帰りの飛行機の中でのフーイは、ひどく静かでおとなしかった。
座席に背中をくっつけて座り、物憂げに俯いて口をきつく結んでいる。
おそらく、今までの人生の中で一番静かだったのではないか。
その理由は勿論、
「鶴仙人のじっちゃん怒ってるよなぁ~~」
すでに確定しているお説教だった。
「わかってて行ったんだろうが」
「それはそうなんだけど……」
ちなみに、桃白白が涼しい顔で正論を吐いているのは、既にお説教をすませた後だからだ。
フーイをたきつけたのをしっかり見抜かれ、キッチリ叱られたのだ。
道場で正座させられたのは数年ぶりだった。
なお、前回の正座は柱で庭をめちゃくちゃにした件である。
「何とか怒られないようにできないかなぁ!」
逃げ場のない車内の中、少女はありもしない解決策を考え、頭を抱え続けていた。
~・~・~・~
つい昨日のこと、鶴仙人は不思議な体験をした。
天津飯に稽古をつけている最中、体の内側から暖かな光が溢れてきたのだ。
突然の事に慌てふためいたものの、幸いというか、光はすぐに消えてしまった。
何事かと訝しんだが、原因はさっぱりわからない。
しかし、それからというもの不思議と体の調子がいい。
衰え始めていた体力が戻ってきたかのように、活力がみちみちている。
そのせいか、いつもの型の確認のための組手で、勢い余ってうっかり拳があたってしまった。
と、殴られた天津飯の体が軽く2mほどふき飛んだ。
あまりのことに、ふっとんだ方よりも、ふっとばしたほうが呆然としていた。
怪我はなかったのが幸いである。
彼自身にも、直ぐ側で見ていた天津飯も、全く見当もつかないことだった。
一時的なものかと思ったが、次の日に当たる今日、一夜過ぎて朝を迎え、目が覚めても相変わらず、体の調子がすこぶる良い。
どういうわけだろうと思いながら、フーイの帰宅を待ち構えているのが今のこと。
いつものようにとても静かに、飛行機は庭へ下り立つ。
気負わぬ様子で桃白白はさらりと降りてきた者の、もう一人はなかなか顔を出さない。
しばらく待っていたが、一向に姿を現す気配がなく、しびれを切らして鶴仙人は低い声で名前を呼んだ。
「フーイ」
終身刑を言い渡された囚人のような足取りで、のそのそと彼女は地面に足をつけた。
恐る恐る鶴仙人を見上げ、悲しそうな眼差しで顔色をうかがう。
これは怒られることがわかっている事をやった時の、一種の癖だった。
そんなに叱られるのが嫌なら初めからやるなと、天津飯あたりは常々思っている。
「ごめんなさい……」
「何故謝る?」
「じっちゃんの言うこと無視して、勝手に外へ修行しに行ったから」
「なるほど、自分が何をしたのかは分かっているようだな」
しばらくの沈黙の後、鋭い怒声が飛ぶ。
「馬鹿者!そこに直れ!」
「はい!」
びくりと体を震わせ、彼女は行儀よく足をそろえて正座した。
その後はお説教の始まりである。
勝手に家を飛び出したことは勿論、止めた理由もきちんと話していたのにそれを無視したこと、そもそも普段からしてフーイは言いつけを破りがちであること。
更にはそこから続いて日常の振る舞いや修行での態度など。
こまごまと、丁寧に丁寧に指摘する。
一々ごもっともなので、口をはさんだり反論をする余地はない。
「兄ちゃん、いつもより勢いがないか?」
こそこそと桃白白が天津飯に耳打ちをした。
万一聞かれようものなら、勿論、流れ弾は命中し飛び火が炎上する。
「昨日妙なことがあってから、体調がいいみたいで」
「あ~」
同じくこそこそと耳打ちされた返答に、思わず気の抜けた声が出る。
間違いなくドラゴンボールのせいだろう。
桃白白だけでなく亀仙人も、昨日、同様の出来事を体験していた。
異様に体調がいいのも完全に一致している。
「心当たりがあるんですか、桃白白さん」
「まあなぁ」
訳知り顔、というには何とも歯切れが悪い微妙な表情を浮かべた。
ここでそのことを鶴仙人に言ってしまってもいいのだが、と兄を眺める。
何でも願いが叶う――それこそ世界征服であっても――願い玉を使って、健康長寿を願われたとしれば、間違いなく説教は止まるだろう。
というか、恐らく驚きのあまり、消えてなくなる。
事情を吞み込ませるには何度も繰り返し説明しなければなるまい。
実際に目にした桃白白ですら、信じがたい出来事だった。
真っ黒く染まる空、神々しい輝きと共に現れる神龍。
そして短冊に書かれるような、抽象的すぎる願い。
「たやすい願いだ」と言った太い声が中々頭から離れない。
そりゃあたやすかろう、と桃白白は思った。
鶴仙人も亀仙人も桃白白ですら、年齢はすでに200歳を超えている。
その上で拳銃程度ならもろともしない強さを誇っているのだから、既に十二分に『元気で長生き』なのだ。
それでも一応、相応の効き目というものはあったようだが。
少し迷って、桃白白は結局今ここでは言うのをやめた。
悪いことをしたのなら、しっかり叱られるべきだからだ。
そう思って自分も叱られたのだから、中断してやる義理はない。
「ところで天津飯」
「はい、なんですか?」
「お前も旅に出てみたいか?」
「えっ」
あからさまにドキリとした彼に、まだまだだなと内心思う。
天津飯はフーイとは違う意味で素直過ぎ、また真面目過ぎた。
この性格のままでは殺し屋など夢のまた夢だろう。
鶴仙人の方では、そう思っていないかもしれないが。
「心配するな。近いうち、そういう話が出るだろう。
お前はしっかりしているからな」
「はい」
憧れる人物に褒められ嬉しかったのか、天津飯はほんの少し興奮した様子で頷いた。
そうこうしているうちにお説教がひと段落したのか、フーイが立ち上がる。
少しくたびれたのかしなってしまった雰囲気の彼女。
鶴仙人にそれと、と声をかけられ肩が跳ねた。
「帰ってきたらまず言うことがあるのではないか?」
「……!」
ぱあっと顔を輝かせ、抱きついて叫ぶように言う。
「ただいま!」
「おかえり」
しわくちゃの手が優しく、さらりと頭を撫でた。