──昔々、ある所に、一人の勇者がいました──
──勇者は、人々に悪さを続ける魔王を説得するため、一人きりで旅を続けていました──
──長い長い孤独な旅の果てに、とうとう勇者は、魔王のもとへとたどり着けたのです──
「やっとここまで来れたぞ、魔王! もう、みんなに嫌がらせをするのは、止めるんだ!」
「なにを言うか。先に我を恐れて、一方的に悪者扱いしたのは、人間たちではないか!」
剣司が徹夜で書き上げた人形劇の脚本は、風の手を通して勇者部に渡った。
脚本を読んだ部員たちは、全会一致でこのストーリーで劇を行うことに同意。
そうして、メインの人形や舞台の背景の書き割りなどを勇者部が手作りし、晴れて今日、保育園での劇のお披露目となったのである。
「だからと言って、嫌がらせはダメだ! みんなと話し合えば、きっとわかってもらえるよ!」
「うるさいうるさい! 話してもどうせまた、我を悪者にするに決まっている!」
勇者の役を、二年生である結城友奈が演じ、対する魔王役は風が担当している。
二人の掛け合いを脇の方で見つめているのは樹と、同じく二年で友奈の親友を自認する東郷美森。
そして、協力してくれたお礼にと呼ばれた剣司もまた、樹たちの隣に立って、二人の演者のやりとりに見入っていた。
メインの視聴者である園児たちも同様にである。
物語もクライマックスが近づいてきた。
演じている友奈にも熱がこもる。
そのため、予期せぬアクシデントが起きてしまった。
「僕が君を、悪者になんてさせない!」
無意識に動かした片腕が書き割りに接触。
背景のパネルが倒れ、演者である友奈と風の姿を、園児たちの前にさらけ出してしまったではないか。
「ぁわわ、どどど、どうしよう……!?」
友奈も風も、思わぬトラブルで演技をするのも忘れてしまう。
どうしよう、と慌てる二人。
このままでは、劇を中断せざるを得ない。
ふと風の目に、劇を観覧していた剣司の姿が目に入る。
剣司はどこから持ち出したのか、ノートに大きな文字で『魔王、勇者へ怒りをぶつける』と書き、それを風に向けた。
(? よくわからないけど……えぇい、ままよ!)
風は即座に、剣司の指示に従う。
「さっきから勝手なことばかり言いおって! もう怒ったぞ、勇者よ! 我がお前をコテンパンにしてくれるわ!」
人形の魔王が、手にした槍で勇者人形を、ポコポコと叩きだした。
続けて剣司は、樹にBGMとして魔王のテーマソングをかけさせる。
さらに友奈に、『勇者も怒って、魔王とケンカをはじめる』と指示。
「ぼ、僕も怒ったぞ、魔王! この、わからずやめ!!」
友奈も勇者人形を動かし、魔王と可愛らしい殴り合いを演じる。
本来このお話は、勇者の説得に心を動かされた魔王が改心して終わる、という展開を迎えるはずだった。
この先どうなってしまうのか、見ている園児はもちろん、演じる友奈に風、樹と東郷もハラハラとした気持ちで、なりいきを見守っている。
「け、剣司さん、どうするんですか……?」
「大丈夫。東郷さん……」
「……わかりました」
剣司は東郷に耳打ちをして、事態の収拾を図る。
「みんな、このままじゃ勇者が負けてしまうわ。一緒に勇者を応援しよう。がーんばれ、がーんばれ。はい」
『がーんばれ! がーんばれ!』
「ぐわああああ、子供たちの声が、我の力を弱らせるぅぅぅ」
東郷の呼びかけに応えて声援を送る園児たち。
風も、剣司の意図を察してアドリブで対応。
(友奈、今よ。とどめ、とどめ!)
「あ、い、行くぞ魔王。勇者パーンチ!!」
「こうして、熱い拳で語り合った勇者と魔王は、お互いを認め仲直りできたのでした。めでたしめでたし」
東郷のナレーションに乗せて、樹がBGMを変更、エンディングテーマを流す。
曲の雰囲気も相まって、当初の予定を外れた劇も、どうにかこうにか終わりを迎えることができたのだった。
「今日の演劇、大成功でしたね!」
四国名物のうどんを提供する食事処、『かめや』。
テーブルに着いた友奈は開口一番、そう言った。
保育園での人形劇という、部活動の一環を終えた勇者部。
打ち上げと称してここ、少女らの行きつけのうどん屋である『かめや』で、揃って夕飯をとることになった。
今回の劇の協力者である剣司も一緒に、と全員から誘われ、少女たちと席を共にしている。
「いや、あれを成功に含めるとか、友奈の
メニューを見ながら風が言った。
友奈はペコリ、と頭を下げる。
「その節は、ご迷惑をおかけしました。でも、剣司先輩のフォローのおかげで、なんとかなって良かったです」
友奈とは今日が初対面なのだが、彼女は会って早々、剣司のことを名前で呼んできた。
他人に対して壁を作らない少女。
剣司の方でも、人懐っこい友奈の雰囲気にのまれ、彼女に対する警戒心はあっという間に取り払われたのだ。
それは、彼女の親友である東郷に対しても、同様であった。
「俺もびっくりしたよ。無事に終われたのも、みんなの協力あってこそさ」
「友奈ちゃんの勇者役、ばっちり決まってたわ」
「東郷さんのナレーションも良かったよ~」
「お姉ちゃんも、魔王の演技ノリノリだったね」
「ふっふっふっ、我が迫真の熱演に拍手を送るがよい」
わー、と一同は手を叩き、賞賛を送った。
話をしていると、注文したうどんが届けられ、揃って食べ始める。
「神川先輩は読書がお好きと
上品にうどんをすする、その手を止めて東郷がたずねる。
「いや。本はたくさん読んできたけど、やっぱり読むのと書くのじゃ勝手が違うからね」
「なにか、参考にされた作品でもあるんですか?」
「あぁー、うん、まあ……ちょっとね」
言葉を濁す剣司。
叔父から、ブレイブドラゴンワンダーライドブックのことは他人に話してはいけない、と言われているからだ。
理由は聞かなかったが、多分本が古いものだから、貴重さのためだろう。
そうですか、と東郷。
それ以上追及されることはなかったので、剣司も安心してうどんを食べ進める。
と、東郷の隣で麺をすすっていた友奈が、勢いよくある提案をしてきた。
「そうだ! せっかくだから、剣司先輩も勇者部に入ってもらったらどうかな?」
他の部員に向けて尋ねる。
思わぬ提案に剣司は聞き返した。
「え、俺が勇者部に?」
「はい! 今日は先輩と一緒に活動出来て、とっても楽しかったですから!」
「でも、勇者部って女の子しかいないよね。俺みたいな男が一人、それも途中から加わるなんて、邪魔になるだけなんじゃ……」
「そんなことないですよ。勇者部は、困ってる人を勇んで助ける、をモットーにしてますから。私たちは今日、剣司先輩に助けられたから、先輩も入部資格は満たしてます!」
「そういえば、去年は人手が足りなかったって風先輩も言ってましたよね。樹ちゃんが入って助かってますけど、それでも男の人の手は貴重だから、私は友奈ちゃんの案に賛成します」
「あ、わ、私も賛成です。剣司さんが入ってくれれば、これからできることも増えていくだろうし」
友奈の案に、東郷も樹も迷うことなく賛同した。
そんな中、風はなんとも歯切れの悪い様子を見せる。
「い、いやぁ~、それは、ちょっと、どうなんだろう……?」
「? どうしたんですか、風先輩?」
「ひ、人手の方は、樹が入ってくれたおかげでもう十分っていうか、その、今の四人でもやっていけてるっていうか……」
「「「???」」」
目を泳がせ、しどろもどろとした態度の風。
普段見せない彼女の様子に、友奈も東郷も、妹の樹も頭にクエスチョンマークを浮かべる。
そんな珍しい風の心情を察してか、剣司は助け舟を出す。
「ありがとう、結城さん。うれしい申し出だけど、今回は遠慮させてもらうよ」
「……そうですか」
「でも、なにか困ったことがあったら声をかけて。その時はまた、協力するから」
それで、剣司の勇者部への加入という話は、お流れとなった。
そのあとは、うどんを食べ終えるまで、他愛のない話が続いた。
「そういえば、お姉ちゃん。なにか私たちに相談することがあるって、言ってなかった?」
うどんを食べ終えた樹が、そう切り出した。
「ああ、そうだったわ。文化祭の出し物、まだ決めてなかったからね。その話し合いをしようと思って」
「まだ四月だよ? 早くないかい?」
「そう言って余裕見せてたら、去年は間に合わなかったからね。だから、今年は早めに決めておきたいのよ」
「せっかくだから、一生の思い出になるようなものがいいな!」
「大衆がなびくような、娯楽性の高いものがいいですね」
「私たちの活動をスライドで上映……じゃ、娯楽性はないですね」
娯楽性、東郷の発したこの言葉が縛りとなって、勇者部四人の話し合いに剣司も加わったが、結局いいアイディアは浮かばず、この日は解散となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日、讃州中学。
剣司は今日も一人、自分の机で読書に耽っていた。
しかし今はお昼休み。
クラスメイトたちは友人同士で話しながら、昼食をとっている。
そんな中で剣司は、本を片手に読み進めながら弁当をつつく、という器用な真似を演じていた。
「こーら、行儀悪いぞ」
そう注意し着てきたのは、友人の犬吠埼風。
「今いい所なんだ」
「だからって、ご飯食べながら読むことないでしょ」
「あぁ~……」
風は剣司から本を取り上げると、きちんと栞を挟んでページを閉じ、弁当の横に置いた。
そして、風は剣司と対面するように、前の席の椅子を借りて腰掛ける。
さらに剣司の机に、自分の弁当を置いた。
「せっかくだし、一緒に食べてもいい?」
「それは、もちろん」
風は弁当の包みを開け、剣司も改めて自分の弁当と向き合う。
「美味しそうだね。風さんがそのお弁当作ったの?」
「まあね」
「やっぱり風さんは、いいお嫁さんになるよ」
「だーかーらー、恥ずかしいこと言うなって。樹の分も作ってるから、そのついでよ。そっちは……」
剣司の弁当は、スーパーで売っている出来合いのものだ。
「夕飯は作るんだけど、昼までは面倒でね」
「朝はどうしてんの?」
「もっぱら菓子パン。休みの日はトーストと、スクランブルエッグとか目玉焼きだね」
「ま、学校ある日は仕方ないか」
二人はそれぞれの弁当に箸を伸ばす。
半分ほど食べたところで、風が思い悩むように口を開いた。
「……あのね、この間のことなんだけど……」
「ん?」
「友奈たちが、あんたのことを勇者部に入れよう、って言ったでしょ」
「あぁ……」
「その時、あたし……反対するような態度とっちゃって、ごめん」
「いや、いいんだよ。俺は全然気にしてないから」
「別に、嫌がらせしてるわけじゃないのよ? でも、その……色々とさ、事情があって……」
人には誰だって、他人には言えない秘密があるものだ。
現に剣司だって、ライドブックのことを秘密にしている。
「いいよ、無理に聞くつもりはないから」
「本当、ごめんね」
「だから、いいって。兄さんも、仕事の都合でいろいろと、俺にも秘密があったみたいだから。慣れたもんさ」
「お兄さんも、大赦で働いてたんだっけ?」
「うん、そう」
答えた後で、剣司は風の言葉に違和感を覚えた。
お兄さん
(でも、風さんは中学生だぞ? 大赦で働けるわけないじゃないか)
剣司の疑問を打ち消すように、耳障りな警報音が鳴り響いた。
「ぇ……ウソ、まさか……!?」
その音を聞いた風は、信じられないといった表情を浮かべ、ポケットからスマートフォンを取り出す。
彼女の様子を見ながら、剣司は無意識に弁当に箸を伸ばし、おかずを口に放り込んだ。
「痛っ!?」
口に入れたおかずは柔らかいハンバーグだったのだが、噛もうとしたそれは、まるで石のようにガチガチに固まっていた。
冷えたから、というものじゃない。
文字通り、石のように硬質化してしまっているのだ。
「なんだ、これ……?」
ハンバーグのかけらを口から吐き出す。
「剣司、あんた……動けるの!?」
風の奇妙な問いかけに、剣司は周囲を見回す。
クラスメイトも、時計の針も、空を飛ぶ鳥も、全てが写真のように、ピタリと静止していた。
「なに、これ……どうなってるんだ……!?」
非現実的な光景を見せられた剣司が呟く。
一体、なにが起こっているんだ。
不意に、剣司はズボンのポケットに手を入れた。
取り出したのは、伊予島家から預けられた『ブレイブドラゴンワンダーライドブック』。
叔父に、いつも肌身離さず持ち歩け、と言われていたのだ。
「本が、光ってる……」
ブレイブドラゴンは、なにかに反応するように明滅を繰り返していた。
日常が、終わろうとしている。