもは命がけで餌に食らいつくんだ、スーパーの鮮魚コーナーで、パック詰めされてグラムいくらで売ってるイクラなんかじゃあ……おい、今のはシャレじゃねえぞ。……ともかく、それが俺なりの敬意って奴だった。今思うと意味わかんねぇけど。ま、あの頃の俺はピンチョロだったりミミズだったり、そういう生きた餌を探して、石をひっくり返したり水たまりをすくったりしてたんだ」

「はぁ」

「自分で探した生きてる虫を使って、生きてる魚を釣り上げる。そんでそいつを焼いて食う。これが楽しかったんだ。最高に生きてるって感じがした。そういうことを中学でクラスの奴らに話したらな、そいつらも乗って来たんだ。俺も釣ってみたいから、一緒に連れてってくれって」

 

 完全に作業を放り投げ、高橋に向かってべらべらと喋る寺門。

 仕事中にこんなに口数の多い寺門は、初めてだった。そしてこれはきっと、寺門の気づかいなのだろうと高橋は思う。

 

「で、連れてった。やっすい釣り竿を買って、いつから傘立てにぶっ刺さってたかわかんねえぼろぼろの虫取り網を持ったそいつらをな。楽しかった。ぎゃーぎゃー喚きながら虫をとっ捕まえて、魚釣り上げて。一人で来た時より、全然釣れなかったけどな。最初の頃は真面目に釣り糸垂らしてたくせに、だんだん飽きてくると人が釣ってるところにふざけて石を投げ込みやがんだ、あいつらは。そのうちヒートアップして、石どころかそいつそのものが水の中に飛び込んできやがる。針が引っかかったら危ねえからやめろって言っても聞きやしねえ」

「……バカだったんですか?」

「そいつらはな。俺はバカじゃねえ。……そのうち、釣りは学校で小さいブームになった。俺は誇らしかった。俺が流行らせたんだ、ってな。で、王様気取りで釣りの指南なんかをしてた時、事件が起きた」

「……どんな?」

「女子だよ、女・子。流行ってんのを見たクラスの女が、私も釣りに行きたーい、なんて言ったんだ。男子中学生には大事件だ、一面だ。お前だってそうだろ、高橋。あの時の俺は、いやぁ図に乗ったね。今思うとあれは、涼月目当てで釣りなんざちっとも興味は無かった様な気もするが。いや間違いないな、ぜってーそうだ。あいつらあの後付き合ってたし」

 

 涼月って誰だよ。思うが話の腰は折らない。

 

「で、俺達はその女と、他にも何人か女子を入れて、大所帯で釣りに向かった。ちょっとだけ格好つけた服着て、いつもよりチャリのペースを少しだけ落として、な。そんでいつもの釣り場について、さあ俺達のすげぇ所を見せてやろう、なんて意気込んで石をひっくり返して、虫をわしづかみにして得意満面でその女子どもに見せたんだ。そしたらどうなったと思う?」

「……引かれた?」

「大泣きだよ。ぎゃんっぎゃん泣かれた。きもいきしょいきたないこわい、大ブーイングだ。つっても俺達はしょうがねぇから、その総スカンを浴びた虫たちを一匹ずつ釣り針に刺し殺して、水の中に放り投げた。そうしてるうちに何人かの女子は泣き止んで、赤い目で糸が伸びる水面を見てた」

「それで?」

「しばらくして、誰かは忘れたがどいつかの糸が引かれた。少なくとも俺のじゃ無かったのは確かだ。ヒットさせたそいつに俺達が、女子の前で逃がしでもしたら承知しねえぞ、って念のこもった脅しまがいの応援をしてると、いつの間にか女子たちも一緒になってそいつを応援してた。中学生のバカガキどもが集まって、必死に声を出した。何分もそんな事をしてた気がするね。実際の所はそんなに時間がかかったわけもねえんだが。で、俺らの目の前で、とうとう魚は釣り上がった」

 

 寺門はそこまで語って、指に挟んでいたタバコをくわえ、うまそうに吸って、吐く。

 高橋に「続きを促せ」と態度で言っていた。高橋はその誘いに乗る。

 

「……それで?」

「女子どもはまた泣いた。びちびち動く魚を見てな。口の中から針を抜き出す時も、焼くために口の中に棒を突っ込む時も泣いた。俺達男子が思ってたのとも、たぶんそいつら女子が思ってたのとも全然違う結果で釣りは終わった。その後学校から直々に『子供だけで渓流釣りに行ってはいけません』とお達しが出て、釣りブームは終了。俺はこそこそまた一人で釣りに行くようになったって話だ」

 

 話し終えた寺門は、満足げな顔をしていた。シケモク同然になったタバコを携帯灰皿にねじ込みながら「どうだ?」と言わんばかりの顔をしていた。

 

「……つまり、なんなんですか?」

「あ? わかんねぇのか? だーらよ、お前があれ見て」

 

 寺門は振り返りもせず、親指で肩越しに自分の後ろを指し、

 

「げーげー吐いたのだって、一緒だってことだ。誰にだって向き不向きがあんだよ」

「……いや、え? つまり寺門さんは俺の事を、その虫とか魚見てぎゃーぎゃー泣いてた女子だって言いたいんですか?」

「あー……、そういうことに、なる……のか? 確かになるな。いやスマン、忘れてくれ、例え話間違ったわ。おら、仕事に戻れ高橋」

「ちょ、ちょっと待てよ! 流石にそれはひど……!」

「うるせぇボケ!! さっさと黙って仕事しろっつってんだろうが!!」

 

 寺門は高橋の抗議を怒声でかき消し、ポケットから取り出したライターを思いきり顔面に向かって投げつけ、そしてそのままくるりと背を向けると、作業に戻ってしまった。落ちたライターがかちゃんとコンクリートに音を立てる。高橋は寺門のくたびれたスーツの背を見て思う。

 こいつはやはり、横暴な師匠だと。

 

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