敵の正体と満開の代償を知らされた剣司たちは、園子の指示によって大赦の車でそれぞれの家へと送られていた。
後ろの席に座る剣司、夏凛、東郷の三人はみな一様に押し黙ったまま、ただ車に揺られ続けている。
仲間である風と樹の二人は片目と声を失い、それは二度と戻らない。
それほどの代償を払っても、敵である怪物たちは倒し切ることは出来ず、終わったと思った戦いは永遠に続く。
普段は前向きな明るい勇者部の部員たちも、この事実を前には打ちのめされたような気分でいっぱいだった。
「二人とも……」
沈黙の続く車内で、ポツリと剣司が口を開いた。
「さっき乃木さんが言ってた散華のことは、風さんたちには黙っておいて欲しいんだ」
「それは……まあ、そうよね。体が治らないなんて、どう伝えていいかもわからないんだし」
「でも、もし次バーテックスが来たら……。また誰かが、満開を使わなければならなくなるかもしれませんよ……?」
夏凛と東郷が答える。
樹の声が出せないということは本人も、それ以上に姉の風のショックが大きいだろう。
だが東郷の言うようにまた戦いが始まれば、いずれは満開の使用が避けられなくなる可能性が高い。
そうなれば彼女が危惧しているのは、親友の友奈がその犠牲者になることだった。
東郷の不安に対して、剣司は悲壮な決意の元に断言する。
「これからは、俺一人だけで戦う」
剣司の言葉に、夏凛も東郷も当然のように制止の声を上げた。
「なにバカなこと言ってんのよ! いくら新しい力を手にしたからって、一人だけでバーテックス相手にずっと戦い続けられる訳ないでしょう!?」
「そうですよ! しかもバーテックスの背後には、神樹様でも敵わなかった存在がいるんですよ!?」
「それでもっ! それでも、俺がやるしかないんだ!!」
引き留める二人の言葉を、剣司は断固たる意志で拒否した。
そのタイミングで、三人を乗せた車は東郷の家の前に到着する。
「二人とも、ごめん!」
剣司は謝罪すると共に、少女らのポケットからそれぞれのスマートフォンを奪い取った。
そのままドアを開け、勢いよく車外に飛び出す。
「あ、ちょっと! 剣司!?」
奪った二人のスマートフォンは、勇者となるための変身アプリが実装されている機種だ。
これがなければ、夏凛も東郷も勇者になることは出来ない。
剣司は実力行使によって、少女らから戦う力を奪ったのだ。
「……あのバカ」
足早に走り去っていく剣司の背中に、夏凛はただ一言そうこぼすのみであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
二人の元から逃げるように立ち去った剣司。
自宅に帰り着いた頃には日も落ち、すっかり夜となっていた。
そのまま明かりも
少女らの境遇を考えると、食事をとる気にもなれなかった。
そのまま時間だけが経過し……
「……ぁ」
不意に剣司は、自分のスマートフォンが振動していることに気づいた。
電話の相手は風だ。
無視する訳にもいかず、通話をオンにする。
「もしもし……」
『あ、やっと繋がった! あんたどこ行ってたのよ? 東郷と夏凛も姿が見えなくなるしさー』
どうやら樹海から戻された際に、三人が姿を消したことを心配して、ずっと連絡をくれていたようだった。
「大丈夫、二人も俺と一緒だったよ。色々あって、ちょっと遠くに戻されてたんだ」
『そうなの? 神樹様もミスをすることがあるのね』
園子たちに会ったことを伝えれば散華にまで話が及ぶと思い、剣司は曖昧なままにしておいた。
『そうだ。お兄さんのことだけど、大赦の病院に搬送されたから……』
風は、大地が入院している病院と、病室の番号を教えてくれた。
『お医者さんが言うには、怪我も大したことないらしいから、明日にでも面会できるようにしてくれるってさ』
「そっか。ありがとう、手間をかけたね」
『いーって、いーって』
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは剣司だった。
「あの、風さん……目のことだけど」
『ん?』
「その……調子はどう?」
『別に変わりないわよ? ちょっと遠近感が狂うけど、普段の生活には支障はないわ』
「……樹ちゃんは……」
『少しだけコミュニケーションに難はあるけど、メモ見てどうにかなってるから。まあ、本人はしばらく歌えてないから、その点はちょっと寂しそうだけどね』
「そう……か」
『文化祭まで症状が長引いちゃったら配役をどうしよう、なんて言ってたけど、まあそれまでには治ってるでしょ』
楽観的な風の明るい声に、剣司の心が締め付けられる。
再び会話が止まった。
風は受話器の向こうで、剣司が必死に息を殺している気配を察した。
『……もしかして、あんた泣いてる!? なんで!?』
「すまない、風さん……俺のせいで……すまない……っ!」
『暴走したのは、剣司のせいじゃないって言ったじゃない! あんたがあの合体バーテックスをやっつけてくれなかったら、世界の方が危なかったんだし』
「で、でも……!」
『あたしと樹なら大丈夫だって! お医者さんも、一時的な疲労ですぐ良くなるって言ってくれてるんだからさ! ね?』
初めて剣司が泣くところを見た──電話越しのため姿は見えていないが──風は、あたふたと慰めの言葉をかける。
しかし、姉妹の体がもう治らないことを知っている剣司は、その事実を打ち明けることもできずにただ、謝罪の言葉を重ね続けるしかなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日、剣司は初めて学校を無断でサボった。
休むための適当な理由をでっちあげる時間も惜しいと、早朝から一人始発の電車に乗りこむ。
向かう先は大赦本部だ。
そこには朝早くであるにも関わらず、いつもと同じ男性神官が、いつもと同じように剣司を出迎えた。
大赦のトップである上里の人間、その最高位の神官自らが常に剣司を招き入れる立場にあるのは、どういった思惑があってのことだろうか。
畳敷きの対面の間に通され、神官は正座する剣司の前で平伏する。
神官の姿勢を制止するでもなく、剣司はきつ然とした態度で彼に一つの問いを投げかけた。
「あなたたち大赦は、満開の後遺症のことを知っていたんですか?」
「……園子様から、真実をお聞きになったのですね」
外との接触は制限されているはずの園子と対面した剣司に対し、神官は普段通りの平然とした態度で応える。
「おっしゃる通り、散華のことについて我々は、全てを認識しています」
「なんで黙ってたんだッ!?」
他人に対しては常に穏やかな態度を保ち続けていた剣司だったが、この時は大人相手にもかかわらず、初めて胸に抱いていた怒りをあらわにした。
それでも神官は、尚も動じることなく淡々と言葉を続ける。
「全ては勇者様たちの御心を思い計らってのこと……」
「嘘をついて、本当のことをひた隠しにして、なにが思いやってるからですか!?」
「真実を伝えても、それでも勇者様たちは、満開の力を使われたことでしょう。ならば、それまでの余計な心配や不安を感じさせるのは、酷なことであります」
「でもそれは……まるでだまし討ちと同じだ……」
「我々としても、苦渋の選択の末のことでした」
神官は依然頭を下げたまま。
元より仮面をしているため表情は読めないが、それにしても剣司は目の前の神官の言葉から、感情の起伏というものを感じ取れなかった。
ふとこの神官は、神官という役職をこなすためのロボットなのではないか、という考えが頭をよぎった。
「……散華を治すことは出来ないんですか?」
「一度神樹様に捧げられた供物を取り戻すことは、人の手では不可能です」
「あなたたちが作ったシステムでしょう? なにか方法は……」
神官は答えることはなかった。
目の前の男に直訴すれば、抜け道のような手段でも残っているのではないか。
そんな
「……一つだけ、可能性が残されています」
うなだれる剣司に対して、神官は最後の希望を取りだして見せた。
「剣司様が集めてくださった全てのワンダーライドブックとアルターライドブック、それと火炎剣烈火および闇黒剣月闇を解析できれば……。
もしかすれば新たなデータを基にして、散華の解消に役立つ情報が得られるやもしれません」
「……それは、本当ですか」
「可能性はある、という話です」
神官は顔を上げ、仮面越しに剣司を見つめた。
この男が仮面の奥にどのような真意を持っているのか、それはうかがい知れない。
しかしもはや剣司には、神官の言葉に頼るよりほか道は残されていなかった。
「お願いします、風さんを……樹ちゃんを、助けてあげてください」
そう言って剣司は、火炎剣烈火が納刀されている聖剣ソードライバーとブレイブドラゴンおよびプリミティブドラゴンの、自身が所持していた最後のライドブック二冊を、神官の前に差し出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
すがる思いで、神官に装備の全てを明け渡した剣司。
大赦本部を後にしたその足で、すぐ近くにある大赦管轄の病院へ来ていた。
「ここに、兄さんが……」
前日に電話で風に教えてもらった、大地が入院している病室の前に立つ。
扉に手をかけて、それからふと手を止めた。
半年ぶりに会う兄。
それと知らず一時の間、敵として剣を切り結んだこともあった。
どんな顔をして会えばいい? と剣司は思った。
扉の前で固まったように動かない剣司を、横を通り過ぎる看護師や入院患者が、いぶかしげな目で見つめてきた。
(らちが明かないな。出たとこ勝負だ)
剣司は思い切って扉を開けた。
ベッドの上で上半身を起こし、窓の外を眺めていた大地が反応して、こちらを振り向く。
顔色は良好だったことに安堵しつつ、剣司は後ろ手にドアを閉め、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。
お互い黙ったまま、壁に掛けられたアナログ時計の秒針だけが、カチカチと静かな音を響かせている。
窓の外に広がる青空、流れる雲をぼんやりと眺めながら、剣司は自然と口を開いた。
「……いい天気だね」
「ああ、まだ夏だからな。……お前、学校はどうした? 今日は平日だぞ」
「サボったよ、用事があったから。あと、兄さんの見舞いにも来ようと思ってね」
「そうか……。食事はちゃんととってるか?」
「たまには自炊してるよ。上手くはいかないけど」
「そうか」
一呼吸付き、窓の外から兄の顔に視線を移し、剣司はずっと聞きたかったことをたずねる。
「……半年前、なんでなにも言わないで、俺の前から消えたの?」
大地も剣司の目を正面から見据え、真摯に答える。
「私の友、三好晴信が殺された。その犯人を見つけ出すためだということは、前にも言ったな」
「うん。でも、それは警察にでも任せればいいじゃないか」
「それではダメだ。大赦は政府機関以上の権力を持っている。警察程度の力では、もみ消されてしまうだろう」
「だからって、カリバーになって世界と敵対まですることないんじゃ……」
「私が敵対していたのは大赦だ。お前も、今の大赦には思う所があるんじゃないか?」
大地の言う通り、満開の後遺症を黙っていた大赦にはもはや、全幅の信頼を寄せることは出来なくなっていた。
「私も大赦に所属していたからわかることだ。あの組織は、外の人間が思うよりも
「……兄さんも信じていたんだね、大赦のことは」
「かつてはな」
そう言って、大地は遠い目をした。
「けど、よりによって人間を滅ぼそうとしてる天の神に協力することは、なかったんじゃない?」
「それも表面上、協力しているフリをしていただけだ。協力したフリで全知全能の書を復活させ、隙を見てそれを奪い取るつもりだったんだ」
「なんでそれだけの作戦を、たった一人で実行しようとするんだ。俺にも言ってくれれば……」
「お前はたった一人の家族だ。余計なことを言って、争いに巻き込みたくなかった。だから黙って家を出たんだ」
すまなかった、と頭を下げる大地。
「しかし、まさかお前が炎の剣士に選ばれていたとはな……」
「そうだよ、俺にだって出来ることはあるんだ。だからもう、兄さん一人で全てを背負い込むことはないんだよ」
「ああ……。お前はもう、独りじゃないんだよな」
「うん。勇者部のみんながいてくれたから、俺も戦い続けることができたんだ」
「そうか。お前もいい友に恵まれたようだな。……本当に、ありがとう」
唐突に感謝を伝えてきた大地に、剣司は疑問を浮かべる。
大地の言葉は、剣司ではなく彼の背後にあるドアに向けられていた。
と、その扉が開けられる。
「……夏凛ちゃん……」
ドアの向こうから姿を見せたのは夏凛だった。
どうやらずっと、兄弟の会話を外で立ち聞きしていたようだった。
「どうして夏凛ちゃんがここに」
剣司の問いに、夏凛は病室に入りながら答える。
「あんたが持って行った、私のスマホを取り返すためによ。風から、お兄さんがここに入院してるって聞いたから、探しに来たの」
憮然とした態度で言い放つ夏凛だが、別に彼女だって心から怒っている訳ではない。
夏凛にしても、剣司がスマホを奪ったのは自分を戦いから遠ざけるためだということを、十分に承知していた。
しかしいくら少女のことを思っての行動でも、そのために剣司が自分の身を犠牲にするような手段を選んだことは、夏凛としても納得できないことではある。
だから少しだけ不機嫌な態度を見せてしまうのも、致し方ないだろう。
「君が晴信の妹か……話は聞いてはいたが、会うのは初めてだな」
「……どうも」
友人の兄でありかつての敵、という奇妙な立場の大地に対して、わずかな緊張と共に会釈する夏凛。
そんな少女の様子に苦笑を浮かべた大地の顔を見て、やっぱり兄弟だから剣司と似た雰囲気があるな、と夏凛はぼんやり思った。
「晴信のことはすまないと思っている。私が駆けつけるのがもう少し早ければ、奴も助かっていたかもしれないのに……」
「あなたのせいじゃないわ。悪いのは犯人よ。むしろ、大地さんは兄貴のために尽力してくれたと思う」
やり方はちょっと問題があったかもしれないけれど、と夏凛。
「けど、本当にその全知全能の書ってのを使えば、兄貴を生き返らせることができるんですか?」
神がページを開きこの世界を創り出したと言われる全知全能の書は、大赦でも上層部の人間しか知らない事実である。
勇者に選ばれた夏凛も、この書の存在は噂程度でしか聞いていないため、本のもたらす力に対しても懐疑的な思いがあるのも否めなかった。
「それはやってみなければわからない。なにせ、神の振るう力だからな。人間に扱いきれるものではないかもしれん……」
それでも、その力に頼るしか大地には道はなかったのだ。
今の剣司が、散華の解消に大赦を頼るしかなかったように。
「……あれっ?」
「え、停電?」
剣司と夏凛が同時に言った。
不意に病室内が暗がりに包まれたからだ。
しかし、今は晴天の真昼間。
停電になる以前に、部屋に明かりは
「なんだ、これは……」
椅子から立ち上がった剣司が、窓を開き外を眺める。
あれほど晴れ渡っていた夏空が、出しぬけに暗黒色に染まっているではないか。
それは単純に黒雲がかかっている訳ではない。
文字通り、闇が太陽の光をさえぎり、世界を闇黒に包み込んでいたのだ。
「こ、これは……!」
ベッドの上で、大地が驚愕をあらわにする。
「兄さん、この状況がなんなのか分かるの?」
「ああ、これは……全知全能の書が復活しようとしている!」
世界の終わりが、なんの前触れもなく始まろうとしていた。
おかげさまでバーが赤くなってました。
評価してくださった方ありがとうございます。
あとちょっとで終わりますが、最後までお付き合いください。