翌日、トレーナーはチームスピカの沖野トレーナーを訪ねた。
「お前が俺を訪ねてくるなんて珍しいな」
「先輩にお願いがありまして」
沖野トレーナーは席に着くように促した。
「タンホイザの事はスカーレットから聞いている。残念だったな」
喫煙事情が厳しくなってからすっかり咥えることが癖になってしまった棒付きキャンディーを咥えると沖野は話を聞く姿勢をとる。
「実はタンホイザさんの変わりにターボさんが有馬記念に出る事になりました」
理事長の仕事はとても早く、今朝一番にたづなさんからトレーナーにツインターボの代理出走の許可が下りたと連絡があった。
「それはおめでとう・・・とは言い辛いな。それで頼みってのはなんだ?」
「ターボさんの適正距離延長トレーニングをお願いしたいんです」
その言葉に沖野トレーナーは顔をしかめた。
「お前、俺がテイオーの適正距離延長に失敗した事を知っていてそれを言うのか・・・」
「私ではそもそも適正距離延長のトレーニングすらままなりません。それに先輩の適正距離延長は失敗してはいません。テイオーさんの適正距離はおそらく2000メートルから2400メートルでしょう。本来なら有馬記念は適正外です。ですが先輩のトレーニングがあったから有馬記念を勝利する事ができました。天皇賞春には届きませんでしたがそれでもテイオーさんの適正距離は私の見立てでは少なくとも2800メートルまでは伸びているでしょう」
その言葉に沖野トレーナーは腕を組んで考え込む。
「お願いします!ターボさんのトレーニングを引き受けてはいただけないでしょうか!」
立ち上がって頭を下げるトレーナーに沖野トレーナーは頭をかく。
「いいじゃんトレーナー、ツインターボ師匠のトレーニング手伝ってあげようよ」
「テイオー、来ていたのか」
はちみつドリンクを手に持ったトウカイテイオーが入り口に立っていた。
「師匠にはまだ恩返し出来てないし、ボクも師匠とは走りたいからさぁ。ねえいいでしょ?」
「しかしなぁ・・・」
「私からもお願いトレーナー」
「スカーレットもか・・・」
どうやらトウカイテイオーと一緒に来たらしいダイワスカーレットもいた。
「はぁ~・・・分かった。俺で良ければツインターボのトレーニングをしよう」
沖野トレーナーは観念して額を手で押さえながら了承した。
「ありがとうございます先輩!」
「ただし必ず成功するとは保証できないからな」
「「やったー!」」
トウカイテイオーとダイワスカーレットは沖野トレーナーの言葉に手を取り合って喜んだ。
「とりあえずツインターボの詳細なデータを、分かる範囲でいいからくれ。一から調べているだけの時間もない。それとこちらの準備期間として二日ほど必要だ。それで良いな?」
「はい!よろしくお願いします!データはすぐに持ってきます!」
トレーナーは直ぐに自室へと向かって走り出した。
「こちらがターボさんの最近のトレーニング状況と1000メートル、2000メートルの参考タイムです。こちらがターボさんが出場したレースデータと映像です」
トレーナーは沖野トレーナーの机の上にこれまでの記録ノートや映像を収めたメモリを置く。
「それだけあれば十分だ。お前はナイスネイチャのトレーニングに集中しろ。ツインターボは明後日の練習からこちらに合流するように伝えておいてくれ」
「分かりました。どうかターボさんをよろしくお願いします」
「引き受けた以上は最善は尽くすさ」
それだけを言うと沖野トレーナーはすぐさまツインターボの記録ノートを見始める。
その様子をみてトレーナーは頭を下げて退室した。
「ねぇねぇトレーナー、師匠は有馬記念勝てそう?」
「・・・はっきりいって現状では無理だな」
トウカイテイオーの質問に記録ノートのチェックが終わり、パソコンの画面に映し出されているツインターボのレースの様子を見ながら沖野トレーナーが答える。
「これを見てくれ、このレースはお前も覚えているだろう?」
そこにはトウカイテイオーに見せつけたオールカマーのレースが映っている。
「あ、ボクのミニライブの時のレースのだね。もちろん覚えてるよ」
そのレースを見るとトウカイテイオーは少し泣きそうになるのだが今はそうじゃないと抑える。
「それとこっちがその前の七夕賞の様子だ」
映像を隣に並べて沖野トレーナーが同時にスタートさせた。
「・・・あれ?オールカマーの方が遅い?」
「そうだ、七夕賞の時は逃げ馬がツインターボ含めて5頭というありえない状況だったと言うのもあるがそもそもオールカマーの時はツインターボは実はそれほど飛ばしていないんだ」
本来逃げ馬同士が複数争う事はあまり起きない。
逃げ自体あまり多用される戦術ではないし何より先頭争いに負けた時点で逃げは勝てない事が決まるのだ。
作戦を指示するトレーナーとしても実際に走るウマ娘達としても逃げの適正があったとしてもリスクは選びたくないのが本音だ。
だから通常のウマ娘は逃げを選ぶ事は多くても逃げしかしないウマ娘はまず居ない。
そこがツインターボのある種異常ともいえる部分である。
「大きく引き離しているから一見すると早いように見えるが実際には中盤はあまり速度を出していない」
「そっか、大逃げしてるから早いはずだと皆思い込んじゃったんだね」
「ああ、実際この時他のウマ娘達はツインターボがバテるのを待っていた。しかしここだ」
「あ、ライスシャワーが上がってきてる。かなりのロングスパートだね」
ツインターボがコーナーに入る少し前にいつもならまだ抑えているライスシャワーが何かに気が付いたのか早くも仕掛け始めていた。
その様子を見た他のウマ娘達は困惑しながらもライスシャワーについていく形で上がっていく。
「ライスシャワーは恐らく時計を見て自分たちが遅い事に気が付いたんだろうな。あの状況でも冷静に周りを見れるのは流石だ」
「そうだねってライスシャワーの話はいいから師匠の話してよぉ」
「ああ、すまんそうだったな」
話が逸れ始めていたことをトウカイテイオーに指摘されて沖野トレーナーは改めて映像を戻して再生する。
「ここだ。七夕賞でもオールカマーでもそうだがツインターボは1800メートルを過ぎた辺りで明らかにタイムが落ちている。七夕賞は全体がハイペースのレースになっていた為に後続のウマ娘達がバテて差し切れず、オールカマーは道中を少し抑えていたおかげで失速が始まってはいるが事前に築いたセーフティリードと最後の気力でなんとか押し切っている。別の負けたレースでも明らかに1800メートルを迎えた辺りでスタミナが尽き始めている」
「じゃあ師匠の適正距離って」
「1800から2000・・・2200は辛うじてと言った所だろうな・・・」
適正距離を500メートルも伸ばさなければならない。
トウカイテイオーの時もそうだが適正距離というのはそう簡単には伸びない。
あのミホノブルボンでさえ地獄のようなトレーニングを長期間やって初めて中長距離の適正を手に入れたのだ。
期間の短いツインターボがトレーニングをやってどれほど伸ばせるのか。
「こいつは厳しい戦いになりそうだ・・・」
「でも師匠ならきっと諦めないよ。これまでも、そしてこれからもね」
「・・・とにかくやれる事は全部やってみるか」
沖野トレーナーはそう呟くとトレーニングの為の準備をする為に電話をかけ始めた。
二日後、ツインターボがスピカのチームルームを訪ねてきた。
「今日からしばらくお世話になるターボだぞ!」
「昨日話をしたがお前たちはしばらくレースも無いし俺はツインターボにつきっきりになる。何せ時間が無いんでな。手伝いたいって言うなら助かるが自分のトレーニングは疎かにしないように!」
「「「「「はい!」」」」「ウ~ッス」
膝の定期健診で休みのメジロマックイーンを除いた全員が返事をする。
メジロマックイーンは復帰が不可能と思われていた膝の怪我から奇跡の回復を見せたがそれでも不安が残るため頻繁に医者に通っては異常は無いか、トレーニングで負荷がかかっていないかをチェックしている。
それはトウカイテイオーも同じでやはり三度の骨折はトウカイテイオーの足に不安を残し続けている。
その為にトウカイテイオーも頻繁に医者に通ったり骨を丈夫にするサプリメントを飲むなど再発防止に必死である。
「それじゃあツインターボ、まずはこれを着けてくれ」
「テーテツ?って重ぉ!」
それはメジロマックイーンが使っていた重量蹄鉄であった。
片手で受け取ろうとしたツインターボはあまりの重さにガクンと沈んだ。
「これからレースまでその蹄鉄をつけてトレーニングを行う。トレーニング内容はスタミナ強化、これ一辺倒だ」
「タイムは?」
「スピードはこの際気にするな。スタミナさえつけばなんとかなる」
ツインターボのスピード自体は実はサイレンススズカにそれほど劣らない。
ただサイレンススズカに比べて圧倒的にスタミナが足りないのだ。
さらに狭い適正距離が足を引っ張るという欠点もある。
「まずはコースをランニングだ。そのあとに坂も走るぞ」
「よーし!ターボがんばるぞー!」
ツインターボの元気な声が練習場に響き渡った。
感想と評価、お待ちしております。
どなたでも感想が書けるように設定を変更しておきましたのでよろしくお願いします。