これが逃げるという事だ   作:福泉

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第2シーズン第8話お待たせしました。
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第2シーズン第8話 俺の有馬記念、皆の有馬記念(馬)

ジャパンカップから数日後・・・。

 

「おめでとうターボ、見事に有馬記念に選ばれたぞ」

有馬記念はファン投票やJRAからの推薦で出走馬が決まる。

今回、俺はファン投票でもそれなりの順位だった為に問題なく出走できるようだ。

「後は枠順がどうなるか、まあ大逃げのお前なら外枠でもそれほど不利ではないだろうが・・・」

有馬記念が行われる中山競馬場は距離の関係でスタートしてすぐにコーナーに入る。

その為に大回りを強いられる外枠が不利と言われている。

無理に内側に入ろうとすれば斜行と判断されて失格になってしまう。

「大丈夫心配するな。お前ならやれる」

山田調教師がそう言って首筋を撫でてくれた。

 

SIDE:室満男

 

「ここが有馬記念の枠番抽選会場ですか」

「そうです。ここに来るのは我々調教師にとっても名誉な事です。室さん、初めての馬でここに来れるなんて貴方の選馬眼は素晴らしい」

「いやいや、私はただ単に好きだった馬の子供という理由で買っただけで見る目なんてこれっぽっちも無いですよ。ターボが頑張ってくれた。全てはそれに尽きます」

決して高値で購入した馬では無かった。

血統が優れた馬でもなかった。

ただあの日に魅せられた浪漫を追い求めてそれを受け継ぐ血を買った。

それが偶然にも素晴らしい結果をもたらした。

だから自分がすごい等とは思わない。

自分はあくまでスポンサーであって頑張っているのは山田調教師や若井騎手、それにインパクトターボなのだから。

「さあ行きましょう室さん。まずは大勝負の第一歩からです」

私は山田さんの言葉に頷くと会場へと入っていった。

 

SIDE:山田調教師

 

俺は決して一流の調教師などとはお世辞にも言えない。

キャリアは決して短くはないが時々重賞レースを勝てる程度の馬を育てるのが精々で、有馬記念など縁のない話だった。

しかし今日、俺は有馬記念の抽選会まで来ている。

全ては室さんとの出会いが始まりだった。

懇意にしていた牧場から声を掛けられ、今年のイクノディクタスの息子の調教を頼むと依頼されたのが室さんとの出会いだった。

そして出会ったインパクトターボ。

大人しい顔立ちに牡馬にしては小柄な体つき。

人懐っこく言うことは良く聞く馬だが果たして勝てるだろうかと最初は思った。

しかしその評価が変わったのは調教で初めて併せ馬をした時だった。

負けん気が恐ろしく強いのだ。

併せ馬を後ろから抜かせようとすると、苛立ちを隠そうともせずに指示を無視して追い抜く様子からこの馬には差しや追い込みは合わないと感じた。

じゃあ最初から先頭を走らせてみたら何とも気持ちよさそうに走るではないか。

ペースなどどこ吹く風と飛ばしに飛ばしまくる。

しかも中々速度が落ちない。

逃げ馬、しかも近年ほとんど見なくなった大逃げ馬に思わず声に出して笑ってしまった。

大人しそうな外見とは程遠い、尋常ならざる癖馬だった。

だがその癖馬は順調過ぎるほどに勝利を重ね、ついに頂点の一角である皐月賞を勝利した。

ダービーを制する事は出来なかったが、それでも本当にあと少し風向きが良ければ勝利出来ていたと今でも思う。

そして今日を迎えた。

これから先、何度来られるだろうか。

俺は色んな人に感謝の念を送りながら、奇跡の出会いをくれた室さんと一緒に会場へ入っていった。

 

SIDE:若井騎手

 

「俺が・・・有馬記念に・・・」

騎手としてのキャリアは決して良くない。

どうにか頑張って30勝を迎えたばかりの下から数えた方が早い騎手だった。

それが今や皐月賞を勝利し、ジャパンカップを制し、有馬記念に出られる騎手になった。

全てはインパクトターボとの出会いからだ。

逃げ馬に乗った事は何度かあった。

しかしここまでの大逃げ馬に乗ったのは初めてだ。

山田調教師から最初に指示された「馬の好きに走らせてくれ」という言葉に、顔や態度には出さなかったが騎手として信頼されていないのだと感じた。

しかし違った。

インパクトターボは押さえつけてはいけない馬だったのだ。

ゲートが開くと同時に一番に飛び出したインパクトターボ。

最初はそこまで逃げるつもりはなかった。

しかし後続を無視して走り続けるインパクトターボに半ば仕方なしに押し続けた。

何度か後ろを気にするような仕種を見せたので気にするなと声をかけた。

気が付けば後ろに大差をつけてゴール板を走り抜けていた。

しかも全く疲れた様子も無く、足を気にする様子一つ見せず。

ターボ自身「あれ?もう終わり?」と言ったような表情だった。

そこから俺は山田さんの言ったことがどういう事か分かった。

インパクトターボは自由に走らせておいた方が強い。

だから騎手の仕事はそれを手助けしてやる事だ。

二度、三度とレースを重ねていく内に細かな癖やコース誘導の仕方、限界までの走りの違いなどをどんどん学習していく。

ダービーで勝たせられなかったのはきっとまだまだ未熟だったからだ。

菊花賞は距離適性の差もあったがそれでも何とか2着にはなれた。

ジャパンカップは完璧に逃げ切った。

なら次は・・・。

「大丈夫・・・!俺と相棒なら行ける・・・!」

緊張と興奮で殆ど寝られないまま朝を迎え、そのテンションのまま一足先に会場入りした若井騎手はロビーで山田調教師と室さんを待っていた。

 

こうして様々な思いが交錯する有馬記念を迎えた。

 

「さあ年の瀬の中山競馬場。今年もやってきました有馬記念。1年の締めとなりますこのレース。今年は果たしてどの馬が勝つのでしょうか。貴方の夢、私の夢を乗せて走ります本日の14頭。実力と人気を兼ね備えた各馬を見ていきましょう。解説の吉井さん、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「見事、1枠1番を引き当てましたシンボリクリスエス、3番人気です。今年の天皇賞秋に出走し、古馬を差し置いての1着。ジャパンカップでも3着と好走しております」

「クラシックでは中々活躍できませんでしたが天皇賞秋から頭角を現してきた実力馬ですね。ジャパンカップでも前を塞がれなければ勝っていたかもしれないと言われていますし今日も期待が持てますね」

俺はパドックを回りながらほかの馬の評価を聞く。

「やっぱり君も来てたんだね」

「もちろんだ」

やっぱりどこかのんびりした雰囲気のままシンボリクリスエスが話かけてきた。

「この前は前を塞がれちゃったから追い付けなかったけど今日は負けないよ~」

「ああ、今日も逃げきって見せるさ」

「わ、私だって負けませんから!」

このウィスパーボイスは・・・。

「4枠6番サムシングブルーです。今年の菊花賞を制した牝馬。1943年以来の快挙を成し遂げた素晴らしいステイヤーです」

「この馬の恐ろしいのはどんな馬にも併せられる脚質ですね。インパクトターボの大逃げにも併せられるのに本質は差しというまさに徹底マークをする為に生まれてきた女ハンターですね」

「サムシングブルーちゃん、やっぱり来たんだね」

「長距離なら得意ですから。今日も逃がしませんよインパクトターボさん」

「あらら?強力なライバル登場かな?僕はシンボリクリスエス。僕だって負けないよ」

「5枠7番インパクトターボ、2番人気です。今年の皐月賞を制覇し、ジャパンカップを勝利した逃亡屋。今日もその大逃げに皆の注目が集まっております」

「この馬は本当に恐ろしい馬ですね。あんな大逃げばかりをする馬なんて普通じゃありえませんよ。逃げは勝ちの定石ではないと言われ続けてきた日本競馬会に新しい風を吹き込みましたね」

俺が2番人気・・・だとすると1番人気は・・・?

「7枠12番ファインモーション、1番人気です。現在無敗の牝馬。秋華賞とエリザベス女王杯を勝利した、まさに常勝無敗の女王です」

「もしサムシングブルーが菊花賞ではなく秋華賞を目指していたらどうなっていたのか。口の悪い人間はそう言いますがたらればの話に意味はありません。今日本当の実力が分かります」

ファインモーションを見た時背筋にゾクリと寒気が走った。

ここに居るどの馬よりも素晴らしいと言えるバランスの取れた体躯。

一見おっとりした目に潜む強い意志。

まさに実力を秘めた馬だ。

「はじめまして~、ファインモーションと申します~」

間延びした、雰囲気通りおっとりとした牝馬。

「ああ、インパクトターボだ」

「さ、サムシングブルーです」

「僕はシンボリクリスエスだよ」

「うふふ、皆さん強そうですね~。私も頑張りますのでお手柔らかにお願いしますね~」

これは難しいレースになりそうだ。

俺は気合を入れなおすとパドック周回を終えて若井騎手の元へ向かった。

 

SIDE:実況

 

「今年の有馬記念、天候は曇りで馬場は稍重となっております。さあ、間もなくゲートの準備が完了しそうです。改めまして今日の出走馬を見ていきましょう。1枠1番シンボリクリスエス。今年の天皇賞秋を勝利した実力馬。末脚自慢です。2枠2番コイントス。鞍上岡部幸雄です。3枠3番アメリカンボス。この有馬記念で引退であります7歳馬。3枠4番エアシャカール。頻繁に変わる騎手に息は合うのか。4枠5番テイエムオーシャン。2001年最優秀牝馬です。4枠6番サムシングブルー。今年の菊花賞を制した末恐ろしい牝馬。長距離レースは大得意です。5枠7番インパクトターボ。皐月賞、ジャパンカップを大逃げで制したまさに逃亡屋。この馬が出るレースは非常にハイペースになります。5枠8番タップダンスシチー。今日がGⅠ初出走です。6枠9番ジャングルポケット。2001年ダービー馬の意地を見せるか。6枠10番イーグルカフェ。芝ダート問わずの脚質は有馬記念で通用するのか。7枠11番ナリタトップロード。4年連続の有馬記念。4度目の正直はあるか。7枠12番ファインモーション。無敗の女王が有馬記念に参戦です。果たして無敗の有馬女王は誕生するのでしょうか。8枠13番フサイチランハート。鞍上をバルジュー騎手に乗せ換えての出走です。8枠14番アクティブバイオ。日経賞を制し、中山競馬場は慣れたものか。さあスターターが今旗を振りました。ファンファーレです。中山競馬場に熱い歓声が響き渡ります。係員の誘導に従い、各馬が次々とゲートに収まってまいります。今、最後の1頭が収まりました。体制完了。・・・スタートしました今年の有馬記念!やはり1頭、7番インパクトターボが飛び出しました!しかし大逃げは許しませんと今日は何頭もの馬がついていく!2番手には6番サムシングブルーが3馬身から4馬身ほど後ろにつきました!さらにその外にファインモーションが居ますがどうやらサムシングブルーに前を譲る様子!タップダンスシチーも上がってまいりました!その後ろにはコイントス、テイエムオーシャン、外にナリタトップロード、そしてシンボリクリスエスはこの位置、アクティブバイオ、ちょっと落ち着かない様子のアメリカンボス後方から進んでおります!さあ、正面スタンド前をインパクトターボが先頭で駆け抜けます!その後ろサムシングブルーは変わらず3馬身から4馬身!ファインモーションがその後ろについています!やや縦長のまま向こう正面を通過していく14頭!おっとここでファインモーションがサムシングブルーに並びかけます!行こうというのでしょうかファインモーションがサムシングブルーを抜きました!その様子を見たインパクトターボがさらに飛ばします!ファインモーション追い掛けますが差が詰まりません!相変わらず3馬身から4馬身後方を引き離しますインパクトターボです!サムシングブルーがもう一度上がってファインモーションに並びます!向こう正面に入りました!インパクトターボ快調に飛ばしております!その後方3馬身から4馬身にサムシングブルーとファインモーションが並んでいます!タップダンスシチーもその後ろにいます。そこからまた2馬身ほど開いてナリタトップロード、コイントス、アクティブバイオ、シンボリクリスエスと続いております!テイエムオーシャン行っている!アメリカンボスにジャングルポケットも居ます!エアシャカールはまだ後方!インパクトターボ先頭のまま第3コーナーに突入します!変わらず4馬身後方にサムシングブルー!ファインモーションちょっとさがりましたか!タップダンスシチーが前に出ました!その後ろコイントスとテイエムオーシャンなどが差を詰めてまいりました!まもなく第4コーナーを抜けて残り310メートルの直線です!インパクトターボが先頭!サムシングブルー上がっていきます!ファインモーションちょっと苦しいか!コイントス、ナリタトップロードが抜け出してきた!シンボリクリスエスが中から抜け出してきた!物凄い末脚!残り100メートル!インパクトターボ懸命に粘る!しかしシンボリクリスエスだ!シンボリクリスエスが恐ろしい末脚で差し切ったゴールイン!ジャパンカップの雪辱を果たしましたシンボリクリスエス!」

 

SIDE:インパクトターボ

 

「ッシ!」

今日も完ぺきなスタートを切って先頭を取る。

「あらあら、やりますね」

なんと隣には同じく好スタートを切ったファインモーションが居た。

しかし先頭を走る気は無いらしく直ぐに後ろに下がっていった。

やっぱり怖い馬だ。

「大丈夫だ相棒!いつもどおり行くぞ!」

もちろんだ相棒!

幸いに他に前を狙う馬が居なかった為に素早く内側に入り込むとそのまま先頭を維持する。

「ついてく!ついてく!」

「あらあらうふふ」

サムシングブルーちゃんの声と共にファインモーションの声も聞こえてくる。

どうやら今日は沢山引き連れての旅になりそうだ。

「初めてのGⅠなんだがんばるぞー!」

どうやら他にもまだ着いてきている馬がいるようだ。

一度目のスタンド前正面を走り抜ける。

「これは・・・行けそうかしら?」

なんとファインモーションがサムシングブルーちゃんを抜いて前に出始めた。

「相棒!」

若井騎手の指示を受けてさらに飛ばす。

「あ、あらあらぁ?」

思った通りにならなかった為か、それとも騎手との息が合わなかったのか戸惑った様子のファインモーション。

「邪魔しないで!」

サムシングブルーちゃんがもう一度ファインモーションと並ぶ。

「まだまだいくぞー!」

もう1頭もそのままついてくる。

「行けるぞ相棒!このまま突っ走れ!」

いや、まだまだ油断はできないぞ相棒!

第4コーナーを回り、最後の直線へと入っていく。

相棒のムチが入り、全力で先頭を維持する。

「逃しません!」

「ちょっと失敗しちゃったわ」

サムシングブルーちゃんが差を詰めてくる。

ファインモーションは作戦失敗したようで苦しそうだ。

「あと少しなのに~!」

もう1頭は上がってこれないらしい。

しかし・・・。

「どけどけ~!シンボリクリスエスのお通りだよ~!」

「やっぱり来たか!」

最後の坂に入った所で物凄い末脚でシンボリクリスエスが追い付いてきた。

「負けるかぁ!」

「抜いてやるぅ!」

懸命に粘ったがあと少し、頭半分抜かれてしまった。

「やった~!今度は僕の勝ちだね~!」

「ちっくしょう!あと少しだったのに!」

残念ながらあと一歩及ばず、俺は有馬記念に勝てなかった。

すまない相棒、山田調教師、室オーナー・・・それに父さん。

 

インパクトターボ 牡3歳 14戦11勝 主な勝鞍:GⅠ皐月賞 GⅠジャパンカップ GⅠ日本ダービー2着 GⅠ菊花賞2着 GⅠ有馬記念2着




次回予告

いくつかのレースを走り、勝利を重ねてついにやってきました皐月賞

ウマ娘として現役中一度しか走る事が出来ないレース

そこには色々な思いが交差する

第2シーズン第8話 私の皐月賞、皆の皐月賞(ウマ娘)
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