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日本ダービーの後・・・。
『ダービー馬タニノギムレット引退か!?』
そんな見出しの競馬新聞を山田調教師が読んでいる。
記事を読む限りでは前足に屈腱炎を発症したタニノギムレットの復帰はほぼ絶望的だと書かれている。
ちくしょう・・・勝ち逃げしやがって・・・。
「山田さん、今日はどういったご用件で?」
室オーナーが山田調教師を訪ねてきた。
口ぶりからするにどうやら山田調教師から呼んだようだ。
「ああ、室さん。急にお呼び立てしてしまってすいません。実は今後の事で色々と話し合いたくて電話では伝わり辛いと思ったので・・・」
「すみません!遅くなりました!」
おや?若井騎手も来るなんて何やら大事になりそうな予感だ。
「ああ若井君もよく来てくれた。さて、今後のインパクトターボの事について話し合いを始めましょう」
そういって山田調教師は話を切り出した。
「まず最初に、宝塚記念から招待を頂いております」
確か宝塚記念は人気投票で出場する馬が決まるルールだったな。
「それは光栄ですな。しかし山田さんはあまり嬉しいようではなさそうですね?」
「いえ、嬉しくない訳ではないのですが・・・室さん。インパクトターボで菊花賞を狙いに行きますか?それとも菊花賞は回避しますか?それによって今後のプランが大きく変わります」
菊花賞回避。
山田調教師のその言葉に室オーナーと若井騎手の表情が変わった。
「山田さんの見立てでは厳しいと?」
「ええ、現状のままでは勝つことは難しいでしょう。私の見立てではインパクトターボは恐らく2600か700が限界でしょう。それ以上に距離を走る菊花賞ではあのサムシングブルーには勝てません」
サムシングブルーちゃんはロングステイヤーとして有名なライスシャワーの血を引いている。
親の特性が必ず子に出るとは限らないが最も良く似ていると言われているサムシングブルーちゃんが長距離を走れない事は無いだろう。
何より皐月賞より日本ダービーの方がギリギリの闘いになった事を思えばきっとサムシングブルーちゃんは長い距離の方が得意なのだろう。
「勿論私も諦めるつもりはありません。可能な限りの調教を施す事で菊花賞でも勝つことはできます」
「・・・その為には宝塚記念が邪魔・・・と?」
室オーナーの言葉に山田調教師は無言で頷いた。
「宝塚記念に出れば十中八九勝てるでしょう。ですが菊花賞までに調教が間に合いません。ですので室さんに決めていただきたいのです。菊花賞を取るか、宝塚記念を取るか」
極めて難しい決断だ。
長距離路線を捨てて走らない馬は多い。
皐月賞1着、ダービー2着と既に十分な実力を発揮している。
でもできれば俺は菊花賞に出たい。
「クラシック三冠制覇はできませんでしたが、だからと言って菊花賞を捨てるのは片手落ちでしょう。宝塚記念は惜しいですが、私は出きる事なら菊花賞を走らせてやりたい」
「・・・分かりました。では宝塚記念は断ります。次の話なのですが・・・若井君」
「はい」
今まで無言で二人の話を聞いていた若井騎手が呼ばれた。
「君の今後の話だ。室さん、若井君をこのまま乗せますか?それとも他の騎手を乗せますか?」
おそらく山田調教師としては自分が紹介した若井騎手に乗っていて欲しいのだろう。
しかし室オーナーがそれを断れば別の騎手にしなければならない。
「他に騎手の当てがありますか?」
「ええ、何人かの騎手から機会があればという声は頂いております。必ずとは言えませんが良い返事が貰えることは間違いないでしょう。乗せかえて直ぐはなかなか息が合わない事もありますが今回は時間があります。問題なく乗り換えができるでしょう」
その言葉に若井騎手の表情が硬くなる。
まだまだ成績の少ない若井騎手が専属で乗れると言うのは非常にありがたい事なのだろう。
まして自分をG1ジョッキーにしてくれた馬から降りろと言われるのだ。
これほど辛い事は無いだろう。
「・・・若井君。君はどう思っているんだい?」
室オーナーは若井騎手の方を向いた。
「自分は・・・!決して上等なジョッキーとは言えません!経験もまだまだ未熟です!正直に言ってインパクトターボの実力を100%発揮できているかと言われても分かりません!でも!でも自分は!こいつと!相棒と一緒にこれからも走りたいんです!必ず勝ってみせますなんて言えません!ですが負けん気だけは誰にも負けたくありません!お願いします室さん!俺にチャンスを下さい!」
そう言って頭を下げる若井騎手を室オーナーはジッと見つめていた。
「君は正直だな。真っ直ぐにぶつかる事しか考えていない。それでは生き辛いだろう?」
「ですが自分を曲げて生きるよりは胸を張って行けると信じています!」
その言葉に室オーナーは笑顔になった。
「いいねえその情熱。初志貫徹できる事を応援しているよ。安泰に思ってもらっては困るが、結果がついてくる限りは君を乗せよう」
「ありがとうございます!」
若井騎手は再び頭を下げた。
それから猛特訓が始まった。
適正距離を延ばす為、ひたすらにスタミナトレーニングが行われる。
坂路を使ったトレーニングやプールを使ったトレーニングが中心でただただスタミナを強化する。
食事もそれに合わせて多めに出されるようになり、また色々な栄養のある物を混ぜるなど可能な限りを尽くす。
こうして俺は約5ヶ月間菊花賞に向けてのトレーニングに専念したのだった。
そして菊花賞当日・・・。
「さあ、クラシック最終レース菊花賞。今日の京都競馬場はあいにくの雨ですが馬場には影響は無く良馬場となっております。最も強い馬が勝つ菊花賞。果たしてどの馬が勝つのか。注目のパドックを見てみましょう」
それほど強くない雨を背中に受けながらパドックをグルグルと回る。
「3枠5番、今年の皐月賞馬にしてダービー2着の逃亡屋、インパクトターボは2番人気です。やはり長距離の大逃げは厳しいという見方が強いのか、それでも2番人気になりましたインパクトターボです。ですがどうでしょう解説の大西さん」
「なんでも宝塚記念に呼ばれていたそうですが菊花賞の為の調教に専念するからと辞退したそうですよ。実際ダービーの時よりさらに肉付きも良くなってますし全体的に鍛え上げられている様子が見て分かりますからこれは期待できそうですね」
「なるほど、3000メートルを逃げ切りなるか期待されますインパクトターボでした」
そうなると今日の1番人気は・・・。
「3枠6番、牝馬によるクラシック挑戦、皐月賞2着、ダービー3着とここまで惜しいレースが続いています1番人気サムシングブルーです。前走のセントライト記念を圧倒的な走りで勝利しましたサムシングブルー。牡馬に負けないスタミナとパワー、ライスシャワーの血を考えれば菊花賞はこの馬が取ると予想されております」
「もしインパクトターボやタニノギムレットが居なかったら三冠馬になっていたのはこの馬だったでしょう。生まれた時代が悪かったとしか言えないですね」
後ろを振り向くとやはりサムシングブルーちゃんが居た。
「今日こそ、逃がしません!」
「今日も逃げきって見せるさ!」
そんな風に火花を飛ばしあっていると・・・。
「オイオイオイ!俺様を差し置いて何熱くなってるんだよ!」
え!?このガラの悪い声は!
「7枠15番、復活のダービー馬、タニノギムレットです。ダービー後に引退も噂される程の怪我をしましたタニノギムレットですが奇跡の復活としか言い様がありません。ですがやはり調教のタイムが思わしくない為に5番人気と落ち込んでおります」
「治療が上手く行ったために出馬できましたがこれが引退レースでもあります。おそらく再発を恐れての事でしょう。すでに種牡馬入りの話も出ておりますし、今回は記念出走の意味合いが強いですね」
タニノギムレットがそこにいた。
「タニノギムレット!無事だったのか!」
「あの程度でくたばる俺様じゃあねぇ!・・・と、言いたい所だったが悪ぃ。こいつがラストランだ」
「治りきってないんですね」
サムシングブルーちゃんの言葉にタニノギムレットは頷いた。
「一応の症状は治まってやがる。だがいつまた再発するか分からねぇ。子種を期待されてる身としちゃぁ予後不良は避けたいんだろうさ」
少し寂しそうにタニノギムレットが笑う。
「だからって気の抜けた走りなんかすんじゃねぇぞ!そんな事しやがったら許さねぇからな!」
「勿論だ!全力で逃げてやる!」
「私だって負けたまま終わりません!」
「おう!また後ろからぶち抜いてやるよ!インパクトターボにサムシングブルー!」
そしてレースが始まる。
SIDE:実況
「さあ、間もなく始まります菊花賞。3000メートルという未知の距離を走る18頭。クラシック最終レースを走るメンバーを紹介いたします。1枠1番ナムラサンクス。神戸新聞杯3着です。1枠2番ヒシミラクル。調教師の話では長距離が得意との事ですがどうなるか期待されます。2枠3番アドマイヤドン。朝日杯優勝馬ですがクラシックレースでは苦戦しております。2枠4番ダイタクフラッグ。先行馬ですがインパクトターボの影響で今一パッとしません。3枠5番インパクトターボ。2番人気です。皐月賞1着、ダービー2着の実力馬。近年珍しい大逃げ専門の逃亡屋。果たして3000メートルを逃げ切れるのか期待されます。3枠6番サムシングブルー。牝馬にも関わらず1番人気です。皐月賞2着、ダービー3着。G1が欲しい所です。4枠7番ファストタテヤマ。京都新聞杯1着と京都競馬場は慣れたものか。4枠8番ダンツシェイク。2600メートルのレースを1着になっています。5枠9番レニングラード。少ないレースで菊花賞に挑戦します。5枠10番ヤマノブリザード。インパクトターボとサムシングブルーに良い所を取られっぱなしです。6枠11番タイガーカフェ。はたして長距離はどうなんでしょうか。6枠12番ローエングリン。宝塚記念3着と好走をしております。7枠13番バンブーユベントス。青葉賞2着の馬です。7枠14番メガスターダム。ラジオたんぱ杯1着とマイルには強いようですがどうでしょうか。7枠15番タニノギムレット。今年のダービー馬です。残念ながらこのレースが引退レースとなってしまいました。無事を祈りましょう。8枠16番バランスオブゲーム。セントライト記念で入着し、菊花賞に駒を進めました。8枠17番マイネルアムンゼン。セントライト記念3着です。8枠18番アドマイヤマックス。セントライト記念2着、東京スポーツ杯1着です。以上18頭フルゲートでの出走です。さあ、ゲートの準備が終わり、今スターターが旗を振りました。そしてファンファーレ。淀に観客の歓声が響き渡ります。各馬ゆっくりとゲートインしていきます。体制完了。・・・スタートしました。まずは先頭争いですが一頭好スタートで抜け出しましたインパクトターボ。やはり今日も大逃げでしょう早くもリードを広げています。その後ろを追いかけるのはサムシングブルー紅一点。今度こそ獲物は逃さない。そんな気迫が伝わってきます。一度目の坂を駆け上がりながら各馬がコーナーへと入っていきます。この辺りで隊列が出来上がっていきます。先頭は変わらず大逃げ5番インパクトターボ。その後ろ3馬身から4馬身をキープしております6番のサムシングブルー。2馬身ほど離れて4番ダイタクフラッグ今日は攻めています。大きく離れて14番メガスターダムが後方を引っ張っております。さあ坂を下って一回目のスタンド前を駆けていきます。まもなく1000メートルを通過。タイムは59秒。インパクトターボにしてはやや抑えめか。しかし3000メートルでありますこのレース。果たして最後まで持つのでしょうか。15番タニノギムレットは中段外目につけております。非常に縦長の展開になりました今年の菊花賞。第一コーナーを軽快に走ります先頭のインパクトターボ。その後方4馬身にサムシングブルー。ダイタクフラッグは少し下がっております。隊列は変わらぬまま向こう正面へと入っていきます。14番メガスターダムが後方集団先頭。しかしその外にローエングリンがいます。タニノギムレットが動き始めました。ゆっくりとですが前に出ていきます。さあ先頭インパクトターボが二度目の淀の坂を駆け上ります。サムシングブルーも虎視眈々と狙いを定めています。ダイタクフラッグ疲れたのか引き離されていきます。さあ頂上を超えて下り坂!各馬の動きが激しくなってまいります!先頭は変わらずインパクトターボ!さあここからスタンド前に入ります!インパクトターボ懸命に逃げる!しかし後方からサムシングブルーが迫ってきます!タニノギムレットも集団を抜け出して追い上げますが足色が鈍い!3000メートルという壁がダービー馬を阻みます!ヒシミラクルも上がってきますが間に合わないか!先頭は変わらずインパクトターボ!しかし苦しいか!サムシングブルーだ!サムシングブルーだ!やはりこの馬は強いのか!ライスシャワーも応援しているぞ!サムシングブルーが今完全に抜け出した!そしてゴールイン!やりましたサムシングブルー!牝馬による菊花賞優勝です!1943年以来の快挙!サムシングブルーがついに宿敵インパクトターボを捕らえました!」
SIDE:インパクトターボ
スタートで先頭を取った後、いつもよりは控えめで走る。
「いいぞ相棒!今日は長いからな!」
若井騎手が焦る気持ちを落ち着かせてくれる。
「ついてく!ついてく!」
今日も後ろにサムシングブルーちゃんが居る。
距離を考えてか今日は少し離れているがそれでもきっちりとついてくるのは流石だ。
「偶には俺だってぇ!」
どうやら他にも1頭ついてきているようだが気にしている暇はない。
タニノギムレットは今日も抑えていくようだ。
初めて経験する3000メートルのレースに各自様子を伺っている。
俺もいつもより控えめのペースで先頭を走り続ける。
「今日はまだ終わりじゃないからな!もう一周あるぞ!」
一度目のゴール前を通過しながら若井騎手がそう声をかけてくる。
背中に声援を受けながらコーナーを曲がっていく。
サムシングブルーちゃんとの距離は変わっていない。
やはり彼女のスタミナと根性は非常に強い。
もう1頭はどうやら力尽きたのか離れていく。
二度目の向こう正面を駆け抜けて坂にかかる。
「ここ!」
サムシングブルーちゃんがじわりじわりと上がってくる。
「負けるな相棒!」
若井騎手が懸命に後押ししてくれる。
勢いよく坂を下り最後の直線に入る。
「チックショォ!俺様はここまでなのかぁ!」
後方からタニノギムレットの怒声が聞こえてくる。
適正距離を超えてしまったらしい。
だがそれはこちらも同じだった。
「相棒!もう少し!もう少しなんだ!がんばれ!」
懸命に足を動かすがスピードは上がらない。
維持することもままならない。
これが適正距離の壁なのか!
それでも必死に前に進む。
「今日は!貰いました!」
「させるかぁ!」
サムシングブルーちゃんが並んでくる。
最後の気力を振り絞って走る。
しかしそれが最後の足搔きだった。
「はぁ!!」
「ぐぅ!」
気合と共にサムシングブルーちゃんが俺を追い抜き、引き離していく。
「ちくしょう!すまない相棒!」
いや・・・俺の方こそすまない。
あと少し、わずか100メートルの距離が俺には永遠に感じられた。
何とか2着を維持する事は出来たが危うく3着になりそうなほど、俺は疲れ切っていた。
「ふふ、リベンジ達成です。やっぱり貴方は強いですね」
「いや・・・今日は完敗だよ。強いね、サムシングブルーちゃん」
資質が、距離適性が、言い訳はいくらでも出来るだろう。
だがそんな事をしたって何の意味もない。
「さあ、勝者の義務を果たしておいで」
「はい!」
嬉しそうにウィニングランをするサムシングブルーちゃん。
「ち・・・不甲斐ねぇ」
「まったくだ。オスが揃ってこのざまだもんな」
何とか入着したタニノギムレットとお互いに笑いあう。
「結局お前との勝負は良く分からんまま終わっちまったな」
「1勝1敗1引き分け、それでいいじゃないか」
その言葉にタニノギムレットも頷いた。
「ハハ、後の事は俺のガキに託すさ。なんか知らんがガキが快挙を達成してくれる気がしてな」
「なんだそりゃ、予知ってやつか?」
「かもな」
まあこいつの子供が実際に快挙を達成する訳なんだがそれは黙っておこう。
「お前との因縁はこれからも続く気がするんだ。ガキにゃあ悪いが付き合ってもらうとするさ」
「おいおい、無責任な親だな」
その言葉はきっと当たる。
なぜだか知らないがそんな確信があった。
「元気でな。タニノギムレット」
「予後不良なんてするんじゃねえぞ。インパクトターボ」
こうしてタニノギムレットはレースから引退した。
インパクトターボ 牡3歳 12戦10勝 主な勝鞍 GⅠ皐月賞 GⅡ弥生賞 GⅠ日本ダービー2着 GⅠ菊花賞2着
次回予告
チームハダルに入って練習を重ねる日々。
キタちゃんもサトちゃんもルーちゃんもそろそろデビューが近いみたい。
そして私も・・・。
第2シーズン第6話 次のデビューレースは・・・(ウマ娘)