村娘とダークエルフと鎖鉄球 作:フルメイル太郎丸
マリーヌにとって、それは初めての連続だった。
町にあるのは村には無いものばかりで、彼女の理解力の上限を平然と飛び越えてくる。
「マリーヌ? おい、マリーヌ」
「イングリド様、とりあえずマリーヌの手と繋いでください。町に理解が追い付いてないだけで、ちゃんと着いて来ますから」
ロイドに言われるがまま、イングリドはマリーヌと手を繋ぐ。すると、辺りを忙しなく見回しながら、本当に素直にイングリドに着いて来た。
「イングリド様なら、マリーが突然走り出しても、引き摺られる事は無いでしょうから」
「……君も、大分遠慮が無くなったな」
「……昔からマリーを止められる人を探してましたから」
「昔から、か。ロイド、あの子は昔から、ああなのか?」
「基本的に素直な子で、昔は力の加減がなかなか……」
言葉の続きは判る。加減が出来ずに、度々トラブルを起こしていたという事だろう。
だが、マリーヌがあの村で疎まれている様な気配は無かった。つまりは、ロイドが村に働きかけた。そういう事なのだろう。
「マリーの性格も幸いして、大きな問題はそれほどは起きませんでした。……あの鎖鉈の件までは」
「とりあえず、魔界側とは打ち合わせは済んでいる。という事だな?」
「はい。僕達の村の近くに、隠され忘れ去られた鬼人族の遺跡があり、その中からあの鎖鉈が出てきて、マリーが偶然と、そういう筋書きです」
「そうだ! そういう話なら、私に拳骨落とさなくてよかったんだ!」
「お前な……?」
復活したマリーヌが、横暴だのなんだのと騒ぎだしたが、イングリドが拳骨を構えると、両手で頭を抱えてそそくさと逃げ出す。
「お前がちゃんと、今の話を覚えていたら、その無駄に硬い頭に不必要な拳骨を落とさなくてもよかったんだ」
「でも、すぐに殴るのはよくないって、ロイドも言ってたよ?」
「マリー、僕はよくないとは言ったけど、ちゃんとしないと殴られる事もあるよって言ったよね?」
「うう……」
がっかりと項垂れるマリーヌだが、二人の言う通りに彼女自身がそのカバーストーリーをしっかり覚えていれば、イングリドはマリーヌの必要以上に硬い頭に拳骨を落とさずに済んだのだ。
「まったく、お前の頭は何で出来てるんだ? 骨に衝撃が返ってきた事なんて、この百年で数える程しか無かったぞ」
そう言いながら、目を逸らして下手くそな口笛を吹き、ゆっくりと距離を空け始めたマリーヌとの、距離を保ちながらイングリドは彼女の頭を見る。
未婚の未成年を示す、紋様が刺繍された頭巾を巻いた頭。頭巾にはそれを示す意味しかなく、物理的な防御力は皆無に等しい。
その上、イングリド達ダークエルフは物理的にも魔力的にも、人間よりも上位の生物である。
一般人ではダークエルフに傷一つ付ける事すら難しく、筋力や魔力も鍛えに鍛え抜いた軍人でもなければ、抵抗すら不可能なのだ。
なのにマリーヌは、ダークエルフのイングリドに対し、単純な身体能力で勝り、打撃の手応えから恐らくではあるが、身体強度もイングリド以上だと予測出来る。
「そんな事言われても、私は私だよ」
「いやまあ、それはそうなんだが……」
そこで事情を知るだろうロイドに視線を向けるが、彼も彼でよく分からないと、肩を竦めるだけだった。
「マリーのその辺に関しては、よく分からず仕舞いでして、……マリーの両親も〝火熱病〟で……」
「ああ、解った。もう言わなくていい」
マリーヌの両親は流行り病で既に他界し、彼女自身も他に身寄りも無く、血縁を調べようにも手掛かりの欠片すら見当たらず、どうしたものかとロイドが頭を悩ませていた所に、どういう巡り合わせか、イングリドが現れた。
あとは数日前の流れであり、大きい町であれば何らかの手掛かりがあるのではないか。そういう理由でロイドは、下手人の連行ついでにマリーヌを連れて、イングリド達に同行した。
「ねえねえ、イングリド。あれなに?」
「……あまり見るな」
「? ん、分かった」
マリーヌが指差したのは、これから裁きの場へと連れて行かれる罪人達の列だった。
「とりあえず、役所へ向かう。マリーヌ、ロイド、ついてこい」
「……あー、イングリド様?」
「どうした、ロイ……ド……?」
振り向けば、マリーヌが居ない。何処に行ったのかと、視線を辺りに巡らせると、そう多くはない雑踏の中、その向こうで罪人の列に話しかけているマリーヌの姿があった。
「ねえねえ、おじさん達は何をしたの?」
「ん? お嬢ちゃん、一体何時からそこに居たんだ? 危ないから離れなさい」
「でも私気になるよ? ロイドが前に言ってたもん。悪い事した人は裁判されて、牢屋に入れられるって」
「お嬢ちゃん、その通りだから離れなさい」
「はーい」
かなり通る声で返事をし、マリーヌは二人の元に戻ってくる。
「やっぱ悪い事した人なんだって」
「当たり前だ、ばかたれ!」
「いたい!!」
やはりというべきか、イングリドの拳骨がマリーヌの頭に落ちた。
「マリー、僕言ったよね。言うこと聞かないと、ぶたれる事もあるって」
「だって、気になったんだもん……」
「はぁ……、行くぞ。まずは役所だ」
イングリドが疲れきった声でそう言うと、マリーヌは素直についてくる。
その様子にイングリドは、手を繋ぐより飼い犬の様に、リードでも着けた方がいいかもしれないと思った。