村娘とダークエルフと鎖鉄球 作:フルメイル太郎丸
馬車に揺られながら空を見上げれば、空は晴天、雲一つない青空であり、まさに快晴と呼ぶに相応しい天気であった。
あんな事が無ければ今頃、さっさと簡単な調査と魔界側との情報交換を終えて、付近の観光名所を軽く回りながら、気楽に王都に帰る筈だった。
「ねえねえ、イングリド。王都ってやっぱり大きいの?」
「それはそうだ。あの村が十あっても、王都には届かない」
「すごい! 私、村より広い場所なんて見たことないよ!」
早く見たいなー。
御者台にイングリドと並んで、そんな事を楽しげに言うマリーヌだが、イングリドからしてみれば、少々気が気でなかった。
「ねえねえ、イングリド。町だとクリームが入ったパンが普通に売られてるって本当?」
「ん? ああ、その手のパンなら普通に売られているぞ」
「すごい! 村だとお祭りの時くらいしか食べられないのに!」
マリーヌ達が何故、町へ向かうイングリド達の馬車に乗っているのか。それは先の事件の証人として出廷する為であり、村での交渉の結果でもある。
だがやはり、イングリドは気が気でない。
この国で最強は誰か。
この話が持ち上がった時、必ず名前が出てくる五人の一人がイングリドだ。
そして、そのイングリドを圧倒し、自慢の二刀を粉砕したのがマリーヌ。
問題は彼女が本当に世間知らずであり、彼女の力は他に類を見ない程に強力無比であるという事、そして彼女の持つ武器が問題だ。
力に関しては隠しようは幾らでもあるが、イングリド、そしてマリーヌが持つ〝魔鉄〟製の武器はそうはいかない。
魔鉄というのは通常、特定の姿形を持たない魔力が、金属という姿形を得たもので、採掘しようと思って掘り出せる他の金属とは違う。
鉱山に超高濃度の魔力が超高密度に集まり、永い年月をかけて漸く、インゴットが一つ出来るかどうかの量が形成される。
しかし、それも確実に魔鉄が形成される訳ではなく、寧ろ別の何かに変質する事の方が多い。鉱山に比較的高い確率で形成されるのは、鉱山には金属に関する情報が多いからに過ぎない。ただ周囲に多くある情報に影響されて、金属の姿を得る事があるというだけだ。
そして、採掘と加工に関しても、通常の金属とは違う。
魔鉄は物理的な干渉の一切を遮断する。
純粋な魔力以外では、加工や採掘はおろか触れる事すら不可能であり、その上、こちらの魔力が魔鉄の魔力を下回った場合は、魔鉄に取り込まれる事すらある。
希少な上、加工も使用も困難を極める魔鉄だが、この世界の権力者はこぞってこの金属を求める。
それは何故か。
「マリーヌ、お前のその鎖鉈だが、何処でどうやって手に入れた?」
「んー、村の近くの森で拾ったんだ」
「……お前、吐くならもう少しましな嘘を吐け」
その理由は単純で、魔鉄製の武器防具の性能は通常のそれらと一線を画し、それに加え、先の魔鉄の性質をそのままに並みの人間では触れる事すらできない。
一人百人の魔力を持てば扱え、一人千人で漸く従属させられる。
この言葉が示す通りに、魔鉄製の武具は存在するだけで威光となり、それを扱える者を擁するなら、それは他国に対する力の誇示となり抑止力となる。
だから国は、権力者はかの武具を、かの者達を求める。
「ひ、拾ったんだよ? ホントだよ」
「マリーヌ」
「……ホントだもん」
「マリーヌ……?」
村での出来事から数日だが、イングリドはマリーヌを嫌っていない。寧ろ、好ましく思っている。
国に仕える様になってから、彼女の様に喜怒哀楽をはっきりと表す者、部下以外で純粋な好意で近寄ってくる者達と、関わる事が無くなっていた。
宮仕えの身が厭になったという訳ではない。ただ、魑魅魍魎の相手をしていると、マリーヌの様な真っ直ぐな感情と好意が癒しになる。
だから
「マリーヌ、お前も流石に気付いているだろう。その武器は、本当なら個人が簡単に手にしていいものじゃない」
「うん……」
だから、イングリドはマリーヌを守る手段を考えた。
隠すには、もう手遅れだ。人の口に戸は立てられないという風に、既にイングリドの部下が見て体験してしまっている。
今は隠せても、何時か何処で必ず情報は漏れる。一番可能性が高いのは、別の馬車に拘束している元部下だ。
彼奴らは少しでも罰が軽くなるなら、どんな事でも喋るだろう。それこそ、マリーヌを悪と話を作り替える事すら厭わない。
仮にそれを行っても、イングリドが証言すれば、それらの虚言は霧散する。
「ロイド、君からも何か言ってやってくれないか」
溜め息混じりにイングリドがそう促すと、馬車の奥からひょっこりと見目麗しい少女が顔を出す。
まるで作り物かの様な顔立ちと、触れれば壊れてしまいそうな程に華奢な体つき。
絶世の美少女と言える外見と、それに若干不似合いに聞こえるハスキーな声。
マリーヌの幼馴染みのロイドは、そんな紅顔の美少年であった。
「マリー、イングリド様なら本当の事を言っても大丈夫だから」
「うん、分かった。あのね、イングリド怒らないでね?」
「ははは、これ以上お前が何をしようと、私が怒る様な事は無いさ」
イングリドが快活に笑いながら、そう言い終わると、ロイドはパッと耳を塞いで馬車の奥に引っ込んでしまった。
周りを見ると、部下達も似たようなもので、イングリドは少々苛立ちを覚えたが、マリーヌの話がまだなのだ。
「えっとね、イングリド。〝トゥレイ〟将軍って人知ってる?」
「トゥレイ将軍、……まさかあのヴィルヘルム・トゥレイか?」
「う、うん。それでね、その、この鎖鉈なんだけど……」
「まさか、そのトゥレイ将軍から貰ったとか言わないよな? いや、まさかお前でもそんな常識の無い事は……」
「……った」
「…………分かった、分かったから、頼む。言うなよ」
「トゥレイ将軍の、角を折ったら貰ったの」
イングリドは思わず馬車の手綱を手放して、ついでに意識も手放しそうになったが、今はその時ではないと堪え、出来る限り最大限で笑顔を作って、マリーヌに向き直る。
ヴィルヘルム・トゥレイ、魔界におけるイングリド達であり、イングリドも数度に渡り戦場で命のやり取りをした仲だ。
鬼人族の代表者で、額から生える二本の大角は折るどころか、傷つける事すら不可能だと思える程に強固だった。武人として、一人の人としても尊敬に値する人物であり、人界と魔界の今の和平に一役買った人物でもある。
さて、マリーヌの発言内容の問題は、大きく三つある。
一つ目は、国家間のバランスを担う魔鉄製の武器を貰ったという事。
二つ目は、その貰った相手が人界でも名の通った、魔界の有力者であるという事。
三つ目は、その有力者の角を折ったという事。
さて、どうするべきか。
怒鳴る事は簡単だが、それでは芸がない。
なので、イングリドはマリーヌの話を聴く事にした。
「えっとね、何年か前にトゥレイ将軍の配下の人が村に来て、村の人達を襲おうとしてたから追い払って、そしたらトゥレイ将軍が来て、頭突きをしたら角が折れちゃった」
頭が痛くなったが、ダークエルフは頭痛では挫けない。
馬車の奥でこちらを窺うロイドに手招きすると、彼は観念した様にゆっくりと近寄り、事の顛末を語った。
どうやら魔界側で、ちょっとした政変が起き、それに巻き込まれたトゥレイがマリーヌの村周辺を襲撃に来て、マリーヌに出会し角を頭突きで折られた。
凄まじく簡潔に纏めるとこういう事らしく、その後自身の自慢の角を折ったマリーヌを気に入ったトゥレイが、鬼人族の遺跡に眠っていたという鎖鉈を、彼女に贈ったというのが、彼女が貰ったという意味となる。
さて、もうこの際は魔界側で政変とか、秘密作戦で魔界の最強戦力が潜入していたとか、そんな終わった事はどうでもいい。これらはイングリドではなく、政治家連中がどうにかする案件だ。
「マリーヌ」
「嫌だよ。イングリドの拳骨は、何でか知らないけど痛いんだ!」
「マリー、とりあえず大人しくしときなって」
「やだよロイド! だってイングリド、もう拳骨の顔してるもん!」
「マリーヌ?」
ひえっ、と頭を抱えて蹲る彼女に、この国最強のダークエルフであるイングリドが取る行動は一つだった。
「どうしてそれを、もっと早くに言わなかった!」
「うぎゅっ!」
そんな怒鳴り声と鈍い打撃音、そして短い悲鳴が真昼の街道に響くのは同時だった。