皐月賞を激闘の末に勝利した後・・・。
「次は日本ダービーだな。これを勝てるかどうかで今後の展開が大きく変わるぞ」
さすがに日本ダービーに向けての調整がある為にほかのレースは自粛して調教に専念するようだ。
確かに日本ダービーは同じクラシック三冠の中でも特別に重いレースとして扱われる。
ダービーに勝てれば引退しても良いとか、ダービーに出られるなら賞金も要らない、などと言われる事すらあるのだから。
もちろん俺だってダービーを走れる事はとても嬉しい。
しかし他の馬だってダービーを勝ちたいのは同じだ。
だからこそ決して気の抜けない日々が始まるのだった。
「山田調教師!先の皐月賞はおめでとうございます!日本ダービーに向けての意気込みとインパクトターボの様子を教えてください!」
取材に来た記者がそう勢いよく訪ねる。
もちろん事前に煩くしない様に注意を受けている為に声は控えめだか語気は強い。
「ありがとうございます。日本ダービーですが当然インパクトターボが勝ちますよ。こいつの逃げ足は伊達じゃない。そんじょそこらの逃げ馬とは違うのは皆さんもうお分かりでしょう?日本ダービーも、その先の菊花賞もすべて逃げ切って見せますよ」
「素晴らしい自信ですね!ダービーには接戦だったタニノギムレットやサムシングブルーが参戦すると見られていますが今度も厳しい戦いになりそうですがいかがですか!?」
「ええ、あの馬達も強敵なのは重々承知しています。ですからこそ抜かりなく調教を行い、完璧に逃げ切って見せます」
「ありがとうございました」
山田調教師の強い言葉に俺も気合が入る。
連日の厳しい調教を乗り越えて俺はまた一つ成長するのだった。
そして日本ダービー当日・・・。
「さあ、今年もやってまいりました日本ダービー!日本競馬の中でも最も重いレース!走れるのは生涯ただ一度!最も運が良い馬が勝つと言われる日本ダービー!選び抜かれた18頭が貴方の夢!私の夢を乗せて走ります!天候は晴れとは行きませんでしたが馬場は良馬場!実に良い戦いになりそうです!さあパドックを見ていきましょう!」
実況の人の声を聴きながらパドックをグルグルと回る。
あ、俺の応援旗見つけた。
何々、「二代目逃亡屋インパクトターボ」って歌舞伎の隈取模様の上に達筆な字で書かれている旗が一番目立っている。
どうやら皐月賞で実況の人が叫んだ二代目逃亡屋という名実況(迷実況?)が早くも定着しつつあるようだ。
他にも「お前が逃げなきゃ誰が逃げる!」とか「暴走特急インパクトターボ」など色々な旗を見かけた。
応援される側と言うのはこうも気分が高揚するものなのだと改めて知った。
「2枠3番と好位置を引きました3番人気の直線番長タニノギムレットです!先の皐月賞ではインパクトターボとサムシングブルーとの3頭が縺れ込む大接戦でした!惜しくも3着に敗れましたが打倒インパクトターボを掲げて気合十分です!今日も直線での末脚に期待がかかります!」
タニノギムレットがこっちを睨んでいる。
「皐月賞での借り!きっちり返してやるから覚悟しやがれ!」
尋常ではない覇気でそう宣言するタニノギムレット。
「俺だって負けるわけにはいかない!」
がっつりとこちらも睨み返す。
「さあ本日の大本命!ここまで全戦全勝の皐月賞馬!1番人気逃亡屋インパクトターボは6枠12番と外枠ですが果たしてどうでしょうか!皐月賞で見せた驚異の逃げ足がまたまた炸裂するのか!無敗の二冠馬誕生なるか期待されます!」
パドックを見る観客達の視線も強く感じられる。
不甲斐無い走りはできないなこれは。
「牝馬によるダービー挑戦!皐月賞でも2着と好走!今日も狙った獲物は逃さない!7枠13番女ハンターサムシングブルー!彼女が唯一逃している獲物はインパクトターボだけ!逃亡屋が今日も逃げきるか!それとも女ハンターが仕留めるのか!熱い展開になりそうです!」
サムシングブルーちゃんまた隣なのね。
「今日こそ逃しません!」
「逃げ切って見せるさ!」
オドオドした雰囲気は徐々に消え、こちらをしっかりと見つめるサムシングブルーちゃんに俺もしっかりと返事をする。
彼女だって成長してきている。
いつまで逃げ切れるか分からない。
パドックの周回が終わり、ターフへと移動する。
「・・・お前は本当にすごい馬だよ」
ターフに移動中の地下馬道で若井騎手がそう呟く。
「本当、俺なんかが乗ってていいのかって今でも疑問に思ってる」
確かに技術だけを言うのならもっと上手な人は居るだろう。
まだまだ新人の彼よりベテランは沢山いるのだから。
「でもな!俺はお前を降りたくない!お前に勝たせてもらっているお荷物のまま終わるつもりはない!だから相棒!今日も勝つぞ!」
そう、ダービーに挑むのは俺だけじゃない。
人馬一体は鞍上の騎手だけではない。
俺を支援してくれる室オーナー。
俺を最善の状況に持っていってくれる山田調教師と厩務員達。
俺に係る全ての人と一つになる事で俺は走り続けられている。
それに答えるのが俺の仕事なのだから。
若井騎手への返事と俺自身の誓いを込めて大きく嘶いた。
「さあ!各馬がターフへとやってまいりました!改めて各馬を紹介しましょう!1枠1番ヤマノブリザード!青葉賞入着で見事ダービーへの切符を手にしました!続いて1枠2番ノーリーズン!皐月賞では入着しております!2枠3番、3番人気タニノギムレット!皐月賞はハナ差で3着と悔しい思いをしました。鞍上は武騎手!インパクトターボへの雪辱なるか!直線の末脚に期待です!続きまして2枠4番ダイタクフラッグ!この馬も先行馬ですが大逃げのインパクトターボに押されてやや影が薄いか!活躍を期待しましょう!3枠5番はアドマイヤドン!朝日杯1着の実力馬!皐月賞では後方に沈みましたがダービーはどうか!3枠6番テレグノシス!NHKマイル1着からダービーへの殴り込み!中距離は今日が初挑戦です!4枠7番モノポライザー!鞍上は皐月賞と同じ後藤騎手です!4枠8番マチカネアカツキ!ここまで連帯に必ず入っております!5枠9番ファストタテヤマ!京都新聞杯1着です!5枠10番メガスターダム!ダービートライヤルのプリンシパルを勝ち上がりました!6枠11番シンボリクリスエス!青葉賞1着の実力馬!6枠12番!お待たせしました1番人気!我らが逃亡屋インパクトターボです!なんとダービーまでに10戦全勝!無敗の皐月賞馬です!果たして彼を捕らえられる馬は居るのでしょうか!その隣!7枠13番には紅一点!牝馬サムシングブルーが参戦です!皐月賞2着の女ハンター!狙った獲物は逃さない!逃した獲物はインパクトターボただ1頭!今度こそ捕えられるのか期待が掛ります!7枠14番サスガ!いい走りに期待しましょう!7枠15番バランスオブゲーム!インパクトターボへの逆襲はなるか!8枠16番バンブーユベントス!青葉賞は2着でした!8枠17番タイガーカフェ!ホープフルステークスの勝ち馬です!8枠18番ゴールドアリュー!ダート戦では好成績ですがダービーはどうでしょうか!以上18頭フルゲートでのレースです!」
皐月賞の時でも非常に強い歓声が聞こえてきたが日本ダービーではそれを上回る大歓声に迎えられてのレースになりそうだ。
重い!空気が!視線が!皆の思いが!
でもそれは皆同じだ。
だからこそ負けられないんだ。
決意と共に俺はゲートに入っていった。
SIDE:実況
「さあ最後の1頭が収まりまして今係員が脇にそれました!体制完了!・・・・スタートしました!先行争いはやはりこの馬インパクトターボが飛び出しました!その後ろには今日こそ獲物を捕らえるのだと狙っていますサムシングブルーが追走しております!タニノギムレットは今日は控えめ中団待機でしょうか!レース展開はインパクトターボの大逃げを許さないと非常にハイペース!第1コーナーに入ってもまだ各馬ポジション争いが収まりません!抜け出したインパクトターボとサムシングブルー以外は激しい競り合いをしております!まもなく第2コーナーを抜けて向こう正面に入ります!1000メートルのタイムはなんと58秒!58秒と非常に速いペース!果たして最後まで走り切れるのでしょうか!インパクトターボが変わらず先頭その差は4馬身から5馬身と言ったところ!2番手で虎視眈々と捕えるタイミングを伺いますサムシングブルー!大きく離れて先行馬集団、ダイタクフラッグなどが前を追います!その後ろにつけましたタニノギムレットは今日は静かに狙いを定めています!インパクトターボ快調に飛ばしております早くも欅の向こうを通過していく!サムシングブルーが徐々に差を詰めていきます!タニノギムレットはまだ動きません!最後の直線に向けて今は我慢しております!さあ第4コーナーを回って残りは500メートルの直線と上り坂!インパクトターボ懸命に逃げます!サムシングブルーがその差を2馬身まで縮めました!タニノギムレットが大外から一気に捲り上げてきます!我慢の末脚ここで炸裂!他の馬を置き去りにしてタニノギムレットが優勝争いに名乗り出ました!やはりこの3頭の争い!インパクトターボが坂を上り切りました残り300メートル!サムシングブルーが並びかけます!その後ろにやってきましたタニノギムレット!驚異的な末脚で早くも2頭に並びかけます!インパクトターボがまだ先頭ですがその差は僅か!もはや3頭が完全に並んでおります!インパクトターボか!サムシングブルーか!タニノギムレットか!完全に3頭が並んだままゴールイン!誰が勝ったのか全く分かりません!大混戦の日本ダービー!タイムはなんと2分25秒2!アイネスフウジンが出した2分25秒3を上回りました!ですが1着はまだ未定の写真判定中!果たしてどの馬が勝ったのか!観客も固唾をのんで見守っております。中々写真の表示が消えません。ここまで長い審議はダービーでは珍しいでしょう。騎手たちも不安そうに掲示板を見つめています。まずは3着が出ました!3着は13番サムシングブルー!ハナ差です!1着はまだか!1着も出ました!1着は3番タニノギムレットです!タニノギムレットが逆襲を果たしました!無敗の皐月賞馬インパクトターボ!ハナ差で2着に敗れる!1着はタニノギムレットです!あっ!タニノギムレット故障か!?足を庇っています!武騎手が急いで降りて医師を要求しています!なんとダービー馬となったタニノギムレットに不穏な気配です!大事で無いと良いのですが!」
SIDE:インパクトターボ
「ッ!」
好調なスタートを切れたが外枠からの走り込みは中々厳しい。
迂闊に内側に入り込んでしまえば斜向で失格になってしまう。
「大丈夫だ!今なら内に入れる!」
若井騎手の指示にしたがって内側に入り込む。
その後ろにサムシングブルーちゃんが付いてくる。
「ついてく!ついてく!」
彼女の声を聴きながら第1コーナーへと入る。
しかしタニノギムレットの怒声が聞こえてこない。
何とも不気味だ。
迂闊に気を抜けばやられると思った俺は足をさらに速める。
「いいぞターボ!そのまま後ろなんか振り切ってしまえ!」
向こう正面に入ってもタニノギムレットは静かなままだった。
他の馬達の懸命に追いかける声は聞こえてくるのに騒がしいタニノギムレットの声がしないのは恐怖すら感じる。
何か策があるのだろう。
だからこそいつもより足を速めるんだ!
「ッ!ついてく!」
さらに速度を上げた俺にサムシングブルーちゃんは負けじと速度を上げた。
東京競馬場名物の大欅を通り過ぎた所でサムシングブルーちゃんがジリジリと上がり始めた。
「今日こそ!逃しません!」
「負けるわけにはぁ!」
そのまま最終直線に入った時だった。
「っざっけんなごぉらぁ!」
「来たか!」
タニノギムレットの怒声が聞こえてきた。
ものすごい勢いで坂を駆け上がり、一気に俺達に並んできた。
「待たせたなインパクトターボにストーカー女!てめえらなんかにゃ負ける俺様じゃねえ!」
そこには嘲りも傲慢さも無かった。
絶対な自信でもってタニノギムレットはそう宣言した。
「そう簡単にぃ!」
「負けてなるものですか!」
「勝つのは俺様だぁ!」
誰もが先頭を譲らない。
全身全霊をかけた走り。
「俺様が!俺様がタニノギムレット様だぁ!」
最後の明暗を分けたのはたった僅かな気迫の差だった。
「負け・・・た・・・」
長い審議を経て掲示板に表示されたのは自分の負けという結果だった。
悔しさも当然あるがそれよりなにより皆への申訳の無さでいっぱいだった。
特に若井騎手は自分のせいだと落ち込んでいる。
負けると言うのがこんなにも辛く重いものだと俺は初めて知ったのだ。
ならば勝者には賞賛を送ろうとタニノギムレットの方を振り向いた。
「お前の勝ちだ。タニノギムレッ!?」
そこには明らかに足を庇うタニノギムレットが居た。
騎手も異変に気が付いたのか降りて係員に医者を要求した。
「大丈夫なのか!?」
「ああ・・・折れちゃあいねぇ・・・ちっと痛むだけだ・・・」
先ほどまでの覇気が無く、そこには弱り切ったタニノギムレットが居た。
「どうだ、俺様の勝ちだ」
「ああ、お前には負けたよ」
「勝ち逃げをするつもりはねぇ!菊花賞で待ってろよ!」
ただ勢いだけのプライドが高い馬だと思っていた。
しかし彼は彼なりのポリシーで俺に挑んできていたのだ。
「待っている!だから絶対に戻ってこい!次は逃げ切ってやるからな!」
医者の判断で馬運車に乗せられていくタニノギムレットを俺はただ見送るしかできなかった。
そして、タニノギムレットがレース場に帰ってくる事は無かった。
インパクトターボ 牡3歳 11戦10勝 主な勝鞍:GⅠ皐月賞 GⅡ弥生賞 GⅠ日本ダービー2着
次回予告
今日からスカウトされたチームでの初めての練習だ。
所属している先輩達はどんな人たちだろうかな?
そんな思いを抱いてやってきたチームハダル。
そこにいる先輩たちは中々個性的だった。
第2シーズン第5話 夢に抱く日本ダービー(ウマ娘)