やっと完成しました…
家庭科室の一室を間借りした部室で、勇者部は今日も部活動に精を出していた。
友奈はこれまでの活動を報告するための新聞のレイアウトを決め、東郷はパソコンを操り、部の専用ホームページの更新を進めている。
最近勇者部に加わった夏凛は、捨て猫の貰い手を
剣司と風はというと、共に文化祭で行う予定の演劇の台本について、話し合いの最中だ。
「やっぱり、せっかくの大舞台を使った劇なんだから、それに見合ったド派手なストーリーがいいわよね」
「といっても、六人じゃ用意できるセットや小道具にも限りがあるんだから、お話もそれに合わせないと」
「あたしとしては、この間公開されたアクション映画を参考に……」
「まずはしっかりした物語の地盤を作らないと……」
どうも、二人の間で劇のストーリーに対する考えに違いがあるようで、具体的な話は一向に進まないでいた。
各々がそれぞれの活動を進める中で、樹は一人、机の前でうなだれていた。
「どうしたんだい、樹ちゃん?」
そんな樹に気づいた剣司が声をかける。
問いかけに答えるでもなく、少女は深い深い溜め息を
なにごとかと、気になった他のメンバーも樹の周りに集まる。
「これは……タロット?」
樹の座るテーブルの上には、数枚のタロットカードが並べられていた。
これは彼女の得意とする、占いによるものだ。
剣司は質問を続ける。
「なにを占ってたの?」
「今度の音楽の授業で歌のテストがあるんですけど、上手く歌えるか、その結果を」
「結果は、どう出たんだい?」
「……死神の正位置。意味は、破滅と終局……」
ズーンという擬音が聞こえそうなほど、樹はガックリと肩を落とす。
「気にし過ぎは良くないよ、樹ちゃん」
「友奈ちゃんの言う通りだわ。こういうのは、当たるも
友奈と東郷がフォローするが、樹の様子は変わらない。
「樹の占いは結構当たるって評判だからねぇ。こんな結果が出たんじゃ、気になるのも仕方ないわ」
「だったらいっそ、いい結果が出るまでやり直せば?」
夏凛の案を受け、樹は再度カードを切りはじめる。
しかし出た目は
「いやぁ……まさか四回連続で死神の目が出るなんてね」
まさかの連続した負の結果に、剣司を始め全員が苦笑いを浮かべた。
「よっしゃ。今日の緊急議題は、樹の歌のテストをいかに成功させるか、にしましょ」
部長の
樹に対して過保護な風にとっては、最愛の妹の悩みを放置するなど、できようはずもない。
「そ、そんな。私のためにみんなの手を
「勇者部は困ってる人を助けるためにある! それは部員だって変わらないわよ。ね?」
風は剣司たちに同意を求める。
みんな、異を唱えるはずもない。
姉の温かい言葉を受け、いざ樹のお悩み解決活動が始まった。
「でも歌を上手くする方法って、どんなのがあるんだろ?」
「まずは歌声でアルファー波を出せるようになることね。いい音楽や歌というものは、すべてアルファー波で説明がつくのよ」
「そうなんだ! 東郷さんって物知りだなぁ~」
「……そうなの?」
「俺が読んだ本には、そんなことが書かれているものはなかったはずだから、違うと思う」
親友の言葉はすぐ鵜呑みにする友奈。
夏凛は剣司に訊ねるが、どうにも信憑性に欠ける説のようだ。
「お風呂で一人で歌ってるのが聞こえることあるけど、その時は上手いんだけどねぇ」
と風。
どうやら樹は人前に出ると、緊張のため普段の調子が出せなくなる様子。
「だったら、『習うより慣れろ』だね」
友奈の提案によって、六人は学校の近くにあるカラオケ店に移動した。
そこで、まずは知り合いの前で歌うことで、徐々に人目に慣らしていこうというのが、彼女の作戦だった。
「ここがカラオケ……」
「へぇー、中は結構広いのね」
これまで友人がいなかった剣司と夏凛は、実はカラオケボックスに来たのはこの日が初だった。
二人とも、興味津々で部屋の中を見回している。
「んじゃ、ここは経験豊富なあたしから」
そう言ってマイクを手にする風。
東郷はマラカスを手に、友奈と樹は手拍子で、風の歌を盛り上げる。
剣司と夏凛が加わるまでは、この四人で活動していた勇者部。
そのため、四人は今までも何度か揃ってカラオケに来ていたりするのだ。
「イエーイ、どうもありがとー!」
気持ちよく歌い切った風。
得点も九十二点とかなりのものだ。
二番手は友奈。
歌ったのは可愛らしい感じの、アイドルの曲だった。
続く東郷。
流れてきたメロディーは、マーチが特徴の彼女の
「まさかの軍歌とはね……」
「アハハ……。でも東郷さんらしいよ」
独特過ぎる選曲に若干引き気味の夏凛と剣司。
二人をよそに、風と樹、友奈の三人はやおら立ち上がると、その場で綺麗な敬礼の姿勢をとった。
「え、な、なに!?」
突然の三人の奇行に驚く夏凛。
剣司も目を見開いて、風たちを見つめる。
結局、東郷が一曲歌いきるまで、三人は姿勢を崩すことはなかった。
「……なんだったの、今の?」
「私たち、東郷さんが歌う時はいつも、あんな感じだよ」
「あっ、そう……」
なんでもないことのように答える友奈に、夏凛は疲れたように漏らした。
「次は夏凛、いっちゃいなさい!」
風が指名した。
しかし夏凛も初めてのカラオケ体験で、樹ほどではないにしろ多少の緊張を覚えている。
そんな夏凛に、剣司が助け舟を出した。
「せっかくだし、カラオケ初めて同士、一緒に歌わない?」
「しょ、しょうがないわね! じゃあ、選曲はあんたに任せるわ」
「えーっと、じゃあこれを」
風に教えられて、選んだ曲をプレイリストに入れる。
「あ、これなら私も知ってるわ」
マイクを手に、横並びに立って夏凛と剣司は歌い始める。
誰にも知られずに
「へぇー、なかなか上手いじゃない」
「ま、私にかかればこれくらい」
「歌を歌うのって、結構楽しいものなんだね」
風の言葉に、二人はそれぞれの感想をもらした。
そして、いよいよメインである樹の番が回ってくる。
樹は緊張を隠すことなく、震える手でマイクを取った。
「スゥー……」
テストでの課題曲が流れ出す。
息を吸い、樹は歌い始めるが
「はぁ~……」
「やっぱり、ちょっと硬いかな」
案の定、震える声では音程を外したメロディーになってしまう。
樹は、はた目にも気の毒になるくらいの落ち込みを見せた。
風が即座にフォローの言葉をかけるが、効果はない。
「最初から上手くやろうとする必要はないわ。私だって訓練をずっと続けてきたから今、晴れて勇者になれたんだもの。樹も諦めずに練習していれば、きっと結果は出せるわ」
「夏凛さん……ありがとうございます」
「そうだね、今日もまだ時間はあるんだし。そうだ、風さんと一緒に歌ってみたらどう?」
「お、いいわね~。犬吠埼姉妹の
時間いっぱいまでみんなと歌い切った樹だったが、結局この日は進展なしという結果に終わった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「えっと……なんですか、これ?」
「私の私物よ」
みんなでカラオケに行った翌日の、放課後の勇者部。
樹の前には、十種類を超える各種のサプリメントが置かれていた。
夏凛が答えたように、これらのサプリはすべて、彼女が個人的に所有しているものである。
「マグネシウムやリンゴ酢は肺にいいから、声が出やすくなる。ビタミンは血行をよくして、ノドの健康を保つ。コエンザイムはノドの筋肉の活動を助け、オリーブオイルと蜂蜜もノドにいい」
スラスラと各サプリの効能を説明する。
ノドに効くものだけを厳選して持ってきた、と夏凛。
「夏凛の家は薬屋さんかなにかなの?」
「さあ、樹。これ全部飲んでみなさい」
「いや……全部はちょっと……」
風の言葉を無視して夏凛はサプリを進めるが、さすがに全種類を飲み下すのは難しいだろう。
「むぅ……。まあ、確かに初心者の樹に、いきなりは無理か」
と、各サプリの中から厳選した数種類を並べる。
それらを今度は飲み、樹は部員の前で歌ってみるが……
「ノドよりも、リラックスの問題じゃない?」
やはり上手く歌うことはできず、風は緊張を和らげることが必要ではないかと結論付けた。
「明日は緊張をほぐす効果のあるサプリを持ってくるわ」
「やっぱりサプリなんですか!?」
「夏凛ちゃんのサプリ信仰は筋金入りだね」
剣司は苦笑と共に言った。
そして、カバンから数冊の本を取りだす。
「えっと、これは……?」
「上手な発声方法とか、ボイストレーニングに関する教本だよ。俺にできることは、これくらいだから」
自腹で購入した本を樹に渡した。
「剣司さん、夏凛さん、お姉ちゃんたちも。私のために、ありがとうございます」
樹は大切そうに本を抱き、みんなに感謝を伝えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
部活も終わり、下校の時間。
普段、犬吠埼姉妹は一緒に帰っているのだが、この日は風が用事があるため、いつもと違って二人は別行動。
そのため、樹を家まで送る役目を、剣司が買って出た。
他愛のない話をしながら、夕暮れの道を並んで歩く二人。
主に樹が話題を出し、剣司がそれに相づちを打つという形だが、剣司は樹に違和感を感じていた。
少女はそれを隠そうと努めている様子だが、それが余計に不自然さを
「樹ちゃん、もしかして……すでに緊張してる?」
思い切って訪ねてみると、案の定か、樹は肩を震わせた。
「そ、その……皆さんから期待されてると思うと、それに応えなくちゃと思って、どうしても……」
「あちゃー、ごめん。俺たちの行動が、余計に重荷になっちゃったか」
「い、いえ! 先輩たちは悪くないです! 私が勝手にプレッシャーに感じてるだけで……」
わたわたと手を振り、剣司たちの行いをフォローする樹。
「ごめんなさい。私、皆さんに迷惑かけてばかりで」
「そんなことないさ。俺たち誰も、樹ちゃんのことを迷惑だなんて思ってないよ」
樹はうつむいたまま黙っている。
剣司は少女の正面に立ち、両の肩に手を置いた。
ハッとした表情で顔を上げる樹。
「俺たち勇者部は、お互いを信じ助け合う。仲間として、友人として。それが俺たちの物語になる。樹ちゃんの悩みも俺たちの物語だ。そして……物語の結末を決めるのは、いつだって自分なんだ」
「物語を、自分で決める……」
「それにね、俺は思うんだ。本当に強い人っていうのはね、どんなに
剣司は、樹に柔らかい微笑みを向ける。
まるで、本物の家族に向けるような笑みを。
「樹ちゃんも、風さんのためにバーテックスなんて怪物に立ち向かったじゃないか」
「それは……」
「大丈夫だ、君は強い!」
確信と共に告げられた言葉。
樹は風と共に、勇者としての過酷な戦いに自らの意思で参加した。
しかしそれでも尚、自分はいまだ守られる側から抜け出せていないのではないか、という不安を抱えていたのだ。
だが、剣司は少女が内包するしたたかな心を認め、すでに樹は強い存在であるのだとはっきりと伝えた。
「ぁ、ありがとう……ございます」
もごもごとお礼を口にするも、周りから見ると告白シーンの様な絵面に気づいた二人は、微妙な空気のまま分かれ道までのルートを過ごすのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「樹ちゃん、歌のテスト上手くいったかなぁ」
ついに訪れた樹の試練の日。
放課後いつものように部室に集まった勇者部員たちは、友奈を筆頭にソワソワとした気持ちで少女の到来を待っていた。
その中で風と剣司の二人は、普段と変わらぬ様子で椅子に座っている。
「お二人は、心配じゃないんですか?」
必勝祈願と書かれたハチマキを額に締めた東郷がたずねた。
「大丈夫よ。あの子は、あたしの自慢の妹なんだから」
「やれるだけのことはやったからね。あとは樹ちゃんを信じるだけさ」
二人が答えた直後、ついに待ち人がやって来た。
「樹ちゃん、ど……どうだった?」
思わず席から立ち上がりつつ、友奈が問う。
樹は、満面の笑みと共にVサインを送った。
「「「「「やったー!!」」」」」
みんなの声が重なり、樹の合格を自分のことのように喜んだ。
「本当はギリギリまで不安だったんですけど、これのおかげで乗り切れました」
樹はカバンから、折りたたまれたノートの一枚を取りだす。
それは、友奈の発案でひそかに少女に贈られた、応援の寄せ書きだった。
友奈に頼まれた剣司も、『自分を信じて』と一言書き添えている。
「よーっし! 樹のお祝いで、今からみんなでかめやに行きましょう。今日はあたしのおごりだー!」
「風さんだけに払わせる訳にはいかないな。俺も半分出すよ」
「ありがとー! 実はお小遣い少なかったのよ~」
「わーい! 先輩たち太っ腹ー!」
かめやで
家への帰り道の途中で、樹はふいに隣を歩く姉に話しかける。
「あのね、お姉ちゃん。私、やりたいことができたよ」
「やりたいこと? なになに、将来の夢とか?」
「うん、そんな感じ。……お姉ちゃんは、将来の夢ってどんなの?」
「あたしはまだ、そういうの考えたことないわね~。剣司は?」
「俺もまだ。俺と風さんは、まずは進学のことを考えないとだしね」
樹は、そっか、と一言。
「樹ちゃんの夢って……」
「はい、その……歌の道を目指してみたいなぁ~って」
モジモジと消極的に、それでもしっかりと、少女は自分の夢を口にした。
「歌手かぁ……。いいわね! お姉ちゃんは応援するわよ!」
「俺も、CDが発売されたら真っ先に買うよ」
「お姉ちゃんはありがとうだけど、剣司さんは気が早いですよ!」
慌てる樹の叫びが、夕暮れの帰り道に響く。
それもやがて、三人の笑い声に変わっていった。
今後の展開の都合上、樹ちゃんは夢のことを公言しています