今回は『ターボ産駒が増えて逃げ馬の活躍でレースが高速化することによる功罪なんかを他者視点で』というリクエストを私なりに考えて書き上げたものです。
インパクトターボ、その名前を知らない競馬ファンは少ないだろう。かの馬が現れてから日本競馬は大きく変わった。
インパクトターボ以前の競馬は停滞感に溢れていた。
人気のある馬は軒並み引退し、圧倒的実力を持つ馬は居らず、ギャンブル行為に対して世間の冷たい視線もあり、競馬人気は低迷していた。
特にレースの盛り上がりが悪かった。
日本の馬場は高速馬場と言われている。
実際海外の馬場に比べてスピードが出しやすい作りにはなっている。
一方で馬にかかる負担が大きいと言われている。
その為に馬が故障する事を恐れて最終直線まで本気で走らない馬が増えていった。
特に個人馬主が激減し、馬主も純粋に競馬を楽しむより利益性を優先し、結果レースでの盛り上がりが最終直線のみになってしまった。
その為に馬の評価点もスタミナよりもスピードを、特に最終直線での立ち上がりと最高速度が重視されるようになり、先行馬や逃げ馬は評価が厳しくなっていった。
長距離のレースも数が少なくなり、中距離が主体となった事もそれに拍車をかけた。
その結果レースが単調になり、盛り上がりに欠け、駆け引きよりも最終直線で何とかできる馬が勝つという面白味のないレースが増えてしまった。
時折逃げ馬が勝つ事もあるが、それはあくまで奇襲、奇策であってレースの定石には成り得なかった。
それは逃げ馬にかかる負担が大きい事とリスクに見合ったリターンが無いと思われていたからだ。
事実大逃げで持て囃されたサイレンススズカがレース途中に破裂骨折で予後不良となった事は記憶に残っている。
その為に逃げは勝てない馬がギャンブル的に行う奇策として日本競馬では倦厭されていった。
だが、その常識を打ち破ったのがインパクトターボだった。
大逃げ一辺倒でファンに愛されたツインターボの息子、インパクトターボ。
その血を強く受け継いだのか、インパクトターボはデビューから引退まで大逃げしかしなかった。
通常であれば馬主はそんな馬は買わないし、調教師もその様な指示は出さない。
だがツインターボに強い魅力を感じていた室満男氏率いる浪漫ホースクラブはこのインパクトターボを喜んで購入し、逃げ一辺倒の作戦にも異議を唱えなかった。
また調教師の山田伝輔氏も逃げ一辺倒の作戦を考えた。
調教師としては中堅どころであった山田氏はインパクトターボとの出会いをこう振り返っている。
『最初見た時は平凡な馬だと思いました。牡馬にしては小柄で、体つきも何かに秀でた様子は無い。たまに重賞に絡めれば御の字。そう思っていました』
事実インパクトターボは最高速度に優れた馬ではない。
同年代で言えば悲運のダービー馬、タニノギムレットや天皇賞馬のシンボリクリスエスの方が明らかに最高速度は速い。
特に最終直線の上り3ハロンでインパクトターボの名前が上位に来ることはない。
だがそんな馬がなぜあれだけの勝利を重ねられたのか。
『インパクトターボが大逃げしかしなかったのにはいくつかの理由があります。まず一つ目は負けん気の強さです。先行馬が居ると途端に掛かって前を走ろうとするという悪癖がありました。結果逃げで先頭を走らなければまともなレースが出来ないのです。二つ目はインパクトターボのペースが他の馬より早い事です。人間でもそうですが最高速度を出せれば勝てる短距離走と違い、長距離走の場合自分のペースで走れるかどうかが大きなポイントになります。所謂マイペースと言う奴ですね。競馬で言えば馬なりですね。その馬なりのペースが他の馬に比べて早いのがインパクトターボなんです。その反面最高速度はあまり良くないですね。だから最終直線勝負になると不利になります。なので最初から速い馬なりを活かしてリードを作る事で勝利を重ねられたのです』
こうして皆に愛される大逃げ馬、インパクトターボが誕生した。
長年競馬解説者をしていた杉本氏はこう語る。
『インパクトターボは停滞していた日本競馬を大きく動かしましたね。誰も彼もが最終直線だけで勝負する。それまでの道中は殆どオマケみたいなものでした。それを最初から勝つ為の過程として走り抜ける。その姿は多くの人に新鮮に映った事でしょう。時々現れる大逃げ馬が人気になるのもこれがあるからです。大体がそういった馬は記憶には残りますが記録はほとんど残せずに終わってしまいます。ですがインパクトターボは大逃げ馬として類い稀なる記録を残していきました。その結果、今まで見向きされなかった馬にも注目が当たるようになりました。もちろんそれらの馬が必ず彼のような記録を残す事が出来た訳ではありません。しかし最終直線だけに全力を注ぐレーススタイルばかりだった日本競馬はここで大きな改変を受けることになったのは事実です。その結果、高速馬場と呼ばれていた日本の馬場は超速馬場とでも言うべき状況になりました。ですが一方ですべての馬が最初から最後まで早く走る訳ではありません。それぞれの馬の適性に合わせた作戦で道中も走るようになりました』
これによって日本のレースは面白みを増した。
最終直線の加速力だけではなく、道中での駆け引き、スタミナの管理、そして最終直線での展開と見所が増えた。
もちろん今までだってこれらの要素が無かった訳ではないが、殊にインパクトターボ以降のレースでは最終直線まで詰まったままのレースが少なくなったのは事実だ。
結果として無理をして引退してしまう馬も少なくは無い。
だが近年では日本のレース展開を嫌い、減りつつあった海外からの参戦も増加傾向にあるのだから決して悪いことばかりではない。
またインパクトターボの血は海外からも高い評価を受けている。
彼はその走りと血でもって日本競馬界に大きく貢献したと言っても過言では無いだろう。
一方でこう言った声もある。
ベテラン調教師の古居氏はこう語る。
『インパクトターボの前と後では調教師や騎手に求められる能力が格段に変わりましたね。それまでの調教師は競馬の定石を踏まえた上で強みを生かすと言う調教が主体でした。その為にどうしても馬のスタミナよりはスピードを活かす調教が主体で、馬の資質もそちらに向いた馬の方が強い馬とされてきました。レースも序中盤は抑えて後半に向けて速度を上げるというスタイルが一般的で騎手もそう言ったレース運びをよく指示されてきました。結果としてレースに面白みがないと言われ続けてきましたが馬を守るため、確実に勝てるようにする為にどうしてもそうせざるを得ないと言われてきましたし、事実そうでした。ですがインパクトターボ以降、彼の産駒が増え、今まであまり見向きもされなかった血統にも注目が集まるようになると同じような調教や作戦では勝てなくなりました。何せ今まで扱ってきた馬とは資質の方向性が大きく異なるのですから。結果として色々な戦術が見られるようになって日本競馬は盛り上がるようになりました。半面我々裏方や騎手の苦労が増えたり、無茶をして故障する馬が増えたのは憂慮すべき事ですね』
ご存じの通り、サラブレッドはガラスの足と呼ばれるほど繊細な足をしている個体が多い。
巨大な馬体を支えるには細すぎる足は速く走る事だけに特化している。
その為に負担のかかる走りは故障率を高めてしまう。
インパクトターボ以前は馬を守ろうとするあまりレースが単調になるという弊害はあったが、それでも故障率を抑えるのに一定の効果があった事は事実だ。
第2のインパクトターボを目指した結果、馬に負担がかかり、故障してしまった馬が増加してしまっているという事実は見逃せない。
我々に求められるのは人間のエゴを馬に押し付けない様にする強い自制心だろう。
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