フランスでのトレーニングは順調に進み、気が付けば前哨戦となるフォア賞の開催時期となった。
念入りにトレーニングはしてきたが初めての海外レースにターボエンペラーは流石に緊張していた。
「顔が怖いぞ、エンペラー」
控室で最後の打ち合わせをしていた大塚トレーナーが眉間に皺を寄せているターボエンペラーにそう言った。
「少し・・・緊張してまして」
「だろうな。初めての海外レースだ。お前を応援する声は無い。そのプレッシャーがどれほどか、実感しておいて良かっただろう?」
「はい」
日本では同じレースを走るライバル達から敵意を向けられる事はあったが、観客から敵意を向けられる事は少なかった。
勿論応援しているウマ娘に勝ってほしいと思う気持ちはあっただろうが、それでも全員がこちらに敵意を向ける、あるいは最初から意識もされないと言うのは初めてだ。
「海外で走ると言うのはこう言うことだ。凱旋門賞に勝ちたければなれるしかない」
「はい!」
まだ不安が消え去った訳ではないがそれでもやるしかないとターボエンペラーは気持ちを切り替えた。
フランスロンシャン競馬場。
凱旋門賞が開催される伝統ある競馬場でその前哨戦として開かれるフォア賞。
近年は凱旋門賞での活躍ウマ娘を出せていない事もあってか注目度は下がりつつある。
それでも同じ競馬場、同じ距離で走るレースには多くの観客が集まってくる。
※実況はフランス語だと思ってください
『まもなくここロンシャン競馬場にてGⅡフォア賞の開始となります。このフォア賞から凱旋門賞へと出走するのはどのウマ娘なのでしょうか。今年は遠く日本から参加いたしますウマ娘もいます。果たして実力はどうでしょうか』
日本とは異なる雰囲気を感じながらターボエンペラーは地面の様子を確かめる様に軽くジャンプをした。
何とかなれた柔らかい地面の感触を感じながらウォームアップをする。
そんなターボエンペラーの様子を出場する他のウマ娘達はいぶかし気に見ている。
近年はフォア賞に参加する日本のウマ娘も少ない為に珍しいのだろう。
「やれるだけの事をやる・・・それだけだ」
ターボエンペラーは係員に案内されて自分が身に着けている番号と異なる番号のゲートに入っていった。
その事に違和感を覚えながらも頭を切り替えてスタートに集中した。
『さあレース開始です。おっと勢いよく飛び出したのは日本からやってきたターボエンペラーです。果たしてその名前通りの実力を持っているのでしょうか』
ターボエンペラーはあえて逃げを選んだ。
慣れないバ場を試すために、欧州のウマ娘達の様子をみる為に。
「さあ!どうでる!」
ターボエンペラーの逃げに欧州ウマ娘達は慌てて追いかけ始めた。
『さあ先頭は日本のターボエンペラー。その堂々たる走りっぷりは皇帝の名前に相応しいか。追いかけるのはイプーズパピリオンだが果たしてどうでしょうか。その後ろにはバロンアンドレ。外からマーキスオスカルが上がってきました』
最初の直線を駆け抜けて第3コーナー入口の上り坂を一気に駆け上がる。
後ろを走っているウマ娘達は想定外だったであろうターボエンペラーの走りへの困惑からまだ立ち直れていないのか体力を消耗してしまったようだ。
「どうした!欧州ウマ娘達の実力はその程度か!」
ターボエンペラーは態と後ろのウマ娘達を煽る。
「Ne lèche pas !」(舐めるな!)
欧州ウマ娘達も必死に追いかける。
しかしターボエンペラーに追いつけるウマ娘は居なかった。
『ターボエンペラーがまだ先頭だ!後ろを完全に振り切って逃げる!日本のウマ娘はこれ程やるのか!一切影を踏ませないままゴールイン!勝ったのは日本のターボエンペラーです!』
驚愕に包まれるロンシャン競馬場の観客に向けてターボエンペラーは一礼すると立ち去って行った。
「優勝おめでとう。実際にレースを走ってみた感想はどうだ?」
「はい、思っていたよりは問題なく走る事ができました。これならば逃げを選ばなくても良い勝負ができたと思います」
大塚トレーナーはその言葉に頷いた。
「そうだな。だがあくまでこのフォア賞は前哨戦だ。本番よりはどうしても出場するウマ娘の格が落ちる」
「はい。そしてカイザーが居ます」
カイザーシュラークも早い段階で凱旋門賞への参戦を発表している。
「ああ、その事で俺なりに調べてみたんだがな・・・これを見てくれ」
大塚トレーナーが取り出したノートには凱旋門賞の出場を発表しているウマ娘の名前の横にマークがつけてあった。
「トレーナー、このマークは?」
「そいつはカイザーシュラークを邪魔する役として参加するウマ娘だ」
その言葉にターボエンペラーは少し不快感を覚えた。
「怒るなよ。それが欧州では一般的なんだ」
勝つためならば何でもやるのはターボエンペラーとて分からなくはない。
しかし有力選手の邪魔をして勝利を奪うのは何か違うのではないだろうかと思ってしまう。
「正々堂々なんて言うのは頭の固い日本でしか通じない。ルールで反則と明記されていない以上は問題が無い。勝った方が正義だ」
勝負の世界はとても厳しい。
明らかなルール違反でもない限り敗者に抗議する権利はない。
「それにしてもこれは・・・」
「露骨すぎて俺も目を疑ったよ」
そこに記されている名前には実に5人もマークが付けられていた。
その全てが本来はスプリンターやマイラーで最高速度に優れるウマ娘達ばかりだった。
「そしてこいつらがそのペアだ」
次に大塚トレーナーがマークを付けていったのはいずれも中距離で活躍したウマ娘達である。
「これは・・・先行型は殆どいませんね」
「おそらくカイザーシュラークをオーバーペースで疲弊させて後ろから追い抜くという作戦なんだろうな」
先行型なのはわずか1人。
後はすべて差しか追い込みという非常に偏った組み合わせだ。
「これが欧州のレースですか・・・」
「徒党を組んで妨害するのは欧州では当たり前だそうだ」
日本ではあからさまな包囲網は倦厭される傾向にある。
自分も包囲網を作られた事もあったが、あくまで個々の作戦が偶然かみ合って包囲網になっただけであり、それぞれが競合して包囲網を作ろうとしたわけではなかった。
だが欧州では作戦として妨害する事が当たり前になっている。
「そして今日の走りを見てお前も警戒されると言う事だ」
今までターボエンペラーの情報は欧州では少なかった。
勿論今の世の中情報を仕入れるのは決して難しくない。
だがこちらのレースに参加するかも分からないウマ娘の情報を仕入れようとは思わないだろう。
何より日本のウマ娘が欧州で、欧州のウマ娘が日本で活躍できない事がよくある為に、情報がそこまであてにはならないという事もある。
「同じ逃げは危険だな。先行、差し、追い込み・・・どれでいく?」
「・・・追い込みで行きます。同じ距離で逃げ切った私が追い込みをするとは思わないでしょう」
「日本からの情報を相手がどれぐらい調べているかは分からないが、狙いを外すという意味では悪くないかもしれないな」
「必ず、勝利をもぎ取ってみせます!」
ターボエンペラーは力強く返事をした。
SIDE:カイザーシュラーク
※会話文はドイツ語だと思ってください。
「カイザー、こいつを見てくれ」
トレーナーがストレッチをしていた私にタブレットを見せた。
「これは出場メンバーね?これがどうしたの?」
「明らかにお前を潰しに来ているメンバーだ。こいつも、こいつも、こいつらも全部スプリンターだ」
トレーナーがそう言ってタップしていく名前は確かに全員欧州スプリンターとして有名なウマ娘達だ。
「だから?」
「カイザー!お前は状況が分かっているのか!?」
怒鳴るトレーナーに私は顔をしかめた。
「煩いわね!怒鳴らないでよ!」
「カイザー。お前の走りは無尽蔵とも言えるスタミナでライバル達を蹴落とす強引な逃げだ。秀でた速度は持っていない。だから中距離がお前の適性なんだ。スプリンターやマイラーにはどうやっても足の速さでは勝てない。たとえ1000メートルしか走れなくてもその間にお前を潰してしまえばいいんだ」
トレーナーの表情は真剣だ。
私も言われている事は分かる。
でも・・・。
「私は今度の凱旋門賞でも逃げを選ぶわ」
「カイザー!」
「その程度の妨害で揺らぐほど私は弱くないわ!これ以上の議論は時間の無駄よ!それでも反対すると言うのなら今すぐ私のトレーナーを降りて!」
私はそう言って練習コースへ向かっていった。
そんな私をトレーナーは複雑な表情で見つめていた。
「私は・・・絶対皇帝なのよ!」
その言葉はかつての自分への戒めでもあった。
それは忘れもしないドイチェスダービーだ。
その頃は今のトレーナーとは別のトレーナーが私を指導していた。
豊富なスタミナを生かした豪快な走りで私は連戦連勝だった。
当然周りも強い期待を私に寄せた。
ダービーを制するのは私だと。
でも、私はドイチェスダービーを勝つ事ができなかった。
負けた相手は前哨戦で勝利したウマ娘。
私の実力ならば負けるはずのない相手だった。
しかし、慢心が生んだわずかな調整不足が原因で私はダービーを逃してしまった。
そしてそこから私の迷走が始まった。
次々と作戦を変え、そして続く連敗。
あれほどあった名声はあっという間に消え去り、ついにはトレーナーも私の元を去っていった。
今のトレーナーは学園が丁度担当が居ないトレーナーだからと連れてきただけに過ぎない。
そんな彼は半ば学園から義務的に任された私に根気良く付き合ってくれた。
その結果、私はドイツの絶対皇帝と呼ばれる程の実力を身に着け、ついには凱旋門賞すら制覇した。
だからこそ私は逃げで勝つのだ。
「だってそうじゃなきゃ・・・」
一瞬過った不安をかき消すように私は走る事だけに集中した。
ファンによるキャラクター設定の考察
プレッシャーを感じているターボエンペラー
騎手生活で初めての海外レースだった大塚騎手が非常に緊張していたというエピソードが由来だろう
残っている映像からも鞍上の大塚騎手の表情が普段とは全く異なるのが分かる
トレーナーの言う事を聞かないカイザーシュラーク
カイザーシュラークは非常に気性難だったらしい
嚙みついたり蹴り上げたりなどの暴力をふるう事はしなかったが、気に入らない相手はとことん嫌がる性格
そのせいで騎手選びが難航したらしい
その事を調教師は『プライドの高さまで皇帝級だ』と表現した
カイザーシュラークの迷走
ドイチェスダービーの敗北以降成績が振るわなかった事が由来だろう
この不振が理由で当時の主戦騎手が『結局彼はフロックだったのだろう』と発言している
その後に乗り換えた騎手とのレースで復活し、見事に凱旋門賞を制覇した