聖なる刃と、不思議な本。   作:ほろろぎ

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最終章 物語の結末は……。

「もう終わりです。大人しくしてください」

 

 セイバー エモーショナルドラゴンは、変身が解け這いつくばる神官に向けて、静かに言った。

 

 世界を守るという御役目を放棄し、そこに生きる人々を意のままに支配しようとした神官。

 邪悪な思想を勇者たちに阻まれ、あまつさえ利用していたつもりのセイバーに憐みのこもった言葉をかけられた。

 そのことが、彼の筋違いな怒りに油を注ぐ。

 

「もういい……私の思い通りにならないなら、こんな世界……私の手で滅ぼしてやる!」

『オムニバスローディング。ソロモンゾーン』

 

 ドゥームズドライバーのボタンが押され、オムニフォース・ワンダーライドブックが無機質に最後の技の発動を告げた。

 神官を中心に、真黒な渦巻きが形成される。

 (かぜ)が動いた。

 風は全ての方向から、神官に向けて吹き荒れ始める。

 足元に転がっていた瓦礫も神官の方に飛んでいき、それらは黒い渦巻きに飲み込まれていった。

 

 風はやがて嵐と見まごうばかりに勢いを増していく。

 暴風に巻き込まれまいと、勇者たちは踏ん張りを効かせ耐えていた。

 

「なんなのよ、これ!?」

 

 樹の体が飛ばされないよう抱えながら、風が叫んだ。

 

「ブラックホールだ! 彼はこの世界の全てを飲み込むつもりなんだ」

 

 セイバーの言うように、自暴自棄となった神官は自らの死にこの世界を巻き込むつもりでいた。

 渦の中心で、神官は最期の時まで狂ったように高笑いを浮かべる。

 

「終われ。終われ。全て終わってしまえ」

 

 神官の体が、砂の様な粒子となり崩れていく。

 ソロモンゾーンのパワーに耐えきれなくなった体は、そのまま風と共にブラックホールへと飲み込まれる。

 そうしてついに神官は、この世界にいた痕跡すら残さずに消滅してしまった。

 

 しかし彼が手にしたオムニフォース・ワンダーライドブックだけは、依然としてブラックホールを形成したままその場に存在していた。

 嵐が大赦の建造物を破壊し、漆黒の穴が破片を吸い込み続ける。

 このままいけば、本当に四国全土が虚空へと消えてしまうのも、時間の問題かもしれない。

 

 事態を打開しようと勇者たちは動こうとするが、不意に少女らの持つ聖剣が消え失せてしまった。

 

「え、なんで!?」

 

 友奈が困惑する。

 烈火と月闇以外の聖剣が誕生したのはまさに奇跡的な出来事であり、その効果は長く続くものではなかったのだ。

 間が悪いことに、続けて夏凛の満開も解けてしまう。

 

「ぅ、しまっ……!」

 

 散華により利き腕が動かなくなったことで、バランスを崩した夏凛。

 足を滑らせそのまま風に巻かれ、体が宙へと浮き上がる。

 少女の体がブラックホールに吸い込まれんとした、その時

 

「夏凛ちゃん!」

 

 即座に手を伸ばしたセイバーが少女の体をつかまえると、そのまま抱きかかえるようにして嵐から庇った。

 

「あの本、すぐに壊さないとマズいのでは!?」

 

 暴風に負けない大声で、東郷がセイバーに問いかける。

 隣では友奈が、嵐に飛ばされないよう東郷の体を支えている。

 

「あのライドブックは天の神の力をも取り込んでいる。ただ破壊するだけじゃ、この現象は終わらない気がするんだ」

 

 ワンダーライドブックの力を使用している剣司には、オムニフォースのもたらすこの脅威がただ事ではないという予感があった。

 

「けど、どうすんのよ。このままじゃ……」

 

 セイバーの腕の中で、満開で消耗した夏凛が弱々し気な声で言う。

 思案する剣司の頭の中に、エモーショナルドラゴン・ワンダーライドブックを通して一つの声が響いてきた。

 それは一冊に融合する前の、プリミティブドラゴンのものだった。

 

『お兄ちゃん、僕があの本をなんとかしてあげるよ』

 

 声を聞いて、以前プリミティブドラゴンが擬態していた少年の姿が、剣司の頭に浮かぶ。

 

『一体、どうするつもりなんだい?』

『僕たちの故郷、ワンダーワールドに封印するんだ』

 

 ワンダーワールド──それはかつて、神々がこの世界を創成する時に渡された全知全能の書の、本来あるべき場所のことだった。

 

『そこならもう二度と本の力が、誰かの手に渡ることもない。そこは神様の住む世界とも、この世界とも別の次元にある所だから』

『……けど、それじゃあ君は』

 

 あらゆる世界と隔絶された空間にあるワンダーワールドに還るということは、プリミティブドラゴンが再び独りきりに戻るということでもあった。

 しかし、そうなることが分かっていてもプリミティブドラゴンの声に悲壮さはなかった。

 

『いいんだ。僕はお兄ちゃんたちと出会えて、一人でも孤独じゃないって教えてもらったから』

 

 プリミティブドラゴンもまた、この世界を守るために自分を犠牲にしようとしている。

 だがもう、そんなことを許す者は誰一人いない。

 

『なら、俺たちも一緒に行くよ』

 

 剣司は静かに言った。

 エモーショナルドラゴンへと融合したことでブレイブドラゴンとジャアクドラゴンも、プリミティブドラゴンと共にあることを選んだことが伝わってくる。

 プリミティブドラゴンはためらいを見せるが、一体化している彼には剣司たちの思いが痛いほど理解できていた。

 

『……ありがとう』

 

 硬い決心を(ひるがえ)せないことが分かっているプリミティブドラゴンは、剣司たちの決意を受け取る。

 そして、セイバーは腕の中の夏凛をそっと友奈に預けた。

 

「ぇ……剣司、なにをするつもりなの……?」

 

 夏凛の問いに、剣司は絶対的な決意をもって言葉を残す。

 

「……俺は必ず帰ってくる。約束だ」

 

 火炎剣烈火をソードライバーに納刀し、必殺攻撃を発動。

 

『伝説の神獣、一冊撃。ファイヤー』

「はぁあああああああっ!!」

 

 ブレイブドラゴン、プリミティブドラゴン、ジャアクドラゴンの三匹のドラゴンのエネルギーを右足に収束させ、セイバーは自らブラックホールに突っ込んでいく。

 必殺のライダーキック、情龍神撃破を受けたオムニフォース・ワンダーライドブックに亀裂が走る。

 ブラックホールの吸収力によってオムニフォースはバラバラに砕け、そのまま破片は吸い込まれてしまう。

 

 そして、すぐそばにいたセイバーすらもブラックホールの力には抗えなかった。

 剣司の名を叫ぶ勇者たちを残して、一人の剣士の姿は虚空へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ソロモンとの戦いが終結してから一週間以上の時が過ぎた。

 

 この間、大赦は代表者である神官の暴走が露わになったことで、驚天動地の大騒ぎとなっていた。

 剣司の兄である大地は、怪我の身を押して事態の収拾に奔走している。

 

 夏凛たちはというと、勇者としての任を一時的に解かれ、普通の中学生生活を送っていた。

 ソロモンが使っていたオムニフォース・ワンダーライドブックは天の神の力を奪い利用していたことで、天の神の力が弱まっているらしい。

 そのため、当分の間バーテックスの侵攻も行われないと判断されてのことだった。

 この後は完全にお役目を解かれ、勇者としての戦いは次の世代に託すことになるだろう、と少女らは大地から伝えられていた。

 

「にしても、大赦のトップがあんな危ない人だったなんてねぇ……」

 

 讃州中学の勇者部部室で、風は誰に言うともなくつぶやいた。

 日常に戻った少女らは、これまでと変わらず部室に(つど)うことを続けている。

 

「大赦は、彼のことは存在ごと抹消することにしたらしいわ」

 

 風のつぶやきに答えるように、夏凛が言葉を返す。

 

「大赦としては当然の選択でしょうね。世界を守る組織の長がその世界を滅ぼそうとしたなんて、世間に知られたら暴動が起きるかもしれないもの」

「でも、なんだか可哀そうだよね。皆から、いたことを忘れられるなんて……」

 

 東郷と友奈が、夏凛に続けて言葉を発する。

 

「大赦の隠ぺい体質にはアタシも思う所はあるけど、こればっかりは仕方がないかもね」

「あの神官、上里家の一族だけど、養子だったらしいわ。直系の子孫じゃないから、いざって時には頭でも切り捨てるって冷酷なことも、出来ちゃうのかもね」

 

 夏凛は感情を見せないように、淡々と事実を伝えた。

 

「すいませーん、遅れました~」

 

 と、そこに五人目の少女(・・・・・・)の声が響いた。

 そう、樹である。

 彼女はソロモンとの戦いのあと、しばらくして声が出せるようになっていたのだ。

 

 樹だけでなく、風も同じ頃に散華で機能を失っていた片目が見えるようになっていた。

 驚くことに姉妹の他にも、東郷の下半身すらもまた、歩行機能を取り戻していたのだ。

 

 誰もが同じことを思っていた。

 きっとワンダーワールドに消えた剣司が、全知全能の書の力を使って、散華の代償を取り除いてくれたのだと。

 

 だが、その剣司は未だ戻らないままだった。

 悲嘆にくれる仲間たちに向かって、夏凛は迷いなく言った。

 

「あいつは絶対帰ってくる。だって、そう約束したんだから。あいつが約束を破る訳がない。だから大丈夫」

 

 少女らは剣司の帰還を信じ、この日も五人で勇者部の活動を始めた。

 戦いを終えてから、文化祭までの日が近いということで、活動内容はもっぱら演劇の練習だった。

 衣装や小道具などの美術品は完成済み。

 あとは演者たちの脚本の読み込み次第であるのだが……

 

「う~ん。やっぱり剣司がいないと、台詞とかの細かいニュアンスが分かんないわね」

 

 風が困ったようにつぶやいた。

 シナリオを担当した剣司は、すでに劇の台本は仕上げてあったのだが、当人がいないとその詳細な部分までは伝わらない様子。

 

「どうする、お姉ちゃん?」

「参ったなぁ……。他に進められる所は」

 

 不意に、部室の外……校庭の方から、機械の駆動音が聞こえてきた。

 それはバイクの排気音の様で、その音に少女らは聞き覚えがあった。

 

「まさか」

 

 誰ともないつぶやきに、全員がハッとした表情で音のした方へ駆け出す。

 校庭に出た少女たちの前には、一台の赤いバイクが止まっていた。

 搭乗者の男は、被っていたヘルメットを脱いで素顔を見せる。

 

「みんな、ただいま」

 

 神川剣司は少女らの顔を見渡し、帰還の挨拶を告げた。

 

「おかえり。帰ってくるって信じてたけど、ちょっと待たせ過ぎじゃない?」

 

 冗談めかして夏凛が言う。

 風らもこぞって剣司の無事を喜んだ。

 

「にしても、よく異世界? から帰ってこられたわね」

「ワンダーワールドの守護者だっていう、奇妙な格好をした人が手伝ってくれたんだよ」

 

 風の疑問に答える剣司。

 ここまで送り届けてくれたディアゴスピーディーが、役目を果たしたことでワンダーライドブックに戻ると、光とともに姿を消した。

 ワンダーワールドに戻った愛車に、剣司は小さく感謝を口にする。

 

「聖剣と全てのワンダーライドブックは、あっちの世界に残してきたよ。今後二度と、この世界に余計な災いをもたらさないために」

「でも天の神はまだ、壁の外にいるんですよね?」

 

 勇者と共に戦ってきた貴重な戦力の一つが、これで失われた。

 あとは人類と神樹が、それぞれの力でどうにかするしかない。

 樹は正直な不安を浮かべた。

 

「それでいいのかもしれない」

 

 剣司は独りごちるように言った。

 

「本の力を悪用する者たちの手からやっと離れて、ドラゴンたちは自分の家に帰れたんだ。俺はもう、彼らを巻き込みたくない……」

 

 空を見上げ、故郷に帰った友に思いをはせる剣司。

 本を愛する彼だから、もう本を争いに使ってほしくないというのが本音だった。

 

「私たちも、これで勇者の御役目から外されるかもしれないし、これからどうなるのかしらね」

「そんな先のことを考えるより、アタシらには目に前にやるべきことがあるでしょ?」

 

 しみじみと黄昏る夏凛に、風がピシャリと言った。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

『昔々、ある所に、一人の勇者がいました。勇者は、人々に悪さを続ける魔王を説得するため、ずっと旅を続けていました』

 

 照明を落とされた体育館に、東郷のナレーションが響く。

 この日は讃州中学で文化祭が催されていた。

 勇者部は予定通り、かつて人形劇で行った勇者と魔王の物語を、演劇として公演している。

 

『長い長い旅の果てに、とうとう勇者は、魔王の元へとたどり着けたのです』

 

 観客が劇に見入っている中で、物語はいよいよクライマックスへと突入した。

 舞台の上で、勇者の衣装を着た友奈と、同じく魔王の衣装をまとう風が対峙する。

 

「やっとここまで来れたぞ、魔王! もう、みんなに嫌がらせをするのは、止めるんだ!」

「なにを言うか。先に我を恐れて、一方的に悪者扱いしたのは、人間たちではないか!」

「だからと言って、嫌がらせはダメだ! みんなと話し合えば、きっとわかってもらえるよ!」

「うるさいうるさい! 話してもどうせまた、我を悪者にするに決まっている!」

 

 困難にくじけず魔王の元にたどり着いた勇者だが、その言葉は心を閉ざした魔王の耳には届かない。

 

「この世界は嫌なことばかりだ。こんな世界を守って、なんになる!」

「確かに、この世界は辛いことも、苦しいことも沢山ある……」

「なら」

「でも! それだけじゃない!!」

 

 人形劇の時に書いたシナリオを元に、ラストの展開に剣司はアレンジを加えた。

 それはかつての劇で、友奈が起こしたアクシデントが発想のきっかけとなっている。

 

「どんなに苦しいことがあっても、大切な仲間がいれば、きっと乗り越えられる! 負けるはずがない!」

「我は独りだ。ずっと独りだった。仲間も、友達もいない!」

「じゃあ、そこにいるのは?」

 

 勇者の問いで、魔王の後ろにスポットライトが当たった。

 照明に照らされるのは、悪魔の衣装に身を包んだ剣司だった。

 

「私は地獄からの使者。魔王に手を貸し、この世界を滅ぼすためにやって来た」

 

 しかし……、と悪魔は言葉を続ける。

 

「しかし、私が魔王に力を貸していたのは、本当は……」

 

 悪魔は魔王の正面に回り込み、右手を差し出した。

 

「君と友達になりたかったからだ!」

「なんだと……!?」

 

 悪魔の告白に、魔王は衝撃を受ける。

 さらに、勇者の後ろにも照明が当てられた。

 ライトの下には、天使のコスチュームを着た夏凛が。

 

「私は勇者に力を与えた天の使い。私も魔王、貴方と友達になりたいのです!」

「なにぃ!?」

 

 続けざまの天使の言葉にも、魔王は驚きを(あら)わにする。

 

「魔王、君は独りじゃない。僕たちと、友達になろう」

 

 そして勇者もまた、魔王に手を握ることを申し出た。

 

「~♪ ~♪」

 

 劇の終わりが近づく。

 樹の奏でる、讃美歌を思わせる(おごそ)かな歌声が、静かに場内に響き始めた。

 困惑の表情を浮かべ、魔王は勇者と、悪魔と、天使の三人を見渡す。

 対する三人は、みな優しい微笑みを浮かべていた。

 

 この後、物語はどう終幕したのか。

 魔王の答えは。

 

 物語の結末を決めるのは、君だ。




最後まで読んでくださりありがとうございました。

続けて前日譚となる、のわゆとセイバーのクロスを…と考えてましたが
思うようにアイディアが浮かばないため保留としました。

いつか書けたら、その時はまた見てやってください。
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