黒髪異能ミステリアス少女の正体について   作:ぺけぺけぺい

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第6話

 渡されたお札の最後の一枚を、ひび割れたコンクリートの柱にぺたりと貼りつける。

 慰められるはずが結局怒鳴り散らされたことに腑に落ちないものを感じながらも、高橋は寺門の指示通り三階に『場』を作り終えた。依然ガリガリと『陣』を書いている寺門に報告する。

 

「あの、『場』の構築、終わりました」

 

 寺門は作業の手を止め、首だけ回して三階をぐるりと見回し、

 

「……まあ、悪かねえな。(かのえ)のとこだけほころんでる、直しとけ」

 

 本当にちゃんと見たのかと言いたくなるような態度で答えた。

 が、そんな師の言葉に高橋は思わず口角が上がりそうになり、慌てて後ろを向いて取り繕う。

 

 高橋が喜ぶのも無理はなかった。

 自身の霊力を持たない高橋だったが、誰かの札を借りて行う『場』の構築においては、彼は非凡の才を見せていた。もちろん寺門には遠く及ばないが、それでも高橋は自分のその技術にそこそこの自信があったし、より上達しようと隠れて練習をすることもあった。寺門の祓い屋仲間にこれを披露した時、目を丸くして驚かれたことは彼の自慢の一つだ。

 

 が、そんな高橋の作った『場』に対して、寺門はいつもひどい罵倒を飛ばしていたのだ。高橋が一生懸命作ったそれを見て、お前の作る『場』は()()だの、障子だの、ヤクザの運営するテキ屋の金魚すくいのポイよりもろいだの、そんな罵倒を。

 

 その寺門が「悪かねえな」と言った。高橋が喜ばないわけがなかった。

 

 指示された部分を少しだけ手直ししながら、高橋は今度こそ頬を緩ませた。

 寺門は背を向けているし、自分も寺門に背を向けている。そして目の前には崩れかけの柱。にやついた顔をばれる心配は無かった。

 

 高橋は存分にほめられた喜びをかみしめ、小さくガッツポーズをし、しゅしゅしゅ、と腰に構えた両手で空気に軽くジャブの連打を入れ、しかし思い直る。口の中にいまだに残るねばついた嫌なすっぱさが、高橋に思い直らせる。これは不謹慎だ。そもそも自分がこんな事をしているのは、ここで人が殺されたからだ、と。

 

 高橋は自分に言い聞かせる。今はまだ、喜ぶべき時じゃあない。ここで誰かが殺されたんだぞ、分かってんのか高橋。お前が一生懸命祓い屋としての修行をしているのは、そこの背丈ばっかり大きいひょろひょろした暴力的な金髪頭に褒めてもらうためか? 違うだろ。月宮みたいに、っていつも言ってるじゃないか。誰かを助けて、誰かを守ってやるためだろう。いや、ほめられたい気持ちを否定はしない。ほめられたい。正直言ってほめられたい。でもそれは、そこの誰かを殺した怪異を思いきりぶん殴って、自分のしでかしたことを理解させて、祓って、それからだ。それから寺門に言おう、俺があの時作った『場』はどうだった、すごかっただろうと。きっと寺門は調子に乗んなと言ってぶん殴って来る。それでいいんだ。だから今は、ちゃんと集中しよう。

 

 高橋は言われた部分を念入りに直し、もう一度自分で作った『場』全部を見て回った。気に食わない場所をちょこちょこと細かく調整し、いややっぱり元の方が、でもやっぱりこっちの方が、だけど寺門にここは直せと言われなかったし、そんなことを考えている内に、

 

「こっちも『陣』の構築が終わった。やるぞ、高橋」

 

 寺門の声が響いた。

 

 ◇

 

 緩んでいたネクタイをきっちり締め直し、だらしなく着ていたスーツを深くはおると、寺門は『陣』の上にあぐらをかいた。

 

 ぐちゃぐちゃの死体と向き合い、右手に持った錫杖を地面に突き立てて深呼吸をする。ゆっくりゆっくりメトロノームの様に規則正しいペースで吸って吐いてを繰り返すうち、彼生来の不真面目な雰囲気が消えていく。猫背だった背筋が伸びる。腕や足の震えが止まる。やがてそれが厳かとさえ言えるほどになった時、彼は目を閉じた。

 

『場』の空気が静謐さに張り詰め、『陣』が淡い光を放ち始める。──寺門の、思念感応が始まった。

 

 そんな師の様子を、高橋はじっと見つめていた。

 寺門が思念感応をしているのを見るのは、初めてではなかった。弟子として色々な事件現場に連れて行かれ、その度にこれを見た。十や二十じゃくだらないほどには何度も。そして高橋が一番強く覚えているのは、初めて見た時のそれだった。

 

 自分と月宮が、何か黒くて大きなモノに襲われたあの森の洋館で、寺門が思念感応を行使している六年前のあの光景を、高橋はよく覚えている。

 

 明かりひとつ無い薄暗い洋館を、寺門と二人懐中電灯を持って探索した。かびた木とほこりの匂い、人のいない廃墟の冷たい空気、ホールに砕けて落ちていたシャンデリア、高橋の運動靴と寺門の革靴の足音、壁にかけられた貴婦人の肖像画、ところどころ穴が開いた大階段。今でも全て思い出せる。

 

 寺門は高橋達が何かに襲われた場所で、今と同じ様に『場』と『陣』を作り、その上であぐらをかいて目を閉じていた。

 幼い高橋はそれを、まだ柔らかい右手を握りしめながら見ていた。これでこの男が、自分と月宮を襲った何かを暴き出して、そしてそいつをぶっ飛ばしてくれると、そう思いながら。

 

 しかしそうはならなかった。高橋の目の前で、寺門は突然脂汗を吹き出し、ぶっ倒れた。『陣』の光は一瞬でかき消えた。高橋が慌てて駆け寄ると、寺門の体は氷の様に冷たくなっていた。全身をがくがく震わせ、両目を恐怖に見開いていた。寺門の恐怖は幼い高橋にも伝染し、高橋は金切り声を上げた。

 

 数分してようやく落ち着いた寺門は、高橋を強く抱きしめながら告げた。すまない、俺にはどうにもできないと。何を視たのかは、何も話してはくれなかった。高橋はその時のことを今でも覚えている。情けない寺門への怒りと、落胆と、どんな恐ろしい事があったのかさえ教えてもらえない、八歳の自分への悔しさと、そして少しだけ誇らしい気持ちが沸いたことを。俺の親友の月宮は、こんなでかい大人がびびっちまう様な相手に立ち向かっていったんだと。

 

 その後、二人は洋館から立ち去った。寺門は自分以上の思念感応の術者を探したが、一人も見つからなかった。何度か洋館を漁ったが何も出ず、月宮以外の被害者が出る事はなく、それ以上に出来ることは何もなかった。高橋と月宮の事件の調査は、そこでどん詰まりだった。

 

「くそったれ! ふざけやがって!」

 

 寺門の怒声。それが高橋を現実に引き戻した。ぼーっとしていた自分が怒られたのかと思い、慌てて顔を上げる。

 

 違います、だって寺門さんがそれをしている時は、俺することないですし、見張りは一応ちゃんとしてまし──

 

 頭の中に瞬時に浮かんだ適当な言い訳をするため、口を開こうとした高橋の目に映ったのは、あぐらをかいたまま、こっちを見もせずに拳を硬いコンクリートに叩きつける寺門の姿だった。

 

「なんだあれは! くそっ! ロクでもねぇもん視せやがってあの野郎!」

 

 がん、がんと寺門は何度も床を叩く。コンクリートのひび割れに、赤いモノが飛んだ。寺門の骨ばった拳から血が飛んでいた。

 呆気にとられる高橋は思う。──師匠はいったい何を視たのだろう。

 

「俺に視やすいように、ここに苦痛をなすりつけるためだけに、わざと全員なぶり殺しにしてやがった! くそが! 何考えてやがんだ! 生きたまま、生きたままだぞ!?」

 

 激昂する寺門。錫杖はすでにどこかに放り投げられていた。

 高橋は怖かった。寺門の言葉は自分にではなく、寺門が視た怪異に向けられたものだとは分かっていたが、それでも怖かった。右手に持ったはずのバットをいつの間にか両手で抱きしめていることに気づく。──キミの言ってた月宮くんは──にやにや笑う少女の顔が思い出され、後ずさりしかけていた足を、むしろ一歩前に踏み出した。

 

「舐めやがって、くそっ、くそっ! てめえが誰に喧嘩売ってんのか思い知らせてやる! てめえがやったのと同じことを、てめえにやり返してやる!」

 

 だだをこねるように何度も拳を振り下ろして叫ぶ寺門に近づき、いったい何を視たのかと聞こうとした時、高橋は寺門の叫びに交じっていた違和感に気づいた。

 

「……()()?」

「……高橋」

 

 ぎぎ、と寺門が振り向く。まるでずっとそこにいた高橋に、今初めて気づいたような顔をしていた。

 

「あの、寺門さん。全員って、どういうことですか」

 

 聞かずとも意味は分かっていた。

 ロクでもねぇもん。苦痛をなすりつけるため。全員。なぶり殺し。生きたまま。

 寺門がそんな言葉を吐いたのは、そこにあるぐちゃぐちゃの赤と白とピンクのモノの過去を視たからだ。

 

「全員って、なんですか」

 

 それでも高橋は聞いた。

 

「その……それは」

 

 震える指でそれを指す。高橋には、きっと酷い殺された方をしたのだろう、程度にしか想像できず、それでも戻してしまったそれを。

 

「……何人だったんですか」

 

 肩越しに高橋を見つめる寺門の目には、じんわりと涙が浮かんでいた。その理由は怒りか、悲しみか、恐怖か、たぶん全てだろうと思った。高橋の知るこのひょろひょろした暴力的な金髪頭は、そういう男だった。寺門はゆっくりと首を戻し目を伏せ、ポケットからタバコを取り出してくわえた。高橋はその動作をじっと見ていた。

 

 寺門はライターを探してポケットの中をかき回し、それが出てこないことに眉をしかめ、布地をうらっ返す。小銭と砂利と糸くずだけが落ちた。ようやくさっきライターを高橋に向かって投げつけたことに気づいた寺門は、重たそうに立ち上がる。白くよごれたズボンのケツを払い、高橋の横を通り過ぎる。高橋は動かない。寺門の向こうにあった死体だけを見ている。

 

 のそのそ歩いて落ちたライターのそばにかがみ込み、拾ってタバコに火をつける。白い煙が立ち上る。

 

 廃ビルの外から聞こえる、色々な音。制服を着た女子たちがきゃいきゃい話している。車が道を走っている。遠くの方で鳥が小さく鳴いている。ランニングしている少年たちの掛け声が聞こえる。

 

 寺門は死体の方を向いたままの高橋の背を見ながら、煙を吐いた。タバコの先を見つめる。85mmのそれがどんどん短くなって、挟み込んだ指のすぐそばまで灰が近づいてくる頃、そんな雑音に交じって聞き逃してしまいそうなほど小さく、寺門は答えた。

 

「三人だ」

 

 ◇

 

 寺門はいつものように緩んだネクタイをして、口の端にはタバコをくわえ、しかし、いつもよりも少しだけ渋い仏頂面をしていた。高橋は思う。師匠は一体何を視たのだろうか。

 

 押し黙ってしまった寺門と共に『場』を片付け、『陣』を消した。

 階段を下りていく寺門について行こうとして、高橋は振り返る。ぐちゃぐちゃの死体。寺門の拳から垂れた血。自分が吐いた乾きかけのゲロ。目をつぶり、それら全てに誓った。絶対にこれを引き起こした怪異を突き止め、ぶっ飛ばすと。

 

 廃ビルから外に出た。

 五月にしては強い日差しは傾いて、町を朱色に染めていた。先を歩く寺門に早足で追いつき、あの不思議な少女の話をしようとして、やめた。自分を吸血鬼だと言い、何故かあの廃ビルに現れ、そしてどこかに月宮を感じさせる少女。怪異の専門家である寺門に話すべき事だったが、どうしてか、寺門に話すべきでは無いようにも思えた。

 

 五月初旬。ゴールデンウィーク序盤の終わり。夕方。

 部活帰りか遊び帰りか、制服を着た中学生たちが、錫杖を持ったスーツの男とバットを担いだ少年の横を通り過ぎていく。

 

 

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