村娘とダークエルフと鎖鉄球 作:フルメイル太郎丸
ある国のある領地に、ある農村がある。
特に大きくもなければ、これといって小さくもない。中規模の農村としては、平均的な村だ。
平和で、飢えてなければ肥えてもいない。酒場と商店が幾つか、片手で数えられる程度にあり、並んでいる商品も傷みは見当たらず、それなりに新しい物がそれなりに積まれている。
たまに聞こえる怒声はあるが、それも喧嘩ではなく、大工が弟子を叱り飛ばすもので、争いは無く平和な村だ。
そう、平均的で平和な、この国のこの領地によくある農村だ。
ダークエルフの女騎士、イングリド・スノーリアは、平和な村を眺めながら、さてどうしたものかと、思案を巡らせる。
村の賑わいを眺める自分の後ろに立つのは、本当にどこの農村にも居る村娘だ。茶色がかった髪と、少しだけそばかすが目立つが、素朴な笑顔の似合う可愛らしい顔立ち。若干痩せぎみに感じるが、顔色に悪さは見えず、問題は無いだろう。
簡素なシャツとスカート、継ぎ接ぎの目立つベストに、細い腰には少々厳つい革ベルトと一体型のポーチ、そして細身に似合わない鎖鉄球と鉈が繋がれていた。
あの時迫ってきた恐怖に、内心身震いするが、幸い、相手はこちらに害意は持っておらず、会話も通じる。
ならばそう、まずはコミュニケーションが大事だ。
「……私はイングリド、イングリド・スノーリアという」
「マリーヌ、皆はマリーって呼ぶよ」
よし、コミュニケーションの第一歩は成功。
我、このまま情報を得る。
「あー、マリーヌ。この村に君以外で戦える、というより、警備に当たる人は居ないのか?」
「それは〝ロイド〟が皆と決めて、今日は私なんだ」
「つまり、当番制か。この村は魔界領に近いが、問題は起きなかったのか?」
「起きてないよ。魔界の人達、暴れる人ほとんど居ないから」
この答えは、イングリドも予想していた。
魔界と人界、永きに渡り争いを続けていた両者だったが数百年前、魔界に〝魔皇連邦〟という国が興り、人界の中でも力のある数ヵ国と、不可侵条約を結んでから、表立って敵対する仲ではなくなった。
しかし、魔皇連邦も広大な魔界領全てを支配する事は不可能であり、魔界そのものが大小数千に及ぶ種族と、部族の集まりであるという事と、人界も魔界を疎む勢力が存在する事から、両国の辺境では時折、小さな争いが起きていた。
「むしろ、人間の方が暴れる人が多いかな? ……さっきの人達みたいに」
「それに関しては、隊の長である私の責だ。だから、罰するなら私も罰するがいい」
この国、〝ザイセン王国〟の第三騎士団団長であるイングリドが、何故にマリーヌという村娘に見張られる様にして、村の賑わいを眺めているのか。
その答えは、彼女の部下がこの村の娘に、乱暴を働こうとして、このマリーヌにイングリドごと返り討ちにあったからだ。
彼らは新しく編入された部下だったが、実家が中途半端に権力を持つ家だったせいか、平民や格下の爵位の隊員達に対し、横暴な態度が目立っていた。
イングリドや他の上官も、態度を改める様に、再三に渡り言い含めてきたが、その認識の甘さを今日、嫌という程に実感した。
魔界領に隣接する領地では、小さな争いは絶えない。
そのどれも領兵達でどうにかなるものか、言葉と金で解決出来るものだが、それでも争いという火種は起こさないに越したことはない。
なので、魔界人界の双方から定期的に、国境に視察団といった形で騎士団を派遣し、争いの火種が無いかを調査し、もし火種があり、その場で解決出来るならその場で、そうでないなら国に持ち帰り、後は政治家達の仕事となる。
イングリドの馬鹿な部下達は、その調査任務で見事にやらかして、襲った娘から手酷い反撃を受けた後、ザイセン王国でも五指に入る実力者のイングリドすら、圧倒する謎の村娘マリーヌに、これまた手酷い折檻を受ける事になり、今は納屋に拘束されている。
イングリドは、怪我こそは無いものの、愛刀であるシャムシールを、マリーヌの鉄球に二本共々、刀身を粉々に砕かれてしまった。
あと数瞬、降参の意志を示すのが遅れていたら、イングリドは脳天から砕かれ、肉片となっていただろう。
これだけの武勇を誇る村娘が居るなど、イングリドは聞いた事が無かった。
だから、何としても情報が欲しいのだが、
「んー? でも、イングリドは偉い人なんだよね? ロイドが言ってたよ」
「そのロイドという方は、村長か?」
「違うよ。ロイドはロイドだよ?」
きょとんとした顔のマリーヌに、イングリドは笑みを崩さず、内心では頭を抱えていた。
どうにも、このマリーヌという娘、あまり難しい事を考えられないのか、聞かれた事をそのまま答える娘なのか、イングリドの想像より情報収集が難航している。
だが、受け答えに違和感は無いので、頭が呆けているという訳ではないだろう。単純に素直過ぎる娘、イングリドはそう結論つけて、会話を続ける事にする。
「ふむり、ならばそのロイドという人は、村ではどういう仕事をしているのだ?」
「ロイドはね、村の道具屋だよ。頭が良くて、皆から頼りにされてるんだ」
「つまり知恵袋か」
マリーヌの口調から恐らく、この村の中心人物は、そのロイドという人物だろう。
マリーヌも、村の重要人物に違いないが、彼女は村の政に関わるタイプではない。
つまり、話をするならロイドという事になる。
「マリーヌ、ロイドと話は出来るだろうか」
「ロイドと話? ……何を話すの?」
マリーヌの口調から、一気に温もりが消えた。
この感覚、イングリドが嘗て戦場で感じた冷たさに似ている。あの時は死を覚悟したが、今も間近で感じている。
さて、マリーヌが何故にこの様な反応を見せるのか。
一つは、ロイドが村の重要人物だからだろう。
もう一つは、イングリドが村で騒ぎを起こした連中の長であるという事と、それによる警戒。
さらにまだ理由があるとするなら、ロイド自身にその理由があると予想出来る。
「難しい話ではない。ただ、連中の処罰と、被害者に対する賠償の話を、村の有力者にしておきたいだけだ」
「んー、それならもうすぐロイド来るから、あっちの広場に行こうよ」
「分かった。そういえば、私の部下……、暴れなかった者達はどうしている?」
「あの人達なら、ジャックの店に居るよ。夕方まで暇だから預かるってさ」
とりあえず、進展は得た。
自分の部下の安全も言質を取り、後は如何に自分達の罪を軽くして、連中に罪を向けるかだ。
恐らくだが、あの連中は上から〝切られた〟のだろう。
王都や領地の恵まれた環境でしか、過ごした事の無い厄介者が、調査任務という不自由極まりない環境に放り込まれ、弱い立場の平民の群れを見た時、どの様な行動を起こし、それを見たイングリドが彼奴らをどう処分するか。
「あ、そうだ。イングリドに謝らなくちゃ」
「謝る?」
「うん、イングリドの剣、折っちゃったから……」
モジモジと身と言葉尻を縮めるマリーヌだが、その動きで腰の鎖鉄球が揺れ、イングリドの脳裏に昼前の悪夢が甦る。
イングリドの愛刀を破壊したマリーヌの武器は、非常に単純なものだった。
それから柄を取り外し、代わりに鉄板を削り出して作ったかのような鉈を繋げた武器。
鎖鎌ならぬ、鎖鉈とでも言えばいいのだろうか。とにかく、マリーヌという村娘は、その武器一つで正式採用の騎士と、世界最高ランクのイングリドを圧倒してみせた。
そして、イングリドの象徴とも言える、二刀のシャムシールを破壊した。
「構わない。あれは魔鉄製だ。私の魔力があれば再生する」
「そうなんだ。私のと一緒だ」
「マリーヌのも、か?」
「うん」
さて、また問題が増えてしまった。
魔鉄製の武器を持ち、騎士を圧倒する村娘。
王都の貴族や騎士連中が知ったら、卒倒しそうな案件だが、それを体験したイングリドは最早祈るしかない。
──鬼が出るか蛇が出るか──
イングリドは、ロイドという人物とその話に期待し、この頭を悩ませる問題が解決する事を祈った。
イングリド・スノーリア
種族¦ダークエルフ(TS転生経験)
体力¦A
魔力¦S
攻撃¦A
防御¦B
速度¦S
元人間の男のダークエルフだが、人間だった記憶は既に遥か彼方に消え去っている。
同じ騎士団に所属する転生者達からは、影でエロゲエルフとか呼ばれたりしている。
世界最強ランクの実力者であり、国家間のパワーバランスの一翼を担っていたりする。