聖なる刃と、不思議な本。   作:ほろろぎ

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第十章 心を込めて、奏でる歌は。

 家庭科室の一室を間借りした部室で、勇者部は今日も部活動に精を出していた。

 

 友奈はこれまでの活動を報告するための新聞のレイアウトを決め、東郷はパソコンを操り、部の専用ホームページの更新を進めている。

 最近勇者部に加わった夏凛は、捨て猫の貰い手を(つの)るための広告を書いていた。

 剣司と風はというと、共に文化祭で行う予定の演劇の台本について、話し合いの最中だ。

 

「やっぱり、せっかくの大舞台を使った劇なんだから、それに見合ったド派手なストーリーがいいわよね」

「といっても、六人じゃ用意できるセットや小道具にも限りがあるんだから、お話もそれに合わせないと」

「あたしとしては、この間公開されたアクション映画を参考に……」

「まずはしっかりした物語の地盤を作らないと……」

 

 どうも、二人の間で劇のストーリーに対する考えに違いがあるようで、具体的な話は一向に進まないでいた。

 各々がそれぞれの活動を進める中で、樹は一人、机の前でうなだれていた。

 

「どうしたんだい、樹ちゃん?」

 

 そんな樹に気づいた剣司が声をかける。

 問いかけに答えるでもなく、少女は深い深い溜め息を()いた。

 なにごとかと、気になった他のメンバーも樹の周りに集まる。

 

「これは……タロット?」

 

 樹の座るテーブルの上には、数枚のタロットカードが並べられていた。

 これは彼女の得意とする、占いによるものだ。

 剣司は質問を続ける。

 

「なにを占ってたの?」

「今度の音楽の授業で歌のテストがあるんですけど、上手く歌えるか、その結果を」

「結果は、どう出たんだい?」

「……死神の正位置。意味は、破滅と終局……」

 

 ズーンという擬音が聞こえそうなほど、樹はガックリと肩を落とす。

 

「気にし過ぎは良くないよ、樹ちゃん」

「友奈ちゃんの言う通りだわ。こういうのは、当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦というし」

 

 友奈と東郷がフォローするが、樹の様子は変わらない。

 

「樹の占いは結構当たるって評判だからねぇ。こんな結果が出たんじゃ、気になるのも仕方ないわ」

「だったらいっそ、いい結果が出るまでやり直せば?」

 

 夏凛の案を受け、樹は再度カードを切りはじめる。

 しかし出た目は

 

「いやぁ……まさか四回連続で死神の目が出るなんてね」

 

 まさかの連続した負の結果に、剣司を始め全員が苦笑いを浮かべた。

 

「よっしゃ。今日の緊急議題は、樹の歌のテストをいかに成功させるか、にしましょ」

 

 部長の(つる)の一声で、突発的に新たな活動テーマが設けられる。

 樹に対して過保護な風にとっては、最愛の妹の悩みを放置するなど、できようはずもない。

 

「そ、そんな。私のためにみんなの手を(わずら)わせるなんて……」

「勇者部は困ってる人を助けるためにある! それは部員だって変わらないわよ。ね?」

 

 風は剣司たちに同意を求める。

 みんな、異を唱えるはずもない。

 姉の温かい言葉を受け、いざ樹のお悩み解決活動が始まった。

 

「でも歌を上手くする方法って、どんなのがあるんだろ?」

「まずは歌声でアルファー波を出せるようになることね。いい音楽や歌というものは、すべてアルファー波で説明がつくのよ」

「そうなんだ! 東郷さんって物知りだなぁ~」

「……そうなの?」

「俺が読んだ本には、そんなことが書かれているものはなかったはずだから、違うと思う」

 

 親友の言葉はすぐ鵜呑みにする友奈。

 夏凛は剣司に訊ねるが、どうにも信憑性に欠ける説のようだ。

 

「お風呂で一人で歌ってるのが聞こえることあるけど、その時は上手いんだけどねぇ」

 

 と風。

 どうやら樹は人前に出ると、緊張のため普段の調子が出せなくなる様子。

 

「だったら、『習うより慣れろ』だね」

 

 友奈の提案によって、六人は学校の近くにあるカラオケ店に移動した。

 そこで、まずは知り合いの前で歌うことで、徐々に人目に慣らしていこうというのが、彼女の作戦だった。

 

「ここがカラオケ……」

「へぇー、中は結構広いのね」

 

 これまで友人がいなかった剣司と夏凛は、実はカラオケボックスに来たのはこの日が初だった。

 二人とも、興味津々で部屋の中を見回している。

 

「んじゃ、ここは経験豊富なあたしから」

 

 そう言ってマイクを手にする風。

 東郷はマラカスを手に、友奈と樹は手拍子で、風の歌を盛り上げる。

 剣司と夏凛が加わるまでは、この四人で活動していた勇者部。

 そのため、四人は今までも何度か揃ってカラオケに来ていたりするのだ。

 

「イエーイ、どうもありがとー!」

 

 気持ちよく歌い切った風。

 得点も九十二点とかなりのものだ。

 二番手は友奈。

 歌ったのは可愛らしい感じの、アイドルの曲だった。

 続く東郷。

 流れてきたメロディーは、マーチが特徴の彼女の十八番(おはこ)

 

「まさかの軍歌とはね……」

「アハハ……。でも東郷さんらしいよ」

 

 独特過ぎる選曲に若干引き気味の夏凛と剣司。

 二人をよそに、風と樹、友奈の三人はやおら立ち上がると、その場で綺麗な敬礼の姿勢をとった。

 

「え、な、なに!?」

 

 突然の三人の奇行に驚く夏凛。

 剣司も目を見開いて、風たちを見つめる。

 

 結局、東郷が一曲歌いきるまで、三人は姿勢を崩すことはなかった。

 

「……なんだったの、今の?」

「私たち、東郷さんが歌う時はいつも、あんな感じだよ」

「あっ、そう……」

 

 なんでもないことのように答える友奈に、夏凛は疲れたように漏らした。

 

「次は夏凛、いっちゃいなさい!」

 

 風が指名した。

 しかし夏凛も初めてのカラオケ体験で、樹ほどではないにしろ多少の緊張を覚えている。

 そんな夏凛に、剣司が助け舟を出した。

 

「せっかくだし、カラオケ初めて同士、一緒に歌わない?」

「しょ、しょうがないわね! じゃあ、選曲はあんたに任せるわ」

「えーっと、じゃあこれを」

 

 風に教えられて、選んだ曲をプレイリストに入れる。

 

「あ、これなら私も知ってるわ」

 

 マイクを手に、横並びに立って夏凛と剣司は歌い始める。

 誰にも知られずに(ひそ)やかに咲く花の優しさを歌った曲に、樹たちも静かに聞き入った。

 

「へぇー、なかなか上手いじゃない」

「ま、私にかかればこれくらい」

「歌を歌うのって、結構楽しいものなんだね」

 

 風の言葉に、二人はそれぞれの感想をもらした。

 そして、いよいよメインである樹の番が回ってくる。

 樹は緊張を隠すことなく、震える手でマイクを取った。

 

「スゥー……」

 

 テストでの課題曲が流れ出す。

 息を吸い、樹は歌い始めるが

 

「はぁ~……」

「やっぱり、ちょっと硬いかな」

 

 案の定、震える声では音程を外したメロディーになってしまう。

 樹は、はた目にも気の毒になるくらいの落ち込みを見せた。

 風が即座にフォローの言葉をかけるが、効果はない。

 

「最初から上手くやろうとする必要はないわ。私だって訓練をずっと続けてきたから今、晴れて勇者になれたんだもの。樹も諦めずに練習していれば、きっと結果は出せるわ」

「夏凛さん……ありがとうございます」

「そうだね、今日もまだ時間はあるんだし。そうだ、風さんと一緒に歌ってみたらどう?」

「お、いいわね~。犬吠埼姉妹の(うるわ)しいハーモニーを、聞かせてしんぜようじゃないの」

 

 時間いっぱいまでみんなと歌い切った樹だったが、結局この日は進展なしという結果に終わった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「えっと……なんですか、これ?」

「私の私物よ」

 

 みんなでカラオケに行った翌日の、放課後の勇者部。

 樹の前には、十種類を超える各種のサプリメントが置かれていた。

 夏凛が答えたように、これらのサプリはすべて、彼女が個人的に所有しているものである。

 

「マグネシウムやリンゴ酢は肺にいいから、声が出やすくなる。ビタミンは血行をよくして、ノドの健康を保つ。コエンザイムはノドの筋肉の活動を助け、オリーブオイルと蜂蜜もノドにいい」

 

 スラスラと各サプリの効能を説明する。

 ノドに効くものだけを厳選して持ってきた、と夏凛。

 

「夏凛の家は薬屋さんかなにかなの?」

「さあ、樹。これ全部飲んでみなさい」

「いや……全部はちょっと……」

 

 風の言葉を無視して夏凛はサプリを進めるが、さすがに全種類を飲み下すのは難しいだろう。

 

「むぅ……。まあ、確かに初心者の樹に、いきなりは無理か」

 

 と、各サプリの中から厳選した数種類を並べる。

 それらを今度は飲み、樹は部員の前で歌ってみるが……

 

「ノドよりも、リラックスの問題じゃない?」

 

 やはり上手く歌うことはできず、風は緊張を和らげることが必要ではないかと結論付けた。

 

「明日は緊張をほぐす効果のあるサプリを持ってくるわ」

「やっぱりサプリなんですか!?」

「夏凛ちゃんのサプリ信仰は筋金入りだね」

 

 剣司は苦笑と共に言った。

 そして、カバンから数冊の本を取りだす。

 

「えっと、これは……?」

「上手な発声方法とか、ボイストレーニングに関する教本だよ。俺にできることは、これくらいだから」

 

 自腹で購入した本を樹に渡した。

 

「剣司さん、夏凛さん、お姉ちゃんたちも。私のために、ありがとうございます」

 

 樹は大切そうに本を抱き、みんなに感謝を伝えた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 部活も終わり、下校の時間。

 普段、犬吠埼姉妹は一緒に帰っているのだが、この日は風が用事があるため、いつもと違って二人は別行動。

 そのため、樹を家まで送る役目を、剣司が買って出た。

 

 他愛のない話をしながら、夕暮れの道を並んで歩く二人。

 主に樹が話題を出し、剣司がそれに相づちを打つという形だが、剣司は樹に違和感を感じていた。

 少女はそれを隠そうと努めている様子だが、それが余計に不自然さを(かも)し出している。

 

「樹ちゃん、もしかして……すでに緊張してる?」

 

 思い切って訪ねてみると、案の定か、樹は肩を震わせた。

 

「そ、その……皆さんから期待されてると思うと、それに応えなくちゃと思って、どうしても……」

「あちゃー、ごめん。俺たちの行動が、余計に重荷になっちゃったか」

「い、いえ! 先輩たちは悪くないです! 私が勝手にプレッシャーに感じてるだけで……」

 

 わたわたと手を振り、剣司たちの行いをフォローする樹。

 

「ごめんなさい。私、皆さんに迷惑かけてばかりで」

「そんなことないさ。俺たち誰も、樹ちゃんのことを迷惑だなんて思ってないよ」

 

 樹はうつむいたまま黙っている。

 剣司は少女の正面に立ち、両の肩に手を置いた。

 ハッとした表情で顔を上げる樹。

 

「俺たち勇者部は、お互いを信じ助け合う。仲間として、友人として。それが俺たちの物語になる。樹ちゃんの悩みも俺たちの物語だ。そして……物語の結末を決めるのは、いつだって自分なんだ」

「物語を、自分で決める……」

「それにね、俺は思うんだ。本当に強い人っていうのはね、どんなに手強(てごわ)い相手でも逃げずに立ち向かう。そういう人のことだって」

 

 剣司は、樹に柔らかい微笑みを向ける。

 まるで、本物の家族に向けるような笑みを。

 

「樹ちゃんも、風さんのためにバーテックスなんて怪物に立ち向かったじゃないか」

「それは……」

「大丈夫だ、君は強い!」

 

 確信と共に告げられた言葉。

 

 樹は風と共に、勇者としての過酷な戦いに自らの意思で参加した。

 しかしそれでも尚、自分はいまだ守られる側から抜け出せていないのではないか、という不安を抱えていたのだ。

 

 だが、剣司は少女が内包するしたたかな心を認め、すでに樹は強い存在であるのだとはっきりと伝えた。

 

「ぁ、ありがとう……ございます」

 

 微塵(みじん)も疑いを持っていない剣司の、まっすぐすぎる言葉を受けて樹は赤面。

 もごもごとお礼を口にするも、周りから見ると告白シーンの様な絵面に気づいた二人は、微妙な空気のまま分かれ道までのルートを過ごすのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「樹ちゃん、歌のテスト上手くいったかなぁ」

 

 ついに訪れた樹の試練の日。

 放課後いつものように部室に集まった勇者部員たちは、友奈を筆頭にソワソワとした気持ちで少女の到来を待っていた。

 その中で風と剣司の二人は、普段と変わらぬ様子で椅子に座っている。

 

「お二人は、心配じゃないんですか?」

 

 必勝祈願と書かれたハチマキを額に締めた東郷がたずねた。

 

「大丈夫よ。あの子は、あたしの自慢の妹なんだから」

「やれるだけのことはやったからね。あとは樹ちゃんを信じるだけさ」

 

 二人が答えた直後、ついに待ち人がやって来た。

 

「樹ちゃん、ど……どうだった?」

 

 思わず席から立ち上がりつつ、友奈が問う。

 樹は、満面の笑みと共にVサインを送った。

 

「「「「「やったー!!」」」」」

 

 みんなの声が重なり、樹の合格を自分のことのように喜んだ。

 

「本当はギリギリまで不安だったんですけど、これのおかげで乗り切れました」

 

 樹はカバンから、折りたたまれたノートの一枚を取りだす。

 それは、友奈の発案でひそかに少女に贈られた、応援の寄せ書きだった。

 友奈に頼まれた剣司も、『自分を信じて』と一言書き添えている。

 

「よーっし! 樹のお祝いで、今からみんなでかめやに行きましょう。今日はあたしのおごりだー!」

「風さんだけに払わせる訳にはいかないな。俺も半分出すよ」

「ありがとー! 実はお小遣い少なかったのよ~」

「わーい! 先輩たち太っ腹ー!」

 

 かめやで(にぎ)やかな食事を終え、剣司は犬吠埼姉妹と三人で帰路についていた。

 家への帰り道の途中で、樹はふいに隣を歩く姉に話しかける。

 

「あのね、お姉ちゃん。私、やりたいことができたよ」

「やりたいこと? なになに、将来の夢とか?」

「うん、そんな感じ。……お姉ちゃんは、将来の夢ってどんなの?」

「あたしはまだ、そういうの考えたことないわね~。剣司は?」

「俺もまだ。俺と風さんは、まずは進学のことを考えないとだしね」

 

 樹は、そっか、と一言。

 

「樹ちゃんの夢って……」

「はい、その……歌の道を目指してみたいなぁ~って」

 

 モジモジと消極的に、それでもしっかりと、少女は自分の夢を口にした。

 

「歌手かぁ……。いいわね! お姉ちゃんは応援するわよ!」

「俺も、CDが発売されたら真っ先に買うよ」

「お姉ちゃんはありがとうだけど、剣司さんは気が早いですよ!」

 

 慌てる樹の叫びが、夕暮れの帰り道に響く。

 それもやがて、三人の笑い声に変わっていった。




今後の展開の都合上、樹ちゃんは夢のことを公言しています
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