永久未完の歯車 作:残念無念譚
動かぬ歯車に覆われた部屋。
部屋の主は眠っており、それを見つめるモノが一つ。
一対の黄金の瞳が、瞬きもせず見ている。
横から抱きつくようにして横たわりながら、微動だにせず見つめている。
これは事実として
鼓動がなく、呼吸もない。
そのよく整った顔だけを見れば人形の如く見えるだろうか。
だが、体に目を向ければその異様が見える。
それはぼやけたヒトガタだ。
膝下まである紫の髪は末端が薄れている。
そしてその体も、確かにヒトガタに見える程度には見えながら外側が薄れている。
傍から見れば紫の煙のようにも見えるだろうその体は、輪郭が定まらない。
焦点が合わない・・・否、焦点が合ってなお定まらない異様。
まるでその場に滲み出ているかのようだ。
それに抱きつかれている者の姿は、煙に包まれているようにも見える。
いや、事実包まれているのだろう。
その眠りはあまりにも深いのだから。
「フフッ」
誰も動かぬ中、声が響く。
「嗚呼!素晴らしいよ、キミはここまで来たんだ。」
その声の主は部屋の中心に立っていた。
それは現れた時から喜色を浮かべていた。
その姿は、かの者の横に寝ている者と
ソレは部屋を見回し、部屋を覆う歯車を見る。
「コレがキミの見る世界、キミが回る・・・いや、
それらの歯車は全て同じ銅色でありながら、大きさ、形において同じものは一つとしてない。
大きいモノ、小さいモノ、車輪のようなモノ、穴が空いているモノ、ギザギザと尖ったモノなど様々だ。
それらが複雑に、だが確かに組み合わさって、この部屋を覆っている。
「キミはこの世界は無数の歯車が組み合わさったモノだと思っている。秩序として、あるいはシステムとして。だからキミはその一部として、一つの歯車として完成を目指した。」
「でもそれは間違いだ。なぜならキミが最初の歯車なんだ。この歯車の世界はキミから始まっているんだよ。」
部屋を覆う歯車、その中でも一際大きく、形状の複雑な歯車に視線が向く。
「最初の歯車、キミが唯一制作した歯車、キミ自身だ。他は全てキミの世界を構成する要素の歯車。」
「何故繰り返しの中で他の歯車が見つかるのか?」
改めて歯車を見回しながら、回答が出される。
「それはキミが世界から確立させているんだ。キミという歯車の回転に組み込まれて、同じ歯車としての形が付与されているんだ。」
「そして、それは広がる。一が二に、二が四に、四が八になるように。」
部屋の中心で両手を広げくるくると回っている。
それに伴うように、だんだんと紫が周囲へと滲んでいく。
まさしく喜色を振りまいているようだ。
「フフッ、あれは人かな?いや、組織、コミュニティの類か。ならあっちの纏まりは町かな?風の流れ、雨が降る?」
視線が歯車を探る。
「本来なら、もっと長い枠組みで、10年、20年と続けなきゃここまで揃わなかっただろうけど・・・」
そして、表面にある模様に移っていく。
「魔法陣・・・か。フフッ、これは私の印、私の証。」
かつては壁に描かれていた円陣。
今は歯車に浮かび上がっているそれは、かつての円陣とは異なる。
最初の歯車を除き、すべての歯車にある模様が繋がっており、もはや円陣ではなく遥かに大きく複雑な紋様だ。
「知ってはいなくても、分かってはいるのかな?」
「あるいは私と出会ったからかな?フフッ。」
「昔はよく喚ばれたものだけど、誰かがいたことはあまりなかった。最近で私を喚んだのはキミだけ。」
「そしてキミは
その顔は満面の笑みで語る。
寝ているモノとは対象的だ。
「嗚呼、そうだよ、キミは私の内側にあるんだ。この衝動にどんな名があるかはわからないけれど。」
「今私は満ちている。」
「今まででもっとも満ちているよ。キミしかいないんだ。」
「キミなら私と並ぶことができる。それが待ち遠しいよ。」
それは言葉に表すことができない。
最初から満ちていたが故に感じることの無かったモノ。
「ああ、そうだ。」
ふと思い出したかのように、己の似姿へと近づく。
そして、その体の中心に腕を突き入れる。
確かな実体があるはずのソレを無視するかのような有様。
やがてその内から、一つのものを取り出す。
「これがキミにとっての私、例えほんの僅かな影法師に過ぎないものだとしても。」
「キミは私を取り込むまでに至った。」
それは奇っ怪な歯車だった。
紫色の歯車は、その内側を無数の歯車で構成していた。
それは複雑に組み変わるように回り、構造を窺い知ることはできない。
その上、どこから見ても歪んでいるように見える。
「そして私が歯車に、キミの世界の一つとして加わるくらいに、キミと私は密接な関係になった。」
「この歯車はキミの歯車と同じ大きさだ。言葉で聞くよりもよほど雄弁だね。」
「この歯車が嵌る場所は扉、キミとは向かい合う位置になる・・・か、フフフ。」
どこまでも上機嫌なソレは、歯車を元の場所へ戻すと立ち去る準備を始める。
次に進めるつもりになったらしい。
「キミが完成するとき、それはキミが生まれるとき、キミが独立するときだ。」
「そのときキミは名前を得て、私と出会うだろう。」
「そしたら名を呼び交わそう。」
「
語り手が去り、部屋に再びの静寂が訪れた。
だが、全てが元通りになったわけではなかった。
人形の如く表情の無かった顔には、僅かに笑みが浮かんでいた。
目が覚めた。
何やってたんだっけか。
確かヤツが来て、それで・・・。
ああ、一緒に寝るって話だったか。
そこまで思い出し、自分に抱きつくようにしているヤツの方に顔を向ける。
黄金の瞳と目が合った。
それは瞬きもせず、こちらを見つめている。
ずっと見ていると吸い込まれそうだ。
「あー、おはよう?」
「おはよう。」
二人して起き上がる。
なんか落ち着かないな。
ササッと離れるようにベッドから立ち、時間を確認する。
それは寝た時間・・・いや、ヤツが現れた時間から変わっていなかった。
「ねぇ。」
「なんだ?」
「キミに渡したいモノがあるんだ。」
なんか貰えるらしい。
コイツが何か渡してくるのは初めての出来事だ。
一体何だろう。
「ほら、これを。」
それは歯車だった。
紫の歯車。
それを受け取って驚く。
「うあー、何というか・・・何だ?」
歯車の内側に無数の歯車でできた機構がある。
この機構は詳細は分からないが内側で完結しているようだ。
多少は外側と互いに干渉し合うようになってるのか?
だが問題はそこではない。
どこから見ても歪んでいて噛み合いそうにない。
おまけに手触りと見た目の感覚がズレている。
「ほら、早く使いなよ。」
「・・・わかった。」
これを嵌めれば今回は帰るって感じか。
なら早速。
部屋の中で最後に残った扉の中心に、紫の歯車を嵌め込む。
「・・・絶対噛み合わないように見えたんだけどな。」
しっかり嵌った。
不思議でならない。
「フフッ、これで1年は終わりさ。」
「そうか、長かったようなそうでもないような・・・。」
「じゃあ朝まで一緒に寝ようじゃないか。」
「えあ?」
いや、お前が帰らないと時間が進まないだろ。
「ほら、寝る時間がズレるとよくないだろう?」
ヤツが机の上にある時計を指差す。
時間が進んでいた。
それに周りの歯車も回りだしている。
コイツ常駐するようになったのか。
それと
「なんか見た目変わってないか?」
「そうかな?私は何も変えてないけど。」
整った顔立ち、黄金の瞳、長い紫の髪は変わりがない。
だが服装が違う気がする。
上は紫色ので、胸元からお腹あたりまでV字状に開いており間は複数のリボンで靴紐みたいに結ばれている。
その内側は何も見えない、100%の黒なのか?
だが、リボンあたりを見るに恐らくフリルの付いたワイシャツみたいなやつだろう。
袖口はフリルがあしらわれており、手は紫のレースの手袋で覆われている。
そして下はフリルで三段くらいに見えるスカートだ。
長さは膝上くらいで、足はシャツと同じような黒。
顔が微動だにしないから服装と相まって人形みたいに見える。
だが何も映らない黒が異質さを感じさせる。
前までの姿も異質だったが、こういうのでは無かったような・・・。
服装だけなら女の子みたいだが、全体として見ると本当にそうなのか疑わしくなってくる。
雰囲気の問題だろうか。
「私が気になるかい?キミがどうしても知りたいなら触れてもいい。」
そう言って誘いをこちらに投げかけてきた。
色々と本当に良くないと思う。
「いや、いい。」
「そうかい?」
コイツにとやかく言ってもどうにもならんし、さっさと寝よう。
ベッドに入り、布団を被る。
そうするとコイツはくっついてくる。
「何故そうもくっつく?」
「不満かい?」
「そうではないが・・・」
「ならいいじゃないか、私はキミの近くに有りたいのさ。」
そういってヤツは目を閉じる。
・・・気にしない事にしよう。
自分も目を閉じて、眠りに就くことにした。