「ふー……」
うららかな日差しの中、一人の老人が縁側に座りお茶をすすっている。
彼の名は鶴仙人、鶴仙流の創始者にして桃白白の実の兄であり、彼を一人前の殺し屋に育て上げた師匠でもある。
鶴仙流は才能のあるものには広く門戸を開いており、時には幼い子供であっても弟子としてこの道場に住まわせることがある。
のだが、いかんせん「自己を鍛え上げる」というよりも「敵を倒す(殺す)」ことに特化した流派であるため、なかなかにひとをえらぶ。
そもそもこの道場自体かなりの山奥にあるため、訪れること自体が至難の業でもあり、弟子入り希望者を含め、来訪者はかなり少ない。
そんなわけで今のところ鶴仙流には修行中の弟子が誰もおらず、鶴仙人はだだっ広い道場のだだっ広い縁側で、一人穏やかに昼下がりを楽しんでいた。
「平和だのう……」
柔らかな風が木の葉を揺らし、山鳥たちがそこここで愛らしい鳴き声を響かせる。
そんな風雅な庭先に!突如謎の飛来物が!
ドンッ
3mはゆうにありそうな石造りの柱が、自立するほど深く突き刺さる。
直撃すればほとんどの人間が、なすすべなく即死するであろう隕石を目の前にしても鶴仙人は動じず、むしろまたかと顔をしかめた。
「桃白白!」
「アロ〜〜〜ハ〜〜〜〜」
「アローハーじゃないわい!庭に穴が開くからその方法で帰ってくるのはやめろといつも言っとるじゃろうが!」
「急ぎの用だったんで、つい」
「まったく、後で片付けておけよ」
「りょ!」
「……お前のそういう言葉はどこで覚えてくるんじゃ」
元気よく返事をした桃白白に、鶴仙人は隠す様子もなく深いため息をついた。
咄嗟に手で塞いだおかげで、土煙から守られた湯呑の残りをぐいっと飲み干す。
「で、急ぎのようとは一体何事だ?」
「これだ」
ずいっと風呂敷を持ち上げる。
「ん?スイカか何か?」
「ガキだ」
「ガキじゃと!?」
サングラスの奥の瞳を皿のようにして、弟と風呂敷とを見比べる。
この中に収まるサイズなら赤ん坊に近いような、かなり幼い子供だろう。
対して目の前の男ときたら、人相はお世辞にもいいとは言えない(鶴仙人も似た顔つきなのだが)、性根の方も脱サラして殺し屋を始めるぐらいにはひねくれている。
とてもではないが、そんな可愛らしい存在と桃白白が結びつかず、鶴仙人は恐る恐る風呂敷に手を伸ばした。
ガチンッ
「ひょっ」
並びのいい歯を見せつけるように、あどけない顔つきの子供がこちらを睨んでいる。
思わず引っ込めた手をみつめ、思わず指の数を数える。
ひぃふぅ、みぃよぉ、どうやらなくなってはいないようだ。
「手を出すな、噛み付くぞ」
「言うのが遅いわい!」
ガチガチと歯を鳴らす小さな頭を、桃白白がゴンッと一発殴りつけるとややおとなしくなる。
あまり手加減していないように見えたが、子供の方はケロリとして――いや、かなりうらめしそうな顔で頭上の殺し屋の顔を睨んでいる。
数も数えられない年頃だろうに、立派に殺気を放つ様子はどこか間が抜けていて、同時に空恐ろしさを感じさせた。
「一体どこで拾ってきたんじゃ」
おっかなびっくりな様子の兄を見て、何故か桃白白は得意げに口の端を吊り上げる。
「今度の仕事は化け物退治だと言っただろう?」
「ああ、何でも10mもある大猿だったそうじゃないか」
「それがこいつだ」
「なにっ?」
確かに鋭い犬歯をむき出しにして威嚇する様子はなるほど、猿に見えないこともない。
凶暴さもかなりのもので、武術の心得のないものなら殺されていたかもしれない。
しかし目の前の子供はどう見ても、一抱え程度の大きさしかなかった。
顔つきもそれほど猿に似ているわけではない。年に似合うふくふくとした人間の顔つきだ。
「儂にも理由はわからんが、目の前で大猿がこのガキに姿を変えたのは確かだ。現に、それらしい尻尾も生えていた」
「生えて“いた”?」
「ううむ、掴むととたんに大人しくなるものだから、しっぽを持って運んでいるとそのうちブツンと根本から……」
「おっ、お前なぁ」
呆れてものも言えない様子の鶴仙人に、桃白白もややバツの悪そうな顔をした。
その間にも子供は風呂敷の中に手足を包まれたまま、元気に暴れている。
「痛めつけられておかしくなったんじゃないか?」
「違う、もとからだ、こいつのこれは」
「ふーむ……」
押さえつける桃白白の腕にはそれなりに力がこもっており、それだけでこの子猿の力強さがわかる。
そのへんの大人の男なら簡単に腕をねじ切ってしまえそうだ。
今度は十分に警戒し、鶴仙人はずいっとシワまみれの顔を近づけた。
何かを感じ取ったのか、子供はサングラス越しの瞳を真正面からにらみ返した。
伸び放題の髪の下から、くすんだ灰色の2つの目がギラギラと熱に満ちた殺意を向ける。
しかし、鶴仙人が目の前で何か手を揺らめかせ、何事かつぶやくとすっかりその指先に夢中になった。
ぼおっとした生気の抜けた顔で指先の動きをおい、首を揺らす。
とんっと額を叩かれた時には噛み付く様子もなく、こてりと気を失ってしまった。
「何をやった?」
桃白白はつまらなそうに、柔らかい頬をつまんだりつついたりする。
やめんか、とその手を払って鶴仙人はなれた手付きで子供を抱いた。
「どうやら洗脳、とまではいかんが何か刷り込まれておったようだ。それを消してやったんじゃよ。
安心せい、それがこやつの強さの秘訣ではあるまい」
「バレてたか」
「お前の考えていることぐらいお見通しだ」
今度は鶴仙人の方がきゅっと口角をあげる。
「弟が弟子をとる日が来るとはな」
「私が“師匠”に免許皆伝を与えられてからもう数年もたつからな」
「ひっひっひっ……」
「ふふふ……」
ひとしきり二人で怪しく笑いあうと、桃白白はくるっと背を向けて柱を引っこ抜き、再び投げる構えをとる。
「ではよろしく」
「なっ、おい、ちょっとまて!」
「ガキの世話の仕方は分からん。兄ちゃんに任せる」
「お前、そういうところは本当に変わらんな……おっ」
ぱち、と目を覚ました子供にはもう、狂ったような闇雲の戦意は感じられない。
きょとんとした顔をして、去ろうとする背中へ向かって無防備に手を伸ばす。
「もう手懐けているようじゃのう」
「ふん」
一度柱を置いてから子供と向かい合い、桃白白はじっくりと考えた。
顎をさすりながらじっくりと考え、ふっと口にする。
「名前は
「フーイ…フーイか」
意味もまだ分からないだろうに、たった今付けられたばかりの名前で呼ばれ、子供は不思議そうに首をかしげる。
「フーイが物心つくまでは頻繁に顔を出せよ。忘れられても知らんぞ」
「そうだな」
頷いて見せると一度だけ、不慣れな手つきでガシガシと頭を撫でる。
そして桃白白は再び柱を構えると、今度は勢いよく空に向かって投げ上げた。
ひょいっと軽々飛び乗って、みるみるうちにその姿は小さくなっていく。
「さて、飯でも作るか」
よしよしと子供をあやしながら鶴仙人は道場の中へと戻っていった。