聖なる刃と、不思議な本。   作:ほろろぎ

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第一章 ここから始まる、物語。

 どうしてその本を選んだのか。

 そのきっかけを、神川剣司(かみかわ けんじ)は思い出せなかった。

 

 誰かに勧められたのか。

 彼に本を進めてくるような親しい間柄(あいだがら)の人間は、数えるほどしかいない。

 そうだとしたら、相手のことは覚えているに違いない。

 だとすれば、ただの気まぐれで手に取っただけか。

 一流の物書きの書いた本なら、タイトルだけで興味を惹きつけるに十分な魅力をはなっているだろうから、それも不思議ではない。

 

 手にしたハードカバーのページをめくりながら、ふと剣司はそんなことを考えていた。

 

 四国は香川県、讃州市。

 私立讃州中学校の、三年生のとある教室の隅の方の席に、剣司はいる。

 昼休みの今、他の生徒たちは校庭に運動に出たり、または室内で友人とおしゃべりに興じたり、思い思いの時を過ごす。

 そんな中、剣司は一人、静かに本に目を通していた。

 

 別に、クラスメイトたちから仲間外れにされている訳ではない。

 単に誰かと遊ぶより、一人静かに読書にふけるのが好きなだけである。

 そんな学校生活が続いたため、今ではめったに彼に声をかける者もいなくなってしまったのだが。

 

「また一人?」

 

 その例外が現れた。

 剣司の数少ない、というか二人しかいない友人の一人である少女、犬吠埼風。

 

 彼女と知り合うきっかけになった出来事は、なんてことのない平凡なものだ。

 三年に進級して同じクラスになり、席が隣同士だったからという、それだけ。

 人と話すより一人静かに本を読むことを好む剣司だったが、不思議と風に対しては会話が弾んだものだ。

 

 少女の声に本から意識を戻された剣司は、顔を上げ返事を返す。

 

「いつものことだよ。俺は気にしてない」

「友達として、あたしが気にするんだけど?」

「俺には、風さんがいれば十分だよ」

「ぅ……。まーたそんな、恥ずかしいセリフを……」

 

 異性から言われなれない言葉をかけられ、風の頬はわずかに赤らんだ。

 

「それで、なに読んでたわけ?」

「西暦の、一九五〇年代に書かれた、外国の本だよ」

「四百年近く昔じゃない。よく残ってたわね、そんな古いものが」

「奇跡だよね。神世紀に入ってからは、あまり新書は出なくなったから」

「どんなストーリーなの?」

 

 剣司は大まかなあらすじを、かいつまんで説明する。

 

「本を読むことが禁止された世界のお話だよ。国の決まりで本を処分する仕事をしてた主人公が、自分も本に触れて、今の仕事や国の在り方に疑問を持つ。って感じの内容かな」

「へ~、なんだか難しそう」

「風さんも読んでみる?」

「うーん、遠慮しとくわ。あたし、あんまり小説とか読まないのよね。特に、そういう分厚い系は。女子力を上げるために、ファッション雑誌とかはたまに見るんだけど」

「そっか。もし興味がわいたら教えて。その時には貸すから」

「うん、ありがと」

 

 ところで……と、風は話題を変える。

 

「その読書大好きな剣司を見込んで、ちょーっとお願いしたいことがあるのよね~」

「お願い?」

「今度、勇者部で人形劇をすることになったのよ。その脚本を書いてほしいな~って」

 

 勇者部とは、ボランティア活動を行っている、讃州中学にしか存在しない独自の部活だ。

 風が部長を務め、彼女が部の発足人でもある。

 

「脚本って……俺、本を読むのは好きだけど、自分が本を書くなんて、したことないよ?」

「大丈夫、大丈夫。保育園の子供を相手にしたものだから、分かりやすい簡単なお話でいいのよ」

「うーん……」

 

 腕を組み、考える剣司。

 風は子供相手だから、なんて言うが、子供だって意外とするどい観察眼を持っている。

 子供だからなんて舐めた態度で接すると、すぐに見破られてしまうものだ。

 

「おねがーい! もう劇やるって引き受けちゃったのよー!」

「なんでそんな考えなしに受けちゃうかなぁ」

「なせば大抵なんとかなる、が我が部のモットーだからね。仕方ないわ」

「そんな行き当たりばったりで、よく部活が続けられるね……」

「みんな勉強とか部活が忙しくて、お話なんて考える余裕がないって。もう剣司しか頼れる人がいないの」

 

 ウルウル、と可愛らしく目を潤ませ、風は助けを求める。

 そんなふうに言われたら、断れないじゃないか。

 

「……わかった。俺も自信ないけど、やれるだけはやってみるよ」

 

 その言葉に、風の表情がパァッと明るくなる。

 

「さっすが男の子! やる時はやる奴だって思ってたわよ」

「まだなにもやれてないけどね、決意しただけで」

「大丈夫よ。あんたも前に言ってたじゃない、『覚悟を超えた先に希望はある』って」

 

 その言葉は、かつて剣司の大切な人が彼に言っていたセリフだった。

 剣司はその人物のことを思い出しそうになるが、(とど)めるように小さく頭を振る。

 そんな剣司の様子には気づかず、風は話を続ける。

 

「そうだわ。どう、剣司。今夜、家に夕飯食べに来ない?」

「え、なに突然」

「脚本の執筆依頼を受けてくれたお礼よ」

「いやそんな、女子の家にお邪魔するなんて……。それも夜に」

「友達なんだから別にいいじゃない。樹だって喜ぶわよ」

 

 風は家に来てもらう時間を決め、それを伝えると返事も待たずに去っていった。

 

「こういう時の風さんは、強引だなぁ」

 

 苦笑を浮かべる剣司。

 ちょっと強引だったが、強く言わないといつまでも遠慮することを見越しての行動だ。

 剣司の方でも、風の申し出を不快に思っているわけではない。

 むしろ、自身の寂しい生活環境を思い返して、人の温もりに触れる機会を用意してくれる彼女に、感謝しているくらいだった。

 

(家に寄る前に、なにかお土産でも買っていった方がいいかな……?)

 

 そんなことに思考を向ける剣司であった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「こんばんわー」

 

 指定された時間ちょうどに、剣司は犬吠埼家のインターホンを鳴らした。

 彼の来訪を待っていたかのように、間を置かずドアが開けられる。

 

「剣司さん、いらっしゃいませ」

「やあ、樹ちゃん。久しぶりだね」

 

 剣司を迎え入れたのは、風の妹の犬吠埼樹である。

 彼女こそが、風に次ぐ二人目の友人だ。

 

「どうぞ、上がってください」

「おじゃましまーす。あ、これ、お土産」

「わぁ、プリンですか。私好きなんですよ。ありがとうございます」

 

 なにかと積極的な姉の風に対して、樹は引っ込み思案な少女だ。

 なかなかに人見知りするたちの樹なのだが、風を介して知り合うことになった剣司に対しては、初対面の時からどういう訳か抵抗を感じなかった。

 剣司の方でも樹に対しては、風の時と同じように壁を感じず話すことができた。

 そんな二人は互いにすぐに打ち解け合い、今では年齢差を超えた友人になれたのである。

 

 ある時、こんなことを冗談で言い合ったものだ。

 

『私たちって、もしかしたら前世では兄弟か姉妹だったのかもしれませんね』

『同じ一人の人間の魂が、生まれ変わって二つに分かれた。なんて物語を聞いたことがある。僕たちの場合も、そうだったりしてね』

 

 リビングに通された剣司。

 テーブルの上にはすでに、風お手製の夕飯である釜揚げうどんが用意されていた。

 それも尋常な量ではなく。

 

「これはすごいね……五人前以上はあるんじゃないかな。いくら三人でも、こんなには食べられないよ?」

「あ、それあたしの分ね。剣司と樹のは、こっちで別に用意してるから」

「えぇ……風さん、それ絶対に一人で食べる量じゃないよ」

「お姉ちゃんはいつもこんな感じです」

「あたしの女子力にかかれば、これくらい前座よ前座」

「風さんの胃袋は宇宙だったのか……(白目)」

「剣司さん、うどんが冷めないうちに食べ始めましょう」

 

 樹に(うなが)され席に着く。

 三人は行儀よく合掌し、うどんをすすり始めた。

 

「おぉ……このうどん、すごく美味しい!」

 

 ツユにつけた麺を一口食べただけで、剣司はこの味の(とりこ)になった。

 剣司の感嘆の声を聞いた風は、安堵の表情を浮かべる。

 

「よかった~。麺はかめやのお取り寄せだけど、つけツユはあたしのオリジナルなのよね」

「そうなの? プロ並みの技術だよ、これは。こんな料理を作れるなんて、風さんはいいお嫁さんになるね」

「ぅ……またそうやって、恥ずかしいことを言う……」

 

 学校の時のように、褒められた風は頬を染める。

 そんな姉を、温かい微笑みで見つめる樹。

 

「と、ところで、剣司の方はどうなのよ。家でちゃんとした食事とれてるの? 今は一人暮らしなんでしょ」

「レシピの本を見ながら、どうにか料理は作れてるよ。味はまぁ……可もなく不可もなくってところ」

「お兄さんのことは、なにか分かったんですか?」

「いや、全然。大赦の方でも調べてくれてるみたいだけど……」

 

 うどんを食べる手が止まり、剣司の表情にわずかに影が差した。

 暗くなった雰囲気を変えようと、剣司は話題を変える。

 

「そういえば、樹ちゃんは調子はどうなの? 学校とか、勇者部とか、楽しくやれてるかい?」

「は、はい。この間、友達に誘われてカラオケに行ったんですよ。私は聞いてるだけでしたけど。あ、そういえば最近、勇者部でびっくりすることが起きたんだよね、お姉ちゃん」

「あー、あれはスゴかったわね~。まさか、あんな驚きの出来事が起きるなんてねぇ」

「なになに、すっごい気になる」

「実は~……」

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 今日は休日。学校も休みで宿題も終わらせた。

 他に用事もないので、剣司は風に依頼された、勇者部の人形劇用の脚本執筆にとりかかった。

 のだが……

 

「ダメだ……いいアイディアが全然浮かばない……」

 

 本が好きで、これまで様々なジャンルの本を読み漁ってきた剣司だったが、やはり読むのと書くのとでは勝手が違う様子。

 劇のストーリーを考えても、さっぱり案が思いつかないで苦しんでいた。

 朝から数時間悩み続け、今はお昼が近づいている。

 

「やっぱり、断るべきだったのかな……」

 

 不用意に頼みを引き受けたことを後悔しかけた、その時

 

「? 電話? ……誰だろう」

 

 呼び出し音が鳴る電話の受話器を取る。

 

「もしもし」

『……剣司くんか?』

「その声は、おじさん?」

 

 電話の主は、剣司の母の兄である叔父だった。

 

「どうしたんです?」

『直接会って、渡したいものがある。今から家に来てくれないか』

 

 叔父の言葉からは、有無を言わせない様な緊迫感がにじみ出ていた。

 このまま家にいても、パッと脚本のアイディアが浮かぶわけでもない。

 剣司は財布とカバンをとると、即座に叔父の待つ家に向かった。

 

 電車に乗って数十分、親戚の家に到着する。

 一言で言って、大邸宅だ。それもただの大邸宅ではない。

 四国の中でも有数の、代々続く名家である『伊予島』家。それが剣司の親戚なのだ。

 

「よく来てくれた。急に呼びつけて、すまなかったね」

「いえ、俺も暇だったんで。それで、渡したいものって……」

 

 叔父は、手の平ほどのサイズの木箱を一つ、剣司の前に置いた。

 

「これは……相当古いものですね」

「ああ。三百年前から、我が伊予島の家に伝わる家宝だ」

 

 箱を開ける。

 木箱の中には、一辺が十センチにも満たない、四角形の奇妙な物体が収められていた。

 

「なんですか、これ」

「これは……『本』だ」

「本? こんな形の本があるんですか?」

 

 それは、剣司の知る本の形とは似ても似つかない、独特の形態をしていた。

 剣司は、まるで吸い寄せられるようにその本を手に取る。

 

「硬い……。紙でも、皮でもない。まるで、プラスチックみたいだ。こんな不思議な形の本が、三百年も前からあったんですか?」

「この本は『ワンダーライドブック』と呼ばれている書物の一冊だ。三百年前に、我が家のご先祖である『伊予島杏』様が使っていたものだ」

 

 叔父の言い方に、剣司は違和感を覚えた。

 

「使う? 読むではなく?」

「……伊予島の家が今、名家として存在している理由を、君は知っているかな」

「え、はい。杏様が、神樹様をお祀りする大赦の中心人物として活動していたから、ですよね?」

「そうだ。外の世界を覆う死のウイルスから、神である神樹様は我々と四国を守ってくださっている。その神樹様と共にウイルスと戦ったのが、杏様だ」

「…………」

「杏様は亡くなられる前に、一つの遺言を残された。『゙(つるぎ)゙を゙(つかさど)゙る運命に選ばれし者に、この本を与えよ』、と」

 

 剣司は本に視線を落とす。

 それは赤く、表紙には一匹のドラゴンの絵柄が印刷されていた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「……結局、受け取っちゃったな」

 

 自宅に帰った剣司。

 部屋で本──ワンダーライドブック─を手に呟いた。

 

「一体なんなんだ、この本は? おじさんは、俺にこれを渡して、どうしろっていうんだ?」

 

 改めて、本の表紙に目をやる。

 独特の書体で読み取るのが難しかったが、表紙には『ブレイブドラゴン』との一文が書かれていた。

 それがこの本のタイトルであるらしい。

 

 ブレイブドラゴンのページに手をかける。

 伊予島家ではまだ、内容にまで目を通していなかったからだ。

 剣司はじっくりと、舐めるようにその物語を読み進めていく。

 そうして時をかけて、全てのページをめくり終えた。

 

「……これ、すっごく面白いぞ」

 

 ブレイブドラゴンの物語を読み終えた剣司は、興奮したように言った。

 本の出だしには、こうつづられている。

 

──かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた……──

 

 世界を滅ぼす存在と言われ、人々から忌み嫌われていたドラゴンがいた。

 だが、ドラゴンは人々を守るため、孤独に耐えて真の世界の滅びを止めるための旅に出る。

 そんな内容のストーリーだ。

 

「……そうだ。俺もこんな風な、王道のファンタジーを書こう!」

 

 ブレイブドラゴンの物語に触発された剣司。

 ようやく脚本の妙案が浮かんだ彼は、早速机に向かうと、勢いのままに紙にペンを走らせる。

 

「今の熱意が消えないうちに、俺の思いのすべてを、この紙にぶつけるんだ!」

 

 ほとばしる情熱に身を任せ、この日は徹夜で執筆にあたる剣司であった。




ゆゆゆ本編の展開は、次回から始まります。
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