夏凛の家で食事を共にし、剣司は少女と友達になった。
その翌日。
放課後の讃州中学で、夏凛が勇者部の部室前で立ち往生しているのを、やって来た剣司が見つけた。
「どうしたの、夏凛ちゃん?」
「ぁ、剣司……」
二人は前日、友達になったのならということで、互いを名前で呼ぶことにしていた。
「もしかして、みんなと顔を合わせるのが恥ずかしい、とか?」
もごもごと口ごもる夏凛。
どうやらその通りのようだ。
剣司はおおらかに笑って、夏凛の背を押した。
そのまま扉を開け、部室に入る。
「お疲れさま。剣司と夏凛ちゃん、入りまーす」
二人の姿を認めた風たちが、口々に挨拶を返してくれた。
「ほら、夏凛ちゃんも」
「え、なにを」
「勇者部五箇条の一つ、『挨拶はきちんと』、だよ」
壁に貼られた、勇者部の決まりを書いた紙を指さす剣司。
少女は、ぎくしゃくとそれに従う。
「お、お疲れ、さま……」
「よかった~。夏凛ちゃん、もう来てくれないんじゃないかと思ってたよ~」
「じょ、情報交換のためよ。あんたたちがのん気すぎるから、誰か監視役が必要でしょ」
人懐っこい笑顔で寄って来る友奈に、夏凛は照れ隠しで答える。
必要なメンバーも揃ったことで、一同は席に着いた。
「どうぞ」
東郷が車イスを器用に操り、全員の前にお茶とぼた餅を配る。
夏凛は目の前に置かれたお菓子に、不思議そうな顔を浮かべた。
「なんでぼた餅?」
「これ、東郷さんの手作りなんだよ」
「さっき家庭科の授業で。いかがですか?」
「……じゃあ、これお返し」
夏凛はぼた餅を受け取ると、代わりにと自前のにぼしを全員に配る。
昨日までの、他人を一切寄せ付けようとしないクールな態度とは一変。
心を許したような
当の剣司は笑ってごまかしたが。
「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
お茶とぼた餅とにぼしを食したのち、風が今日の集まりの目的を切り出した。
新メンバーである夏凛の持つ情報を、全員で共有しようというのが今回の内容だ。
夏凛が立ち上がって話を始める。
「以前までの大赦の調べでは、バーテックスがこっちに来る周期にはパターンがあると思われていたわ。けど、今はそれが大きく崩れてる」
「確かに。二日連続で来たり、いきなり三体に増えたと思ったら、一昨日来たのはまた一体に戻っていたね」
「これは、かなりの異常事態よ。おまけにバーテックスは、アルターライドブックで力を増す個体もいる」
「あれは本当に厄介よねぇ」
風がうんざりした様にこぼした。
夏凛は話を続ける。
「そのアルターライドブックを大赦から奪った、カリバーって奴も現れた」
「俺も一度しか戦ってないけど、カリバーの強さは勇者にも匹敵するものだった。もしかしたら、それ以上かも……」
「私はどんな事態になっても対処できるよう訓練してるけど、あんたたちは十分に気を付けなさいよ。じゃないと」
「大丈夫だよ! 夏凛ちゃんも仲間になってくれたんだから。世界を守る勇者と剣士が六人もいるんだもん。私たちは勝てる!」
「……あんたは、ちょっと楽観視し過ぎよ。よく能天気って言われるでしょ」
呆れながら指摘する夏凛。
言われた友奈も、「そうなんだよね~」とあっけらかんと肯定する。
「友奈ちゃんの能天気な所が、私たちの癒しになってるのよ」
「私゙だけの゙、の間違いでしょ」
どんな時でも友奈を全肯定する東郷に、夏凛はツッコみを入れた。
「他にも、勇者は戦闘経験を積むことで『満開』と呼ばれる、強化形態への変身が可能になるわ」
「パワーアップ! カッコいいー! どれくらい強くなれるの?」
「データ上では、数十倍は戦闘力が跳ね上がるらしいわ」
「じゃあ、セイバーの方は?」
「ライドブックを三冊同時に使うことで、より強化された形態があるって。でも強力なぶん、体に反動があるとも言われてる」
「おぉ~、本格的だー」
父親の影響で格闘技をたしなんでいる友奈。
そのためか、彼女はバトル物の漫画も読んでいるようで、男子的な感性も持ち合わせているのだ。
「友奈はそういうの好きねぇ。夏凛は、もう満開したことあるの?」
風が
「いや、私もまだ……」
「なんだぁ~。じゃあ、あたしたちと変わらないじゃない」
「基礎戦闘力が桁違いなの!」
「あ、じゃあ私たちも朝練とかしちゃう?」
「いいですねー」
「友奈ちゃんは朝起きれないでしょ」
「樹も朝起きれないでしょ」
「「……そうでした」」
少女たちが話し込んでいる最中、剣司は無言だった。
満開。勇者の力を底上げするシステム。
その機能に彼はなにか、言いようのない不安を覚えていた。
その様子に風が気づく。
「剣司、どした?」
「……夏凛ちゃん。満開って本当に、ただ強くなるだけのシステムなの?」
「どういうこと?」
夏凛が聞き返す。
「そんな大きな力を使えるのに、なんの代償もないって、少し都合がよすぎるかなって」
「それも、あんたの好きな本からの教え?」
「確かに、漫画とかでもパワーアップにはデメリットもあるっていうのが、お決まりのパターンですよね」
と友奈。
剣司も、その言葉にうなずく。
「夏凛ちゃんも言ったよね、セイバーのパワーアップは俺の体に反動があるって」
「それは……まぁ」
「満開にも同じような副作用があるかもしれないって考えるのは、自然じゃないかな?」
「じゃあ、なんで大赦はそれを伝えないのよ」
「……君たちが使うのを
「なるほど、信憑性はある説だわね」
風は、剣司の言い分に賛同する姿勢を見せた。
樹も不安な表情を浮かべる。
「なんか、怖いですね。剣司さんの言うように、満開は簡単に使わない方がいいかもしれませんね」
「大いなる力にいは、大いなる代償が伴う。俺の推測に過ぎないけど、危険の芽はなるべく
「……わかった。そこまで言うなら、満開の使用はなるべく控えておきましょうか」
夏凛も内心では納得しきっていないものの、剣司の忠告を聞き入れてくれた。
「その代わり、セイバーのあんたにはしっかり働いてもらうわよ」
「もちろんさ。みんなのことも、夏凛ちゃんのことも、俺が守る。約束だ」
「期待してるわよ。仮面ライダーさん」
話も一段落着いたところで、風が新しい議題を取りだした。
「もう重要な話は終わったと思うけど?」
夏凛は首をかしげる。
「こっちも、あたしたちにとっては重要な案件なのよ」
次なる議題は、終末に行われる子供たちとのレクリエーションについてだった。
「ちょっと待って、それあんたたち勇者部の話でしょ。私には関係ないじゃない」
「なに言ってんのよ。夏凛ももう、勇者部に入ったじゃない」
風は、夏凛が書いた入部希望の用紙を取りだして見せた。
「そ、それは剣司に言われて形式上、仕方なく……」
「もしかして用事あった?」
「そういう訳じゃないけど……」
「なら一緒にやろうよ! きっと楽しいよ!」
嫌? と目を潤ませ
「~っ、わかったわよ。やるわよ! やればいいんでしょ、やれば!」
言葉では嫌々という感じを前面に出しながら、それでも内心ではわずかなワクワクを感じている夏凛だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あっという間に時は過ぎ、レクリエーション当日の日曜日の朝になった。
集合時間は午前十時。
現地でとのことなので、夏凛は十五分前には到着できるよう、早めに家を出た。
「あ、おはよう。夏凛ちゃん」
「……だから、なんであんたがいるんだって」
それは家を出た直後、マンションの前に剣司がいたからだった。
どうやら夏凛のことを待っていたようで
「夏凛ちゃん、行き先が分からないだろうと思ってね。俺が案内しようかと」
「場所って、部室に集合でしょ?」
夏凛はそう言って、予定表を確認する。
「ぁ……現地集合って、部室じゃなくて児童館の方だったのか」
「勘違いしていたんだね。よかったよ、念のため俺も来ておいて」
それじゃあ、行こうか。と剣司が先導し、夏凛があとに続く。
二人は歩きながら、ポツポツと会話を交わす。
「そういえば、あれから食事はどうしてるの? 相変わらずコンビニ弁当ばかりかい?」
「あんたが文句言いそうだから、たまには自分で作ってるわ」
「そっか」
「それと、これ返しとく」
夏凛はカバンから、一冊の本を取りだした。
それは、初心者向けに折り紙の折り方をまとめた解説書。
今日、子供たちと一緒に行う折り紙教室のために、剣司が彼女に貸していたものだ。
「読んでくれたんだ」
「そりゃ、せっかく貸してくれたんだし、目ぐらい通すわよ」
「俺も読んだんだけどね、なかなか難しいね、折り紙」
「そう? 何回か練習すれば、いい感じにいけるわよ」
そんなことを話している間に、二人は目的地に到着した。
建物に入ると、他の部員たちはすでに集まっている。
「おっは~」
「その挨拶古いよ、お姉ちゃん」
「おはよう、みんな」
「ぉ、おはよう」
恥ずかしながらも、みんなと挨拶を交わす夏凛。
全員揃ったところで準備を始める。
そうこうしている内に、レクリエーションの開始まで時間もあとわずかとなった。
子供たちが揃っているであろう部屋への扉を前にして、夏凛は緊張していた。
勢いで参加を決めてしまったが、自分に子供の相手などできるのだろうか……。
そんな不安を覚えている少女をリラックスさせるように、剣司は夏凛の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ」
「で、でも……私子供の相手なんてしたことないし、不愛想だから仲良くなれるかどうか……」
「今日のために、折り紙の練習頑張って来たんでしょ? なら、その気持ちは子供たちにも伝わるよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんさ」
「……」
「夏凛ちゃんは強い子だ。バーテックスと戦ったみたいに、子供たちとも正面からぶつかっていこう」
その言葉に、夏凛はクスリと頬を緩ませた。
「バーテックス相手の方がよっぽど気楽ね、これは」
「ハハハ、そうかもしれないね」
「よしっ。完成型勇者の私が、相手になってやろうじゃないの!」
剣司との会話で不安を吹っ切った夏凛。
少女は
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結論から言うと、今回の勇者部のレクリエーションは、子供たちに大好評の内に終わった。
折り紙教室は、風も樹も、友奈も東郷も器用にこなしていた。
夏凛も練習のかいあって、子供たちの人気を集めることができた。
剣司だけは、どう折っても不格好なものしか作れず、逆に子供たちから教わる始末だったが……。
その剣司も、レクリエーションの締めに行われた、本の朗読会で本領を発揮した。
彼の語る物語は真に迫り、子供たちにもハラハラドキドキの体験を提供でき、名誉挽回。
勇者部六人も、笑顔で児童館を去ることができた。
「今日のレクも、上手くいってよかったですね~」
六人揃っての帰り道。
その道中で樹が言った。
「あたしは夏凛が、子供たちを泣かせるんじゃないかと冷や冷やしたわ」
「そんなことするか! 完成型勇者の私には、子供を
からかう風に夏凛は、開始前の不安感などどこ吹く風でドヤ顔だ。
ところで、と夏凛。
「なんであんたたちまで、私と同じ方向に歩いてるのよ。みんな帰り道は別のはずでしょ?」
「このあとは、夏凛ちゃんの家で打ち上げをするんだよ」
「家主の許可もなく決定事項!?」
友奈の不意打ちな打ち上げ発言に、夏凛は虚を突かれた。
「だってぇー、剣司だけあんたの家にお呼ばれして、あたしたちだけ無視って、それはないでしょ」
「こいつはお呼びしたんじゃなくて、勝手に来たんだけどね」
「じゃあ、あたしたちも勝手に行きましょうか」
「家主に許可を取りなさいよ!」
風にツッコみを入れながらも、夏凛は決して家に来るなとは言わなかった。
なんだかんだで、他の勇者部員たちにも心を開いている証拠だ。
「うわ~、すごい本格的」
「うわ~、すごい水ばっかり」
夏凛宅に上がって早々、樹はランニングマシーンに興味津々で撫でまわし、友奈は勝手に冷蔵庫の中身をチェック。
自由なふるまいの面々に、夏凛はもはやなにもいう気になれなかった。
その隙に、東郷たちはテーブルにお菓子やらジュースを並べていく。
「さあ、夏凛ちゃんも座って、座って」
剣司に促され、夏凛も席に着く。
そして、友奈が一つの箱をテーブルの中央に置いた。
「「「「「誕生日、おめでとう!!」」」」」
夏凛以外の声が重なった。
箱の中には、少女を祝うために用意されたバースデーケーキが。
「え、な……なんで私の誕生日を知って……」
「友奈ちゃんが、入部希望の紙に書かれているのを見つけたんですよ」
「見つけた時に、どこからか『祝え!』って声が聞こえたんだよね」
東郷と友奈が、夏凛の疑問に答えた。
「子供たちと一緒にって案もあったけど、どうせならお疲れ会も兼ねてと思ってね」
「このケーキは人気商品で、今日のために予約してたんですよ~」
「あ、お金は俺たちで出しあったから、夏凛ちゃんは気兼ねなく食べて」
風、樹、剣司が続く。
「?」
だが、主役である夏凛からの反応がない。
五人は疑問符を浮かべ、少女の様子をうかがう。
夏凛は両の目から、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
「!?」
いきなり泣き出した夏凛に、五人の顔が今度は仰天に染まる。
剣司はあわてて、ハンカチを差し出した。
友奈は背中をさすってやる。
「ご、ごめん。その、私……
鼻をすすりながら、身の上を話す夏凛。
剣司は少女の内情を聞かされているため、再び同情の念を抱いた。
「みんな……ありがとう」
泣き止んだ夏凛は、鼻を赤くしながらも全員に、素直な気持ちを伝えた。
「じゃあ、改めて乾杯!」
「「「「「乾杯ー!」」」」」
風の合図で、グラスを打ち合わせる。
お菓子やケーキに舌鼓を打ち、慰労会を兼ねた夏凛のバースデーパーティーは、とても賑やかに過ぎていった。
「剣司」
パーティーの
「ん?」
「あんたの言うように、勇者部のやつらとなら……私も楽しく過ごせそう」
「……そうか」
「あんたのおかげよ。誘ってくれて、ありがとね」
「どういたしまして」
と、友奈がなにやらカレンダーに印を付けているのに気づいた。
夏凛が声をかける。
「なに書いてんの?」
「勇者部の予定と、私たちの遊びの予定だよ」
見ると、ほとんど毎日のように丸印が。
「これから忙しくなるよ~。文化祭でやる演劇の練習もあるし」
「へぇ、文化祭は劇をやることにしたんだね」
「え、そんな予定いつ決めたっけ?」
剣司の言葉に風は疑問を浮かべる。
「あれれ? もしかして、私の中のアイディアを勝手に口にしちゃったかも」
「もう、友奈ちゃんはうっかりさんね」
「いや……いいんじゃないの、それ」
友奈の言葉に、風が乗っかった。
「よし。今年の勇者部の出し物は、演劇にしましょう!」
「そんな出たとこのノリで決めちゃっていいの?」
一応尋ねる夏凛だが、この部のノリの良さはすでに彼女も理解していた。
「夏凛も期待してるわよ。せっかくだから、なにか役を演じてもらおうかしら。あ、剣司にはまた、脚本を担当してもらうからね」
「仕方ないわね」
「わかったよ。でも、責任重大だな~」
そうして夜になるまで、みんなは揃って楽しく語りあうのだった。