5月中旬・・・。
「きぃー!悔しい!あとちょっとだったのにぃ!」
教室でスカーレットランスが吠えていた。
「お、落ち着いてよランスちゃん」
メロディールーンが何とかスカーレットランスをなだめようと必死である。
「着差8ミリだっけか?」
「そりゃー悔しいわな」
「おだまり!」
煽るゴールデンドライブとゴールデンマキシマにスカーレットランスが再び吠える。
「7冠ウマ娘、ドリームアイか・・・」
ウマ娘雑誌の一面を飾っているのは7冠ウマ娘ドリームアイだ。
「8冠を達成するのはどっちが先か。楽しみになってきたなぁオイ」
「このままだと先を越されるかもしれないなぁエンペラー」
「・・・・」
ターボエンペラーは複雑な表情でその雑誌の表紙を見つめ続けた。
「大塚トレーナー、次のレースですが・・・」
「ああ、次のレースは天皇賞秋を目指すぞ」
「宝塚記念には出ないのですか?」
大塚トレーナーの言葉にターボエンペラーは驚いた。
「宝塚記念は時期が悪い。お前の体調を考えると避けたほうが無難だな」
「そう・・・ですか・・・」
その言葉にターボエンペラーは納得していないようだった。
「どうした?何かあったのか?」
「いえ・・・その・・・実は・・・」
ターボエンペラーは胸の内を話す事にした。
「ドリームアイか・・・」
「すみません。7冠目を達成したと聞いてしまって・・・」
「まあ気にするなと言うほうが無理があるだろうな」
大塚トレーナーもドリームアイの事は知っている。
「ドリームアイはマイルから中距離、お前は中距離から長距離と適性も重なっている。さらに海外GⅠであるドバイターフも勝利して当に女帝の名に相応しい走りを見せているな」
大塚トレーナーはそう言って椅子に体を預けた。
「このままでは私は2番煎じになってしまいます!だから宝塚記念も勝って!」
「・・・おい、お前今なんて言った?」
大塚トレーナーの表情が今までに見た事の無いほどに怒りの表情を浮かべていた。
「え?」
「お前はまさか宝塚記念に出れば必ず勝てるとでも言うつもりか!?確かにお前は今まで無敗で来ている!だがこれから先も無敗で居られる保証など何処にもないんだぞ!そんな気持ちで宝塚記念を走ってみろ!お前は絶対に負ける!それでも宝塚記念を走ると言うのなら俺はお前のトレーナーを降りるぞ!」
「う・・・」
大塚トレーナーの剣幕にターボエンペラーは気圧された。
「・・・少し外を走って頭を冷やしてこい。お前にはそれが必要だ」
大塚トレーナーはそれだけ言うと怖い表情のまま黙ってしまった。
ターボエンペラーは頭を下げるとトレーナールームを後にした。
「私は傲慢になっていたのか・・・」
なぜあんな事を言ってしまったのか。
私なら走れば勝てる。
いつからそんな事を思うようになったのだ。
ターボエンペラーはただ当てもなく学園内をジョギングし続けた。
やがてポツポツと雨が降り始め、ターボエンペラーは雨に打たれるままただグラウンドに立ち続けていた。
「あらあら、雨の中に立ってるからシービーちゃんだと思ったらエンペラーちゃんじゃない。風邪引いちゃうわよ?」
「マルゼンスキー先輩・・・」
マルゼンスキーが傘をターボエンペラーに差し出しながらそう言った。
「どうしたの?なんだがチョベリバみたいな表情をしてるけど」
「その・・・自分がいかに傲慢な存在だったんだと思って・・・」
「・・・おねーさんで良ければ相談に乗るわよ」
マルゼンスキーはそう言ってターボエンペラーの手を取った。
「はい、温かいカフェオレよ」
「ありがとうございます」
着替えたターボエンペラーにマルゼンスキーは売店で購入したカフェオレを手渡した。
「それで・・・傲慢ってどういう事?」
「・・・私の目標は7冠を超えること。それは今も変わりありませんしその事は傲慢だとは思っていません。あくまで目標ですから。ですがいざ私より先に7冠を超えそうなウマ娘が現れた時に私は2番煎じになってしまうかもしれないという気持ちを持ったんです。そのせいでトレーナーと喧嘩をしてしまいまして・・・」
「焦りが出ちゃったって事?」
「いえ・・・宝塚記念に出れば勝てる・・・そう言ってしまったんです・・・」
その言葉にマルゼンスキーは何とも言えない表情をした。
「エンペラーちゃん、おねーさんの話、聞いてくれる?」
「はい・・・」
「おねーさんはね、生まれが日本じゃないの。もちろん国籍は日本よ?でも私がトゥインクルシリーズ現役時代日本生まれ以外のウマ娘はクラシックレースへの出場権がなかったの。その時は私は両親を恨んだわ。どうして私を日本で産んでくれなかったんだって」
その言葉にターボエンペラーはマルゼンスキーを驚いた表情で見つめた。
「特に日本ダービーに出られなかったのが一番つらかったわ。大外枠でも構わない。賞金も要らない。ライブに出れなくてもいい。走らせてくれるだけでいい。ただ私の実力を試させて欲しい。私のトレーナーさんはそう言ってURAに頭を下げに行ってくれた。でもダメだったわ」
制度のせいでクラシックレースに出られなかったウマ娘は少なくない。
オグリキャップも笠松トレセン学園から中央トレセン学園への編入時期が遅かった事もありクラシックレースには出られなかった。
「だから私はトゥインクルシリーズを1度も本気で走った事が無かったわ。私が本気を出さなくても容易に勝ててしまう。その程度のウマ娘しか日本には居ない。トゥインクルシリーズを直ぐに引退しちゃったのもそう思っていたからよ」
今のマルゼンスキーからはとても考えられない言葉だった。
「そしてその思いがただの思い込みだと知ったのはドリームトロフィーリーグに移行してすぐだったわ。井の中の蛙とはよく言ったものね。エンペラーちゃん、今の貴女もそうよ。たかが無敗で5冠を達成した程度で頂点に立ったつもりならそれは大きな勘違いよ。貴女程度のウマ娘なんて五万と居るわ。今までライバルが居なかったからと言って今後も居ない訳じゃないのよ。貴女に本気で挑んでくれるウマ娘が居る限り」
その言葉にターボエンペラーは目を見開いた。
「だから道を間違えないでエンペラーちゃん。私はトゥインクルシリーズで道を見つけられなかったけれどもドリームトロフィーでは道を間違えなかったわ。絶対王者になりたいのならば、1戦1戦を本気で勝ちに行きなさい。それが出来なければ貴女はただの暴君になるわ」
「・・・はい!」
ターボエンペラーの返事にマルゼンスキーは母性的な笑顔を見せた。
「大塚トレーナー、すみませんでした!もう我儘は言いません!今後とも是非ご指導をお願いします!」
「・・・どうやら頭は冷えたみたいだな。いいかエンペラー。俺がお前に勝てると言うのは良い。それはトレーナーの仕事だからだ。だがお前が相手を下に見るのだけは止めろ。その慢心は敗北と挫折を作り出す。いいな」
「はい!もしまた私が思い上がった時は容赦なく殴ってください」
「阿呆、俺をクビにする気か」
そう言って大塚トレーナーは笑った。
SIDE:ドリームアイ
「ドリームアイさん、安田記念は惜しかったですね。あと少しで皇帝を超えれたのに」
「別に・・・私はただ自分が走りたいから走っているだけ。8冠がすごいのは分かるけどそこだけに拘るつもりはないよ。行けるとこまで行くだけ」
ちょっとそっけない物言いに記者は言葉に詰まったがさすがはプロで顔には出さなかった。
「で、では今ドリームアイさんが一番気になるウマ娘はいらっしゃいますか?」
「んー・・・無敗のターボエンペラーかな?多分天皇賞秋で直接対決になりそうだし」
思った通りの言葉を引き出せて記者はホッと一息つくとさらにインタビューを続けた。
「ターボエンペラーさんには勝てそうですか?」
「それこそ走ってみないと分からないよ。私は7冠ウマ娘だけどあっちは無敗だからね。でも、負けるつもりは全然無いよ」
何とかインタビューがまともに終わったので記者は冷や汗をぬぐった。
SIDE:大塚トレーナー
「ハァァァァァ!」
「テヤァァァァ!」
マヤノトップガンと並走するターボエンペラーを俺は真剣な表情で見つめる。
アイツの走りは確かに素晴らしい。
どの様な状況からでも完璧に熟せる柔軟さとそれを可能にするだけの土台がある。
その反面アイツ自身が無自覚な弱点もある。
それはアイツが頑張りすぎてしまう事だ。
元が真面目でレースでは熱くなりやすい。
その上、自分で皇帝を超えるというプレッシャーを課している。
それらがアイツの限界以上の走りを生み出している。
それ故に脆い。
もし精神的な支えが壊れた時、アイツは走れなくなるだろう。
「せめて・・・アイツに同格のライバルが居たならば・・・アイツが早い段階で敗北を知っていたなら・・・ここまで脆くはならなかっただろうに・・・」
たらればを言っていても仕方がないが時折見せるアイツの脆さに何度も焦りを覚えた。
故にこの間は信頼関係が崩壊する事を承知の上で怒鳴った。
学生でまだまだ若いアイツに調子に乗るなと言うほうが難しい。
一見大人びて見えるアイツだが年相応な部分も多い。
幸いにもあの後アイツは俺に頭を下げれる程度には冷静になれたようだ。
「たった一度の敗北で・・・壊れるなよ・・・エンペラー」
ここまで来てしまった以上俺にできる事はそれほど多くない。
壊れてしまった心を治すのは容易な事ではないのだから・・・。
SIDE:ターボエンペラー
マルゼンスキー先輩との出会いは私の思い違いを正してくれた。
きっと私の様子を見て過去の自分と重ねたのかもしれない。
それは同病相哀れむだったのかもしれない。
それでも私の自覚していなかった迷いや傲慢さを自覚させてくれたのはとてもありがたい。
そうだ、どの道7冠という頂はすでに皇帝に制覇されているのだ。
ドリームアイがそれを上回ると言うのなら私はそのさらに高みを目指してしまえばいい!
間違えるなターボ。
お前の進む頂は誰も到達したことの無い前人未到の場所。
少し出遅れた程度で諦める程の輝きではないだろう!
ターボエンペラーは足に力を込めてコースを走り抜けた。
ファンによるキャラクター設定の考察
ドリームアイ
ヴィクトリアマイルで7冠達成しているのでアーモンドアイと思われる
名前の由来はヒーロー列伝のキャッチフレーズ『瞳に夢を』からだと思われる
ドリームアイに8ミリ差で負けたスカーレットランス
実際のレースでもアーモンドアイに8ミリ差で負けている
あまりの長い審議に同着が出たのかと騒然となった
宝塚記念を回避するターボエンペラー
馬体重の関係で疲労が溜まりやすいターボエンペラーを気遣って調教師がそう判断した
室氏は出した方が良いのでは?と言ったらしいが調教師は秋古馬3冠に向けて調子を整えておきたいので避けたほうがいいでしょうと言ったらしい
相談に乗るマルゼンスキー
母母母父がマルゼンスキーだった事が由来ではなかろうか