剣司は、目の前の光景が信じられなかった。
風のスマートフォンから警報が鳴った直後、クラスメイトはお喋りをやめた。
それは警報に気を取られたからではない。
生徒たちの動きそのものが、映像を一時停止したかのように静止してしまっている。
まばたきも、呼吸すら完全に止まっていた。
異常はクラス内だけにとどまらず、空を飛ぶ鳥も、木から舞う落ち葉も、空中に固定されたかのような状態だ。
その中で、剣司と風の二人だけは変わりなく動けている。
「みんな……どうしてしまったんだ……!?」
ギョッとして辺りを見回す剣司。
風も、剣司とは別の驚きに包まれ、彼に声をかける。
「剣司……あんた、なんで動けるの……!?」
「なんでって、それは俺が聞きたいよ」
「……そうだ、樹!」
「風さん!?」
慌てて教室から出ていこうとする風。
「剣司も、一緒に来て!」
「……君は、なにが起こっているのか、知ってるのか?」
「後で説明する。急いで!」
答えを待つのももどかしいといった様子で、風は廊下に飛び出た。
剣司も、慌てて後を追いかける。
階段を上り、向かっているのは一年生の教室のようだ。
ちょうど、廊下に一人の生徒の姿が見えた。
「樹!」
「お姉ちゃん! 剣司さんも。あのね、クラスのみんなが……」
妹の言葉をさえぎるように、風は樹の肩に手を置く。
「よく聞いて、樹。私たちが……当たりだった」
「当たり? なんのこと?」
「……二人とも、あれを!」
剣司が叫ぶ。
三人が窓の外に目を向けると、海の向こう──四国を取り囲むように生成された『壁』から、強烈な光が放たれ始めた。
視界を開けていられないほどの強い閃光は、三人を、世界をまるごと飲み込んだ。
そして……
「今度は一体なんなんだ」
光が失せ、目を開けた三人はもう学校にはいなかった。
彼らがいるのは、巨大な樹の根の上だった。
それも、視界の果てまで全てを覆いつくす、樹の根の世界。
「……まるで、『
眼前の光景を見た剣司が呟いた。
「お、お姉ちゃん……なにがどうなってるの?」
「大丈夫、大丈夫よ、樹」
異常な状況に置かれ、樹は風にしがみつく。
「友奈と東郷を探そう。二人もすぐ近くにいるから」
風はスマートフォンを見ながら、大きな根の上を歩いていく。
剣司と樹も、はぐれないように後をついて歩く。
探していた二人は、ものの数分で見つけることができた。
「風先輩! 樹ちゃんに剣司先輩も!」
「よかった。二人とも、スマホを持ってなかったから、見つけられなかった所よ」
友奈は三人に抱き着き、喜びをあらわにする。
東郷は、自分のスマートフォンの画面に目を落とした。
そこには、地図を意味する映像が表示されている。
「これ……勇者部に入った時に、先輩に言われてダウンロードしたアプリですよね」
「この隠し機能は、今の事態に陥った時に、自動的に機能するものだったの」
「やっぱり、風さんは今のこの状況について、なにか知っているんだね?」
剣司の問いかけに、神妙な面持ちでうなずく風。
「みんな、説明するから、落ち着いて聞いてね。私は……大赦から派遣された人間なんだ」
剣司が引っ掛かりを覚えた、風は大赦と関わりをもっているという考えは、どうやら当たっていたようだ。
「あたしたちがいる今のこの場所は、神樹様が創り出した結界──樹海と呼ばれているところよ」
「神樹様がつくった……じゃあ、悪い所じゃないんですね」
ホッ……と友奈は胸をなでおろす。
「今、この樹海にいるのは、神樹様に選ばれたあたしたちだけ。それと……」
風は、スマートフォンの画面を指さす。
そこには少女たちの名前とは別に、『乙女型』という文字が表示されている。
それは、徐々にだが五人の方向へと進んできていた。
剣司が疑問の声を上げる。
「なんだい、この乙女型ってのは」
「こいつの名前は『バーテックス』。世界の恵みである神樹様を破壊して、この世界を殺そうとしている、あたしたちの敵」
「せ、世界を殺す?」
「そして、バーテックスと戦えるのは……この世界を守れるのは、神樹様に選ばれたあたしたちだけ」
風は、樹、友奈、東郷を、順に見まわしながら言った。
「大赦の調査で、あたしたちが一番、適性があると判断されたの。戦う意思を示せば、システムがアンロックされて、あたしたちは『神樹様の勇者』になれる」
「……勇者」
「ねえ、お姉ちゃん……」
勇者という言葉に友奈が反応し、樹は一つの疑問を覚えた。
「私たちが、その勇者っていうのに選ばれたんなら、剣司さんも……なの?」
「いいえ。勇者に選ばれるのは、無垢な少女だけって決まってるらしいの。だから、剣司がなんでここにいられるのかは、あたしにも分からない」
少女たちの視線が剣司に刺さる。
もしかして……と、剣司はズボンのポケットに手を入れ、あるものを取り出した。
それを見た少女たちは、一様に首を
「なんですか、これ」
「親戚から預けられたんだ。『ブレイブドラゴン・ワンダーライドブック』っていう本だよ」
「本? こんなカチカチの、プラスチックの
「おじさんはそう言ってた。三百年前から伝わるもので、俺のご先祖様が持っていたもの……らしい」
ペラペラとページをめくって見せる。
一枚一枚に文字が記されていることから、なるほど、確かにこれは本であるらしい。
不意に、東郷が叫んだ。
「……みんな、あれ!」
彼女の指さす先には、異様な物体が宙に浮かんでいた。
樹海の壁の外からやって来たであろう
それこそが風の言っていた、世界を殺そうとする敵──『ヴァルゴ・バーテックス』。
「あれが敵……まるで怪獣じゃないですか。あんな大きな怪物相手に、戦えるわけが……」
ビルほどの巨体を誇るバーテックスの異様に、東郷は気圧されてしまう。
そのバーテックスが、五人の存在に気づいた。
尻尾を思わせる器官から、キラリと光が輝く。
「マズい、攻撃されてる!?」
風が叫ぶ。
とっさに、剣司は風と樹に覆いかぶさるようにして、二人を押し倒した。
友奈も、東郷をかばうような姿勢をとる。
直後、少女らのすぐそばで爆発が起きた。
ヴァルゴは、五人に向けて爆弾を飛ばしてきたのだ。
「みんな、逃げろ!」
立ち上がった風が言う。
彼女はスマートフォンを操作し、勇者へ変身するためのアプリを表示させた。
風の動きを見た樹は、同じようにスマホを操作する。
「樹、なにやって……」
「私も、お姉ちゃんと一緒に行くよ」
姉の目をまっすぐに見つめ、普段の彼女らしからぬ決意をみなぎらせる樹。
「……わかった。あたしに続いて」
姉妹揃ってアプリを起動。
光に包まれた二人は、神樹から与えられるエネルギーによって、その身を変化させる。
光が晴れた先にあったのは、黄色と緑の勇者服に身を包んだ風と樹の姿が。
「剣司は、友奈と東郷を安全な所まで連れて行ってあげて」
「ちょっと待つんだ!」
剣司が大きな声を上げるのを、姉妹は初めて聞いた。
柄にもなくそんな真似をしてしまったのも、ひとえに風と樹の身を心配してのことだ。
「東郷さんの言う通りだよ。あのバーテックスとかいう怪物相手に、たった二人で戦うなんて危険すぎる」
「大丈夫よ。あたしたちには、神樹様のご加護があるんだから」
「そうは言っても、これは小説じゃないんだよ!? 誰かが作った物語みたいに、うまくいくとは限らない! 二人とも、下手したら死ぬことだって……」
「大丈夫」
風は力強く言った。
「あたしたちは絶対に死なない。だから、大丈夫」
「そんな……そんな根拠なんて、なにもないじゃないか」
「昔の人が言ってたでしょ? 自信なんて根拠のないものだって」
「けど……」
「お願い。友奈たちのことを任せられるのは、剣司しかいないの」
「……そんなこと言われたら、断れないじゃないか」
剣司は不安を飲み込んで、東郷の車いすに手をかけた。
「二人とも、約束してくれ。絶対に無事に、俺たちのところに帰ってくるって」
「約束するわ」
「剣司さんに嘘はつきません」
姉妹と三人は分かれ、片方はバーテックスに、片方は安全な樹海の奥の方へと向かった。
東郷の乗る車イスを押して走りながら、剣司は犬吠埼姉妹を止められなかったことに、負い目を感じていた。
(俺は、なんて無力なんだ……。友達が危険な目に、自分から飛び込んでいくのを、みすみす見送るなんて……!)
ある程度の距離を離れたところで、三人は足を止める。
ふり返ると、姉妹とヴァルゴが戦っているのが小さく視界に入った。
と、友奈のスマートフォンに、風からの通信が届く。
「もしもし、風先輩!?」
『友奈、そっちは大丈夫?』
「はい。先輩たちこそ、バーなんとかっていうのと戦ってるんですか!?」
『こっちは、あたしと樹でなんとかするから。それよりも……こんな大事なこと、黙っててごめん』
命に係わるかもしれない危険なことを伝えなかった。
そのことを謝罪する風。
「先輩は、私たちのことを思って、心配させないように黙ってたんですよね。一人で抱えて、誰にも打ち明けられずに……。それって、勇者部の活動通りじゃないですか! 風先輩は悪くない!!」
友奈は迷うことなく、風の過ちを許した。
『友奈……ありが』
唐突に通信が途絶える。
三人は、姉妹が向かっていった先に目をやった。
そこには、ヴァルゴから放たれた爆弾を受け、爆風で吹き飛ばされる二人の姿があった。
「風さん! 樹ちゃん!!」
剣司の声が届くはずもなく、姉妹の姿が樹海の根に隠れる。
「風先輩!? 大丈夫ですか!? 先輩!!」
スマートフォン越しに友奈が呼びかけるが、流れてくるのはノイズのみ。
面前の敵を退けたヴァルゴは、次に剣司たちの方に歩みを向ける。
東郷が、友奈たちに向かって声をかけた。
「このままじゃ追いつかれる。私を置いて、二人だけでも先に逃げてください」
「なにを言うんだ、東郷さん」
「そうだよ! 友達を置いて、自分だけ逃げられるわけないよ!」
「でも、このままじゃ二人も危ないわ!」
悲痛な思いで言葉を
本当は置いて行ってなど欲しくないはずだ。
それでも、親友には危険な目にあってほしくない。それが彼女の願いだ。
「東郷さん、自分を捨てるような真似をしちゃダメだ」
「先輩……だけど……」
「だったら!」
友奈が、スマートフォンを握りしめながら言った。
「だったら、私が勇者に……」
その肩は小刻みに震えていた。
未知なるものへの恐怖。
その闇に飲み込まれまいと、少女は必死で自分を奮い立たせようとしている。
懸命な友奈の姿を見て、剣司の心も決まった。
「いや、結城さんが勇者になる必要はない」
「でも、それじゃ風先輩たちが……!」
「俺が行く。俺が、風さんと樹ちゃんを助けに行く」
剣司の言葉に、二人の少女は目を見開いた。
「なにを言うんですか! 先輩は勇者にすら変身できないんですよ!?」
「それでも! それでも、友達が危険な目に合ってるんだ。このまま見捨てるわけにはいかないだろ?」
「で、でも……」
「なら、約束するよ」
友奈と東郷は、約束、という言葉を反芻した。
「俺は絶対に死なない。風さんと樹ちゃんを助けて、結城さんと東郷さんも守る。それが、俺の約束だ!」
瞬間。剣司の決意に反応するかのように、手の中のブレイブドラゴン・ワンダーライドブックが、より一層の輝きを放つ。
剣司は無意識に、ブレイブドラゴンを天に向けてかざした。
そうすべきだと知っていたかのように。
直後、天空から一筋の炎が、柱となって剣司の体に降り注ぐ。
「剣司先輩!?」
友奈と東郷が叫んだ。
炎の柱はすぐに消え、中から現れた剣司の腰には、これまで身に着けていなかったバックル状の物体が巻き付いていた。
『聖剣ソードライバー』。バックルの名称が、剣司の脳内に浮かび上がる。
その使い方も、不思議と剣司は認識していた。
──かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた……──
ブレイブドラゴン・ワンダーライドブックのページを開くと、本自身が自らの物語を語りはじめる。
剣司はブレイブドラゴンを、ソードライバーの右端のスロットにはめ込んだ。
そして──
『烈火、抜刀』
ソードライバーに納刀されていた聖剣、『火炎剣 烈火』を勢いよく引き抜く。
「変身!」
『烈火一冊。勇気の竜と火炎剣烈火が交わる時、真紅の
ワンダーライドブックから解き放たれた、炎をまとう一匹のドラゴンが剣司の身に重なる。
不思議な本の力を体に受けて、剣司の姿が変わった。
それこそが、古の時代より悪と戦い、世界の均衡を守ってきた聖なる剣士。
「剣司……先輩……?」
「いや、今の俺の名はセイバー。『仮面ライダーセイバー』だ」
剣司……いや、仮面ライダーセイバーは、火炎剣烈火を構え、友人を傷つけた怪物に向かって、自らの決意を叫んだ。
「お前たちが、世界の滅びをもたらすなら……その物語の結末は、俺が変える!!」