これが逃げるという事だ   作:福泉

28 / 85
第2シーズン第9話お待たせしました。
ご意見ご感想お待ちしております。


第2シーズン第9話 ダービー、ダービー、いざダービー(ウマ娘)

「・・・日本ダービーを制したのは・・・!」

ゴール直前で私は抜かれ、黒い背中がゴールを駆け抜けた。

 

「ッ!」

私は驚いて目を覚ますと体を起こそうとしたが微動だにしなかった。

「・・・ルーちゃん・・・また私のベットに・・・」

「・・・ターちゃんに・・・ついてく・・・ついてくぅ・・・すー・・・」

幸いにセミダブルサイズのベットなので二人で寝てもそこまで狭くはない。

特に私もルーちゃんも小柄なのでなおさら余裕がある。

元々大家族で一緒に寝ていたらしいルーちゃんは同じ部屋とはいえ一人で寝るのが寂しいらしく時々こうして私のベットに潜り込んでくる。

動けなかったのはルーちゃんが私のパジャマの袖をしっかりと握っているからだった。

先ほどの夢が頭を離れず、私はルーちゃんを起こさないようにうまくパジャマを脱いでベットから起きるとジャージに着替えてまだ日の出前の外でジョギングを始めた。

 

「はっはっはっはっ・・・ふぅ・・・」

朝露で湿る地面を蹴って、学園の中をあてもなく走っているといつの間にか三女神像の噴水広場にやってきていた。

「・・・三女神・・・か・・・」

特段信心深い方ではないが、何か分からない力のような物を感じる女神像はようやく顔を出した朝日に照らされて神々しく輝いていた。

「うん、もうちょっと走ろう」

息が整ったところで私は再び走り出した。

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!・・・ちょっと走りすぎたかな・・・」

私は偶然見つけた自販機に寄り掛かって息を整えながらICカードを取り出すとスポーツドリンクを購入した。

「んっんっんっんっ!ふぅ・・・」

半分ほどを一気に飲み干すと私は近くのベンチに座った。

視線の先には朝露で輝く練習コースがあった。

「私は・・・勝てるんだろうか・・・」

皐月賞ではギリギリの勝利だった。

果たして日本ダービーで私は勝てるのか。

漠然とした不安がグルグル頭の中で渦巻き、私はただただ見えない何かに怯えていた。

「・・・・ッケンナコラー!」

「ん?」

ターフの方から誰かの声が聞こえてきた。

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!ざけんなよスレッジハンマー!あの皐月賞みたいな腑抜けた走りをダービーでもするつもりか!気合いれろや!」

汗だくで息を整えているスレッジハンマーがそこにはいた。

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!もう一本だ!俺様はスレッジハンマー様だ!誰にも負けねぇ!あのまま終わるのは俺様じゃねぇ!ダービーがなんだ!インパクトターボがなんだ!勝つのは俺様だ!」

私はスレッジハンマーのその姿を見て頭を殴られたような衝撃を受けた。

私はいつしか自分が勝てる事が当たり前になっていた。

勝つことより負けてしまった時の事ばかり考えていた。

誰もが勝てるかどうかなんて分からない。

分からないからこそトレーニングを積んで挑むのだ。

気持ちの段階で驕っていたら勝てるはずがない。

「うん、もうちょっと走ろう」

残ったスポーツドリンクを飲み干すと私はジョギングを再開した。

その後、朝食の時間に合わせて部屋に戻った私に、目を覚ましたらもぬけの殻だった私のベットで涙目になっていたルーちゃんの強烈すぎるハグが決まったのは言うまでもない。

その日、美浦寮では押しつぶされたカエルの様な悲鳴が響き渡った。

 

「なるほど、それで今朝はターちゃんの調子が悪そうだったんだね」

昼休みの食堂でいつもの4人でご飯を食べながら今朝の事を話す。

「ルーちゃんのベアーハグは強烈でした・・・」

「ご、ごめんなさい」

ルーちゃんがちょっと涙目で謝る。

「でもターちゃんもせめて一言声をかけるべきでしたよ」

「はい、サトちゃんのおっしゃる通りです・・・」

あるいはメモでも残しておけば結果はまた違っただろう。

「とりあえず次の授業は移動教室だから早めに食べちゃおうよ」

「そうですね」

私たちは食事を手早く済ますと食堂を後にした。

 

「クリス!まったくお前は!」

「この声ってルドルフ会長?」

どちらかと言えば冷静であまり怒声を上げる方ではないルドルフ会長の怒鳴り声が廊下に響き渡った。

声の方を見るとルドルフ会長が一人の生徒にガミガミと説教をしていた。

「あの・・・ルドルフ会長?どうしたのですか?」

「ああ、すまない。騒がしくしてしまったようだな。私もまだまだ落ち着きが足りないな」

ハァっとため息をつくルドルフ会長。

「そちらの生徒が何かしたのですか?」

「ああ、この子は私の遠縁の親戚にあたる子でな。今年から新入生として学園に入ったからご両親からよしなに、と頼まれていたのだ」

そういえばルドルフ会長もかなりの名家出身だったはず・・・。

「しかし、この子は昔からのんびりしたところがある子だったのだが学園に来てもそれが治らないとは・・・」

「初めまして~。シンボリクリスティです~」

間延びした声でシンボリクリスティが挨拶をしてくれた。

「初めまして。キタサンブラックです」

「サトノダイヤモンドです」

「インパクトターボです」

「さ、サムシングブルーです」

私たちも自己紹介を返す。

「君たちも仲良くしてやってくれ。あとできれば尻を叩いてやっても欲しい」

「どういうことですか?」

「いつものんびりぼんやりしているせいで授業を全く聞いていないと苦情が来てな・・・」

「な、なるほど・・・」

実際シンボリクリスティはつい先ほどまで叱られていたにも関わらずボンヤリと窓の外の雲を眺めていた。

「あの雲・・・人参みたいで美味しそう・・・」

うん・・・会長の苦労が忍ばれる。

その後、まだ説教が足りないとルドルフ会長はクリスティを引きずる様にどこかへと連れて行った。

 

「あのーアイネス先輩、ちょっと相談いいですか?」

「ターちゃんから相談なんて珍しいの。構わないから話してみるの」

トレーニング前に私はアイネス先輩に相談を持ち掛けた。

「・・・アイネス先輩がダービーを走った時はどうでしたか?その・・・レース前の気持ちとか心持といいますか・・・」

「不安なんだね」

私は無言で頷いた。

「ターちゃんが不安な理由は何となく分かるの。ターちゃんはまだ公式戦で負けた事がないの。だから勝ちたいって気持ちより負けたらどうしようって気持ちが強いの。だから不安なの」

アイネス先輩は私の今の状況を簡単に言い当てた。

「はい・・・今の自分を振り返って、いかに自分が傲慢な考えになっていたのかを自覚して・・・」

次の瞬間私の両頬をアイネス先輩の手がぎゅっとつまんで引っ張った。

「ひたいれふ・・・」

「いいのターちゃん?誰だって負けたら不安なの。だからこそ勝ちたいの。それが傲慢だなんて誰にも言わせないの。ウダウダ悩むくらいなら、誰にも負けない強さを手に入れるの」

「へんふぁい・・・」

そろそろ辛いのですが・・・。

「さ、練習頑張るの」

「はい!」

やっと離してもらえた頬をさすりながら私は返事をした。

 

こうして私は日本ダービーを迎えた・・・。

 

「今年もやってきました日本ダービー!クラシックレースの中でも最も重いこのレースを制するのは誰か!わずか18人のウマ娘、その中でも頂点を手に入れられるのはただ一人です!」

東京競馬場に実況の人の声と多くの観客の歓声が響き渡る。

そんな東京競馬場の地下道を私たちはゆっくりと歩く。

「皐月賞は負けちゃったけど、ダービーは私が勝たせて貰うよ」

「いいえ、勝つのは私です」

「わ、私だって負けたくないです」

「・・・うん、皆勝ちたいよね。でも譲らない。譲りたくない」

それぞれの思いを胸に、私たちは地下道の終わりまで来た。

「今日はどうする?」

「・・・公平に皆一緒に出ようか」

「そう、ですね」

「はい」

私たちは手を繋いで4人同時にターフへと出た。

 

SIDE:実況

 

「さあターフへとやってきました18人を紹介しましょう!まず最初にやってきましたのは1番バイトアルヒクマ!やや緊張した面持ちです!続いて18番ウィンタードリーム!大外ですが果たしてどうでしょうか!その次は2番ソーラールル!今日も太陽礼拝を欠かしません!3番スレッジハンマー!皐月賞は同着での3着でした!相変わらずの不機嫌な表情を隠そうともしません!16番サマーシー!やる気十分です!4番オータムマウンテン!しきりにブーツの調子を窺っています!5番スプリングフェスタ!ちょっと元気がなさそうですが大丈夫でしょうか!15番シャランラ!笑顔で手を振っています!6番ガルウィング!自慢の末脚は今日こそ炸裂するでしょうか!14番レッツラゴー!ちょっと落ち着きがない様子!7番スイーツラブ!とある筋の情報ですと皐月賞後にスイーツやけ食いをしてトレーナーに叱られたとの事です!9番イシムラシップ!今日も神に祈りを捧げている!10番メグロサーマン!褐色の肌が輝いています!おっと4人同時に出てきました!奥から12番インパクトターボ!皐月賞を逃げ切った無敗の逃亡屋!2冠なるか!13番サムシングブルー!僅かに届かなかった皐月賞!リベンジに期待です!8番サトノダイヤモンド!17番キタサンブラック!両名共にスレッジハンマーと同着の3着でした!今度こそ勝利を期待しましょう!そして遅れてやってきたのは11番シンボリクリスティ!青葉賞を勝ち上がって日本ダービーに参戦です!以上18人の紹介でした!」

 

SIDE:インパクトターボ

 

ウォーミングアップをする傍らでゲートの準備が進み、係員が最終チェックをしている。

観客席の方を見るとチームの皆が、イクノ先輩とツイン先輩が私を応援してくれている。

他にもいろんなチームの人がそれぞれのメンバーを応援している。

もちろんスピカのメンバーもキタちゃんとサトちゃんを応援している。

ルーちゃんのトレーナーさんもチームメンバーやライス先輩と一緒に応援していた。

ルドルフ会長も居るところを見るにクリスティを応援・・・というか監視しにきたのだろう。

ゲートの準備が終わったらしくスターターの合図でファンファーレが鳴り響く。

私は大きく深呼吸すると両頬を軽く叩いて気合を入れなおすと、係員の指示に従ってゲートに入っていった。

 

SIDE:実況

 

「さあ最後の一人が収まりました!・・・スタートしました!やはり先頭を取りましたのはインパクトターボです!その後方についたのはサムシングブルーとキタサンブラック!間3バ身から4バ身といったところ!さらに4バ身程離れて後方集団が形成されていますが激しいポジション争いです!僅かにメグロサーマンが前に出たでしょうか!レッツラゴーがその外にいます!ウィンタードリームが内側に、その斜め後ろにサマーシーが居ます!中団あたりにスレッジハンマー!皐月賞では攻めた走りをしたスレッジハンマー今日は後ろから前を狙っています!その外にサトノダイヤモンドが居ます!サトノダイヤモンドは今日は前よりです!シンボリクリスティがその後ろにつけています!出遅れたバイトアルヒクマ完全に置いてけぼりです!インパクトターボ早くもコーナーを曲がり終えて向こう正面です!サムシングブルー、キタサンブラックとの差は変わらず3バ身ほど!その後ろ4バ身にレッツラゴーとメグロサーマン!ウィンタードリームが続いています!サマーシーがゆっくりと前にでてレッツラゴーの外側に並ぼうかというところ!スレッジハンマーはまだ我慢!サトノダイヤモンドも位置は変わりません!シンボリクリスティも動きません!スプリングフェスタとスイーツラブ思ったように走れないのかズルズルと下がっていきます!ガルウィング前を塞がれてもがいています!最後尾バイトアルヒクマが必死に追い上げてオータムマウンテンとシャランラに追いつきました!非常にハイペースになりました今年の日本ダービー!早くもインパクトターボが欅の向こうを走り抜けます!サムシングブルーとキタサンブラックが徐々に差を詰め始めました!後方集団は直線を狙っているかまだ動きません!第4コーナーを抜けて残り500メートル!インパクトターボ懸命に逃げます!サムシングブルーとキタサンブラックがその差を2バ身まで詰めました!スレッジハンマーとサトノダイヤモンドが大外から一気にまくり上げて優勝争いに名乗りを上げました!シンボリクリスティも上がってきます!インパクトターボ坂を上り切りました残り300メートル!サムシングブルーとキタサンブラックが並びかけます!その後ろにスレッジハンマーとサトノダイヤモンド!驚異的な末脚で並びかけます!シンボリクリスティはちょっと追い付けないか!インパクトターボがまだ先頭ですがその差は僅か!5人が完全に並んでいます!懸命にシンボリクリスティも追い上げますがこれは届きません!5人が並んだままゴールイン!誰が勝ったのか全く分かりません!大混戦の日本ダービー!タイムはなんと2分25秒2!ですが1着はまだ分かりません!」

 

SIDE:インパクトターボ

 

「ッシ!」

何時もの様にゲートが開くと同時に飛び出す。

「ついてく!ついてく!」

「負けないよ!ターちゃん!ルーちゃん!」

後ろにルーちゃんとキタちゃんがついてくる。

今日は怒声が聞こえてこないからスレッジハンマーは後ろの方にいるのだろう。

サトちゃんも後ろにいるから油断はできない。

だからこそ負けたくない!

負けてたまるものか!

私はいつもより力を入れて地面を蹴ると全力で前に進み続ける。

素早く後ろとの差を作り、内側へと入り込んでコーナーを内側ギリギリで曲がる。

最高速度に自信がないのなら、最短距離を走って、平均速度で勝つんだ!

先輩たちだって私のスタートダッシュの良さと最後まで速度を落とさずに走り切れる持続力の強さは褒めてくれたんだ!

山田トレーナーだって私の強みを生かしたトレーニングを沢山考えてくれたんだ!

負けるのはまだ怖い!

いつかきっと負ける時が来る!

でもそれは!

今日じゃない!

負けられないんだ!

大欅を通り過ぎ、第4コーナーを曲り、最後の長い直線に私は入った!

ジリジリとルーちゃんとキタちゃんが差を詰めてくる!

スレッジハンマーとサトちゃんも自慢の末脚で上がってきた!

もう一人シンボリクリスティも居るみたいだけどあっちは厳しそうだ!

上り坂は苦手じゃない!

それでも末脚が弱い私では他の皆に並ばれてしまう。

必死に足を回して追い抜かれないように走る。

他の皆だって必死だ!

「今日は!負けません!」

「必ず勝つ!勝ってお父さんに褒めてもらうんだ!」

「私だって!負けたくありません!」

「邪魔するなぁ!勝つのはスレッジハンマー様だぁ!」

「絶対に抜かせるかぁ!」

全員の叫びと共に私たちはゴールへと向かう!

そして雪崩れ込むようにゴールを駆け抜けた!

 

SIDE:実況

 

「長い長い審議が続いています。実況席からはまったくもって判別がつきませんでした今年の日本ダービー。なんと5人が並んだままという前代未聞の事態。よほどギリギリの決着だったのか中々写真の文字が消えません。いまだに掲示板には番号が表示されないという異例の事態です。あ、どうやら審議が終了したようです。掲示板に注目しましょう。まず表示されたのは17番キタサンブラックと8番サトノダイヤモンド!なんと再びの同着です!4着が同着となりました!3着にサムシングブルー!ハナ差です!最後に1着と2着が同時に表示されます!1着になったのはなんとインパクトターボです!表記はハナ差ですが今伝えられた情報によりますとその差はわずか5センチです!5センチに泣きましたスレッジハンマー!今年のダービーウマ娘はインパクトターボです!」

 

SIDE:インパクトターボ

 

「あ・・・」

私が・・・1着・・・。

その事を理解するのに少しだけ時間がかかった。

そして理解すると同時に視界が歪んだ。

気が付けば滂沱の涙を流していた。

私はついに、夢を叶えたのだ。

大逃げでダービーを制する。

その夢が叶った嬉さと勝てたんだという安堵感。

その他様々な感情が混ざり合って私はただただ泣き続けた。

「ターちゃん、おめでとう。悔しいけど、強いね」

「おめでとうございますターちゃん」

「ターちゃん、おめでとう」

三人が私の手を取って私を讃えてくれる。

負けて悔しいのに、勝ちたかったはずなのに私を褒めてくれる何事にも代えがたい友人たち。

「ありがとう・・・皆ありがとう・・・」

私は頑張ってお礼の言葉を返すと皆の手を握りしめたまま泣き崩れた。

 

 

育成目標:日本ダービーを5着以内に入る CLEAR




親密度ランク4

靴のサイズ:左右共に21.0cm

親密度ランク5

両親の事:両親共に歌舞伎好きで良く連れて行ってくれた

キャッチコピー

稀代の逃亡屋
韋駄天を受け継ぐもの

固有二つ名

条件:皐月賞までに9勝以上を全て逃げで勝利し、無敗で皐月賞を勝利する
二つ名:韋駄天逃亡屋

次回予告

次に目指すは秋古馬3冠

これまで以上に大変な道のりになるだろう

目指せ!有馬記念リベンジ!

第2シーズン第10話 いざ!秋古馬三冠へ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。