プリミティブドラゴンへ変身した影響で肉体に負荷がかかっていた剣司。
その治療のため、数日のあいだ入院することとなっていた。
剣司は先代の炎の剣士を名乗る銀という少女から渡された古文書を頼りに、入院の最中ずっとプリミティブドラゴン・ワンダーライドブックの解読に当たっていた。
数日を要した解読作業は、どうにか退院日までに全てを終えることができた。
内容を要約するとこうだ──
──はるか古の時代、人間が誕生する前に世界に繁栄していたのは竜の一族だった。
竜たちは心の優しい種族で、争いのない平和な生を
ある時、新たな種族である人間が誕生した。
竜たちは人間をとても気に入り、二つの種族は仲良く共存して暮らしいた。
そんな中で、竜たちは眠りにつくことになる。
永い眠りから目覚めた時には、もはや人間たちは竜族のことを、すっかり忘れ去っていた。
人間に会いに行った竜たちを、人は狂暴な敵だと思い、彼らを攻撃した。
人と争うことを嫌った竜たちは抵抗もせず、一匹、また一匹と倒されていく。
ついに竜族は最後の一匹を残し、すべて殺し尽くされてしまったのだ。
残された竜の子供は、悲しみの中で仲間を求め、世界中をさすらった。
何百年、何千年と。
ついには自身も死に、体は朽ちて骨となっても、魂となっていなくなった仲間を求めさまよい続けた。
永遠に救われない旅を続ける子竜──
それが、プリミティブドラゴンの書に記された物語の真相。
「なんて、悲しい物語なんだ……」
すべてを読み終えた剣司は、あまりに救いのないストーリーに、ベッドの上で一人涙を流した。
「プリミティブドラゴンを手にした時に感じた不安感は、仲間を失ってしまう恐ろしさを、本を通して俺が感じとったからだったのか」
そしてセイバー プリミティブドラゴンの凶暴な戦いは、いなくなった仲間を求める心の渇きが、荒れ狂う力となって表れたのだろう。
「気絶した時に森で会った男の子……あれは、プリミティブドラゴンの心だったんだな」
あの時、プリミティブドラゴンの骨は剣司のことをつかみ取ろうとしていた。
きっと、いなくなった仲間を求めるがゆえの行動なのだ。
「それを、俺は拒んでしまったんだ……」
知らぬこととはいえ、プリミティブドラゴンの心を大きく傷つけてしまったに違いない。
「銀さんは、プリミティブドラゴンの物語を読み解ければ、新しい力になると言っていた。でも、それだけじゃ足りない」
悲しみに囚われたドラゴンの心を開放してやらなければ、真の協力は得られないだろう。
「でも、俺に一体何ができるって言うんだ……」
悩んでも答えは出ないまま、ついに退院の日を迎えた。
数日ぶりに学校へ向かった剣司。
放課後は、久しぶりに勇者部のメンバーと顔を合わせる。
みんなが心配してくれることが嬉しかった。
その中で、剣司は夏凛の様子を気に掛ける。
「夏凛ちゃん、お兄さんのことは……」
「大赦にメールしてみたんだけど、返事はないわ」
少女は心配させまいとしてか、困ったような笑みを浮かべた。
「なら、今から一緒に大赦に行こう」
「え、今すぐに!?」
「こういうことは早めに対処してもらわないと。それに俺も、ライドブックを奪われたことを伝えなきゃならないからね」
剣司に引っ張られるようにして、夏凛は部室を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ようこそ、おいで下さいました」
大赦に到着した二人は、早速建物の中に入る。
と、これまで剣司が面会してきた神官の男性が、二人の来訪を見越していたように出迎えたのだった。
いつも話をする部屋へ向かう最中、廊下を歩きながら夏凛が、剣司に小声で話しかける。
「ねえ、あんたがいつも会ってる神官って、あの人なの?」
「そうだけど……夏凛ちゃん、知ってる人?」
「知らないの? 彼は大赦の二大頭首の一人、上里家の人間よ」
「ぇ、そんなに偉い人だったの!?」
これまで神官は自身の素性を一切語らなかったので、剣司が知らなかったのも仕方がない。
逆に夏凛は早くから勇者として大赦と関わっていたので、すでに承知の事実だった。
そんな会話を交わしつつ、二人は謁見の間とでもいうべき部屋へ通される。
畳の上に対面するように、三人は正座した。
神官が口を開く。
「この度は、バーテックスの大侵攻を防いでいただき、我ら一同大きな感謝を……」
剣司は、神官のお礼の言葉を止めるように話し出す。
「実は俺……今回の戦いで、すべてのワンダーライドブックをカリバーに奪われてしまったんです」
ごめんなさい! と、頭を下げた。
これを聞いた神官はというと、これまでと変わらず静かな態度を貫いていた。
「そうですか。……まあ、いいでしょう」
「え、でも、今俺が持ってるライドブックはプリミティブドラゴンだけで、それだって使いこなせないんですよ!?」
「問題ありません」
事実上セイバーという戦力がなくなったにも等しい状況で、尚も神官はそれを意に介していない。
無関心なのか、それともなにか策でもあるのか。
神官の不可解な態度に、剣司は二の句を告げられなかった。
「それで、あなたもいらっしゃるということは、他になにか」
神官が夏凛に向けて言った。
「……兄のことです。私は大赦から、兄は事故で死んだと聞かされていた。でも、カリバーは……兄は誰かに殺されたと言ったわ」
神官はしばしの沈黙ののち、夏凛の求める答えを口にした。
「カリバーの言うことは、事実でございます」
「なんで黙ってたのよ!?」
目上の立場の相手にも関わらず、夏凛はたまらずに怒鳴ってしまった。
「犯人の目星が全くつかないのです。余計な騒ぎを広めないための、仕方のない処置でございます」
「だからって、なんで私にまで嘘を」
「勇者様の心痛を思っての配慮だと、お考え下さい」
神官の言うことにも一理あった。
ただでさえ精神面に不安を抱えていた以前の夏凛が、家族の死が事故でなく他殺だと聞かされては、よりメンタルにダメージを負っていたかもしれない。
夏凛も返す言葉がなく、剣司ともども黙ってしまう。
と、神官は唐突に話題を変えた。
「勇者様方も、今回の大侵攻で非常にお疲れのことと思います。なので我々から、休息をとっていただきたと思い旅館を手配させて頂きました」
聞けば、学校の夏休みに合わせて勇者部を海に招待するための、慰安旅行とでもいうべきサービスを計画しているという。
なんだが誤魔化されているようなものを感じつつも、確かに休みは必要だと、二人を筆頭に勇者部はこの誘いに乗ることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いいのかな、こんなに至れり尽くせりで」
浜辺で東郷の車いすを押しながら、水着に着替えた友奈が言った。
彼女の言うように、今回の小旅行は大赦の専用バスによる送迎に始まり、海岸一つをたった六人の勇者部のために貸し切ったりと、破格の好待遇だった。
「それだけ俺たちが頑張って来たってことだから、遠慮せず楽しんでもいいんじゃないかな」
海パンの上からパーカーを羽織った剣司が答える。
後ろでは、同じく水着の犬吠埼姉妹が、パラソルの下でかき氷を食べていた。
そこに、一足先に海に泳ぎに出ていた夏凛が駆け戻ってくる。
「風! こっちの体は出来上がったわ。競泳で勝負よ!」
「ほほう、瀬戸の人魚と呼ばれたあたしに勝負を挑むとは。格の違いを見せつけてあげようじゃないの」
ニヤリと笑みを浮かべた風は、かき氷を置いてスックと立ち上がった。
「ほら剣司、あんたも一緒に勝負するわよ」
ふり返り、誘いをかける。
「いや、俺はいいよ。樹ちゃんと波打ち際で遊んでるから」
「なに、もしかして泳げなかった?」
「そういう訳じゃないけど、二人には敵わないよ」
「やる前から情けないこと言うんじゃないの。男の子でしょ」
『私は友奈さんたちと遊んでるから、気にせず行ってください』
樹は言葉を発せないため、スケッチブックに文字をつづる。
樹がそう言うなら、と剣司もパーカーを脱いだ。
「お手柔らかに頼むよ」
「ダメよ。勝負に手抜きはなし!」
「そういうことだから、本気でぶつかってきなさい!」
夏凛と風に連れられるように、剣司も海へとダイブしていった。
ひと泳ぎしたあとは、東郷の監督のもと本物と寸分たがわぬ高精度の高松城を砂像で作りだしたり、樹が目隠しをしてのスイカ割りをしたりなどで、日が沈むまで存分に海を遊びつくした。
旅館に戻った六人は温泉で海水を洗い流し、夕飯の卓に着く。
「「「うわぁ~! すごいご馳走!!」」」
夕飯のメニューを見た風、夏凛、友奈の声が重なる。
「タイの活け造りが乗った船盛なんて、初めて見たよ」
剣司も同様に、その豪華さに目を見張った。
刺身の船盛のほかにも、一人に一匹ずつ、丸ごとボイルされたカニが並べられている。
『なんか、私たちには勿体ないような気が……』
「神川先輩も言っていたけれど、私たちが頑張ったご褒美なのだから、ありがたく頂きましょう」
「すごいよ東郷さん! カニカマじゃないよ!」
「もう、友奈ちゃん。まずはいただきますが先でしょ?」
全員席に着くと、揃って手を合わせてから、料理に箸を伸ばす。
「ん~。このお刺身、コリコリした歯ごたえがあって美味しい! お醤油と合うな~♪」
『ノド越しもいいですね』
「ちょっと夏凛、刺身は数が決まってるんだから、あんたは食べすぎよ!」
「いいじゃない、早い者勝ちよ!」
「カニの身を殻から取りだすのって、結構難しいなぁ」
「先輩、貸してください。私が代わりに」
「ありがとう、東郷さん」
六人は、普段とはかけ離れた豪勢な食事を、思う存分堪能した。
「あれ?」
食事を終えて余った時間で、トランプやボードゲーム、雑談などに興じていた一同。
そろそろ寝ようか、となったところで、剣司はあることに気づいた。
「俺って、どこで寝ればいいの……?」
旅館の人に確認すると、どうやら彼らのために取られた部屋は、今いる一室のみの様だった。
大人数用の部屋なので狭いことはないのだが、中学生にもなる男女を同室にぶち込むとは、これも大赦なりのサービスの一つなのだろうか。
「あたしらなら、別に一緒でも構わないわよ」
奇麗に並べられた布団を前に、風が言う。
他の女性陣も、剣司が同室ということに抵抗はないようだった。
ここは信頼されていることを素直に喜ぼう、と思う剣司。
「さて、こんな旅行の夜にはなにを語らうべきか、わかってるでしょうね」
全員布団に入るも、まだ部屋の電気はつけたまま。
眠るまでの間にお喋りしよう、と風が言い出す。
「話って……ツラかった修行の思い出とか?」
『コイバナじゃないですか?』
「それ、樹正解!」
しかし、話題を提供するものは出ない。
「なによ、誰も経験なし?」
「そういうあんたは、どうなのよ」
夏凛が風に問う。
「お、聞きたい? 実は、以前チア部の助っ人をした時にね、あたしのチア姿に惚れた奴がいてさぁ~。よくデートに誘われたもんよ」
「本当なの? 信じらんないわね」
「本当だよ。でも、その人とは付き合ったりはしなかったんだよね」
風の話題に、夏凛はいぶかしげな顔を浮かべ剣司に訊ねた。
「なんだ、ただの自慢話か」
夏凛は一転し、つまらなそうな表情で切り捨てた。
「他にはないの?」
「ないわ!」
「過去の栄光じゃないの」
「しょうがないでしょ。勇者部の活動で忙しかったんだし」
「自分から話を振ったんなら、作り話をしてでも盛り上げなさいよ」
何気なく発された夏凛の言葉に、剣司はハッとした顔であることに気がつく。
「作り話……作り話か……!」
「ど、どうしたの、剣司?」
同じ言葉を繰り返すと、やおら立ち上がった剣司に夏凛は驚いた。
他の少女たちも目を丸くしている。
「作り話だよ。不幸な話があるのなら、それをハッピーエンドに作り替えればいいんだ!」
剣司が思い至ったのは、プリミティブドラゴンにつづられた物語への対処法。
プリミティブドラゴンの至ったストーリーの結末は悲劇に彩られていた。
なら、それをくつがえすための幸せな終わりを、捏造してしまえばいいと剣司は考えたのだ。
「ありがとう、夏凛ちゃん!」
早速カバンから、持参していたノートとペンを取りだす。
みんなの眠りを妨げないようにと、窓際に置かれた椅子と机に場所を移し、剣司はプリミティブドラゴンのための物語の執筆に入った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
剣司が物語の作成に取りかかった直後から、風たちもそれを邪魔してはいけないと、みな大人しく眠りについた。
時が経ち、窓の外がうっすらと明るくなった頃。
一睡もせず集中すること数時間。一晩かけて筆を進めた剣司は、ようやくストーリーにピリオドを打つところまで書き上げることができた。
伸びをして体のコリをほぐしていると、
「おはよう、夏凛ちゃん」
隣で寝ている少女たちの中で、夏凛一人が起き上がって来た。
少女はおはようと返すと、そのまま剣司の対面の椅子に腰かける。
「で、どう?」
剣司は笑みを浮かべながら答えた。
「これを聞かせてあげれば、きっとプリミティブドラゴンの悲しみも癒せると思う」
物語の制作など勇者部の演劇でしかしたことのない剣司だったが、不思議と今回のストーリーには自信があった。
そんな自信満々の剣司とは対照的に、夏凛は物憂げな表情を浮かべている。
剣司は笑みを消し、真剣な顔で夏凛にたずねる。
「どうかしたの?」
「…………」
自分の不安をさらけ出すのがためらわれるのか、少女はなかなか口を開かない。
「勇者部の約束。悩んだら?」
「……相談」
「俺でよければ、聞かせてほしい」
剣司の
「私は大赦の勇者として、あんたたちを支援するために派遣された。そしてバーテックスと戦い続け……それももうすぐ終わる」
残された敵はあと二体。
「戦いが終わったら、私はどうすればいいんだろうって」
「部を辞めるつもりなの?」
「わからない。でも私は戦うために勇者部に来たんだから、戦いが終わったらもう私には価値がなくて、勇者部にも居場所がないから……」
「確かに勇者部は、戦いのために風さんが立ち上げたものかもしれない。でも、今はそれだけじゃないよ」
夏凛は黙って剣司の言葉に聞き入る。
「勇者部は困っている誰かのために必要なものだ。もうバーテックスも戦いも関係なく、なくてはならないものなんだ」
「…………」
「そしてその勇者部には、夏凛ちゃんもいてくれなきゃ」
「私は、これから先もいてもいいの?」
「当たり前だよ。誰一人欠けても俺は嫌だ。俺たちみんな、夏凛ちゃんと一緒にいたいと思ってる」
夏凛は、剣司の言葉を
「そっか……私も、いていいんだ」
目を開けた夏凛は、恥ずかしそうな嬉しそうな笑みを浮かべ、つぶやいた。
少女の内心でのわだかまりの解消に一役買えた。
そのことに、剣司の心にも暖かなものが沸き上がっていた。
不意に、部屋の中に光が差してきた。
朝日が水平線の向こうから登り始めていた。
朝焼けの光に照らされる夏凛の姿は、剣司の目にとても輝かしいものに映った。
「……奇麗だね」
「ぅぇ!?」
少女の美しい姿を称える言葉を、剣司は彼女をまっすぐ見据えたまま発した。
対する夏凛は、真顔で自分のことを褒める言動をする剣司に、今度は顔を真っ赤にしてうろたえるのだった。